第34話 商業組合

一夜明けた本日、ユエ、ソル、エイルの三人はグラフィエルの商業組合へと赴いていた。

言わずもがな、馬車を入手するためである。個人で購入するとなると、どうすれば良いのか判然としなかったため、もういっそ商業組合で聞くことにしたのである。あわよくば紹介までしてもらえないだろうか、という目論見もあった。


街の中心部にほど近い場所にある商業組合の建物は、全体的にアンティーク調で統一されており、二階建ての落ち着いた雰囲気のある小さな建物であった。

ここに来るまでの間にちらりと遠目に見た探索士協会の建物は、五階建ての大きな、それこそビルと呼んでも差し支えのない建物であったので、ユエはこちらも大層大きいのだろうと想像していたのだ。


商業組合の建物があまり大きくない理由は簡単だった。探索士協会とは違い、この場所では基本的に事務仕事しか行わないためである。

ここは、ユエ達のように何か商品を求めている客への対応窓口であり、店や職人の紹介が主だ。書類等の保管と小さな会議を行うだけで、実際にこの場所で何か物を販売しているわけではないので、それほど広さは必要ないのである。いわば街役場のようなシステムと言えるかもしれない。


先程目にした探索士協会が大きな理由は、何かと嵩張ることの多い素材各種や、金銭の保管のために場所を取っているからである。また、様々な依頼の受注受付や情報収集場所、食堂等として一階と二階を、探索士へと開放しているせいでもある。


「・・・た、たのもーう」


落ち着いた雰囲気に飲まれているのか、心なしか小さな声で探るように挨拶をしつつ、扉を開けるユエ。

そしてこそこそとしているユエを追い抜いて、エイルが遠慮なく進んでゆく。


「なにこそこそしてんスか?さっさと受付行くッスよ」


彼女はアルヴにいた頃から、メイドとして頻繁に買い出しも行っていた。時にはトリグラフ等に買付へと赴くこともあり、こういった場所にも当然慣れている。前世を加味しても社会経験の足りないユエにとって、ここへきて非常に心強い存在となりつつある。

ちなみにソルは王族として格式の高い場へ出ることも多かったため、当然のことながらこの程度の雰囲気など意にも介さない。ただいつも通り、こそこそするユエを後方から楽しんでいただけである。


朝の早い時間だというのに、既に組合の中にはユエ達の他にも多くの客がいた。

客たちは皆それぞれ、静かに談笑したり、奥に設置されたカフェでお茶を飲んだりと、どこか大人な雰囲気を醸し出している。


窓口はいくつかあり、エイルは空いていそうな窓口へとずんずん進んでゆく。

ユエはあたりを忙しなく見渡しながら、そんなエイルへとついて行くだけであり、もはや借りてきた猫のようであった。ユエはどうにも、この冗談が通じ無さそうな雰囲気が苦手なようである。


「ようこそ商業組合へ。本日はどういったご用向でしょうか?」


三人が向かった窓口は、いかにも仕事が出来そうな糸目の男性が担当していた。歳は二十代後半くらいで、接客用に軽く微笑みを浮かべている。


(む・・・注意せねば。糸目のやつはすぐに裏切ると相場が決まっておるからのう・・・)


ユエが彼をみた第一印象は、偏見が十割であった。

ちなみにユエは「糸目は裏切る」の他にも、「オネエは妙に強い」「老人は凄まじく強い」などと偏見に満ち溢れた固定観念を持っている。

すでに一切をエイルへと任せることにしたユエは、彼女の後ろから受付の男の警戒に専念することにした。そんなユエをソルは微笑ましく見守っている。


「馬車を一台調達したいんスけど、紹介してもらえないッスか?」


「馬車ですね、かしこまりました。馬車を牽く馬はどうされますか?」


「あー・・・そういえば忘れてたッスね。じゃあそっちも一応お願いするッス」


彼女達は、馬車を購入して内部をソルの魔術によって改造することしか考えておらず、馬のことをすっかりと忘れていたのだ。なお後から合流した形のエイルはその事にうすうす感づいていたが、最悪ユエが牽けばいい、などと不遜なことを考えていた。


