第65話 四人目

怪しげな挙動でベルノルンがユエの店を後にしてから二週間程が経過した。

ユエ達と共に迷宮を探索しようという探索師は未だに現れてはいなかった。ついでにノルン以外の客も未だ来ていない。それもその筈でイサヴェルの街は大きく、その広さに比例して武具店も数多くあるのだ。ユエの優れた技術など誰も知らない以上、わざわざ街の外の、それもこんな僻地で開いている鍛冶屋に来る者などいるはずもない。


エイルの提案で、街の広場で露店でも出して売ろうかと考えたこともあったが、結局それは実現していなかった。理由としては、そもそも露店で売られている武具の信頼度が一般的に低いということ。乱暴な言い方をすれば、露店で売られているような武具にはロクなものがないのだ。故に探索士達は自分たちの命を預ける武器を買う際にはしっかりとした店で、自分の眼で見定めて購入する。安物を露店で買う者など駆け出しくらいであろう。


そして露店に売られているような二束三文の安物、ユエからすれば武器と呼ぶことすら憚られるようなものと共に自分の打った剣や刀を並べるなど、如何に数打ちといえど認められなかった。ついでに言えば、そんな安物の中に並べるにしてはユエの打った武器は流石に高すぎた。別段ふっかけたような値をつけている訳では無いが、それでも武器というものはそれなりの値段にはなるのだ。


値段を下げればそこらの安い粗悪品と同じように見られ、値段を上げれば逆に浮いて怪しまれる。目利きの出来る探索士達などはそもそも露店になど来ないという悪循環。容易にその光景が想像できたことと、相談したアルスやアクラにも反対されたことでエイルの案は棄却されていた。ちなみに現在はユエの鍛冶師としての腕前に興味を持ったアクラとイーナから、盾と短剣の制作を依頼されている。素材が手元にないために、彼らが探索で良いものを手に入れるまでは保留、といった空手形じみたものであったが。


結局そうした状況のせいで、ユエ達は未だに身動きが取れないでいた。

ユエ達は預かり知らぬことであったが、実際には彼女達はそれなりに話題になっていた。

見目麗しいエルフとちびっこ鬼娘の二人が貼り付けて行った、一見ふざけたような募集要項。見慣れぬ服装に装備。この街の人気パーティであるアルス達とも親密にしていたこと。

興味を惹くには十分過ぎた。それにも関わらず、応募どころか詳細の確認にすら誰も訪れない理由は、偏に得体が知れないからであった。ユエ達はあまりにも未知の部分が多すぎた。人は未知に恐怖や疑念を抱くものだ。そして探索士とは基本的に慎重なのだ。好奇心は猫を殺すということを彼らは身をもってよく知っていた。


今日も今日とて、朝から誰も来ないカウンターに座りユエとエイルが怠けて居た時だった。

勢いよく店の扉が開かれ、来客を知らせる鈴の音と共に一人の少女が入店してきた。


「おいっすー」


随分と気安い挨拶とともに現れたのはアルス達のパーティで斥候を務めている兎獣人の少女イーナであった。彼女は先日ふらりと現れ、店に並べられたユエの作品をしげしげと眺めては興奮した様子で『マジで?これユエちゃんが作ったん?ヤバくない?』等と言いながら幾つか見繕って、例の依頼とは別で購入して帰っていった。今日が二回目の来店であるが、既に勝手知ったるといった様子でソファに腰を下ろしていた。ちなみに『厄災』の一件依頼ユエのことを『ユエちゃん』と呼び、ソルのことを何故か『ソルさん』と呼んでいる。エイルとは馬が合うのか互いに呼び捨てで呼んでいるようである。


「おー、おぬしか。何じゃ、今日もなにか買いに来たのかの」


「いやー今日は私らオフでさ。暇だから遊びにきちゃった」


「探索士は自由ッスねぇ・・・」


「おぬしも大概自由じゃろ。そもそもただの冷やかしではないか」


「まーまー。ユエちゃんたちの方はどう?メンバー見つかった?」


居心地がいいのか、ソファでだらけながら世間話程度の感覚で話を振ってくるイーナ。

雑な話題振りと同時にエイルと場所の取り合いまで始める始末である。馴染み過ぎであった。


「昨日の今日で見つかるわけが無かろう。そもそも応募があれば協会にいつも行っておるおぬしのほうが先に知るじゃろうに」


「姉様、イーナの話は八割方中身が無いッスよ。適当に喋ってるだけッス」


「ひどっ。ホントに気にしてるんだよー」


「言うだけならタダじゃからのう」


人の家のソファで寛ぎながら言われてもまるで説得力が無いのだが、そもそも現在行われている三人の会話はどれも中身など無い。暇な時にありがちな、ぐだぐだと間を埋めるためだけに無駄話をしているような状態であった。


