第16話 トリグラフ

城門の通過許可はほんの数分程度で降りることになった。

この門で行われる審査とは、地球で言うところの税関のようなものだ。積荷や持ち物に、禁止されているものがないかどうかを検査するのが主である。

禁止物とはいってもこんな世界であるがゆえに、刃物や弓等の武器が対象となるわけではなく、王国法にて輸入が禁止・制限されている物品のことで、薬物であったりその原料等のことである。


無論持ち込んだ武器を振り回して暴れたり、刃傷沙汰を起こそうものなら即座に捕縛され罪に問われる。

禁止されていないということが、許されているということではない。


当然ながら女性の身体検査等は女性兵が担当するし、兵は皆一様に慇懃である。

ユエなどは、もしや生前で読んだ本のように門兵に因縁を付けられたり、横柄な対応をされトラブルに巻き込まれたところを上役の騎士等によって解決されるのでは?などと妙に具体的な妄想をしていたが、国家、ひいてはここトリグラフ領で公に登用されている兵士たちがそのような行動を起こすなどあるはずもなかった。むしろ初めて訪れた事を伝えた二人に、街の地図まで渡してくれる親切ぶりである。


国や街によってはもしかすると、そういうこともあるのかもしれないが、少なくともここではそんな輩は居らず、兵たちへの教育は行き届いているようである。そもそも、ユエは腰に"氷翼"を佩いているのみであり、ソルも腰の後ろに"煉理"を装着しているのみであるので、武器が禁止されていない以上は因縁のつけようもないだろう。


あとは入国税を銀貨五枚分、二人合わせて十枚支払って終わりである。

一般的な宿で宿泊をすると夕食付きで一泊に銀貨五~十枚ほど取られる事を考えると、日本円換算すれば銀貨一枚でおよそ千円前後だろう。この世界の一般的な宿とビジネスホテルで一泊するのを同程度だとするならば、であるが。


微妙に肩透かしを食らったような思いであったが、問題なく街へと入ることができたことに文句などあるはずもなかった。


順番の都合、先を譲ったので同乗していた父娘とは門の前ですでに別れている。

有益な情報をくれた少女にはなにか食べ物でもごちそうしようと考えていたユエであったが、父娘は商売のためにさっさと目的の市へと向かったようで、門の周辺には姿は見えない。


「うむり・・・残念じゃが仕方あるまい。市におるのならもしかするとまた会えるかもしれんしの」


「随分とお姉様に懐いていましたね。あの子には人を見る目がありました。私からもなにかごちそうしてあげたいです」


「ではわしらも行くとするかのう!わしはとにかく買い食いしながら街を見て回りたいんじゃ!」


二人が今居るのは北門から入っててすぐの大きな広場であり、中央には噴水もある、街の玄関北口とも言える場所であった。

そこから街の中央へと向かう目の前の大きな道は、馬車が並んで進んでも余裕があるほどに広く、道の両脇にはなにやら様々な店が店舗を構えている。また街路樹が等間隔で植えられているために景観もよい。


まだ入り口であるというのに人も多く、忙しなく歩く男や何かを待っている女性、商人と思しき者の馬車など、そこかしこに賑わいを見せている。しかし残念ながらこの大きな通りでは店舗ばかりで出店のようなものは無かった。

出店で串焼きを頬張りながら街をぶらぶらする予定だったらしいユエはさっさと出店を探そうとソルを引っ張っていく。まるで祭りの日に両親を急かす幼子のようである。


「ふふ、夜まではまだ時間がありますよ。急がなくてもお店は逃げませんから、のんびり見て回りましょう」


そう諭してユエについて行くソルは、とても楽しげで幸せそうであった。


幾分か落ち着いたユエはソルを伴って大通りを進んでいく。このまま南下すれば街の中心部へと続く道。

エナの話では真ん中の通りの真ん中にあるマロースという宿がお勧めだということだったが、よく考えれば真ん中の通りとはどの通りだろうか。


「今わしらがおる北の大通りでええんかのう・・・それとも別の通りじゃろうか。詳しく聞くべきじゃったな・・・」


このトリグラフは円形の街であり、東西南北の方角にそれぞれ門がある。

そこから十字状に大通りが四本、中心部へとむかって伸びている。大通りが四本あるとなるとどれが『真ん中通り』なのかが不明である。なお領主であるトリグラフ辺境伯の城は四本の道の交差点、その中央に建っていた。


「お姉様、こちらの地図によるとここは北大通りというようですが、南側が中央通りという名になっています。そちらではありませんか?」


先程門兵から譲ってもらった地図を眺め、ソルが推測する。どうやら北門側の通りはどちらかといえば裏手に当たるらしい。


「では、とりあえず南に向かいながら観光といくのじゃ!最悪そこらの店で尋ねればよいしの」


目標の定まった二人はそれから様々な店に立ち寄りながら通りを南下してゆく。

どちらかといえば落ち着いた雰囲気の店が軒を連ねる通りらしく、やはり出店は無かった。

とはいえ二人にとってはどの店も、アルヴにあるそれとは違った佇まいで新鮮に感じられ、興味は尽きない。


装飾品店に入って冷やかしてみたり、洒落たカフェで飲み物を飲んだり。それこそホテルとでも呼べる高級そうな宿に目移りしてみたり。たっぷりと観光を楽しみながら歩き、数時間かけてようやく中央通りへと差し掛かる。中央通りは先程まで歩いていた北の通りとはまた客層が違うのか、雰囲気自体も変わったように感じられた。


