第二章

第14話 出立

 エルンヴィズ王国、その首都へと向かう馬車の中、鬼人とエルフの少女が二人で会話をしていた。

 途中の街をいくつか経由する定期便であり、現在は他に乗客は居なかった。人種族の御者のみである。


 エルフの国アルヴと王国を結ぶ道を塞ぐ形で現れた歪園を、王国騎士団に協力する形で攻略したあの日から七日程、ユエとソルの二人はすでに国を出ていた。


 攻略に向かう際に三日かかった道のりをのんびりと四日かけてアルヴへ帰国した日、その夜にすでに二人は早々に、かつ密かに出国していた。

 すでに準備は完了していると豪語していたソルの言葉通り、ユエは特に何も準備していないにも関わらずのスピード出立である。

 予定通りに書き置き─── 非常に軽くて適当な文章だ ───を残し、夜闇と共に国を出た。

 なお、ユエは知る由もないことだが今回の出立はエルフ王家の関係者ほぼ全員にバレており、見逃してもらっただけである。


 必要な鍛冶道具や衣類等はすべてソルが、"宵"とともに怪しい空間内で管理している。さすがに万能ではなく、その大きさは個人の技量と魔力量によるし、食料は進行速度は遅くなるもののしっかりと傷んでしまうのである程度準備が必要である。


 件の怪しい空間は魔術によって作られたものであり、少数とは言え世界には使える人間がちゃんといるらしい。アルヴ内で言えばソルはもちろんミムルも使えるし、国王であるバルドルトやアルヴの国立魔術研究局の局長も使えるらしかった。

 なおユエも幼少期にこの魔術の説明を受け、刀を次々に取り出し斬りかかるといったロマン技を想像したものだったが、まるで理解できなかったために使用をすっぱりと諦めている。


 そんな二人は今後についての相談をしているところだった。


「王都に着いたらまず食事じゃな!もはや今となっては一番の目的となりつつあると言っても過言ではないわい」


「今後のことも考えて資金は節約したいですね。騎士団長様に集りましょう」


「アホほど食うてやるわい!育ち盛りじゃからのう・・・じゃよな?」


 そういいつつ自らの身体を見下ろしてみる。

 相変わらずの慎ましい胸であった。齢十八になったことを考えれば、望み薄である。

 余談だがユエは胸が小さいくせに尻がデカいことをイジられるととても怒るが、身長が低いことは特に気にしていない。


「お姉様は今の状態ですでに完成されています。成長などされる必要はありませんよ。いいえ、しないで下さい」


「おぬしも大概捻じ曲がっとるのぅ・・・」


 ソルからしてみればナリが小さく胸も慎ましい、しかし尻だけはデカい今の状態がベストだという。

 大変に特殊な性癖に育ってしまった妹をじとりと見つめてつぶやくユエ。

 高めの身長に豊満なスタイルを持つソルが言えば、ともすれば嫌味に聞こえてしまう発言だが、この妹が本心で言っているのを知っているだけに反論もし辛い。

 ないものねだりをしても仕方ないので、ユエは話を変えることにした。決してこのままでは情けなくなるなどといった理由ではない。


「さて、では確認じゃ。目的は自分で納得できる最高の一振りを作ること、ひいては世界一の鍛冶師になること、じゃ」


「すでにお姉様の鍛冶技術は世界最高水準だと思うのですが。ルンド様も呆れる程でしたよね?」


 ルンドはエルフの母とドワーフの父を持つハーフで、アルヴに唯一の、世界的にも名の知られた鍛冶師である。

 彼の作る武具は非常に評価が高い。素材選びの段階から丁寧かつ神経質なまでに慎重に行われ、一切の手抜きを許さない。そうして作られた彼の作品は折れにくく、切れやすく、刃毀れはこぼれしにくい。そのため戦闘を生業とする者たちの間で高値で取引されていた。


