第6話 拠点
「暇じゃのー・・・」
アルヴを出立してかれこれ三日。あれほど意気軒昂であったユエだったが、幌馬車の荷台を占有し、毛布に包まりゴロゴロと寝転ぶ今の姿は、まるで巣篭もり中の竜種のようであった。
目的地である歪園へは、馬車で凡そ四日間かかる道のりだ。そして三日目に入った今日まで何も起きなかった。
そう、何も起きなかったのだ。
一国の王女でありまさに氷肌玉骨とも言えるほどの美女であるソルブライト。
女の身でありながら王国騎士団副団長という地位にあり、贔屓目に見ずともしっかりと美人なアル。
そしてその一部で需要のありそうなユエ。
実際にはそこに、御者として送り迎えを担当していた女騎士を加えた系四人ではあるが。
そんな一行で道を進んでおきながら、この三日間何も起きなかったのである。
ちなみにエルディスは歪園攻略が成功した後の折衝を予め行っておくためアルヴへと残っている。
「普通もっとこう、盗賊とかそういうのに襲われたりするもんじゃろ」
「そのような下賤の輩が出たとしても、私が処理します。お姉様の目を汚すわけには参りません」
そう言いながら毛布に包まった姉をゆったりと転がすソル。
その揺り籠のような心地よい揺れに、ユエはますますだらけていく。
「どこの普通ですか!いえ、そういう地域も無いではないですけど・・・そもそもここはアルヴの自治区内ですよ、国の治安が良い証拠じゃないですか!」
「順調過ぎてつまらんのじゃぁ!」
「本当にこの二人で大丈夫なんですか・・・」
この三日の旅路で、いくらかはユエとソルに対する緊張も和らいできたアルであったが、それと同時に不安は増すばかりであった。援軍を喚んでくるという任務を与えられ、連れ戻ったのがこの緊張感のかけらもない二人である。エルディスの居ない今、団長への報告をどうしたものかと思うともうすでに胃が痛い。
「あっ、お二人とも、我々の攻略拠点が見えてきましたよ!」
「到着したようですよお姉様、あっ、あれがそうですね。御覧ください」
そう言いながら身を乗り出し、幌の前方、御者台の奥を指差しながらそう伝えるソル。
ユエはもぞりもぞりと、寝転がったままじっとりと胡乱そうな目で前方を見ようとして───
「・・・見えーん!!」
べちーんと、視界を塞ぐソルの胸を叩いた。
「んっ・・・ふぅ」
「おぬしの乳でなーんもみえんわ!やたら育った乳しかみえんわ!あとだからなんで反応が姉系なんじゃ!」
出立してから三日と少し。当初の予定より順調に進んだ結果、気持ち程度ではあるが早めの到着となった。
だが到着したというのにやいのやいのと揉め始めた二人に、アルはこの道中何度目かのため息を零した。
「何をしてるんですかあなた方は・・・」
──────────────────
「副団長アルヴィス、只今戻りました」
拠点の中でも一際大きな、攻略本部のテントの前に立ち帰参を伝えるアルヴィス。
そうしてほんの少しの間が空いたあと、すぐに入室の許可が降り、英姿颯爽とした態度で入室する。
ここまで緊張からなんとも残念な印象であったアルヴィスであったが、こういったところはやはりれっきとした騎士なのだろうと思わせる所作であった。
「おう、よく戻った、ご苦労さん。どうだった?」
「はい、援軍の要請は聞き入れて頂けました」
「そいつは助かる、これでようやく掃討が進められそうだ。それで、ミムル様は?」
「えー・・・あの、それがですね・・・」
当然のようにミムルを連れてきた前提で話す上司に、それまでの凛とした態度とは打って変わりハッキリとしない様子で口ごもるアルヴィス。それを見た騎士団長は当然、眉をひそめて訝しんだ。
「なんだ、何か問題か?条件が渋いとかか?エルディス卿も一緒だったろう、そう酷いことにはならん筈だが」
「いえ、実はミムル様ではなく、別の方を援軍として派遣して頂けることとなりまして」
「何?・・・もったいつけるな、早く言え」
今現在も歪園内部は作戦中である。あまり長々と時間を使っていられる状況でもなかった。それゆえ煮えきらぬアルヴィスの態度に、騎士団長は徐々に苛立ってきたのか先を急かす。いいからさっさと連れてきた人物を紹介しろ、と。
「それではお二人とも、中へお入り下さ───」
「わしじゃー!」
「そして私です」
外で待機しているのが余程退屈だったのだろう。入室を促すアルヴィスの台詞を途中で断ち切り、テント入り口の布を勢いよく開け放ってユエが登場し、直後にソルが入室した。
「・・・こちらのど偉い美人と、そんで・・・あー。こちらの鬼人族のご令嬢は?」
見覚えのない二人の登場に困惑し、一瞬不適切な表現をしそうになった騎士団長であったが、なんとか表現を差し替えることに成功した。微妙に怪しい表現となってしまったのは無理もないだろう。
見知らぬ顔とはいえ、もしもこの二人が他国の重要人物であった場合、外交問題へと発展する可能性すらある。
