第22話 異変の兆し

何度目かの小さな戦闘を終えたイヴァン達護衛の三人が馬車へと戻ってきていた。

手には先程倒したばかりの猪の肉や皮を持ち、戦いの成果に喜び、笑顔を見せる一方で、返り血をたっぷりと浴びたその姿はまるで通り魔のようであった。

そんな彼らと、手にした獲物を交互に見やり、ユエが声をかける。


「おぬしら、傍から見たら怖すぎるんじゃが・・・どちらが敵かわからんわい」


「ごめんごめん。仕舞うまでは、どうせ汚れると思ってさ。すぐに片付けるよ」


「まぁ別にええんじゃが・・・はどうするんじゃ?」


「皮は協会に持ち込みかな。きっとそれなりの値段で売れると思うよ。牙は微妙だなぁ・・・。肉の方は今晩にでもみんなで食べよう。」


当たり前といえば当たり前だが、歪魔と違い獣は食用にもなる。所謂ジビエだ。

食用の家畜とは違い、臭みや独特なクセがあるが、調理法を工夫すれば食べられる。獲物によってはその野性味溢れる味が、かえって美味であったりする。

まして今は旅の途中なので、現地で調達出来る食料というのは貴重だ。


「ほほう。探索士としての副業といったところか」


「そういうこと。皮は服や敷物として使えるから年中それなりに需要があるんだ。逆に牙は需要が殆どないから多分売れない。武器に加工するにしたって、とても強度が足りないよ。協会に持ち込んだからといって何でも売れるわけじゃないし、その時々で買取額も変わるね。需要と供給ってやつさ」


「世知辛いのぅ・・・わし何でも買い取って貰えると思っとったわ」


ユエが読んだことのあるファンタジー系の読み物では、大概のものは買い取ってくれていた気がする。

よく考えれば探索士協会とて無限に金が有るわけではない。至極当然であった。


「例えば回復薬の原料になる薬草なんかは探索士になりたての人達がよく集めるし、なんなら一般の人からしても良い小遣い稼ぎになる。だから今この辺りでは飽和状態。持ち込んでも二束三文で買い叩かれるか、最悪買い取りすらしてもらえないね。探索士にとって、何処で何を倒して、何処に成果物を持ち込むのか。そういう情報を仕入れてくるのも重要なんだ」


「なるほどのぅ。そこらの獣を雑に倒して近場に持っていくだけでは金にならんということか・・・そう聴くと行商人のようじゃな」


「あはは、本業の歪園メイズ探索をしていない時は、確かに似たようなものかもしれないな」


ユエと会話をしながらも、イヴァンは手際よく戦闘の後片付けを終えていた。

その後サラに魔術で綺麗に洗い流してもらい、汚れの浄化まで済ませた後はすぐにまた馬車の前方へと配置に付き直す。この数日の間で、すでによく見た光景であった。

その後、馬車の中へとユエが戻れば、ソルとブラギ、それにエリーが会話をしていた。


「それにしても、この二日くらいで急に獣の数が増えた気がしないかい?」


「確かに、目に見えて頻度が増えたわね。今日だけでもう三度目よ」


「ふむり。そこの森の中で縄張り争いでもしとるんかのう」


そういって窓の外、トリスの森の方を見やるユエ。

初日は森が見えるまえに野営を行い、二日目の昼頃からトリスの森の横を通ってきた。

五日目の今日までずっと隣にあったことからも、この森林の巨大さが分かるというものである。

アルヴの森と聖樹の森を含めた、アルヴ周辺の森ほどではないにせよ、このあたりでは屈指の広さだ。


「森の内部の魔素濃度がとても高いですね。恐らく近日中に歪園メイズが発生するかと」


「えっ!?ほんとに!?分かるの!?大丈夫なの?」


森の奥を見透かすように、瞳を向けたソルの言葉にエリーが反応する。

もしもソルの言葉が真実であれば巻き込まれる危険性もある。そうなれば、未だ学生の身である彼女からすればたまったものではない。


「というより、既に発生していてもおかしくないような魔素濃度だと思うのですが・・・」


「ちょっとちょっと!やめてよホント!」


「ご心配なさらずとも、今の段階で発生していないようであれば、恐らくはまだ数日は大丈夫でしょう・・・多分」


「だから最後に不安になる言葉付け足すのやめてったら!!新学期に遅れるわけにはいかないのよ!」



優等生であるというエリーはどうやら、口では歪園メイズへの恐怖を語りながらも、心の内ではそれよりも皆勤賞を逃したくない思いが勝っているらしい。なんとなれば本音が口にも出ていた。


