第23話 吹雪

幼い頃から個人技ばかりで生きてきた。

ピアノの演奏にしてもそう。合奏などはしたことがない。

格闘技にしてもそう。ただ目の前の相手を倒すだけ。

その生まれついての才が、圧倒的な個の才が、彼女に輪の中で生きることを許さなかった。そういう環境で育ってしまったが故か、彼女はチームワークを知らなかった。


もっとも、これは彼女にも問題がある。例えば球技、サッカーやバスケットボール等、複数人で同時に行うスポーツであれば、味方を活かすよう動きを徹底すればよいのだから。

だが彼女は、自分がボールを持てばただゴールを目指すだけであった。なまじそれが出来てしまう能力があったがために、それが最善だと幼いながらに思ってしまっていた。

周囲の味方にパスを出すよりも、自分で得点しまったほうが確実なのだ。そしてそれは事実であったから。


幼い頃に行う球技、学校等で学ぶその目的の主は、協調性を養うといった部分だろう。もちろん結果が伴うに越したことはないだろうが、それよりも大事なものがある筈だった。

彼女はそれに気づけなかった。達観し、結果を優先してしまった。


この世界に生まれてからもそんな状況は変わらなかった。

ただ義妹と二人で歪園を駆け回り、戦いを学び、育ってきた。おかげで二人の呼吸は阿吽となったが、いずれにせよたった二人ではチームワークとは呼べないだろう。義妹であるソルがユエに合わせることを選んだということもあるだろうが、基本方針は前世とほぼ変わらない。それは刀の鍛錬にしても同じことだ。


これはただ不幸だったのか、それとも彼女が悪かったのか、それは誰にも分からない。だがどちらにせよ、結果として彼女は協調性を欠いた、ということだけが事実であった。



そんなユエはこの数日、馬車の護衛であるイヴァン、サラ、ムンの三人の戦いを見学していた。だがいかに彼女といえど、数度見た程度で『連携』という名の抽象的な概念を自在に実践など出来るはずもない。もしも『連携』に常に決まった動きが存在するのなら、彼女は一目でやってのけたであろう。


ともあれ彼女は彼女なりに答えを出していた。

自分が味方を活かすなど、急ごしらえで出来ることではないと理解している。ならば自分は今自分に出来ることをすれば良いだけ。味方も味方の出来ることをすれば良いだけだ、と。

結局今までとやることは何も変わっていない。これをチームワークなどと言っては鼻で笑われるだろう。

だが、心構えは変わっていた。


チームワークとはつまるところ味方を信じ、任せることなのだろう。

自分が失敗すれば味方も失敗するなどと決めつけていた。それが思い上がりだと気づかされた。たとえ自分が失敗したところで、仲間が成功していればそれでうまくいくのだ。

そしてその逆もまた然り。味方が失敗した時には自分が成功すれば良い。『出来ないだろう』ではなく、『出来るだろう』と決めつけることが、今の自分にとってのチームワークだ。


おそらくこの考えは正解ではない。それは分かってはいる。


だが、と同じだ。そうと決まれば、あとはやるだけだ。

屋根の上で前方を睨みつけるユエの眼に、焦りは無かった。


「実際のところ、二人は何が出来る?どの程度やれるんだい?」


トリグラフを発ってからこちら、ユエとソルは一度も戦闘していない。

恐らくこれから厳しい戦いへと身を投じることになる、と感じていたイヴァンからすれば、二人の実力を確認しておきたかったのだろう。何が出来て、何が出来ないのか。ユエの横、馬車の上へと座り込んでいた彼の質問は当然のものである。


「なんでも、どれだけでも、じゃ」


前方を見据えたまま、自信満々に応えるユエ。


「それは心強いな」


緊張した様子で、けれど強がって見せるイヴァンは少し笑顔を見せた。

この小さな少女の自信が、苦戦するだろうという自分の予想を裏切ってくれることを信じて。


「ちなみにわし、魔術は全くつかえん」


前方を見据えたまま、自信満々に応えるユエ。


「今なんでもって言ったよね!?」


「・・・なんでもと言ったな、あれは嘘じゃ」


「その嘘要るかなぁ!?」


にやりと口角を上げながらイヴァンの方へと振り向き、どこかで聞いたことのあった台詞を吐いてみせるユエ。もちろんすぐにイヴァンから抗議の声が上がるが、既に彼女は前を向いていた。


「ふむり・・・緊張は解れたようじゃな」


「・・・確かに。恥ずかしい話だけど少し手が震えていたんだ。でももう止まったよ。それが狙いだったのかい?」


「・・・うむ」


「何の間だよ!絶対違うじゃん!やっぱりずっと適当に喋ってたでしょ!」


馬車の上で騒ぐ二人は、これから戦闘になるとは思えない緊張感のなさであった。だが一方でその下、馬車のなかに居る者たちからしたらたまったものではない。特に非戦闘員であるエリーとブラギは窓から身を乗り出し抗議した。