「こちらは此度の我々の要請によりご足労頂きました、アルヴの王女であらせられますソルブライト・エル・アルヴ王女殿下と、その義姉君であるユエ様でいらっしゃいます」
「ッ───!?」
瞬時に万が一の場合を考え、気合で表現を捻じ曲げた自分を褒めたくなった。
想像していた最悪よりも、遥かに危なかった。下手をせずとも所詮は一介の騎士団長である自分の首など一瞬で泣き別れとなっていただろう。
「これは大変な失礼を。なにぶん騎士団の毛色に染まった身でして、お許し頂きたく・・・」
「お気になさらずともかまいませんよ。言葉遣いも普段どおりで構いません。アルヴではそれほど厳しくありませんし、それに私達は客ではなく共に戦うために参ったのですから」
「うむり」
普段の言動をおくびにもださず、公務用へと切り替えたソルに、腰巾着と化したユエが同意した。
こちらの世界に生まれてからというもの、しっかりと教育は受けたが、前世での庶民的な感覚からかこういった場が苦手なユエ。畏まった場は普段からソルに任せっぱなしになっていた。
「そう言って頂けると・・・あー、正直そういってもらえると助かる」
やはり無理に畏まっていたのだろう、ソルの言葉に甘えることにした彼はすぐさま口調をもとに戻した。未だここに二人がやってきた詳しい経緯は不明だが、なんとなくを察した彼は自己紹介を始める。ある程度の心情を棚に置き、気持ちを切り替えられるところが彼の美点だと言える。
「王国騎士団所属、第二騎士団長のシグルズだ。堅苦しいのは苦手でな。よろしく頼む」
「ソルブライト・エル・アルヴです。どうぞ、よしなに」
「ユエじゃ。わしも堅苦しいのは苦手でな。こちらこそよろしく頼む」
「さて、つまりはミムル様の名代ってことでいいんだよな?・・・腕の方も期待しても?」
彼にとって、というよりもこの攻略部隊にとって大事なことは、つまるところそれだけある。手が足りずに喚んだ援軍が、腕に覚えがありませんでは話にならない。逆に言えば腕さえあれば誰が来ようと、感謝こそすれ文句などあろうはずもない。
「お姉様に任せておけば、全て上手くいくことが約束されたも同然です」
新手の宗教のようだった。
「だったら何も文句は無ぇ。到着早々で申し訳ないが、早速今後の予定を話したい」
「お二人とも、こちらの席へどうぞ」
アルヴィスに促され席に座る二人。隙をついて自らを膝の上へ置こうとしたソルの動きを察知したのか、ユエは素早く自分の席を確保した。口を尖らせ、渋々と言った様子でその隣にソルが座った。
「とはいっても話はさほど難しくない。状況はそれなりに厳しいがな。聞いてるとは思うが、魔術が通じない歪魔が出始めたおかげで、歪魔一体を処理するのに割り当てる兵士の数が増えた。結果、倒せないわけじゃあないが単純に手が足りなくなった。」
「我々騎士団も剣術に比重をおいてはいますが、無論魔術も使いますので。魔術が通用しないおかげで随分と手を焼いているのが現状です」
そう言ってシグルズの言葉に続き、アルヴィスが状況を補足する。
やはり緊張さえしていなければ、細かな気配りも出来る頼れる騎士なのだろう。
「ミムル殿の魔術ならあるいは、と思って援軍を要請したんだが・・・」
そんなシグルズの言葉をソルが否定する。
「魔術である以上、いかにミムル様といえどスコルに対しては有効打たりえません」
「そうか・・・つまり二人は、あいつらに対して有効打を持っている、と認識してもいいか?」
「確かに私達は、あの歪魔に対してはさほども感じるところはありません。ですが陛下が私達を派遣したのは、恐らく別の理由でしょう」
「別の理由?」
ちらりと隣のユエに目をやるソル。
いかに有効打があろうと、数に押されている現状ではたった二人を投入ところで、局地的に駆逐できたとしても全体としての勝利は難しい。つまり───
「中心部にいるであろう元凶をさっさと潰してこい、といったところじゃろうな」
「なるほど・・・つまりは少数精鋭での一点突破か。だが少し危険じゃねえか?中心部の元凶はまだ確認されていないぞ?」
情報が不足した状態で突撃することへの危険性は言わずもがなである。彼の疑問はまっとうであり、ユエとソルも当然その事は理解している。ましてここは歪園で、イレギュラーなどいくら起こっても不思議ではない場所だ。
「とはいえこのままではジリ貧なのも確かじゃからのぅ・・・なに、おぬしらの力も借りられるなら、なんとかなるじゃろ」
「ま、確かにその通りだな・・・よし、そいつでいこう。代案も特に思いつかねぇしな。そうと決まればもう少しだけ話を詰めるぞ。まず騎士の配置だが───」
こうして会議は進み、明朝より作戦が開始されることになった。
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