第67話 迷宮へ行こう(再)

 ユエとソル、エイルの三人は朝早くから家を出てイサヴェルの街へとやってきていた。

 目的は勿論、迷宮探索のためである。

 イサヴェルにたどり着いて早四ヶ月近く、遅れに遅れた探索士として初めての活動である。

 実際には『厄災』の一件が探索師としての活動ではあるのだが、ユエにとってはやはり探索こそが探索士の本業だった。故にこれが彼女にとっての初陣なのだ。


 領主館で準備万端整えていたノルンと合流し、そのまま探索士協会へと向かう四人。

 ベテランの探索士であればこの時点で問題があることに気づくだろう。しかし残念ながらベテランはここには居なかった。彼女たち四人はこと戦闘においては全員が超一流である。四人の中では最も深度の低いエイルでさえも深度8なのだから。


 では問題とは何か。

 アルヴ組であるユエとソル、エイルは言わずもがな。

 そしてノルンでさえも、『探索』を行ったことがなかったのだ。

 ユエとソルは歪園メイズ攻略の経験がある。もとより『聖樹の森』を幼い頃から駆け回っていたのだから歪園そのものには慣れ親しんでいる。エイルもまた、二人に連れ回されたことで歪園の内部には慣れていた。ノルンに至っては統括騎士団長として数々の歪園を攻略してきた。もちろん歪魔を倒したことも数知れず。


 だが歪園の『攻略』と『探索』は似ているようで大きく異なる。

 元凶を取り除くことが主目的であり、資源の採取や獲物の追跡などは二の次であるのが『攻略』だ。要は歪園化を解除さえすれば良いのだから、それ以外の事には基本的に目もくれない。


 対して『探索』とは、元凶を取り除くことよりも資源の採取や歪魔や獣の狩猟そのものが目的となる。進路を決めて資源採取を行い、地図化を行う。未知の情報を持ち帰ることも大切な役割であるし、その分歪園内に滞在する日数も長くなる。


 端的に言えば、彼女たちには『戦闘力』以外のものが欠け落ちていた。ある種、油断や傲慢と言えなくもない。もしもこの場にベテラン探索士がいれば"舐めている"と言うことだろう。

 とはいえ、初心者である彼女らはそんなこと知る由も無い。なまじ実力があるだけに『どうにかなるだろう』くらいの考えでしかなかった。


「おはようございます。お三方。本日よりよろしくお願い致します」


「うーす」


「うーす」


「この異常者三人の面倒を私一人でッスか・・・?」


 ノルンの挨拶にユエと、それを真似したソルが応える。これから初の探索だというのに緊張感の欠片もない義姉妹であった。二人とも服装に関してはいつもと変わらぬ装いであったが、ユエは"氷翼"の他にもう一振りの刀を腰に差していた。ソルもまた普段とは違い、足回りに見慣れぬ装備を付けている。

 どんよりと嘆くエイルもまた、外からは分からないがスカート内部には普段以上の装備を収納している。


「おや。見慣れない刀を佩いておられますね?それにソルさんも」


「うむり。さすが刃物には目敏いのぅ。閉所では"宵"が使えんことも多いじゃろうから予備を持ってきたんじゃ」


わたくしは元々杖を使いません。両手に余裕がありますので閉所に合わせて近接戦闘用の装備を持ってきました」


「あ、私は回復薬係ッス。森のポーションピッチャーエイルとは私の事ッス。戦闘はできる限りサボりたいんで極力三人で頑張って欲しいッス」


 巨大な古代遺跡が歪園化している、ということくらいは知識として知っていたユエ達は、迷宮内部は恐らく閉所なのであろうと予想してそれぞれ装備を追加していた。勿論ノルンも『風銀剣シルフィード』と『空蒼剣エアリーズ』を装備している。こと戦闘に関しては万全であった。


「しかしノルンや。結局詳しくは聞いておらんかったが、本当に本業のほうは大丈夫なんじゃろうな」


 領主館を出て、世間話をしながら探索士協会を目指して街中を歩く。

 当然のように既に目立っている。すれ違う者が皆、ソルとノルンを見ては二度見三度見してゆくのだ。イサヴェル公爵家の子息子女は街では有名であるし、元領主であるノルンに関してはその顔を知らぬ者などこの街には居ない。注目はされど声をかけられることが無いのは幸いであった。


「はい。そちらは問題ありません。実を言うと私も驚いてはいるのですが・・・」


 そう前置きしながらノルンは王都に戻った際のことを話し始める。

 どう考えても道すがらに話す内容ではないのだが。



 * * *



 ノルンが王都に戻ると行ってユエの店を出たあの後。

 その足でノルンは本当に王都まで戻ったらしい。あの時点で既に、彼女の中ではユエ達と行動を共にする決心が着いていたのだとか。とはいえノルンは立場のある人間だ。王国第一騎士団長であり統括騎士団長。王国の軍における最高責任者である上に、貴族としても最高位である公爵家現当主かつ領主でもある。

