第28話 刀剣女子

「おおぉ・・・なんじゃこれ、馬車の中めっちゃ広いんじゃが。ソファーまであるんじゃが」


「どうぞ。お好きなところへおかけ下さい。リンディ、お茶を人数分お願いします」


ユエとソルの二人はイサヴェル公爵家の馬車へと案内されていた。

馬車の中へと足を踏み入れれば、そこは明らかに外見と一致しておらず、不自然に広かった。

ベルノルンが移動中にも執務をこなせるよう作られているのだろう。奥には執務机、所謂エグゼクティブデスクが設置されており、それとは別にローテーブルが一脚とソファーは二脚設置されている。もはや馬車内部とは思えない、完全に部屋であった。

適当に目についたソファーへとユエが飛び乗れば、ずぶずぶと沈み込んでゆくほどに柔らかい。相当値の張るソファであることは明らかだ。恐らくソファ以外のテーブル等も高価なものだろう。


「これは空間歪曲の応用ですね。私がお姉様の"宵"を保管しているアレと同じようなものです。この馬車を作られた方は随分と腕が良いですね」


「おお、あの怪しい空間か!あれはこういう事もできるんじゃな・・・わしアレ使えんかったからのう」


ユエはそもそも空間歪曲どころか、およそ魔術と呼べるものは全て使えなかったのだが。


「これは。部屋部分を王国魔術研究局の局長に依頼して作っていただきました。高価な買い物となってしまいましたが、その分良い出来に仕上げて頂けました」


「む、やはり高いのか・・・ちなみにおいくらなんじゃ?」


「そうですね。低位貴族の屋敷であれば四軒ほどは建つかと。一番の問題は値段よりも依頼を受けて頂けるかどうかですね。件の魔術はこの国では局長しか使うことが出来ないそうです」


「くっ、ブルジョアめ・・・」


いかに低位の貴族と言えど、その屋敷は一般の家屋と比べれば十分過ぎるほどに大きい。ピンキリではあるものの、それが四軒も建つとなれば金額は恐ろしいことになるだろう。それを聞いたユエは密かに購入を検討していたのだろうか、自分も一般的にはブルジョアと呼ばれる層であるということを棚に上げて悔しそうに歯噛みをした。


(むぅ・・・移動の度に尻が痛くなる悩みから開放されるかと思ったんじゃが・・・さすがに無駄遣いか。・・・む?待てよ?)


「ということはソルにも出来るのではなかろうか?」


そう、自分には自慢の妹が居るのだ。局長とやらにできてソルに出来ないはずもないだろうと思い至ったユエは、すぐさま妹へと期待の眼差しを向ける。


「ふふ、お姉様の望みとあらば、出来ない筈もありません。馬車の中に街を作ってご覧に入れましょう」


「おお!流石じゃ!移動する街とは・・・む?管理できないのでは?」


「では移動する家を目指しましょう。そうと決まればさっそく王都で、素体となる馬車を探しましょうお姉様」


「よいぞよいぞ、夢が広がってきおったのう!」


実際には、この馬車を作るには空間歪曲魔術の他にも様々な知識と技術が必要なのだが、二人はすでに完成後のことで頭が一杯になっている。ユエは和室や鍛冶場を作れないだろうかなどと画策し、ソルは風呂の大きさに悩んでいた。そんな、各々思考の世界へと旅立ってしまった二人へと声がかかる。


「噂通り。愉快な御方々のようですね。お茶が入りましたので、そろそろこちらの世界へお戻り下さい」


その声にはっとして意識を戻せば、ベルノルンの副官であるリンディがちょうどお茶と菓子の準備を済ませたところであった。ユエとソルに合わせてくれたのか、アルヴ産の茶葉で入れた紅茶であった。彼女は気配りの行き届いた、出来る女性らしい。


