第31話 一般鬼娘と変態騎士団長
初太刀を防ぐことが出来たのは、ただ
咄嗟に「この辺りか?」と思ったところへ刀を置いてみた、ただそれだけ。勘、あるいは生存本能か、とにもかくにも確証などは何もなかった。
だというのにユエは笑っていた。口角を上げ、犬歯を剥き出しにした好戦的な笑み。
(くふッ・・・なんじゃこれは!まるで視えん!)
今もベルノルンの姿を追うことは出来ていない。精々が視界の端々にちらちらと陰が映る程度で、これでは見えていないのと何も変わらない。これほどの速度を持った者を相手取ったことなど、ユエはいまだかつて無かった。先程比べた
(───くくッ、くふふッ!なるほどなるほど、これでは全力など出せんじゃろう。わしも眼には自信があったが、それがこの有様ッ!)
二撃、三撃と襲いかかる不可視の斬撃をどうにか捌き続ける。理屈など何もなく、ただ感覚のみで防いでいるだけだ。眼が慣れるなどという気配はまるでない。未だどうにか防ぐことが出来ているというだけでユエの実力は驚嘆に値する。少し腕に覚えのある程度の者であれば、間違いなく初太刀で胴と首が泣き分かれているだろう。
(反撃を警戒してか、それともわしが視えておるか確認しておるのか。今はまだ浅い斬り込み故どうにかなっておるが・・・これが王国最強の統括騎士団長の全力、これが"
一方でベルノルンもまた驚愕していた。
ユエが強いことなどすでに十分に分かっていたつもりであった。だがそれでも勝てると思っていた。直截に言えば、全力でやると決めた以上は初太刀で終わりだとすら思っていた。だが今の状況はどうだ。全力を出してなお、未だに一太刀も届いていない。
(───ッ!何故。防げるのですか?・・・まさか視えている?今の私が?)
初太刀で仕損じた衝撃はとうに切り捨てている。焦ってなどいないと断言できるし、自分は今も至って冷静な筈だ。それにも関わらず、刃の届かないユエに対して得体の知れない不気味さをベルノルンは感じていた。決して止まらぬように駆けながら、思考を高速で回転させる。
(いいえ。やはり視えていない、ですね。少なくとも私の姿を追っている訳ではない・・・ならば何故?・・・気配?───馬鹿な、そんなものだけで防げるほど私の剣は甘くはない。今の私の速度なら、気配など無関係な筈です。まさか、ただの勘?或いは本能?)
初太刀を防がれたのち、様子見で数度斬り込みはしたがどう見てもユエが自分を捉えているようには思えなかった。いくら考えたところで理由は分からないが、しかし事実として全ての攻撃が通っていない。
(強い。全力を出せば初太刀で終わりだなどと、とんだ思い上がりでした・・・いえ、強いことなど最初から分かっていた。この方もまた、私と同じ様に全力でなど無かった、ということでしょう。ああ、全力を出してなお楽に勝てないお相手がこんなところに・・・貴方に会いに来て、本当に良かった。貴方は────)
((
行き着く結論は共に同じ。ならばやることは一つ。
相手を認めて、その上で自分を叩きつける。
(ノルンの方が疾い以上、わしから追っても捕まらん・・・となれば合わせるしかないか。そろそろ『見』も終えて、多少のリスク
速力で劣るのならば、後の先で叩き潰してやろうと、ユエは右足を再度ゆっくり持ち上げる。
(ダメですね。理屈は分かりませんが、防がれるのであれば埒が明きません。一撃程度は受ける覚悟で踏み込むしかありませんか・・・いざ)
「ふッ!!」
腹に力を込め、足を踏み込み、
(くっ・・・やはり、視えていなくとも感じている・・・しかしッ!)
この手は一度見ているベルノルンが、予測していない筈もない。実力者同士の戦いで同じ手を使うなどと、それはもはや驕りだ。これで自分が退くとでも思ったのだろう。あわよくば少しはダメージを与えられると期待したのだろう?ベルノルンは思う。舐めるなよ、と。
右足に力を込め、巻き上がる飛礫よりも上へと跳躍する。この戦法は、周囲からは近づけなくとも上空からの攻撃に対して無力だ。加えて、巻き上げた飛礫によって周囲の視界は劣悪であるし、死角である頭上からの攻撃など気づきもしないだろう。
(二度も同じ手を使ったことを後悔させて差し上げ────!?)
上空よりユエへと双剣を振り下ろそうとしたその瞬間、ベルノルンとユエの視線は交差した。
(誘われたッ!?織り込み済みか!!)
