第12話 事後
空が燃えていた。
日はすっかりと暮れ辺りは暗闇に包まれていたはずなのに、まるで小型の太陽が昇ったかのよう。
ほんの数瞬のうちに歪魔を焼き尽くした炎は、それでも飽き足らないというかのように眼下の森を真紅に照らし、いまなおその大きさを増し続けてゆく。
もしもここが歪園内でなかったら、近隣の村や街からですら見えたであろう。
まるでこの世の終わりかと、パニックが起きていたかもしれない。
術者の制御によってきちんと抑えられていたとはいえ、あまりの熱量にその余波は地上まで達していた。
「ぬおー!熱ッ!余波があっつい!張り切りすぎじゃー!」
ぴょんぴょんと跳ねながらユエが戻ってくる。
早々に離脱を始めていたとはいえ、ほぼ真下にいたユエはその余波の直撃を受けたのか頭を両手で抱えていた。傍から見ればずいぶんとコミカルな動きであった。
「お帰りなさいませお姉様。いかがでしたか?私は期待に応えられたでしょうか」
「応えすぎじゃ馬鹿者!わしは別の魔法を使うと思うておったわい!」
「ふふ、そうだと思い意表をつくためにあえてこっちにしてみました。意外性のある女ですから」
「なんでじゃ!意表をつく意味ないじゃろ!?」
ニコニコと笑みを浮かべながら姉を迎え入れ、すっかりいつもの二人の様子へと戻る。その様子はたったいま上空を地獄の釜へと変えてしまった、その張本人達とは思えない。そんな二人をよそに、シグルズとアルヴィスは未だ燃え続ける空から目を離せなかった。
「おいおいおいおい・・・いやいや、なんだこりゃ。馬鹿かよ。俺は夢でも見てんのか?」
「この方達が何やってももう驚かないつもりでしたが・・・いえ、しかしこれは・・・」
二人は愕然とした様子でぼやいている。これだけの熱気だ、寒いはずもない。だというのに冷や汗をかく思いだった。自分たちのよく知る魔術ではありえない光景に、落ち着くまでにはいま少しの時間が必要だった。流石というべきか、騎士として転戦し経験豊富な二人は混乱こそすれどパニックに陥るなどということはなかった。その二人の精神力を褒めるべきだろう。
「・・・つーかよ、こんな攻撃が許されるのか?街のひとつくらい一瞬で無くなるぞ。しかも防ぎようがねぇ。つか小便チビリそうだ」
「私は少し・・・いえ。ともかく、これがもし自分たちに向けて放たれたら・・・そう思うと落ち着いてなど居られません。戦争で使用されるようなことがあれば勝負にすらなりませんよ・・・」
騎士として民を守る立場にある二人が、その考えに行き着くのは当然のことだった。
喫緊の脅威が去ったことに安堵するどころか、新たな脅威を目の当たりにしてしまった。そしてそれを為したのは、同盟を結んでいる
「お二人共ご安心ください。この"魔法"は基本的に歪園内でしか使用できません。それに一度使えば連発もできませんから。」
無論そんなつもりなど微塵もないソルは二人に対して説明の必要を感じ、仕組みを語っていく。
「この"魔法"は高濃度の魔素を瞬間的に大量消費します。そもそも通常の空間では発動するだけの魔素を集めることができないのです。それに周囲の魔素が枯渇するため、二射目を放つにはそれなりに時間が必要になるのです。とはいえそれを利用して歪園を解除できるほどではありませんが・・・まぁ、そういうわけですのでお二人が危惧しているようなことにはなりませんよ。そのつもりもありませんし」
「・・・なるほど。手の内を説明させちまって申し訳ねぇ」
「もちろん他言無用じゃがのぅ!絶対じゃぞ!」
「俺たちが生きてるのもあんたたちのおかげだ。恩を仇で返すようなことはしないと、剣に誓う」
そうこうしているうちに、空を灼き続けた炎はようやく収まりを見せていた。
それと同時に、周囲の世界がひび割れるかのようにゆっくりと歪園が崩れ落ていく。
予定通りとはいかず色々と波乱のあった歪園攻略はこうして終わりを迎えたのだった。
「ほれ、ではリューテの元に戻るぞー。帰るまでが遠足じゃからのぅ!」
そういって元気に歩きはじめたユエを先頭にソルが続き、アルヴィスはシグルズに肩を貸すようにして後をついて行った。