「お?・・・あれじゃあれじゃ!何やら白髪のおっさんの顔の看板がでとるぞ!だっさいのう!」


店の看板を見つけ、そこにマロースの文字を見つけたユエから漏れ出たのは、シンプルに失礼な感想であった。

三階建ての大きな立派な建物で、外から一見しただけでも繁盛していそうな佇まい。

その入口の上部に、厳つい初老の男性の顔を模した大きな看板が取り付けられていた。確かにダサかった。

まだ昼時をすこし過ぎた頃だからだろうか、そこそこの数の客が昼食のために入っているようである。


「さて、まだまだ観光を続けたいところなんじゃが、部屋が空いているかわからんからの。もう面倒じゃし部屋をとってゴロゴロするのもアリじゃな。まだ初日じゃし」


「賛成です。今日はもうお部屋へ入ってしまいましょう。散策?どうでもよろしい。お姉様、湯浴みに参りましょう」


「どうでもはよくないんじゃが!?・・・そういえば風呂もあるとエナの父親が言うておったのう。よし、そうと決まれば突撃じゃー!」


そうして二人は店へと入り、食事を楽しむ客たちを横目に受付へと向かう。

カウンターで受付を担当していたのは、二人よりも少し年上に見える、恐らくは二十代半ばほどの女性であった。

くりんとした丸い目に整えられたつり眉、看板娘というよりは看板姐さんとでも呼びたくなるような赤髪の美人である。

そんな受付の彼女は受付へとやってきた二人の客に早速声をかけてきた。


「いらっしゃいませ、ようこそマロー・・・でっっっっっか!!おっぱいでっか!!」


「殴りますよ」


彼女の第一声はソルに睨まれ萎んでいった。


「いやその・・・ごめんごめん、あんまりにも大きいから・・・気を取り直して、ようこそマロースへ!本日はお食事ですか?それともご宿泊ですか?」


「いやいや、いきなり面白い娘が出てきおったのう!二人、宿泊したいんじゃが部屋は空いておるかのう」


「お客さんは運がいいよ!丁度今は部屋に空きが・・・・ちっっっっさ!!え、尻でっか!!」


「殴ろうかの」


彼女の台詞は鬼の形相で拳を鳴らし始めたユエに睨まれ萎んでいった。


「ひっ!ごめんなさッ!・・・いやぁ私思ったことがすぐ口にでちゃうんだよね。ほんとごめんなさい」


「受付としてどうなんじゃそれは」


「まぁまぁ!とにかく、宿泊だよね?一部屋一泊で銀貨十五枚!食事は別料金で、一階の食堂で好きなものを注文!いろいろあって丁度今は部屋に空きが多いんだ。好きな部屋に泊まっていってよ。風呂付きの角部屋もあるよ?金額も一緒!」


「お姉様是非角部屋にしましょうそうしましょうこちらが代金です」


客に対して失礼とも言えるような台詞を吐いたかと思えば、そのまま矢継ぎ早に話し始めた受付の娘と、すぐに切り替え有無を言わさずに銀貨を取り出し支払いを済ませたソル。出会って間もないが、この二人は馬が合うのかもしれない。

ともすれば失礼とも取れそうな態度と口調だが、不思議と彼女は気安く接しやすいと感じさせる。

こういった魅力が受付嬢たる所以なのだろう。


「繁盛してそうじゃが、部屋が空いておるのは何か理由があるんかの」


「いやーそれが聞いてよー」


彼女の話によれば、アルヴへと向かう行商人や観光客の宿泊キャンセルが相次いだらしい。

なんでも道中に歪園ができたために道が一時封鎖となり、いつ解除されるか分からないためにこの街を経由して向かう客が予定を変えた所為らしかった。

どこかで聞いたような話、というか思い切り関わっている二人は顔を見合わせる。


「その歪園なら攻略されましたよ。すぐにでも封鎖は解除されるでしょう」


「本当!?よかったー!久しぶりにお客さんがぐっと減ったから不安だったんだよねー」


歪園の件が終わってすぐに出立し順調に進んできた二人は、どうやら第二騎士団が王都へと報告に戻り、この街で封鎖解除が宣言されるよりも早くここまで辿り着いていたらしい。

情報を伝えた二人は話を切り上げ、階段を登り三階の角部屋へと向かう。

中はまるで旅館のようで、広々とした立派な部屋である。宿の庭側、バルコニー部には個室用のゆったりとした風呂があった。

残念ながら街のど真ん中にある宿であるがゆえ、庭の外周部には三階まで隠すほどの高い壁が設置されており、景観は良くなかった。とはいえ個室に風呂があるだけでも十分過ぎるほど。


風呂を見て感動するユエだったがそれもつかの間、いつの間にか素早く服を脱ぎ終えたソルの小脇に抱えられてバルコニーへと連れ去られていったのだった。

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