「ではどちらもご紹介させて頂きます。ご予算はおいくらほどでしょうか」


「お金は気にしないで大丈夫ッス。質で選んで貰えるッスか?」


「それはそれは・・・では、業者を照会致しますので少々お待ち下さい」


「ッス」


無駄な問答など無く、スムーズに話を進めるエイルと受付の一連のやり取りに、ユエは感動していた。

エイルはカタログスペックこそ高いものの、基本的にポンコツである。随所でいろいろと余計な事をするせいなのだが、性格ゆえか止められないらしい。そのせいで度々ユエやソルから駄犬扱いをされるのだが、この場では非常に役に立つ存在となっている。専属メイドの面目躍如といえる働きにユエは大層ご満悦である。裏では自分に馬車を牽かせようと考えていることなど露とも知らずに。


「おぉ・・・おぬしにこんな特技があったとは」


「別にこんなの褒められるようなモンじゃないッスよ・・・見直したッスか?」


「うむり。ソルや」


「はい。エイル、飴を上げましょう」


ユエからの指示でエイルへと飴を差し出すソル。ともすればからかっているような印象を受けるが、二人のいつものやり取りであり、別段馬鹿にしているわけではないとエイルは知っている。ぶすっとしながらも飴を受け取り、口へと放り込み、口内で転がしてみる。


「はぁ・・・まぁいいッスけど。何味ッスか?」


「草です」


「草!?・・・ホントだ!土臭ッ!不味っ!!」


やはり馬鹿にしているのかもしれない。

吐き出すわけにもいかず、口の中に入れたままエイルが悶絶する。


「誰がどういう理由で作った飴なんスかこれ!何の草だよ!!」


「雑草です」


「マジで誰が作ったんスか!!」


こうして受付の男が戻るまで、三人は暇をつぶして、あるいは遊んでいた。

その後十分程で受付の男は戻り、その手には数枚の書類を抱えていた。


「お待たせ致しました。ご予算のほうを考慮しないとのことでしたので、この街で最高と言われる馬車職人をご紹介させて頂きます。貴族様方の馬車も手掛け、大変評判の良い職人ですので、満足頂けるかと」


「あー・・・まだ口の中がイガイガするッス・・・」


「はい?どうされました?」


「ああ、気にしないで欲しいッス・・・ここに書いてある店に行けば良いんスか?」


口の中にダメージを受けながらも、エイルは受付の男が差し出す書類を指差し確認する。

彼が持ってきた書類は六枚で、一つはこの馬車職人の資料である。その他の二枚が牽引用の動物を飼育している厩舎の資料で、残りの三枚はそれぞれへの組合からの紹介状であった。


「そうですね。馬のほうはこちらの二箇所を訪ねて頂いて、ご確認の上で気に入った馬を購入していただくのが良いかと。それぞれこちらの紹介状を先方でご提示下さい。では今回の紹介料が銀貨二枚となります」


「わかったッス。じゃ、これ代金ッス」


そう言って銀貨を手渡し、紹介状を受け取って席から立ち上がるエイル。

ちなみにユエとソルはもう飽きたのか、全てをエイルに任せてカフェで朝食を採っていた。


「本日はご利用ありがとうございました。貴方に神レクリスの加護があらんことを」


「あざっス~」


そう言って手をひらひらと振りながらカフェの方へと向かうエイルへと、受付は丁寧な礼をして、すぐに次の客を呼んでいた。なおレクリスとはこの世界における商業や財の神の名前である。商業に関わる者にとってはありふれた挨拶の一つだ。


こうして無事に職人を紹介してもらった三人は、組合内のカフェで朝食を採り、そのまま馬車職人の店へと向かうことにした。

時間は未だ昼にもなっておらず、終わらせられることは早めに終わらせておこうということで、三人の意見は一致している。


賑やかな街をあれこれと見物しながら、小一時間ほど歩いた頃には、三人は件の職人の店へと辿り着いていた。

立地としては街の中心から少し離れた、専ら大工等の専門職の店が立ち並ぶ通りにその店はあった。いかにも頑固な親父が経営していそうな、厳つい店構えを想像していた三人を裏切るように、小綺麗でお洒落な外装をしている。店自体は二階建ての一般的な住居のようであり、恐らくはこちらが受付のような役割を担っているのだろう。そして店の隣には、大きな倉庫と思しき建物が建っており、その大きさから作業場も兼任しているのではないかと思われた。


扉の上部にかけられた看板をみて、三人はそれぞれ感想を述べる。


「ふむり・・・え、これが店の名前なんじゃろうか」


「・・・直截的にも程がありませんか?」


「いやいや、センスの塊じゃないッスか?コレ」


看板に書かれた文字は、"金貨五十枚から"だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る