 もはや肩書の大洪水である。そんな彼女が『しばらく探索士やります』等と言ったところで認められるはずもない。


 だがそんなことはノルンも当然承知している事だ。故に彼女は国王から許可を引き出すために様々な理由を用意していた。弱めの理由からイサヴェル公爵家としての立場を使った脅しめいたもの。果ては嘘までも。


 年単位で溜まっている休暇の消化。

 弟へ家督を譲るため。

 騎士団における後進の育成。

 領地内の経営状況及び実態調査のため。

 許可しないと独立しちゃうぞ、戦争だよコラ。公爵家舐めんなよ。

 疲れ。怪我。などなど。


 イサヴェル公爵家という、形式上は部下の立場にあれど王家にも匹敵するほどの家柄を盾にした、数撃ちゃ当たる方式であった。

 実はノルンはこれだけ並べれば国王から許可を引き出すことは可能だと考えていた。

 もとより国王とノルンは親交が深い。仲が良いと言ってもいいだろう。近衛という立場であることもそうだが、何よりノルンと現国王は幼いころからの友人であった。故に真剣に訴えればなんだかんだと認めてもらえる公算大であると考えていたのだ。


 むしろ問題は宰相であった。

 ノルンが王国における武力の頂点であるとするならば宰相は正反対。政治における実質的な頂点が宰相である。国王がノルンを無下に出来ないのと同じように、宰相もまた無下には出来ない。つまりは宰相から許諾を得ることが最大の難関であった。


 が、実際に王都に戻ったノルンが王城にて前述の通りに奏上したところ、条件付きとはいえ思いがけずあっさりと許可が下りたのである。それも国王と宰相の両名からである。

 ノルンが色々と理由を撒き散らした際、国王はノルンに問うた。

『本音を聞かせてくれ』と。

 威厳たっぷりに真剣な眼差しを向けられたノルンは真摯に応える他なかった。


 ───負けたくありません。


 たった一言。だがそれだけで十分であった。

 その言葉だけで国王はどこか嬉しそうに頷き、宰相へと目配せした。

 水を向けられた宰相は『聖国教皇からの要請であれば、簡単に無視もできますまい』と、溜息と共に諦めるように賛成を示した。


 聞けば先立って、スヴェントライト聖国から使者が尋ねてきたとのことであった。

 使者は所在の判明している"渾天九星ノーナ"が所属する全ての国へ向けて放たれているらしい。

 曰く『厄災の出現に備え、可能な限り"渾天九星ノーナ"の戦力向上に務められたし』。


『厄災』については各国でも極一部の者にしか知らされていない。逆を言えば、一部の者は知っているのだ。『厄災』が人類の共通の敵であるということを。

 聖国から齎され、ある時は実体験として長い歴史と共に国の長に語り継がれてきた『厄災』についての情報。それがあったが故に、ノルンの要望は通ったのである。


 そしてノルンに課された条件。


 当然のことながら、臨時の後任を選び引き継ぎを行う事。これはそう難しいことではなかった。もとよりノルンの主な仕事といえば、最終的な裁可を下すことだ。戦争が起きるなどといったことがあれば采配を振るうこともあるが、平時であればノルンにしか出来ない仕事というのはそれほど多くはない。

 故にノルンは後任として副官であるリンディを選び、四日間かけて大まかなマニュアルを作成した。

 もともとノルン仕事ぶりを最も近くで見てきた彼女であれば、どうにかこなせるであろう。床に項垂れるリンディへと、何かあった際には各騎士団長を遠慮なく頼るように伝えておいた。


 そしてもう一つの条件。

 これは有事の際には遠慮なく呼び出すので必ず戻るようにというものであった。

 これも当然といえば当然。いかに優秀な騎士団があるといえど、もしも圧倒的な力を持つ歪魔が現れた場合にはノルンの力が必要になる。それこそ『厄災』が再び王国の領土内に現れないとも限らないのだから。


 こうして随分と甘いとも言える条件を飲んだノルンは、怪しい笑顔でサムズアップする国王陛下と、口いっぱいの苦虫を噛み潰したような顔の宰相に見送られ、晴れて探索士としてユエ達に合流することが出来たのだった。



 * * *



「とまぁ。そういうわけです」


「ほーん・・・おぬしやはり結構脳筋じゃのぅ」


「貴方にだけは。言われたくはありませんが・・・」


 散歩しながら雑談をする程度の気楽さで語られたノルンの話。

 それを聞いたユエは、気になる点は幾つかあったものの一応の納得は出来た、といったところであった。

 話の間は雑に相槌を打っていただけだったが、それなりに長い時間会話をしていたようで、気がつけば探索士協会の前までたどり着いていた。


「ま、ともあれ問題が無いのであればわしらとしても願ったり叶ったりじゃ。わしら迷宮詳しくないからの、頼りにしておるぞ」


「はい。といっても私も迷宮内には入ったことが無いのですが」


「なんでじゃー!おぬしの庭じゃろうがココ!」


「本業。探索士ではないので」


「そうじゃったわー・・・」


 馬鹿馬鹿しい軽口を叩きながら協会の扉を開くユエ。

 その数秒後、直前までは外からでも分かるほどに賑わっていた協会内が、まるで遮音魔術を使ったのかと錯覚するほどに静まり返っていた。

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