第66話 初手ドラミングアルス

探索師の朝は早い。

それはここ探索士協会イサヴェル支部でも同じ事だった。


飲食もできるフリースペースには大きな掲示板が3つ設置されており、一つは最新の迷宮情報やイサヴェル周辺の歪園メイズ発生状況や情勢等が張り出されている。そしてもう一つは協会を通して行われる依頼各種が張り出されている。市民や商人、付近の村人や近隣貴族からの依頼、他の探索士からのものまでもが存在しており、その種類は多岐に渡る。護衛や討伐などは当然として、教導などというものまであった。


探索士達はこうした情報をいち早く仕入れるためにアンテナを常に張り巡らせている。彼らにとって情報とは武器であり盾となるものでもある。探索とは常に危険と隣り合わせであり、いざという時に『知らなかった』では済まないのだ。優れた実力を持つベテランであればあるほど情報の重要性を認識しているが故に、朝早くから協会に顔を出すのだ。


本日も、探索士協会には多くの探索士達の姿が朝早くから見られていた。

互いに情報交換する者もいれば、パーティメンバーと相談をしている者もいる。奥の一室を借りて大人数で会議をしているのは同盟ユニオンだろう。当然、これだけ人が集まればそれなりに騒がしくなるものだ。そんな朝の喧騒が、アルスは嫌いではなかった。


アルスはそれなりにいい値段のする水を、グラスから口へと流し込む。

いつも注文するよく冷えたその水は、速やかに彼の頭の覚醒を手伝ってくれる。

そうして一息入れたアルスは続けて、それなりにいい値段のするソーセージを一口囓る。

パリッとした皮の弾ける食感と、溢れる肉汁が堪らない。貴族家であった頃に食べたどんな食事よりも、この探索士協会で仲間たちと摂る食事が彼は好きだった。


「で、ユエさん達のパーティメンバーが見つかったっていうのは本当なのかい?」


ほんふぉほんふぉほんとほんとひのうあらひが昨日わたしがふぉのめでみふぁはらこの目でみたから


「飲み込んでからでいいよ・・・」


口いっぱいに肉や野菜を頬張りながらモフモフと話すイーナは、兎耳も相まって小動物的な可愛さがある。とはいえアルスにとっては見慣れた光景であったし、そんなことよりも行儀の悪さが目についてしまうのだ。幼い頃に貴族家の人間として仕込まれた名残であろうか。


「むぐむぐ・・・んっ。いやー、あんな募集じゃ誰も来るわけないと思ってたけど、どうにかなって良かったよねー」


そう言って咀嚼し終えたイーナが見つめる先、三つ並んだ掲示板の最後の一つには、様々なメンバー募集の張り紙が掲示されていた。駆け出しの探索士が仲間を募集しているものもあれば、欠員が出たベテランパーティの臨時募集のもの。ユニオンの参加募集などなど、やはりこれも大量に張り出されている。そんな中にあって一際異彩を放つ一枚の募集要項。最上段に掲示それは、既に張り出されてから一月以上の間微動だにしていない。得体の知れない不気味なオーラを放っているようにも見えるそれは、勿論ユエ達が張り出したものである。あまりにも長期間張られ続けていたせいで最近では徐々に話題になり始めていたは、ついにこの後剥がされるのだろう。


「で、結局誰なんだよ?俺らの知ってる奴か?」


「だから内緒だって!見てのお楽しみ」


「何でだよ、さっさと教えろよ・・・」


朝から脂っこい肉をフォークで突き刺して口に運ぶのはアクラだ。

彼は先日街中でユエ達とばったりと出会った時に盾の新調を依頼している。その時は新規メンバーの加入など影も形も感じられなかったというのにどうしたことかと、興味津々といった様子でイーナを急かしている。


「すぐに思い当たるのはアニタさんを引き抜いた、とかですかね?彼女なら実力的にも及第点なのでは?」


上品にサラダを口にしているのはフーリアだ。野菜スティックを両手でつまんでポリポリと齧っている。

ちなみに、彼女も非常にファンの多い探索士の一人である。そもそもアルス達は全員が人気の高い探索士だが、ファンの数で言えばアルスと二強状態だ。女性ファンと男性ファンという違いはあるのだが。