「そろそろお金ヤバいんじゃないのー?」


「この間臨時収入でアホみたいな金額が入ったからの。まだ暫くはサボれるんじゃ」


ユエの言う臨時収入とはもちろん、ノルンから支払われた見たことのない硬貨のことであった。

あれは硬貨の最上に位置するものであり、白聖銀貨びゃくせいぎんかと呼ばれるものであった。希少な金属を用いている上に女神スヴェントライトを模した彫刻が為されており、非常に価値が高いものである。探索士協会を統括するスヴェントライト聖国によって発行されており、協会が設置されている殆どの国で使用できる。一般的に使われることは殆ど無く、その価値は金貨の上に位置する白貨、そのさらに上位である。金貨にすればおよそ千枚といったところ。日本円に無理矢理直せば一億円前後である。

イサヴェルの探索士協会に持ち込み、換金してくれと頼んだ際にそう説明され、そして断られた。白目を向きながらイサヴェル公爵家を尋ね、ストリに両替してもらった事は記憶に新しい。

そういうわけでユエ達は現在懐が暖かいのである。


「心配ならイーナが姉様のパーティに入ればいいじゃないッスか」


「いやいや、それは無理無理。ウチのパーティ気に入ってるからねー」


「懐が暖かいうちに誰ぞ応募してくればよいがのぅ・・・」


ユエとしても勿論そんなつもりは無いし、エイルとて本気で言ったわけではないが、やはりイーナは引き抜けなかった。とはいえこのままでは、神器を破壊するために究極の武器を作る、その素材を獲得するという当初の目的すら果たせないのだ。どうにかする必要があるのは事実であった。このままではただの腕の良い鍛冶屋で一生を終えることとなってしまうだろう。それを想像したユエから大きな溜息が漏れる。


そんなユエの気落ちした姿を見かねたのか、励ますようにイーナがソファから飛び起きる。


「大丈夫大丈夫!心配しなくてもそのうち見つかるって!もしかしたら今日にでも見つかるかもよ!ホラ、案外扉を開ければ店の外に落ちてたりする・・・か・・・も?」


「阿呆。そう都合よく人が転がっておるわけがなかろう・・・が?」


「二人とも、いくらなんでも会話に中身が無さすぎない・・・ッス・・・か?」


芝居がかったような身振りで、イーナが店の扉を開け放って見せる。

そこにあったのは昼の少し前、日が中天に差し掛かろうかという晴れた空。夏の日差しの下で青々と生い茂る芝と、緑が広がる森林。そして大きな荷物を背負った黒髪を肩口で切りそろえた女。


「・・・スゥ」


イーナがそっと引けば、パタリと静かな音を立てて扉が閉まった。

三人が顔を見合わせれば、少しの静寂が店内を支配した。そして直後に、今度は扉が勝手に開かれた。


「何故。閉めるのでしょうか」


「うわああああああああ出たァあああああ」


大声で叫びながらイーナがソファに座るエイルの元へと逃げてゆく。

ユエとエイルはといえば、目をぱちくりとさせて驚きを顕にしていた。あの日ぷりぷりと怒ったかと思えば突如冷静になって帰っていった、ベルノルンがそこに居た。

背中に大きな荷物を背負い、右手で旅行用のケースを引いた彼女はそのまま静かに入店した。


「あの日は。急に辞去してしまい申し訳ありませんでした」


「お、おう・・・?」


「私は。考えました。貴方を放っておけば、卑劣にも私を差し置いてまた強くなろうとするでしょう」


「ひ、卑劣・・・」


「ですので。目を離さない事にしました。そうすれば抜け駆けされることは無い」


「・・・」


「・・・姉様、この人なんか怖いんスけど」


「すっかり。遅くなってしまいましたね。さぁ、何をグズグズしているのですかユエさん。夢と危険と興奮が大量に詰まった迷宮探索に参りましょう」


そう無表情で宣言するノルンの美しい切れ長の瞳は、迷いの無い澄み切った瞳をしていた。


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