第27話 対面

その後、七人はそれぞれ好き放題に過ごしていた。

皆、野営もしたことのない上品な貴族とは程遠い。宿が無いから眠れないなどとのたまう者は一人もおらず、全員が「ちょっとキャンプに来ました」くらいの気持ちであった。

うち一人は正真正銘の王族であるが、そんなことは何も言わないし、誰も知らないことである。


探索士の三人はもちろん、世界中を旅して巡っていたブラギも野営には慣れている。護衛に関しては先ごろの戦いを見れば何の心配も無いことが分かっているので、迎えが来るまでは適当に暇を潰していればよいだけだ。彼はこの数日、木陰に寝転び詩を考えているらしい。


意外にも、学園生であるエリーも同様だった。

今の状況で自分に出来ることがないと理解しているので、ならば休暇が伸びたとでも思うことにする、とは彼女自身の言葉である。学園では当然魔術の授業も行われており、せっかくなのでソルに教えを乞う事にしたらしくサラと共に実技込みでこの数日指導を受けている。


ソルの講義はしっかりと理論立てて説明してくれるので非常に分かりやすいらしく、分からない部分については何を質問してもすぐさま答えが返ってくるので、エリー曰く学園の授業よりもよほど有意義とのことだった。それもその筈、ソルはミムルと並び世界中でも右に出るものは居ないほどの魔術の達人である。本来ならば乞うたところで教えを受けることなど出来ない相手で、しかも王女である。


エリーとサラは知らずのうちに、世界中の魔術関係者が羨むような環境で学びを得ているということになる。無論たった数日で唐突に実力が上がるわけではないが、発想や考え方が変わるだけでも二人への影響は計り知れない。自分では気づけない事というものは多いもので、ほんの少しのきっかけを貰えるだけでも先へ進むことができるのが魔術というものだ。


「なるほど・・・学園では教えてもらっていないようなことばかりで目から鱗が落ちっぱなしね・・・」


「学園を卒業してから探索士になって、今まで結構長くやってきたけれど、私も知らないことばかりだわ。はぁ・・・やっぱり三級探索士なんて、まだまだお尻から殻が取れた程度のひよっこなのね・・・」


「ふふ、魔素を魔力へと変換する過程に人それぞれ違いがあるように、魔術の修練もまた個人によって向き不向きが存在するのです。なので本来は学園で教えてもらえるような普遍的な方法よりも、個別に修練の方向性を定めるほうが良いのです。とは言え多くの学生達を相手にそれを行うのは現実的に不可能ですから、仕方のない部分でもありますね」


魔術師として大成したいのであればやはり師を得ることが重要なのだ。個別指導を受けられる環境というものは、優れた魔術師にとって一つのボーダーであるとも言える。


「ということはソルさんにも師匠っているのかしら?」


「もちろん居ますよ」


「ねぇ、どんな人なの!?こんなに凄い魔術師の師匠ならそれはもう凄い人だったりするんじゃない!?」


二人の興味は次第にソルの師の話へと移っていた。

彼女にとって師は二人居る。魔術の師であるミムルに、魔法を使う上で重要な魔素の操作方法を与えてくれた義姉である。どちらも敬愛すべき師であるが、ソルにとっての一番はいつもユエである。


「私には二人の師が居ます。一人はお姉様ですね」


「えっ、ユエさん?あんなに強くて魔術も使えるの?それもソルさんに教えるほど・・・!?凄い!」


「ふふ、お姉様は至高の存在です。それに気づくことかできたサラさんも今、一歩"登り"ましたね」


「サラさんも染まりだしたわね・・・それで、もう一人は誰なのかしら?」


「ミムル・リル・アルヴという方ですね」


「「──────え゛?」」


ただ話の種に、興味本位で聞いただけであった二人が揃っておかしな声を上げ固まってしまう。かのエルフ種の老人は世界的に有名である。魔術師界隈では長らくその頂点に君臨する、正真正銘の大魔術師だ。そんな名前が飛び出せば固まるのも無理はない。


「もしかすると、今は私の方が強いかもしれませんね」


「・・・どっち?どっちだと思う?・・・冗談?」


「いえ・・・でも先日のアレを見るとあながち・・・でも・・・」


「もちろん冗談です」


もちろん事実なのだが、ソルも信じて貰えるとは思ってはいない。有名過ぎる名前が出ればそうそう信じられなくなるを狙ったのである。

事実ではあるし知られて困ることでもないが、説明するのが面倒だったのだ。彼女は意外と、自分のことを説明するとなると面倒臭く感じてやり過ごそうとする傾向にある。姉のことであれば何時間でも喜んで語るのだが。


「上手く誤魔化されちゃったわね。ま、無理に聞きたいというわけでもないから構わないのだけれど」


「それよりも手が止まっていますよ。サラさんは右手から魔力が漏れてます」


「ああっ!苦労して制御したのにっ!!」


こんな具合にエリーとサラは充実した数日間を過ごしていた。ソルもまた他人に何かを教えるということが無かったため、存外楽しめていた。


そして問題はユエと共にトリスの森へ入っていった男達である。

彼らもまた、先の戦いでのユエを見て教えを乞おうと思い、ユエに頼み込んで鍛えてもらっていたのだが、非常に残念な事になっていた。


そもそもユエは感覚派である。天才と言っても過言ではない。むろん彼女も、才能に胡座をかいて努力を怠っているなどということは決して無い。だが悲しいかな、彼女は「こうしたい」と思って動けば実際にそれが出来てしまうのだ。それを他人に教えるとなるとどうなるのか。


「阿呆!なんでそうなるんじゃ!さっきも説明したじゃろ!サッとしてガッと行ってドンじゃ!」


「くっ・・・俺達は師を誤ったのか・・・?」


これがその結果である。

現在彼らはトリスの森のすこし奥まった地点で、ラタトスクを相手に実戦形式で鍛錬を行っていた。なんとか敵は倒せたものの、イヴァンは膝を付きムンは地面にうつ伏せで倒れ伏していた。


「す、すまない。もう一度説明してもらってもいいかい?」


「だから、敵がこう正面からブワーっと来るじゃろ?そうしたらサッとしてその剣でガッとやるんじゃ。あるいはグッと行ってもよいな。そしたらあとはドンじゃろうが。簡単じゃろ?」


ユエは人に物を教えるセンスが絶望的なほどに無かった。そして語彙も貧困であった。極めつけは擬音だらけの説明である。これで理解しろという方が酷だろう。


彼女自身は普段、小難しいことを意識し考えて身体を動かしているわけではない。それこそ「大体こんな感じじゃろ」くらいの感覚で動いている。だがそれでも、その身体能力と前世より生まれ持った才に加え、義母からの教え、そして聖樹の森での経験が合わされば望む通りの結果が得られるのだ。他の者からすれば巫山戯ふざけるなと言いたくなるような生き物だった。


料理の際に調味料をどばどばと投入し「大体このくらいね」と言っているようなものだ。教えられる側からすれば、頼むからちゃんと分量を教えてくれと言いたくなるだろう。


「ニュアンスは伝わってはいるんだ。その、詳細というか、もうちょっとアドバイスを・・・」


「これ以上何を言えばいいんじゃ!むっ、さては誤魔化そうとしておるな?ちなみに今日も出来なかったら罰ゲームじゃぞ」


「ッ!?くっ・・・うおおおおおおおッ!」


この巫山戯た鬼娘が考える罰ゲームなど怪しすぎる。そんなものを受ける訳にはいかないとばかりに、雄叫びを上げるイヴァンは次のラタトスクへと向かっていく。ちなみにムンは地面の上で既に諦めていた。

その数時間後、ユエにずるずると引きずられながら野営地へと戻ってきた彼らは酷く哀れな姿であった。

そう、彼らは師を誤ったのだ。



* * *



そうしてこの場所で野営を初めて五日目の朝、ようやくこの生活も終わりを迎えようとしていた。

ユエが樹に上り、遠く王都の方角を眺めれば、なにやら馬車が四台こちらに向かってくるのが見える。先に行かせた彼らから話を聞き、寄越した迎えであろう。気になるのは妙に立派な馬車が三台に黒塗りの厳つい馬車が一台という編成であったことだ。


「うーむ?・・・なんか妙に物々しい気がするんじゃが、本当に迎えじゃろうか、あれ」


「どういうことだい?どこかに何か旗とか見えないかな?というか本当に眼がいいね。ボクはまだ豆粒よりも小さくしか見えないんだけど」


同じく隣の樹へ登ったムンからはまだ見えないらしい。彼は部隊パーティ内では斥候の役も務めておりもちろん視力は高いのだが、ユエと比べれば形無しであった。


「ふむり・・・おお、確かに旗が見えるのう。白地に黒い・・・なんじゃろあれ。竜、ドラゴンかのう?あと二本の交差した金の剣模様じゃな。他の馬車は・・・剣と盾に引っかき傷のような模様もあるのう」


「白に黒竜・・・。うーん・・・うん?・・・まさか、もしかして黒い馬車だったりする?」


記憶の中にある、思い当たりそうな紋章を探していたムンが恐る恐ると言った様子でユエに確認を取る。まるで、違うと言ってくれとでも言いたそうな顔である。


「おお、それじゃそれ。なんか厳つい真っ黒な馬車が真ん中におるのう」


「嘘でしょ!?なんで!?やばいやばい、皆に伝えなきゃ」


「なんじゃ慌てて。迎えなんじゃろ?」


「剣と盾の引っかき模様は第二騎士団の隊章だよ!問題は黒い馬車!白地に交差した金の双剣は第一騎士団!黒竜、つまりジルニトラはイサヴェル公爵家の家紋!つまり・・・」


(器用じゃのう・・・もはや猿では?)


そう早口で説明しながら樹を滑り降りていくムンの姿を見て、ユエは呑気にそう思っていた。

結局どういうことなのか、今ひとつ分かっていなかったユエはムンの後を追うようにぴょいと一息に樹から飛び降りる。下ではムンが焦った様子で皆を急かしていたところであった。


「はいはい皆片付け片付け!急いで!」


「ふわぁ・・・ふぅ。ちょっとなによ急に。お迎えじゃないの?」


サラは最後に見張りをしていたため、つい今しがたテントへと入って眠ろうとしていたところであった。

眠りを妨げられ、不機嫌そうに欠伸あくびをしながら、騒がしくしているムンへと文句を言うためにテントから這い出してきたところだ。


「それどころじゃないから!理由はわかんないけど、統括騎士団長が来てる!」


「・・・あんた寝ぼけてるんじゃない?」


「ムン、それは流石に信じられないな。見間違いじゃないか?」


突拍子もないムンの発言に、イヴァンですら疑う始末である。

ちなみに、ユエはすでに椅子へと座りソルに入れてもらった熱い茶をのみながらのんびりしており、ソルはその後ろでユエの髪を整えていた。エリーやブラギなどは未だにテントの中である。こうなってはもはやどうにもならないと、ムンは肩を落とすのだった。


そうしておよそ一時間ほど経った頃、数人の騎士が馬にまたがり一行の元へとやって来て、そのうちの一人が挨拶とともに確認をとり始めた。


「私はエルンヴィズ王国第二騎士団所属、副団長のアルヴィス・フォン・セントクレアと申します。トリスの森より発生した半人型歪魔と交戦及び乗合馬車の救援を行った護衛の探索士というのは、貴方がたで間違いないでしょうか?」


「はい、我々で間違いありません。重症の者が居たので、馬車を先に王都へ向かわせたのです。丁度そろそろ退屈してきたところでした」


「無事でよかった。一先ずは感謝を、我が国の民を救って頂き、ありがとうございました」


他の面々は未だテントで寝ているか、優雅に茶を飲んでいるかであったため代表してイヴァンが騎士団の対応を行っている。さすがにサラとムンはイヴァンの後ろに控えている。

一行はすっかり忘れていたが、そもそもの発端は半人型歪魔が現れたことである。つまりそれは騎士団が出撃するに十分な事件であり、こうして彼らがここに現れるというのは不思議なことではなかった。


「直ぐに皆さんを乗せるための馬車が来ます。我々は本隊に先んじて確認に参った次第です。お疲れでしょうし、詳しいお話は帰りの馬車ででも──────」


「む、誰かと思えばおもらし娘ではないか」


そうしてアルヴィスは恙無く話を進め、まとめようとしていたところで言葉を切ることとなった。報告を聞いた際にリストにあった、鬼人族とエルフ種族という情報から、もしやとは思っていた。そして自分のことをこうも弄る相手など、アルヴィスには一人しか心当たりがなかった。


「誰がおもらし────くぅ、やはり貴方達でしたか・・・」


「うむ、何を隠そうこのわしじゃ!」


「ふふ、そして私です」


別れ際、ユエがシグルズに対して放った言葉通り、随分と早い再開であった。

アルヴィスとしてはもちろん嬉しくもあるのだが、すっかりイジられキャラが定着させられていたために非常に複雑な心境でもある。


「お久しぶり・・・というほど日は経っていませんでしたね。何故このようなところに────いえ、やはり挨拶は後にしましょう」


ともあれまずは挨拶を、と思ったアルヴィスだったが、しかし今回はそうもいかないことを思い出す。


「ふむり。それは後ろの統括騎士団長?とやらが関係しておるんじゃろうか?わしらは別に用はないんじゃが」


「その通りです。今回の私は貴方がたへの仲介が主な任務です。恐らくお二人がいるであろうことは報告の時点で想定されていましたので。端的に言えば、興味があるので会ってみたい、だそうです」


つまりはこういうことである。

先に王都へと向かわせた者たちからの報告が騎士団へと周り、その際伝えられた情報の中に残った人員の人数と特徴があった。この時点で鬼人族とエルフという珍しい組み合わせからユエとソルではないか、という推測がアルヴィスとシグルズによって立てられる。牛頭と馬頭という半人型歪魔が関係していたこともあり、上へ上へと回されたその報告は統括騎士団長まで到達───正確には既に他の書類仕事に埋もれていたシグルズが回した───した。

結果、以前のシグルズの報告により二人に興味を持っていた統括騎士団長がわざわざ来た、というのが今回の経緯である。


「なるほどのぅ・・・」


「ところでユエ殿のその頭は一体・・・?」


そう説明を終えたアルヴィスは先程より気になっていた部分へと触れる。現在のユエの髪は、ソルの手によって、天高く突き上がる一本の角のようにそそり立っていた。


「昇天ペガサス型歪魔ミックス盛りです」


「なんですって?」


「ですから昇天ペガサス型歪魔ミックス盛りです」


ソルがそう答えるも、アルヴィスの疑問はまるで解消されなかった。その奇抜すぎる髪型には一体どういう意味があるのだろうか。考えれば考えるほどに深みへと嵌っていくのを感じていた。


「なにやら身分の高い方が来られる雰囲気を感じましたので、舐められてはいけないと思いまして」


「おお、なんか頭が重いと思ったわい!」


「もう好きにして下さい・・・私は知りませんからね!」


結局アルヴィスは考えることを止め、放置することに決めた。どうせもう後続が到着する頃で、今更間に合わないだろう。

結局先触れであるアルヴィス達よりも遅れること数十分、一行の前には黒塗りの厳つい馬車が停まっていた。先程からのやり取りをみていたイヴァン達はもはや気が気ではない様子である。


「し、知り合いなのかい・・・?」


「いや全く。そこの副団長とは顔見知りじゃが」


「それも凄いことだと思うんだけどね・・・」


まるで緊張する様子もないユエとソルを横目に、緊張しっぱなしであるイヴァンたちはずりずりと後退り、できるだけ距離を離そうと試みていた。しかしそんな彼らの抵抗も虚しく、馬車の扉が開くと同時に一人の女性が現れる。


「どうも。お待たせしてしまい大変申し訳ございません、ソルブライト・エル・アルヴ殿下、そしてその姉君であらせられるユエ様。私はエルンヴィズ王国に於いて統括騎士団長を努めさせて頂いております、ベルノルン・ヘルツ・フォン・イサヴェルと申します。以後、お見知りおき頂けますと幸いです」


漆黒の髪とスカートを少しだけ風に揺らし、馬車から降りるやいなや、すぐさまカーテシーを行うベルノルン。


「わしじゃ」


「私です」


だが初対面はこうして台無しとなった。

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