「いやぁ、彼女ほど実力のある人でも『及第点』になってしまうのがユエさん達の恐ろしいところだよね。募集要項に記載されているのが最低深度9って、もう字面だけで笑ってしまいそうだよ」


「いやァ、あの嬢ちゃん達がそんな波風立てるような事するか?・・・いや、無いとも言い切れねぇな。ノリだけで突っ走ってそこらじゅうから引き抜きまくりそうだ」


大姉様おおねえさまと姫様にエイルの三人がやることですから、一番遠そうな予想をしておけば、丁度その斜め上辺りを通って行く気がします」


三者三様、アルスとアクラ、フーリアのそれぞれが自分たちの予想を口にする。

自分たちのことでも無いというのに、三人ともどこか楽しそうであった。

その後も三人はああでもないこうでもないと話を膨らませ続け、イサヴェルに滞在している探索士の中で彼らの知る実力者達の名前はあらかた出し終えてしまった。そしてそのどれもが今ひとつしっくりとこなかった。


「ふぅ、まぁイーナの話では今日から探索を始めるということだし、楽しみに待っていようか」


「気になっちまって、嬢ちゃん達が来るまで俺等も探索に出られねぇじゃねぇかよ」


「私は嫌な予感しかしないんですよねー」


「ぬふふ、自分だけが知っているこの優越感・・・悪くない」


三人が答えを出すのを諦め、食休みを初めてから三十分後。

未だ続いていた協会入り口の喧騒が、不意に静寂へと変わった。静寂は徐々に伝播して、ついには協会内を占領してしまう。当然アルス達には静寂の原因について心当たりがあった。周囲の者達に釣られるようにアルスたちもまた入り口の方へと視線を向けるも、ここは探索士達でごった返した朝の協会だ。奥まった一角であるここからではその姿は確認できなかったが、しかし周囲の声は耳に届いていた。驚嘆、困惑、動揺。誰もが入り口へ顔を向け、多種多様な感情が広がって静かだった協会内が徐々にどよめいてゆく。ようやくその姿がアルス達からも見えた時、ニヤニヤと仲間たちの顔色を伺うイーナの向かいでアルス達は呆然とすることになった。


「いやー、彼女達のやることは相変わらず突拍子もないね・・・」


「あ?・・・いやいや、どういうことなんだよ。イカついってマジで」


「・・・一日中考えても、思い当たりそうにありませんねこれは」


先頭をずんずんと歩くユエが、そんなアルス達に気づき軽く手を振ってくる。

彼女と目が会った途端に顔を紅潮させたアルスであったが、両手で何度か自分の胸を強打するとどうにか持ち堪えることが出来た。後で詳しい話を聞けるだろうと、一行はそのまま受付へと向かう彼女らを見送る。


「予想、誰も当たらなかったから私の一人勝ちね。ベーコン頼んで良い?」


「賭けなんかしてなかっただろ・・・もう注文しに行ってんじゃねぇか。つーか当たるわけねェだろ」


返事を待たずに注文しに行ったイーナを横目に、残された三人が口々に感想を言い合う。


「いやー、それにしても驚いたな。そりゃあ確かに免許は持っているだろうけどさ」


「何をどうすればイサヴェル公爵がメンバーになるのでしょうか。そもそも、騎士の仕事はどうされるのでしょう」


「・・・経緯は全く想像できねェけどよ。少なくとも戦力としては最高のメンバーだな。ていうか嬢ちゃんらのパーティ、戦力厳つすぎんだろ」


「戦力だけならば間違いなく最強のパーティですね。如何に探索業に不慣れといえど、あれほどの面子ならば大抵のことはゴリ押しでなんとかなります」


「あはは、先輩として僕らも負けないように頑張らないとね。今度深層の攻略手伝って貰えないかな」


「お、いいなそれ。あれなら共同で探索しても寄生だなんだと言うヤツもいねぇだろ。つーか戦力は俺らより上じゃねぇかよ」


「ともかく、どういう事態でああなったのかが気になって探索どころではありませんよ。受付が終わり次第捕まえて詳細を聞きましょう」


ユエ達のパーティを見た後は探索に行く予定であったが、胸中の困惑や疑問を解消しなければとてもではないが探索どころではない。まずは最も詳しいであろうイーナを問い詰めるべく、肉が山盛りになった皿を抱えて上機嫌で歩く彼女をさっさと椅子に座らせる。こうしてイーナの尋問が始まったのだった。

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