第3話 義妹
「今日はいつ頃いらっしゃるでしょうか。あぁ・・・早くお会いしたい」
「義叔父さまが、昼食までにはいらっしゃると仰っていたから、すぐに来るわよ。ソワソワしないの」
エルフの国、アルヴの王城。その裏に建つ王族が住まう大きな家の庭園で、二人のエルフの母娘が会話していた。
エルフの住居は大きく分けて二つある。一つは森に生きるエルフらしいと言える、樹を利用して作られた半ばツリーハウスのような家。樹をそのまま利用しその内部で生活するものと、中には樹を柱として利用し外側を覆うように作られた様式の家もある。
そしてもう一つが、一般的な人種族のそれと同じように、平地に建てられた戸建て形式の家である。
そしてこの王族の住居は、そのどれでもなく、そのうちの全てでもあった。
王城ほどではないが、それでも大きな樹を利用して作られたそれは、樹の内部を利用しいくつもの部屋が作られていた。樹の側面には内部と繋がったバルコニーがあったし、それでありながらも平地部分にも部屋がある。
いわば両方の建築様式を合わせて作られたような、大きな屋敷だった。
そんな屋敷の庭で、困り顔の侍従を後目に、その仕事を奪うようにお茶の準備をしているのは、会話をしていた母娘のうちの一人。
年の頃は十三~十四歳程だろうか。腰まで伸びた輝く真っ直ぐな黄金の髪、歳の割に大人びた、ともすれば冷たい印象を与えるような、切れ長で深い海のような紺青色の瞳に、左目尻の少し下にある小さな泣き黒子。
同年代の女性と比べれば少し高めの身長に、現時点ですでに目を引く、やたらと大きな双丘が特徴的な、美しい少女であった。
エルフは痩身痩躯で、見目麗しい者が多い種族であるが、その少女が特別なのであろうことはひと目で分かるほどであった。
お茶の準備を行うその所作は、一つ一つが美しかった。
完璧とも思える彼女だったが、そんな彼女には一つの欠点 ──本人は美点だと言い張っている── があった。
「お姉様がいらっしゃるというのに、落ち着いてなど居られません。お姉様をおもてなしするのは私の義務であり権利であり、そう、いわば生き甲斐なのです」
「ねぇソル?貴方があの子を、それはもう愛しているのは知っているわ。もちろん私もそうよ。でもその、ちょっと・・・行き過ぎじゃないかしら?」
「私のお姉様への愛に、過ぎるなどということはありません。いえ、むしろこれでは足りない程です」
幼い頃から共に育った義姉への愛が深すぎるのである。
何を隠そう、この美少女こそがこの国の王女であるソルブライト・エル・アルヴ。
完璧な容姿を持つ、拗らせすぎて中身が色々と残念に成長した、アルヴの王女だった。
「そ、そう?まぁ、仲が良いのは素晴らしいこと・・・よね・・・?」
「お母様は、まだお姉様の素晴らしさを全て理解されておられないのです。良いでしょう、私がお姉様を観察しその全てを記録した手記、通称"姉帳"を第一巻からお貸しいたしましょう。あとで返してください」
「うん・・・せっかくだけれどそれは遠慮しておくわ・・・」
傍らで呆れ顔を浮かべるもう一人が、ソルの母親であり王妃。
バルドルトの妻レーシィ・エル・アルヴである。
少し垂れ目がちでありながら、どこか活発な印象を受ける青い瞳。ソルと同じく金色で、ゆったりとウェーブした髪をハーフアップに纏めている。エルフらしくほっそりとした、華奢なイメージを受ける女性であった。ちなみに胸は控えめで、ソルはどうやら父親似のようだった。
元々彼女は、高官を多く輩出したこの国の名家の生まれであった。しかし彼女は若いころから狩りや採取、果てはこっそり
それ故、魔術はもちろん剣や弓も達者で、ユエやソルにも時折手ほどきをしていた程だ。
「育て方を間違えたかしら・・・?」
「いいえ、間違いなど何一つありません。お父様とお母様は私をしっかりと導き育ててくれました。そしてお姉様を拾い上げ、私と引き合わせてくれたのです。感謝して────」
「あら、どうして途中でやめてしまうの?今、感動的な場面じゃなかったかしら?後半は少し不穏な気配が漂っていたけれど」
「お姉様の匂いがします。どうやらいらっしゃったようですね。お出迎えに上がらなければ。お姉様、今ソルが参ります」