「さて。改めましてお礼をさせて頂きたく。今回は我が国民を救っていただき感謝の念に堪えません。先日の共同での歪園メイズ攻略の際の助力と併せ、深くお礼申し上げます」


「よいよい、前回はわしらも仕事じゃし、今回はただの成り行きじゃ。そこまで丁寧に礼を言われると逆に居心地が悪いわい」


「助かります。そう言って頂いて少しは私も気が楽になりました」


とても緊張しているようには見えないベルノルンだったが、安堵したかのように胸を撫で下ろして見せた。それ見たユエは、何か妙な予感がしていた。傍から見れば何の問題もないようなベルノルンの態度だが、なぜだか妙にユエには引っかかる。


(いくら同盟国の王女が居るからといって、軍のトップがここまで下手に出るものじゃろうか?まさか本当に緊張していた訳でもあるまい。なんぞ別の思惑が有るような気がしてならんのぅ・・・ふむ、まぁどうでもよいな!考えたところで分からんわい!)


引っ掛かりはするが情報は足りない。その上初対面で彼女の性格もまるで分からないのだからと、ユエは考えることを止めた。ちなみにその王女はユエの隣で静かに話を聞いていた。こういった場面ではソルは姉に任せて、聞きに回ることが殆どだ。


「して、今回は結局何用なんじゃ?謝礼などと、そんな理由だけでわざわざ王国軍のトップであるベルノルン公爵が来るとは思えんのじゃが」


「ユエ様。私のことはどうか気軽にノルンと。親しい者は皆、そう呼びますので。敬称も不要です」


ユエが本題に入ろうとしたその前に、ベルノルンから呼び方を指定される。はて、他国の公爵を呼び捨てにしても良いものだろうか?

一瞬そう考えたユエであったが、本人がそう言うのだから固辞するのも悪いだろうと思い了承した。


「む、ならばわしもユエで構わんぞ」


「私もソルで結構ですよ」


「流石に。それは出来ませんよ、首が飛びますので。・・・ですが折角ですので、親愛を込めてせめて"ユエさん"と"ソルさん"でお願いします。本来ならこれも許されませんが」


「まぁ仕方ないのう」


ちゃっかりソルも乗りかかっての提案であったが、いくらなんでも他国の王族を呼び捨てには出来ないということで拒否され、どうにか妥協案で落ち着くこととなった。


「さておき。本題に入りましょうか。とはいえ大層な理由は無いのです。本当に、ただ一度お会いしてみたかったというのが理由です。これでも忙しい身でして、こうして歪魔を理由にでもしないとそうそう自由にも動けません。この機を逃せば当分の間お会いできそうに無かったので、今回はこうして無理やりにご挨拶に伺った次第です」


彼女は王国統括騎士団長であり、近衛隊の指揮も執る軍のトップである。国の外はおろか、王都の外へ出るにもそれなりの理由が必要になるために、どうにかして会いに来たということらしい。


「存外大胆な性格しとるのぅ・・・じゃが、何故なにゆえわしらに会いたいなどと思うたんじゃ?ソルは王女とはいえ国のトップというわけでもないし、わしは見てわかるじゃろうが正当な王族ですらないぞ?"歪魔を倒したから"ではちと弱いじゃろう」


「確かに。一度お会いしたかったというのは偽りなき本心ですが、歪魔を倒したから、というのは建前です。先日貴国と共同で行った歪園メイズ攻略時の報告を第二騎士団長から受けておりまして、彼の話すお二人の力に強く興味を惹かれた、というのが実際の理由です」


ユエには彼女が嘘を言っているようには見えなかったが、だからといって本当の事を言っているかどうかも分からない。こういったものは妹の領分だろうとソルのほうへ顔を向ければ、姉が自分に判断を委ねるであろうことを分かっていたソルから首肯が返ってくる。嘘ではないだろう、と。


「ふむ・・・つまりソルの刺した楔が機能した、ということじゃろうか?」


「保険のつもりでしたが、団長は存外口が軽かったようですね」


シグルズとアルヴィスが想像した通り、あの時ソルが二人に対して魔法の説明を行ったのには理由があった。つまりはもしシグルズが口外しないという約束を破り、報告という形で王国の上層部へと情報が渡った場合の事を考えての警告、あるいは牽制である。そうしておいて、今ベルノルンが自分たちに会いに来たということは、目の前の統括騎士団長が"魔法"の事を知ったということではないか。ユエとソルはそう考えていた。