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「お帰りなさいませ、お二方ともご無事で何よりです。こちらでも歪園の解除は確認しております。うまくいったようで、私も安心しておりました。万事が万事、というわけにはいかなかったようですが・・・」
「ま、いろいろとイレギュラーはあったんじゃがな」
「どうやらそのようですね、こちらからも見えておりました。"アレ"をお使いになられたようで・・・それほどの相手でしたか」
現在一行は拠点で指揮をとっていたリューテのもとへと戻ったところである。
すでに撤収の準備へと取り掛かっていた彼は、四人がもどったという報告をうけるなり足早に駆けつけ迎え入れた。現在は、本人たっての希望で ───面倒だからという理由で─── シグルズの治療を行いつつリューテへと報告をしているところであった。
「いやー、そこの王国第二騎士団の団長殿が油断をなさったんじゃ。ついでに小便も漏らしておったぞ」
「おい!言い方!油断したことは申し開きも無ぇが・・・漏らしたのは俺じゃねぇよ!」
「ははは、すっかり仲が良くなられたようでなによりです」
ちなみにバラされた本人はシグルズとリューテに代わり、撤収の指揮をとっていたためにこの場には居なかった。どうやら彼女は唯一の弁明の機会さえ失ってしまったようである。
「まぁ諸々のすり合わせはそっちの二人で頼むわい。アレの口止めもしてあるのでな。それはそうと腕はどうじゃ、治りそうかのぅ?」
「いや、元通り治すってのはどうやら無理らしい。綺麗にすっぱり斬れていればよかったんだが、あの鉈の切れ味が悪かったせいで切断面がグッチャグチャらしい。腕を拾っておいてもらったのに悪かった。持って帰るか?」
「おっ、そうなんじゃよ。ちょうど部屋に飾る置物が欲しかったところで・・・いらんわ!!そのへんに捨てておけばよいじゃろ!」
「くくっ、芸達者な嬢ちゃんだな・・・いやいや、そのへんに捨てるのは止めてくれ」
「まったく、仕方ないのぅ・・・ほれ」
騎士団を続けることなどもはや叶わないであろうに、さして気にした様子もなく千切れた自分の腕をよこすシグルズにしっかりノリツッコミを披露した。二人とも性格が似ているのか、妙に呼吸のあった会話である。この治療テント内に本来あるべきはずの、緊張感や深刻さといったものはかけらもなかった。
シグルズにとっては己の油断が招いた結果で、自業自得と割り切っていたこともある。引退は残念だが、仕方ないと思っていた。
そんな彼の胸元にユエが何かを放り投げた。
「ん?・・・オイこれ"朝露"じゃねぇか!何でこんなもん持って・・・つか投げるなよ!!いや、それよりこんなもん受け取れねぇよ!いくらすると思ってんだ!」
「ワシらが誰か忘れたわけではあるまい。二人の親馬鹿から、ワシとユエは常に一本は持たされておるんじゃよ。・・・さすがにこのままでは後味悪いしのぅ」
世界に存在する薬として最上級である"聖樹の朝露"は、用法を守る必要はあるが身体の欠損すらも修復する。
国同士の交易でアルヴより年に数本だけ卸されるそれは、王族や高位貴族たちに珍重され、その金額はいち騎士団長程度ではどうにかできるようなものではない。しかも近年はアルヴに保管されている在庫が減ったせいもあって、輸出の数が減ったことから金額は爆発的に上昇している。一個人が普通に購入などできようもないのだ。
ちなみにアルヴ内の在庫が減ったのは、修行中にユエとソルが飲み水感覚でガブ飲みしたせいである。
「本当にいいのか?」
「むろんタダではないぞ!貸し一つじゃ!」
「・・・恩に着る」
「うむり。ではわしは散歩でもしておるのでな。本部に戻る準備が終わったら呼んでくれー」
そういってユエは退室していった。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、そして自分の手のなかの"朝露"を見つめてシグルズはつぶやく。
「色々とぶっとんでるが・・・大したお嬢ちゃんだな」
「ええ、我々の自慢の姫様方です」
微笑むリューテはとても誇らしげだった。
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