「おぬし実は結構余裕あるじゃろ・・・」




─────────────




「む、なんじゃ?」


トリグラフから王都への道のり、その六日目。

あいにくと天気は曇り模様だというのに、今日も今日とて馬車の屋根へと登り、景色を眺めていたユエ。

その彼女の小さな耳が、何かの音を拾った。

ユエは身体能力と呼べる全ての機能が並外れて高い。そんな彼女の耳が、聞き間違えるはずもない。


「ソル、聞こえたか?」


それでも念のため、屋根の上から窓を覗き込み、馬車の中で大人しくしている妹へと確認してみることにした。

問われる前より、義姉が何かを察知したことに気づいていたソルは、エルフ特有の少し尖った耳をぴくりと揺らし何かを探ろうとしている様子だ。


「・・・いいえ、私には何も。ですがこの先と、それに森から嫌な気配がします」


「え、なになに?どうしたの?」


そんな二人の様子とは打って変わって、エリーはどこか胸を高鳴らせている様子。

この数日間、暇つぶしといえばブラギの歌しか無かったので、さすがに退屈し始めたのだろうか。

ちなみにブラギはこの時、空いたユエの席まで使って熟睡していた。


「悲鳴、否、怒号・・・?人の叫び声と何か大きな破砕音、といったところかの。きな臭くなってきおったぞ」


「・・・え、ちょっと。本気で言ってる?何も見えないわよ?」


そう言ってエリーは前方を見やる。

突然顔を出した更に驚いた御者以外、変わったところなど見当たらない。

荷台の中へと顔を戻したエリーは、先程とは違い少し不安そうな顔であった。


「まだ随分と先じゃ。ふむり・・・少し御者殿やイヴァン殿と話をしてくる」


「お姉様、私はこのまま森の方に注意しておきます。ブラギさん、起きて下さい」


ソルはべちんべちんとブラギの頬を叩いて雑に起こす。

顔に乗せていた帽子が吹き飛んでいき、衝撃に驚いたブラギが飛び起きた。


「はいッ!!え!?・・・え、何?おはよう。ここはどこだい?」


「私も大概図太いと思ってたけれど、貴方が一番ね」


「起き抜けにいきなり罵倒されるのは・・・何故だろう、案外悪くないね」


馬車の中で緊張感のないやり取りを初めた三人を後目に、ユエはイヴァンの元へと到着したユエは説明を行っていた。その後ムンとサラを呼び集め、馬車を一時止めたのち、御者を交えて相談を行った。


恐らくこの先、いくらか進んだあたりで戦闘が起こっていること。

トリスの森内部の魔素濃度が急激に高まっていることと併せ、恐らくではあるが歪魔が前を走る馬車を襲っているのではないか、という予測。

予測が当たっていた場合、歪魔の種類や数等の詳細が不明なため、回避が優先だと考えていること。

ユエはこれらを四人に伝え、とりあえずの意見を求めてみた。


「俺もユエさんと同じだ考えだな。敵の種類も数も不明な現状では回避するのが良いと思う。とはいえ情報は得たい。遠目から視認くらいはしておくべきかな、とも思う」


とはイヴァンの発言。


「判断材料が少なすぎてなんとも言えないわね。私は皆の判断に従うわ」


そうサラが続ける。


「ボクは敵の数を見てから判断しても良いと思う。歪魔かどうかは確定していないわけだし、仮にそうだとしても一~二体ならなんとかなるハズだよ」


ムンは意外にも好戦的な案を出す。


この時点で護衛の三人の判断は、回避が一人、戦闘が一人、中立が一人。

ユエは回避するべきだと思っていたが、それは御者やブラギ、エリー達非戦闘員のことを考えての提案であり、実際のところユエ自身はどちらでも良いと思っていた。


「ふむり・・・御者殿、おぬしはどうじゃろうか?」


そうして最後の一人、この馬車の持ち主であり最終的な決定権を持っている初老の男へと水を向ける。

彼はこの会話中、ずっと不安そうな顔をして聞いていた。僅かに震えてさえいたほどだ。身を守る術を持たぬ者ならば当たり前の反応。

だがそんな彼から返ってきた言葉は意外なものであった。


「私は・・・出来れば、救助に向かいたい。この業界は昔から助け合って、皆でやってきたんだ。御者の連中は皆顔見知りみたいなものなんだ・・・それに襲われている彼らも、護衛は雇っている筈だ。もしかしたらまだ助けられるかもしれない。でも私にはそんな力は無くて・・・だからあなた方にお願いすることしか出来ないんだけれど・・・それでも、もしも皆様が『応』と言ってくれるのなら・・・私は、助けに行きたい。もちろん報酬は別で支払う。どうだろう、力を貸してもらえないだろうか」


途切れ途切れの、しかし思いの込められた懇願であった。

きっと今、一番この場から離れたい筈のその男の言葉に、四人は顔を見合わせ、そして笑う。


ユエを除き、護衛の三人は探索士である。騎士ではない。

だが、人を守り助けることに誇りを持っているという点では同じであった。

全ての探索士がそう考えているわけではもちろん無いだろう。だがこの三人はそうだったというだけの話。

彼らとて、助け助けられてここまで来たのだから。


「よし、話は決まったね。ならば急ごう、きっと時間はそう多く残されていないよ」


「乗客の皆には私から説明しといてあげるから。ほら、震えていないで急いで馬車を進めて頂戴」


「きっと王都から騎士団が来るまでには時間がかかる。うん、ボクたちしか助けられる人はいないよ」


護衛の三人は、御者の男を急かすようにしてすぐさま行動を開始した。

普段は歪園メイズへと入り、その内部で活動することが多い彼らは、時間が有限であることを身をもって知っているのだ。

実際のところ、今から向かって助けられるかどうかは五分五分であろう。

全員を、という条件がつけば現時点でほぼ不可能だった。

それでも、そうと決めたのならば行くのみ。そんな彼らはユエにはとても眩しく見えた。


「よーしよし、そろそろ身体が訛っておったところじゃ!」


この数日、ユエは彼らを見てチームワークの重要性を学ばせてもらった。

そうして、今これから実践する機会が訪れたのだ。これを逃す手はない。


(前回は、ダメじゃった。じゃが今回は・・・誰にも、怪我一つ負わせることなく終わらせてみせようぞ。力は十全。手本も見せてもろうた。ならば今こそ────)



「いざ出陣じゃー!!」



馬車の屋根へと飛び乗り、腕を組み仁王立ちしたユエが宣言する。

それと同時に、馬車は速度を上げ、音のした方へと急行してゆくのだった

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