「存外素直じゃったな。さてさて、空中で躱せるじゃろうか?」
いつの間にやら鞘から抜き放たれた"氷翼"をだらりと下に構えるユエ。流れる水のように素早く滑らかな動作。自らも足に力を込め、強く踏み込み跳躍しながら刀を振り抜く。
「───
放たれた剣技は、物理攻撃に対して特に耐性のあったいつぞやの
(なんて圧!なんて膂力!!助走もなく、至近で放ってこの威力!?そんな
まるで時間が止まったかのように感じられる思考の中、ベルノルンは彼女にとって唯一の選択肢を選び取る。振り抜かれた刀の切っ先を、空中で身を
酷くバランスを崩しつつ、ユエを通り過ぎるようにして彼女の後方へと滑りながら着地する。空中で無茶苦茶な動きを強いた身体は全身が痛みを訴えているが、それでもどうにか無傷であの馬鹿げた暴力をやり過ごすことに成功した。
膝をつき、ベルノルンがどうにかユエの方へと顔を向ければ、ユエの肩口には真新しい一本の切り傷があり、そこから一筋の血を流していた。
(───浅ッ!)
確かに手応えがあったとは言えないが、それでももう少しくらいはダメージが入っていてもよかったのではないか、と肩を落とす。
一方ユエは目の前の肩で息をしている女に対して、驚きを禁じえなかった。
今の動きはなんなのだ。避けられる訳がない距離とタイミングだった筈だ。このふざけた女は一体なんなのだ、などと自分のことはすっかり棚に上げてベルノルンを見つめていた。
「おぬし・・・さては変態じゃな?」
「・・・何を。それはこちらの台詞ですよ・・・私は今、死線を一つくぐり抜けた筈なのですが。その結果が仕様もない斬り傷一本では、割に合わないどころの話ではありません。貴方を倒そうと思えば一体何度死にそうな思いをすればよいのやら・・・死に直面すると周囲が遅く見えるという話、あれは本当だったのですね」
「ええい知るかそんなもん!今のが避けられる筈がなかろう!なんじゃ、あの動きは気持ち悪い!もっと人間らしい動きをせんか!」
「お返しします。そっくりそのまま・・・痛っ」
すっかり試合のことなど無かったかのように変態というレッテルの擦り付け合いを初めた二人は、互いにこれ以上戦闘を続けるつもりはないのだろう。
「ま、今回はわしの負けじゃな」
「どうみても。私の負けだと思うのですが・・・」
「血が出とるんじゃからわしの負けじゃろう?」
「ダメージは。私のほうが大きいですよ?正直これ以上の継続は難しいです」
変態の擦り付け合いの後は勝者の擦り付け合いであった。二人とも勝ちに固執していた訳では無いし、結果にはさほど興味がないのだ。
表面上は傷を作られたがまだまだ元気なユエと、無傷に見えるが身体への負担でダメージを受けたベルノルン。どちらが勝ったとは一概には言えない結果だが、そもそも模擬戦闘に勝敗などあってないようなものである。
「ならば引き分けじゃな!」
「ふふ。そうですね・・・」
結局一番丸い形へと収まり、模擬戦闘は終了となった。
得たものが大きい試合となったことで、二人ともに晴れやかな表情をしている。
「いやはや、楽しかったわい。年甲斐もなくはしゃいでしもうた。存外、力比べも悪くないのぅ」
「私もです。全力で人と戦うなど初めてで・・・とても、とても楽しかったです。是非また、手合わせ致しましょう。───ところでまだ十八では?嫌味でしょうか?」
模擬戦闘の終了を悟り、周囲の騎士や探索士達が歓声を上げる中、二十七歳であるベルノルンからは邪悪な気配が漂っていたが、ユエがそれに気づくことはなかった。
その後、急いで駆けつけた炊事係の騎士達が、既に終わってしまっていた戦いの様子を周囲に聞いて回っては「何が起きてるか分からなかった」と聞かされ憤慨する光景が繰り広げられ、夕食が始まった後も、観戦者たちは先の模擬戦等の話で大盛りあがりであった。
馬車内で仮眠をとっており、食事の匂いに誘われて起床してきたアルヴィスがそんな様子を眺めていた。
そして近くにいた騎士を捕まえ、騒ぎの原因を聞くなり大騒ぎを始めるのであった。
「何があったんですか?・・・え?模擬戦闘?ユエ殿と統括が??────どうして起こしてくれなかったんですか!?見たかった・・・見たかったんですよお!!私も!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます