第26話 居残り
周囲の歪魔を全て倒し終えた一行はすぐさま方針を相談し合いを行った。
二台の馬車のうち片方は破壊され走行不可になっており、馬車を牽く馬もダメになっていた。にも関わらずユエ達の人数が八人、あちら側は七人の合計十五人である。いくら大きい馬車とはいえ流石に無理があるのは誰の目にも明らかだ。更に一人は応急処置こそ済ませたものの重症を負っており、馬車と徒歩でのんびり王都へ向かうなどとは言っていられない状況である。
ここから王都までは凡そ三日ほどで、馬に無理をさせて急いだとしても二日はかかるだろう。その間に怪我人が死んでしまう可能性を考えれば、採れる選択肢は一つしかなかった。結局、何人かをここへ残し、ユエ達が乗ってきた馬車を使って怪我人を王都へ連れて行くということで方針が決まる。
ちなみにユエとソルはこの話をしている間、牛頭と馬頭の持っていた鉄棒を蹴り転がして遊んでいた。そういう話になるだろうと分かっていたし、元気の有り余った自分たちが残るのは当然であるので、話し合いに参加する必要もなかった。そういう理由で遊んでいたのだが、それにしても緊張感がない二人であった。
最終的には怪我人と、護衛も兼ねてその仲間の二人、あとは御者二人と三人の乗客といった具合に決まった。要するにユエとソル、イヴァンとムンとサラ、エリーとブラギが残るという、今までの面子で留守番と言う訳だ。御者の男は、護衛の三人はともかくとして、乗客を残して先に行くことに非常に申し訳無さそうな顔をしていた。だが時間が惜しいからと、サラに尻を蹴り飛ばされて急いで出発していった。
そうして残された七人は現在、野営の準備を終えたところである。
さすが探索士というべきか、もともと護衛の三人はそれぞれ小さめのテントを一つずつ持っており、今回はそれを男女で分けて使うことになっている。無論人数の多い女性側が二つ、男性側が一つである。
女側はテント一つにつき二人で使えるが、男側はテント一つに三人である。むさ苦しいことこの上ない。どのみち夜は二人づつ交代で見張りと火の番を行う予定なので、それほど問題はなかったのが幸いだった。
既に夜の帳も折り始めたころ、諸々の取り決めを終えた彼らは食事の準備をしつつ、火を囲んで話をしていた。つい先程までの事を考えれば話題には事欠かなかった。
「まったく、今日はなんて日なのかしら。まだ心臓がうるさい気がするわ・・・正直ダメかと思った」
「いやいや、僕が余計なこと言った所為かなと途中本気で悩んだよ。まさか旅の間に歪魔と遭遇するなんて経験を二度もするなんてね」
エリーはしっかりとした印象を受けるが、実際にはまだ学園生だ。実戦に巻き込まれるなどという経験を
すれば弱気になってしまうのも頷けるだろう。ブラギは対照的で、どこか余裕を感じさせるような態度だ。それが経験から来る大人の余裕なのか、それとも強がりなのかは分からないが、これまでと変わらない様子に見える。
「学園生のうちに歪魔との戦闘、それも半人型との戦いを経験するなんて、よっぽど運が悪いと見えるね。ある意味貴重な経験かもよ?戻ったら同級生に自慢できるね」
「うるさいわね。言われなくても自分の運の悪さを痛感してるわよ。それに経験なんて言っても遠くから眺めてただけよ、女神様に祈りながらね。でも話のネタにはなりそう。信じてもらえればだけれど」
エリーは以前に自分を図太いと評していたが、実際そうなのだろう。すでに思考は前向きへと変わっていた。得難い経験なのは間違いないが、生命の危険を
「それもこの二人のおかげだよ。本当に凄かった。君たちの乗る馬車に同行していて本当によかった」
そこへ食材を投入し、あとは煮るだけなった鍋を持ったサラとムンも合流する。
「私は今でも信じられないんだから。探索士になってもう十年くらい経つけれど、一人で半人型の歪魔二体を一方的にボコボコにするような人初めて見たわ」
「ソルさんの魔術も、ヤバかったよね。何が起きたのかすらよくわからなかったよ。ただ何か凄い音がしたと思ったら、目の前の敵がもう死んでた」
三人は口々にユエとソルを褒めそやす。それほど彼らの受けた衝撃は大きかったのだ。イヴァンなどはまるで英雄を目にしたかのように目を輝かせていた。
「む・・・なんじゃ褒め倒しおって。やめいやめい!何も出ぬぞ!」
「皆様もようやくお姉様の魅力の、その一端に触れることが出来たようで何よりです。ようこそ、こちら側へ。この飴をどうぞ」
褒め倒され、照れるように手を払うユエと、新興宗教の勧誘員と化したソル。
二人ともアルヴを出て日が浅く、褒められることに慣れていなかった。
「正直に言うと、初めユエさんが飛び出したときは、頭を抱えそうになったんだよ。でも俺が間違っていたと分かった時には本当に興奮したよ。俺の憧れた、手の届かないほどの強者の戦いが見られる、ってね」
「ソルさんはソルさんで、見たことも聞いたこともないような魔術を使ってたわよね?私あのすっごい音に痺れちゃったのよ!あれはオリジナルなの?私でも練習すればできるかな?」
「落ち着きなよ二人とも。・・・ああ、でも本当に凄かった。どうしてこんな二人が今まで知られていなかったのか不思議でならないよ」
三人はまだまだ褒め足りないと言わんばかりに、矢継ぎ早に言葉を投げつける。
落ち着くよう宥めるムンでさえ、興奮を抑えきれていない。
「相手が弱かっただけじゃ。わしがやったのはただの力押し。普通の相手ならそうそう通らんじゃろ」
「・・・本気で言ってるのかい?半人型歪魔はその大半が、一級探索士や騎士団長クラスでないとまともな戦いにならない相手だよ。それにあの二体、牛頭と馬頭は有名な歪魔で、彼らだってああも一方的な勝利は難しい筈だ。それこそ"
「そんな大層な相手かのう・・・昔森で戦った猪の方が強かったと思うんじゃが」
ユエにとって最も手強かった相手は、今のところ件の猪型歪魔であるらしい。彼女に大怪我と呼べるほどのダメージを与えた相手は唯一だっただけに無理もないかもしれない。
「・・・一体どんな森で育ったんだい?・・・いいや、止めておこう。聴くと後悔しそうだ」
「酷い言い草じゃのう・・・」
ほんの数時間前まで生命のやり取りを行っていたその場所で、結局その後も会話は途切れることなく夜は更けていったのだった。
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