「ちょっと!今すっごい怖いんだから気の抜けるやりとりやめてよ!!」


「そうだそうだ!この先でほんとに歪魔が暴れていたらどうするんだい!」


「ちょっと!そういう事言うのやめてよ!そういうのって大抵、本当にそうなるんだから!」


「た、確かに・・・」


下からの野次を受けて静かにするイヴァンは、自分は悪くないのにとでも言いたげな顔で、抗議の眼をユエへと向けた。しかし彼女は目を細めて前を見ていた。


「む・・・見えたぞ。倒れた馬車とその影に人が四人。馬車を挟んで戦闘しておる者が二人。倒れておる者が一人」


「!!・・・敵は?種類と数は分かるかい?」


「あまり詳しくはないんじゃがのう・・・恐らく護衛であろう者達を囲うように猿型の歪魔が、ひいふう・・・八体じゃな」


「多いな・・・できる限り敵を引き付けつつ、最優先は馬車裏の四人の確保かな。・・・これはキツそうだ」


ユエが確認した情報をイヴァンへと伝え、イヴァンが目標を設定する。そして下の者たちにも聞こえるように声を張って伝えた。これから非戦闘員を全員守りながら。八体の歪魔と戦うなど考えたくもなかった。


「それと、護衛と歪魔の戦いを眺めるようにして森のそばに立っておるデカいのが二体おる」


「何だって?」


そう言ってイヴァンは立ち上がり、自らの眼で確認するべく前を向いた。じっと見つめ、近づいてきたその光景を目にして、そして表情を百面相させる。先程までの、歪魔の数を聞いた時の引きつったその顔から狼狽へと代わり、その次には青くしたかと思ったら、顔をしかめて臍を噛む。


「ああ、クソっ・・・最悪だ。牛頭ごず馬頭めずだ」


「なんじゃそいつらは。有名な歪魔じゃろうか」


「俺もこの目で見るのは初めてだよ・・・性質は残虐で、まるで遊ぶみたいに相手を甚振るのが特徴の、歪魔・・・だよ」


半人型など、とても戦えるものではない。通常ならば一級探索士が処理をする相手で、そうでなければ二級探索士が十人以上必要と言われている。三級探索士であるイヴァンにとっては、遭遇した時点で既に選択肢は二つに一つ。逃げるか、或いは死ぬかだ。


そうユエに説明を続けるイヴァンはすでに戦意を喪失している様子だった。先程解れた緊張は再び震えとなって返ってきた。だがすでに現場の目と鼻の先。敵も既にこちらに気づいて居る。今更方針は変えられない。


「ま、関係ないのう。あとはやるだけじゃ」


「ッ!?馬鹿を言うな!!どうにか隠れている四人だけでも拾って逃げるしか無い!本当はそれだって難しいんだ!」


だがユエは言い放つ。そんなことは知ったことではないと。

ユエは聖人ではない。世界中の全ての人間を救えるなどと思ってはいない。だが彼女は自分で思っていたよりも、どうやら我儘だったらしい。せめて自分の目に映る範囲だけでも、拾える命は拾いたいと思ったのだ。

何やら隣でイヴァンが喚いているが、もはやユエには聞こえなかった。目を細め、牛の顔をした巨体を睨みつける。


「あの二体はわしが引き受けよう。おぬしらは猿を頼む。できるな?」


「なッ・・・!何を!」


道中で見た彼らの実力ならば、出来ないことではないはずだ。最悪耐えてさえくれれば、二体を処理した後で自分がすぐに向かえば良い。


「ソル、今回はこやつらの援護を任せる」


「わかりました。御随意になさってください」


これで保険も十分。


「うむり。ではの」


倒れた馬車の、その傍へと横付けするかのように速度を落とす馬車。その頭上には既にユエは居なかった。

いつの間に降りたのか、それとも跳んだのだろうか。見上げる牛頭のその上空に、彼女は居た。

"氷翼"を腰に佩いたまま右手で柄を握り、左手は鞘へ。空中であることを除けば、それは所謂居合の構えだった。

誤解されやすいが居合術とは、鞘を利用することで刀を抜く速度が早くなる、などというものではない。

故にこれは、ただただユエの馬鹿げた力と、研ぎ澄まされた技術で為されたものだ。


「確かに、性格の悪そうな顔じゃの」


牛頭が吠え、手にした大きな鉄棒らしきものでユエに殴りかかろうとしているが、すでに抜刀態勢へと入っているユエからすれば遅すぎる。小馬鹿にするようにユエが笑い、そうして鯉口は切られた。



「──────とがめの参、『吹雪ふぶき』」



流星光底。

曇天であるというのに、ほんの一瞬光が煌めく。

いつの間にか地上へと降り立ち、ユエが納刀を済ませた頃には、牛頭の鉄棒を持っていた右手首から先が宙を舞っていた。

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