第5話 来客

 謁見中、横で控えていたミムルの腰が限界を迎えたため、バルドルトの提案で謁見の間から客間へと場所を移したところである。それからユエに遣いを出し、かれこれ三十分が経とうとしていた。直ぐに到着するなどとは思って居なかったのは確かだが、とはいえ遅過ぎた。


「大事な客人であるというのに、待たせてしまってすまない」


「バルドルト陛下、我々は願いをお聞きいただいている立場でございます。どうか、お気になさらぬようお願い致します。」


 そう謝意を口にしたバルドルトに返事をしたのは、王国からの来客である二人のうちの一人。

 歳は三十に届くか届かないかといったくらい。利発そうな顔立ちに長髪を後ろでまとめた、いかにも仕事の出来そうな人間族の男であった。


「そう言ってもらえると助かるのう。どれ、茶は口に合うじゃろうか。結構いいやつなんじゃよこれ」


「有難うございますミムル様。大変美味しくいただいております。アルヴ産の紅茶は我が王国でも大変評判ですから。我々などにはもったいないほどです」


「かたっ苦しいのう!気軽に話してもよいと言うておろうに。こやつなんぞただの偉そうな筋トレエルフじゃぞ?」


 ミムルはそう言いながら、王の腕を勢いよく叩いて見せた。尻でも叩いたかのような乾いた快音が部屋に響く。


「あ、あの・・・お願いですからおやめくださいミムル様。心臓が保ちそうにありません」


「かまわんよ。周囲の目も無いことだ、楽にしてくれ。叔父上はもう少し周囲の目を気にして下さい。威厳もなにもあったものではない。仕事を増やして差し上げようか」


「ワシは二人の緊張を解してやろうと思うただけなんじゃ・・・」


 ミムルに懇願するのは二人の来客のうちのもう一人。

 宝石のように輝く瑠璃色の長い髪を、頭の後ろでポニーテールにまとめた人間族の女である。

 緊張のせいか、身体を強張らせながらちびちびと紅茶を飲んでいた彼女は、その鎧姿 ─── 一部の装備は謁見する際に取り外していたが ─── をみれば、こういった場よりも戦闘が本分であろうことはひと目で分かる。当然だが今は帯剣していない。


「しかし遅いのう。その気になれば五分とかからん距離じゃろうに」


「いつものようにまた二人でじゃれているのでしょう。なに、さすがにもう来るでしょう」


 そうしているうちに、バルドルトの言葉通り部屋の外から騒がしさを感じた。

 やいのやいのと聞こえてくるその声は、ようやく二人が到着したことを知らせる。

 そうして勢いよくドアを開け、放った第一声はただのクレームであった。


「なんでここにおるんじゃー!普通謁見の間のほうじゃろ!ものすっごい探したわい!」


「お姉様、もしやこれはエイルを放置してきた弊害ではないでしょうか」


「危うく諦めて帰───ふむり・・・なるほどのぅ。やはりそうじゃったか」


「エイルには後でお仕置きをしましょう」


「いや、あやつを無言で張り倒したのおぬしじゃろ・・・」


 ソルは悪びれもせず自分の専属侍女に罪をなすりつけようとしていた。


「ようやく来たか。二人とも客人の前だぞ、静かにしないか。とりあえず座れ」


「おぉ、そうじゃった。遅くなってすまんのぅ。して、何やら話があると聞いたんじゃが」


 そうしてようやくここに来た本来の目的を思い出したユエは、理由はさておきすでに長々と待たせてしまっている背景もあってか、空いたソファへと腰を下ろしさっそく本題へと入ろうと話を促す。


「まずは客人を紹介する。エルンヴィズ王国からの公使エルディス・ローレンティア侯爵とその護衛、王国第二騎士団副団長のアルヴィス・フォン・セントクレア殿じゃ」


「只今ご紹介に預かりました、エルディス・ローレンティアと申します。王女殿下とその義姉君におかれましては───」


 その後五分ほど挨拶が続いた頃、既にユエは涎を垂らし白目になっていた。

 隣国からの客人に対して失礼どころではない態度ではあったが、それを見たエルディスはむしろ申し訳無さそうにこう付け加えた。


「───などと長々申しましたが、どうぞ気楽にエルディスとお呼び頂ければ幸いです」


「う、うむ・・・よろしく頼む・・・で、そっちの───」


 寛容なエルディスに救われ、とにかくこの自己紹介パートを早く終わらせたいと言わんばかりにもう一人へと水を向ける。


「は、はい!自分は王国騎士団所属、第二騎士団において副団長の席を頂戴しております、アルヴィスと申します!お二人のお噂はエムル様よりかねがにぇ」


 準備の整っていなかった彼女は、順調な滑り出しとは裏腹に徐々に乾いていく口に敗北し、大事な自己紹介を盛大に噛んでしまっていた。


「序盤は調子良かったんじゃが、惜しかったのぅ・・・」


「ゔっ・・・申し訳ありません・・・私のことはアル、とお呼び下さい・・・」


 こうして二人の紹介を乗り越えたユエは、では次は自分たちの番だとばかりに自己紹介を始めた。


「わしはユエじゃ。で、こっちが義妹のソルじゃ。二人ともわしらの事は知っていそうじゃし、もうこれでいいじゃろ?」


「妹のソルブライト・エル・アルヴと申します。どうぞ、よしなに」


 二人の自己紹介は一瞬で終わった。

 そもそも対外的な立場としては、れっきとした王女であるソルのほうが上である。

 にも関わらずユエのついでのような紹介に終わったそれを、客人である二人がさほども困惑せずに受け入れられたのは、偏にミムルの親馬鹿が原因である。ミムルは度々、魔術研究の関係で王国に招聘されており、その際あちこちでうちの子達が可愛い可愛いと話して回っていたのだ。その結果、王国宮廷内や魔術研究室の一部ではその子煩悩ぶりは有名になっていた。


