第17話 宿の朝
「"
「そうそう!そのうちの一人が今この街に来てるんだってさ!昨日の遅くに到着したみたいで、今朝になって噂になってるってワケ!!あれ、聞いたこと無い?興味なさそうだね?あ、朝食はどうする?ウチで食べてくの?」
トリグラフへとやってきたユエとソルの二人は、初日に北通りを散策しつつ南下し、中央通りを一通り見て回ったあと、ここマロース亭へと滞在していた。
二日目は東通りの観光へ向かったのだが、東は主に居住区となっており民家の立ち並ぶ一角であったためにさほど新しい発見はなかった。とはいえ、狭い裏通りや個人経営の小さな食事処など、大通り沿いの賑わった雰囲気とは違う、街の裏側とでもいうべき閑静なその雰囲気に、それはそれで楽しんで見て回ることができた。
ユエなどは飼い犬や野良猫をみるたび、モフらせろなどと言って突撃していったものである。
そうして三日目の朝、起床し部屋から降りてきたユエに、朝の挨拶もそこそこに受付嬢───クレトという名前らしい───が勢いよく、矢継ぎ早に言葉をかけてきたところである。三日目ともなれば随分と仲もよくなり、すっかり気軽に声をかけあうようになっていた。彼女の場合は最初から気安かったような気もするが。
ちなみにソルはまだ寝ている。意外にも彼女は朝が弱いのだ。
「興味がないというか、単純に知らんのぅ・・・なんじゃ、そんなに有名な人物なんかのう?」
「マジかー、知らないかー。結構常識だと思うんだけどなー。何処の未開の地からきたのよー。確かに鬼人族はこのあたりじゃあんまり見ないけど、それにしても、ねぇ?」
「くっ、朝から煽りおる・・・あ、朝はここで食べようと思うとるから親父さんに頼んでおいてくれんか」
「まいどあり!お父さーん!朝食二人分!ソルさんまだだからゆっくりめでー!!」
クレトと話をしていると会話のペースが早くなりやすい。彼女が一息の間にいろいろと話題を詰め込むせいなのだが、おかげで朝食の用意を頼み忘れるところであった。
ここマロースは一家で経営しており、厨房はクレトの父が担当している。
その腕は確かで、初日に夕食を食べて以来ユエはすっかりと胃袋を掴まれていた。
ちなみにエナにお勧めされていた牛肉と芋と茸の甘辛炒めは非常に美味であった。牛肉からは噛めば噛むほど旨味が溢れ、ホクホクとした芋に甘辛い炒めダレと肉汁が絡み合ってコクの深い味。茸がアクセントとなりシャキシャキとして食感も楽しい、まさにエナのオススメに恥じない料理だった。
「ゔぅーい」
姿は見えないものの、クレトからの注文を受け奥の厨房から野太い声が聞こえてくる。彼女の父の声であろうそれは、怖かった。
ユエとは二日目に顔を合わせた彼の見た目は、ここマロース亭の表に掲げられているダサい看板の彼そのものであった。
厳つすぎる見た目とは裏腹に中身はただの気のいい親父であり、初対面のユエに『でかっ、こわっ!』などと言われても怒るようなことはなかった。その後すごすごと厨房に戻る彼の背には哀愁が感じられたが。
そうして食堂へと移動した二人は先程の会話を続けていた。
「で、何の話だっけ───ああ、そうそう。
「結局なんなのじゃ、それは」
「仕方ない、田舎者に教えてあげよう!」
「くっ・・・現に知らんかったせいで言い返せん・・・ッ」
そうして得意げな顔で語り始めるクレト。
ユエは、何時か必ずデコピンで壁にめり込むほどふっ飛ばしてやろうと心に決めた。
「
「なんじゃそれは・・・」
「あれ、やっぱり興味なさそ?」
「まぁのぅ・・・そもそも誰が選ぶんじゃ。それに何をもって強いとするのかもよくわからんじゃろ?」
ユエはどうにも興味が沸かない、というよりもどうでもよいといった様子だった。
強さとは何ぞや、という話だ。強さには様々な種類がある。
何も腕っぷしや戦闘技術などが強さと呼ばれる全てではない、というのがユエの持論である。
例えば力は弱くとも、頭脳明晰で技術開発や学問に力を発揮する者もいる。
逆を言えば、頭は悪いがこと戦闘となれば凄まじい力を発揮する者もいるだろう。
