第29話 刀剣女子②

無事、謎の合格を果たしたベルノルンはユエから刀を受け取り、直に鑑賞する許しを得ていた。

さすがに先程のような醜態は見せないが、それでも興奮は抑えられないようで、彼女うっとりとした表情で、とても饒舌になっていた。


「素晴らしい。シグルズ団長から報告を受けた時からずっと拝見したいと思っていまして・・・ですがやはり、話に聞くのと実際にこうして目の当たりにするのではまるで違います。一般的によく使用される長剣とは用途から違いますね。我々の直剣は、突きや叩きつけるようにも使いますが、こちらはほとんど想定されていませんね?この刀身が曲がった・・・いえ、反っているというべきでしょうか。この形状により、まさに"斬る"事に特化しているのだとお見受けします。あぁ・・・今まで見たどんな刃物よりも心惹かれています。外見も、形状も、装飾も、その気配にさえも。本当に全てが美しい」


「うむうむ!まさにそれが"刀"というものなのじゃ!」


ユエからしてもこうして自らの刀を褒められるのは気分が良い。

今までにもその出来や美しさを、ぼんやりと抽象的に褒められることはあったが、こうも的確に褒められたのは初めてであった。またベルノルンは刃物に目がないという言葉通りに、ユエのこだわりポイントや刀にとって重要な部分などを、初見にも関わらず目敏く見つけては言及してくる。こうなれば取り憑かれたように喋り続ける、ともすれば気持ち悪いと思われそうなベルノルンの様子も気にならない。

ユエにとって、彼女の始まりと言っても過言ではない『日本刀』。幼少の頃にその美しさに惚れ、追い求め、ついぞ届かなかった『刀』の魅力。こちらの世界で目覚めて以来、ユエは初めて同士と出会えたのかもしれなかった。


「ユエさん。この『刀』は、どちらで手に入れられたものなのでしょうか。形状でいえば、東部地方に見られる曲刀に近いような気もするのですが・・・情報料はいくらでもお支払い致しますので是非、お教え頂けませんか」


つい先程までの蕩けた顔とは打って変わり、至極真面目な顔でユエへと問うベルノルン。


「ふむり。恐らくじゃが、何処にも売っとらんじゃろうな。ルンドという鍛冶屋は知っておるか?あやつでも、見たことがないと言っておったからのう」


「もちろん。かの御仁のことは存じております。何を隠そう私の武器である双剣は彼の作ったものですから。ですがルンド殿が知らないとなると・・・」


いかに刃物マニアな彼女でも、界隈では知らぬものなど居ないあのルンドですら見たこともない武器となれば、その出どころなど想像もつかなかった。つまり自分には手に入れる手段がないのだと、肩を落とし項垂れるベルノルン。その様子はもはや捨てられた濡れ犬のようであった。

そんな彼女を見て、ユエは少し悪いことをしたか、と思いすぐさま言葉を付け足した。


「すまん、言葉が足らんかったの。これはわしが作ったんじゃ。自分用と、ソルに守り刀として匕首あいくちを打ったのみで、他は作っておらん。そういうわけで何処にも売っておらんというわけじゃ」


「・・・なんと。本当ですか?これはユエ様が作られたと?ユエ様は鍛冶も出来るのですか?」


驚きか、それとも望外の喜びか。呼び方が様付けに戻っているが、ベルノルンにとってはそれどころではない。手に入らないと思った矢先に、出処は自分だと目の前の少女がそう言っているのだ。


「何か勘違いしてそうじゃから先に訂正させてもらうがの。わしは鍛冶師であるのではなく、鍛冶師が本業じゃ。剣士のほうが副業、というかオマケじゃ。まぁ最近は剣士のほうも楽しくなってきとるんじゃが・・・」


「まさか。剣の腕も凄まじいものだったと聞き及んでいるのですが・・・その上これほどの鍛造技術をも持っているなど、にわかには信じ難いです・・・それにその・・・失礼ですが、まだとてもお若く見えるのですが」


「それに関してはよく言われるんじゃがのう・・・確かにまだ十八になったところじゃな。ま、その辺りはいろいろあるんじゃよ」


ベルノルンの言葉通りユエはとても幼く見える。それほどの技術を修めているとはとても見えないだろう。それどころか、十八にすら見えない。

ユエが前世の記憶を持っていることを知る者は、ソルを含めてほんの数人しか居ない。いきなりそんな説明をしたところで信じてもらえるはずもないし、頭がおかしいと思われても文句は言えないだろう。ユエ自身そのことを話すつもりは全く無いので、適当にはぐらかしておくことにした。こう言えば、よほどの馬鹿でなければわざわざ突っ込んで聞きには来ないであろうと期待して。そしてベルノルンはよほどの馬鹿などでは決して無かった。