 そんな彼が呆れる程となればユエの鍛造技術は推して知るべしだろう。

 そもそも彼女は前世からの経験者であるのだが。


「作刀なら、まぁそうじゃがの。それ以外の剣や槍、鏃や鎧なんかを作る技術はまだまだ及ばんの」


「そう・・・なのですか?剣や防具なども、ご立派だと思いますが・・・」


「作り方が違うんじゃ。あの御老公のことじゃからリップサービス多めなんじゃろ」


「うーん・・・でも私はお姉様の作る武器が好きですよ。それにこの"煉理"を頂いたときは、それはもう口で言うのも憚られるような状態になりましたから」


「それも一応短刀ではあるからのぅ・・・どうなったのかは言わんでよいぞ!」


 そう言ってソルはほのかに朱色がかった刀身の守り刀、"煉理"を腰から抜いてうっとりと眺める。

 桜鉄さくらがねと呼ばれる、聖樹の森で採れた鉱石を鍛えて作られたものだ。

 その他にもユエは、ルンドから様々な武具について指導を受けている。鞘であったり研ぎに関しても、だ。

 こと鍛冶について、妙に自分の腕前を下げて見るのはユエの悪い癖であった。


「さて、世界一の鍛冶師とはいうたものの、世界一の鍛冶師とはなんじゃ」


「お姉様です───と言いたいところですが話が進まないのでやめておきましょう。・・・世界一の剣士などであればなんらかの大会で勝ったり、誰も倒したことのない獣を倒す、といった明確な線引ができますからね」


「うむり。そこで、わしらが考えたのが"神器"を見つけて、ぶっ壊してやろう、ということじゃ」


「人では作成不可能と言われる神器よりも強い武器、それを作ったとなれば世界一の鍛冶師と言ってもよいのではないか。というお話でしたね」


「人前で神器ぶっ壊したら絶対怒られるんじゃよなぁ・・・別にええんじゃが」


 "神器"とは、歪園から産出された、その名の通り神が作ったと言われる武具の総称である。

 現在は六つほど見つかっており、剣が二本に槍と斧、そして杖と鎧が一つづつ。それらに共通するのはオレイカルコス、通称オリハルコンと呼ばれる素材で作られているということである。

 オリハルコンは折れず曲がらず潰れず、しかし魔力はよく通す、といったように武具を造る上で最高の素材とされていながらも、熱すら通さないが故に加工方法が不明であった。

 そもそもの産出が少ないことと相まってその一切が謎とされる金属である。

 そんなオリハルコンで作られた神器は、非常に強力な武具として有名である。


「そういうわけで、まずは活動資金を稼ぐために鍛冶屋を開く、と。その傍らで歪園へと赴き、神器を探しつつ最高の刀を造るための素材も探そうというわけじゃ」


「はい、そのために我々は現在王都を挟んだ反対、南にある街イサヴェルへと向かっているわけですね。通称"歪園都市メイズタウン"だそうです。街、なんて規模じゃないですけれど」


 イサヴェルは、エルンヴィズ王国内でも有名な場所であり、世界的にも名の知られる都市である。

 何百年、下手をすると何千年もの昔に存在したといわれる古代遺跡が歪園化した状態で地下に発見され、その上に街を作り、都市として徐々に大きく成長した。


 その規模は王国内において最大であり、王都よりも規模が大きい街とされている。

 それと同時に、地下の歪園も長い歳月により巨大化した結果、一体地下のどこまで続いているかすら不明であるという。

 "五大メイズ"と言われ、内部から産出される物資を求めて世界中からさまざまな人種が訪れる街である。


「結構距離あるのう。急ぐ旅でもなし、王都観光を間に挟んでもよいのう」


「是非やりましょうお姉様。歪園都市?どうでもよろしい。私はお姉様と湯浴みがしたいのです」


「どうでもよろしいとな」


「失礼しました。どうでもよろしくはありませんが、湯浴みがしたいのです」


「いつもしとるじゃろ・・・わし、もはや自分で髪を洗った記憶がないんじゃが」


「何度だってよろしいじゃありませんか!」


「口調が怪しくなってきとるぞ・・・」


 他の乗客が居ないせいか、ついいつものように騒がしくなる二人。御者がいることをすっかり忘れている様子である。ちなみにそのとき御者はまるで聞こえない振りをしていた。見上げたプロ意識である。

 王都へは馬車で各街を経由して凡そ二十日ほど。すでに出立して数日経っているため残りは二週間程の旅路である。道中で他の乗客が乗ればこのようなじゃれ合いもできなるなるだろう。そのせいか、今のうちと言わんばかりにソルはすっかり素の状態であった。


「ところで今確認して気づいたんじゃが」


「なんでしょうか?よい具合に見切り発車と言った感じで、大変お姉様らしくて素晴らしいと思いますが」


「バカにしとるじゃろ!!・・・いやの?神器探して、発見を宣言して、そのあと人前でぶっ壊す、って怖くない?控えめに言って頭おかしい気がしてきたんじゃ」


「ふふ、可愛い」


「ええい、微笑ましいものを見るときの表情やめんか!やっぱバカにしとるじゃろ!」


 こうして二人を乗せた馬車は王都へと進んでゆく。

 荷台をやたらと揺らしながら。

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