魔術が得意な者もいれば、武器の扱いが得意な者も居るのと同じように。要するに得手不得手、適材適所の類の話であり、一番強い者は誰か?などといった話は不毛、人によって答えは異なるものだとユエは考えていた。
そんな中で
そう思うと馬鹿らしいとさえ思えてしまう。興味が沸かないのも無理はない、とでも言いたげな様子のユエ。だがそんな疑問に応えるようにクレトが話す。
「あ、神様が選んでるらしいよ?聖国で年に一度、お告げがあるんだってさ」
「それは卑怯じゃろ!今わしが色々考えたのはなんだったんじゃ!」
この世界には大きな宗教と呼べるものは、この世界を作ったとされる女神スヴェントライトを信仰するスヴェントライト教、その一つしか存在しない。
一部の各地域に根付いた小さな信仰はあれど、世界的な規模で信徒を持つ宗教が一つしか無い故に、その世界中への影響力は計り知れないほど大きい。また一国家としての姿もあり、スヴェントライト聖国は常に中立の立場で世界各国の調停を担う、重要な役割を持った国家として古来より存在している。
クレトの話によれば、その聖国で年の初めに行われる降臨祭において女神スヴェントライトより下される様々な神のお告げの中の一つに、"
神が選ぶが故に『何を持って強いとするのか』は分からないが、『誰が決めたのか』の部分だけはハッキリしているということだ。『何のために選ぶのか』については、クレトの知るところではなかった。
ユエは別段、熱心に神を信仰しているわけではなかったが、世界的に信仰されている神が選んでいると言われれば、それにわざわざケチを付けるほど極端な無神論者ではない。
「あはは、確かに神様が何を基準に選んでるかは私達にはわかんないもんねー。でも"
「ほーん・・・」
とはいえやはり興味は沸かないのか、ひどくおざなりな相槌をうつユエ。カウンターへ頬杖をついた非常に雑な態度である。余談だが二日前から彼女用として数段高い椅子が用意されている。
「興味ないかー、くそぅ。・・・そういえばその
「ほう?ほほう?」
「ここで食いつくの!?くっ、どれに食いついたのか分からないっ!」
ついにユエの興味を惹くことに成功したクレトであったが、一息にいろいろと単語を出してしまったせいでそのどれが
「ご、五大
「ほーん・・・」
やはり頬杖をついたまま聞き流すユエ。諦めずに探りを入れるクレト。
非常に馬鹿馬鹿しい朝のやり取りであった。
「くっ・・・
「ほーん・・・」
「神器?」
「・・・ほう!ほほう!」
「やったッ!これかー!!・・・コレなの!?絶対"
「ほーん・・・」
「あぁ、しまった!」
「・・・何をしているんですかお二人共。おはようございますお姉様、クレトさん」
そんなやり取りを繰り広げていると、ソルが食堂へ姿を見せた。
呆れるように声をかけてきたソルは、つい先程までベッドで微睡んでいたという朝の弱さを微塵も感じさせない、普段どおりのクールな彼女であった。
衣服もしっかりと着こなし、髪のセットも完璧である。その手にはユエの髪をセットするための櫛などが握られていた。
「おーソルや、やっと起きてきおったか」
「おはようございますソルさーん。・・・ソルさんは今日も朝から揺れてるなぁ」
「ソル
「よしよし、日によって変わんないからねー・・・」
ユエの謎の主張はやんわりと受け流され、哀れみの目をしたクレトに諭されてしまった。
なんとか主張を通そうとやいやい騒ぐユエの後ろで、ソルはといえばさっそくユエの髪を触り始めている。
そうこうしているうちに朝食の準備が整い、厳つい店主が料理を手に席へとやってきた。
「朝っぱらから元気だなあんたら・・・今日は西の通りにいくんだろ?あのへんは出店も多いから少し軽めにしておいたぞ」
「そのつもりです。お姉様が一番楽しみにしていたのが西通りですからね。きっといろいろ食べ過ぎてしまうでしょうから、助かります」
ソルが料理を受け取る傍ら、ユエはクレトと乳のもみ合いを始めたところだった。
こうして、騒がしいやりとりと共にトリグラフでの三日目の朝が過ぎていった。
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