「なるほど。・・・では、もしも私がユエさんに依頼を出せば作って頂けるのでしょうか・・・?」


「うむ、構わぬぞ。そもそもわしらの当面の目的は、鍛冶屋を開くことじゃからな。数打ちではなくオーダーメイドとなると、相手を選んで依頼を受けようかと思っとったんじゃが、おぬしはすでに合格しておるからのう」


どうやら先の合格発表にはこういう意味があったらしい。

ユエにとって刀とは"武器"であり、"芸術"である。それで何を為すかは全て持ち主に委ねられる。武器である以上は多くの命を奪うこともあるだろう。観賞用として大切に保管されるかもしれない。いずれにせよ、自らの手を離れた後のことなどユエには責任がとれないし、そんなつもりもない。だからこそ、本気で鍛えた刀を渡すのならば、その相手は自分の眼で選びたいと思っていた。

そしてベルノルンならば、振るうにせよ飾るにせよ、任せてもよいと思えたのだ。


「感謝を。では是非、私にも一振り・・・お願い致します。先程も申した通り金額は問いません」


そういって顔に喜色を浮かべたベルノルンだが、直後にまた悲壮な顔へと戻ることとなった。


「うむり。任された・・・と、言いたいところじゃが今は無理なんじゃよな」


「そんな!・・・ここまで期待させておいて余りにもご無体です!ひどいです!何故ですか!」


蕩けてみたり落胆してみたり、喜んでみせたかと思えば怒ってみせたりと、非常に忙しなく表情を変えるベルノルン。そんな様子が珍しいのか、控えていた副官のリンディが驚いたような表情で上司を見ている。


「いやいや、わしら今移動中じゃからの?鍛冶場がなければ作るも何もあったものではなかろ」


「あ・・・そうでした。では急ぎ王都へ向かいましょう。私が責任を持って鍛冶場を用意させていただきましょう。いえ、お気になさらないで下さい。私からの友好の証としてプレゼントさせていただきます」


「うむり。頼んだ・・・と、言いたいところじゃがそれは無理なんじゃよな」


「ええ。お任せくださ───何故ですか!酷すぎます!!私が何をしたというのですか!!」


「いかん。だんだん面白くなってきおったぞこやつ」


餌を目の前にぶら下げられたまま右往左往させられ、また取り上げられてしまったベルノルン。

ふすふすと鼻息荒く憤慨し、必死にユエに詰め寄る姿はとても王国の軍事を一手に引き受ける才女のものとは思えない。そんな彼女を見たユエは心の中で、そっと新しい玩具リストへと加えることにした。アルヴィスに引き続き二人目である。


「いやいや、わしらの目的地は王都ではないからの?観光のために数日は滞在するつもりじゃが」


「くっ・・・。確かに一言も王都で店を出すとは仰っていませんでしたが・・・では何処へ行かれるのですか!どこなら良いのですか!?」


「うむり・・・どこじゃっけ?」


「そんな。意地悪────」


ユエには全くそんなつもりはなく、単に本当に忘れているだけなのだが、またも焦らされていると勘違いしてしまったベルノルンがソファから勢いよく立ち上がり、そして大きな音を立てながらローテーブルへと思い切り膝を打ち付ける。


「ッァ・・・・・・」


「うむ・・・本気で痛い時って声出んのじゃよな・・・なんかすまんの・・・」


「いッ、いえ・・・この程度痛くなど・・・ぐッ・・・」


「あー・・・ソルや、どこじゃっけ・・・?」


膝を押さえ、小刻みに震えるベルノルンに対して罪悪感が湧いてきたユエは、ここまで聞きに回っていたソルへと水を向ける。妹が悪ノリしないことを祈りながら。


「ふふ・・・イサヴェルですよ、お姉様」


「そう、それそれ!それじゃ!」


「イサヴェル・・・?」


直前まで乗っかろうと考えていたが、しかし姉の意図をしっかりと汲み取り真面目に答えるソルと、さらにそこに乗っかる形で同意するユエ。そんな二人の目的地を聞いたベルノルンは未だ震えながらも、どうにかソファへと座り直していた。


「うむり。知っとるじゃろ?なにやら"歪園都市"などと呼ばれておるらしいが」


「無論。存じております・・・お気づきになられませんか?」


「・・・おや?」


ソルは何かに気づいたのか、小首を傾げる。ユエもまた何の事かと首を傾げていた。


「む・・・?何じゃ?どういうことじゃ」


「私の名前。思い出してみて下さい」


そう言われ、ユエは彼女の名前を思い出す。さきほど自己紹介をされたばかりであったので、流石に忘れているなどということはなかった。


「確か、ベルノルン・ヘルツ・フォン・イサヴェル────ふむ?」


「つまり。お二人の目的地は─────ウチですね」

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