「して、二人の用向きとはなんなのじゃ?」


「では説明は私からさせて頂きます。陛下、よろしいでしょうか」


「ああ、頼む」


「では・・・ユエ様にソルブライト殿下、お二人は先ごろ、ここアルヴと我が王国を繋ぐ地域に歪園が出現したことはご存知でしょうか」


「む・・・なんとなく小耳には挟んでおったのぅ。いくつかあるルートのうちの一つがまるまる飲み込まれたとかなんとか・・・確かアルヴからも歪園化解除の支援をしとったんじゃったなかったかのぅ」


「そのとおりです。ですが───」


 そうしてエルディス侯爵から語られた事情は、つまりこういうことだった。

 アルヴとエルンヴィズ王国を繋ぐルートは3つある。そのうちの一つ、距離としては最短である、森の中を進むルートが歪園化に巻き込まれてしまったのだ。位置的には国境ギリギリであり、どちらかといえばアルヴの方が近い。


 幸いにも輸送中の商団などはおらず、人的被害はなかった。

 とはいえ交易への影響は避けられないため、急ぎ攻略する必要があった。


 そのため、協議の結果アルヴからも支援することで、両国の共同という形で先日より内部の掃討を開始していたところであった。派遣されたエルフの戦闘員達や、第二騎士団の活躍もあり当初順調に進んでいた攻略だったが、ある地点を境に遅々として進まなくなってしまった。中心部に近い場所で、とある歪魔が発見されたのだ。


「現地の人員も力を尽くしているのですがその歪魔の数が多く、どうにも人的被害が大きくなってしまいまして・・・おそらく中心地にいるであろう元凶も、それに類する歪魔だと推測されます。王国から増援を送るにしても距離が問題となり時間がかかります。故にこうして助力を請いに参った次第です」


「なるほどのぅ・・・そういうことじゃったか。して、おぬしらがここへ来た理由は理解したんじゃが、わしが呼ばれたのはどういうわけなんじゃろうか。歪魔が問題ならじぃが行けば一発じゃろ?怪しい広域魔術でこう、ぐしゃっと」


 ミムルはアルヴにおける最高戦力として知られている。魔術たった一発で何十、何百もの歪魔を滅ぼしたこともあるほどだ。故にミムルを送ればそれで解決するだろうと思うのは至極当然と言えた。

 そんな疑問に答えたのはバルドルトだった。


「私もそう思い、叔父上に話を持っていったんだが、どうも叔父上では不向きな相手のようでな」


「その言い方だとワシが役にたたんみたいじゃろ!というか怪しい魔術とはなんじゃ失礼な!・・・違うんじゃユエ。仕方ないんじゃ。ワシが悪いわけじゃないんじゃ。聖樹にそこそこ近いこのあたりで、今の時期、そしてワシに不向き。つまり───」


 ユエとソル、両者に哀れみの目を向けられ、少し気落ちした様子でそう言い訳するミムル。

 とはいえここまでの話を聞き、その歪魔に凡そ見当が着いていた。


「お姉様、スコルではありませんか?」


「ふむり・・・成程のぅ。であればまぁ確かに、魔術馬鹿のじぃではちと骨が折れるじゃろうな。それでわしを呼んだというわけか・・・」


 スコルとは春先になるとよく見られる、巨大な狼型の歪魔である。その大きさは馬車ほどもあり、狼型に共通する特徴に漏れず俊敏性も高い。ゆえに魔術を当てることが難しい。

 それに加えてスコルには一つの特徴があった。一切の魔術を通すことのない毛皮である。そもそも当てにくい魔術を、当てたところで効かないのだ。これこそがミムルに不向きな理由であった。


「ユエよ、頼まれてはくれないか」


「そういうことなら任せてもらおう!近頃聖樹の森は飽きておったし、それに王自らの頼みを断るわけにも行かんじゃろぅ?断る理由も特にないしのぅ!」


「当然私もお伴させて頂きます。姉帳がまた分厚くなりますね」


 と、大して悩みもせずに快諾したユエに、当たり前のようにソルが続いた。


「そうか、助かる。ではそういうわけだ、お二人とも、うちの娘達をよろしく頼む」


「お、お待ちください!姫殿下方お二人が、御自らですか!?」


 当然アルヴィスが待ったをかける。

 普通に考えれば王族の、それも大切な息女が出張るなどあり得ない事だ。


「なぁに、足を引っ張ることはないじゃろう。というかそこの二人が行くなら、ワシが行くよりええわい」


「ミムル様よりも・・・ですか・・・?」


「エルフというてもワシもいい加減歳じゃからのう・・・」


 そう言って皺の深くなった手で髭をなぞるミムルにはどこか哀愁が漂っていた。

 結局、アルヴィスの心配を他所にユエとソルの2人が同行することに決まってしまった。


「お二人も疲れておるであろう。部屋を用意させるゆえ、一晩休息されたのち明日よりさっそく向かうといい」


 ミムルか、あるいは戦闘員を追加で派遣してもらおうと陳情に来た二人からすれば、他国の姫と、どうみてもまだ少女であるその小さな義姉の二人が送られることになったのだ。不安になるのも無理はなかった。一方、当の本人たちはウキウキであったが。


「では明日より、よろしく頼むのぅ!」


 こうして、二人の使者のどうにも不安そうな内心を置いて、ユエとソルが件の歪園へと送られることとなった。

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