「いいえ。彼の名誉の為に否定させて頂きますが、お二人の考えているような事はありません。彼からは『アルヴと戦争をするな』と言われたのみで、その他については黙秘されました。騎士が剣に誓った約束を違えることなどありませんし、私も聞き出してはおりません。・・・単刀直入に言いましょう。私は気になるのです。ユエさんが────」


「ほ?」


「あら」


これ以上回りくどい会話を続けても埒が明かないと思ったのだろう。だが意を決したようにベルノルンから放たれた言葉を聞いて、ユエとソルは驚くよりも呆気に取られた。つまりそういうことなのか、とユエの顔が徐々に朱くなってゆく。


(・・・・気になる?わしが!?なんじゃ、つまりこいつは・・・)


「な・・・おぬし急になにを・・・」


「────腰に佩いておられる、その武器が」


違った。


「・・・」


一瞬で真顔に戻ったユエは対面に座るベルノルンへと無言で近づき、そそり立った髪で殴打する。


「紛らわしいわ!!」


「痛い。・・・え、何でしょう、私は何か失礼をしてしまったのでしょうか」


ユエは勘違いをしてしまった恥ずかしさを誤魔化すため、ひとしきりベルノルンの頭を殴ったあとで席へと戻った。ぷりぷりと怒りながら足を組んでお茶を飲むその姿はとても偉そうである。そんなつもりなどまるで無かったベルノルンは不思議そうに自らの言葉を遡り、しかし思い当たらずに小首を傾げる。


「なんでもないわい。・・・で、この"氷翼"が気になると言うたかの?」


「そうです!"氷翼"というのですか!?初めて見る武器ですが、形状を見る限り刃物ですよね?どなたの作でしょうか?どこで手に入れられたのですか?材質は何なのでしょう?ああ、未知の刃物。素晴らしい。古今東西様々な刃物を見てきたと自負しておりますが、まだ未知のものが存在していたとは。宜しければ拝見させていただけないでしょうか」


「ぬおお!?なんじゃ急に早口になりおって!分かった!見せてやるわい!ち、近い近い!」


「ふふ、あらあら」


今までの冷静な出来る女然とした態度は何だったのか、ベルノルンは祈るように両手を組み、早口でまくし立てながらユエへと迫り寄る。立ち上がり身を乗り出している彼女は、息が当たるほどにユエの顔近くまで迫っている。ソルはといえばどうやら面白くなりそうな気配を感じて、とりあえず泳がせる態勢に移行していた。

ユエが鞘から刀を抜いて見せれば、彼女の勢いはいや増すばかりであった。

ユエが先ごろ、彼女から感じていた妙な予感はこれだったのだ。


「ああっ・・・なんて美しい。薄い刀身に片刃。一目で分かります、まさに"斬る"ことに特化しているのであろうこの形状。これが命を奪う為の武器であることを忘れてしまいそうなほど、まるで美術品のように滑らかでありながら、一度ひとたびその身を躍らせれば断てぬものなど無いのではと思わせる剥き出しの殺意。切っ先の曲線など見事としか言いようがありません。柄の部分の装飾も華美ではないにも関わらず洗練されていて・・・ハッ!この刃にうっすらと浮かぶ文様のようなものは一体───────あら?」


ベルノルンはすっかり自分の世界へと旅立ってしまっていたが、ふと副官であるリンディが自分にじっとりとした眼を向けてきていることに気づき、ようやくこちらへと戻ってきた。そうしてどうやら自分の悪いクセが出たことに思い至り、もはや今更ではあるが体裁を取り繕って見せる。


「コホン。私としたことが失礼致しました。お恥ずかしながら、私は刃物に目がないのです」


ソルはそんな彼女を微笑みを浮かべ眺めている。一方ユエはといえば。


「ベルノルンや」


「はい」


「おぬし──────合格じゃ!!」



彼女の変貌ぶりをみてなお、引くどころか喜色を浮かべ、彼女の肩を叩いていた。

こうしてベルノルンは何かに合格したのであった。

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