そう言うや、気品と美しさはしっかりと兼ね備えたまま、全力で駆け出していった自らの娘をレーシィが心配そうに見つめる。
「・・・やっぱり間違えたかしら」
─────────────────────
ミムルに拾われてから、この地球とは明らかに違う世界で生活すること十余年。
初めは困惑することばかりであった。
エルフなどという、創作でしかあり得ないと思っていた者たち。そもそも自身が純粋な人種族ではない事を知ったときなど少なからずショックを受けたものだ。
魔術の存在もそうだ。
生前の、例の才能はそのまま持って生まれたようだった。これではまた、己を磨く喜びなど知ることが出来ないのでは、と心配した事もあった。結果から言えば、それは杞憂だった。
この世界は、以前よりもずっと厳しい環境であった。生命のやり取りがずっと身近にあったのだ。自分たちで獣を狩ることもそうだったし、数えるほどしか遭遇したことがないが、歪魔の存在もあった。
つまりは、戦闘技術を学ぶことが楽しかったのだ。熱中したと言ってもいい。
生前の世界であれば、例えば優勝であったり皆伝であったり、最初から終着点が決まっていた。だが生きるために学ぶ技術には、終わりがなかった。やり過ぎるなどということがない。
さらには、ユエには戦闘の才があったらしい。才能というよりは種族的なものだったが。鬼人族とは元来力の強い種族で、身体能力がとても高い種族だ。
恵まれた身体能力を、両親がくれた才能で動かすことができる。この世界でそれはとても輝いた。
少しばかり憧れていた魔術に関しては、からっきしであったのが残念でならないが。
余談だが、ミムルの指はもはや両の指では数え切れないほどに折っていた。途中からミムルは頬を紅潮させながら悶えていたため、どうやらなにかに目覚めさせてしまったらしかった。
そうして今も、こうしてこの世界で生き延びることができている。
他種族であるはずの彼女にも周囲は皆優しかった。この世界でも、私は皆に支えてもらっているのだと、嬉しくなったものだ。感謝してもしきれない。
もしも自分を生まれ変わらせてくれた何かが存在するのなら、いつか菓子折りでも持参したいと思う。
そんなユエには、いくつか悩みがあった。
「お姉様!ようこそいらっしゃいました!貴方の妹がお迎えに上がりました!」
そのうちの一つがコレだった。
ほとんど毎日ここを訪れているのだが、その度に義妹が庭先どころか森の入口まで迎えに来るのである。距離にすれば800mほど。
無論迷惑などと思ったことはない。こんな自分に懐いてくれる義妹のことは、ただただ可愛く思っている。実際すでに目の覚めるほどの美人である。
もちろん嬉しい。しかし、一国の王女がコレでよいのかと思うのだ。普段はクールでカッコいい義妹なのに。
数年前に、ここまで好意を寄せてくれる義妹に隠し事はしたくないと、意を決して自分に前世の記憶があることを伝えたときなどは、さすがに引かれるのではと思った。だがソルは、まるで意に介さぬ様子で
───そうなのですね。さすがはお姉様です
と言ってのけた。
拍子抜けどころか、告白したユエが逆に阿呆のような顔で固る始末だった。何が流石なのかも分からなかった。それまでもそれからも、ずっとこの調子だ。
とはいえユエの居ない時や公の場ではそんな様子をおくびにも出さないため、無理にでも止めさせるべきなのかどうなのか、分からないまま今に至っていた。
「うむ、昨日ぶりじゃな。昨晩はよく眠れたかのぅ」
そしてもう一つの悩みがこれである。
必死に覚えたこちらの言葉が、随分と年寄りのようにな言葉遣いなってしまった。
当たり前と言えば当たり前の話だが、手本にしたのは一番身近にいたミムルである。こうなるのは必然だった。
そして最近になって、どうも自分の言葉はバルドルトやレーシィ、街の住人達のそれと少し違うような気がして、不安になったユエはソルに聞いてみることにした。自分の言葉は変ではないか?と。
───いいえ、お姉様。変だ、などと言うことは何もありません。お姉様らしい威厳を感じる、大変素敵な言葉遣いだと思います。
そう言われ、ユエは初めて自分の言葉遣いがミムルに毒されていたことに気づいた。
さりとて今更変えようもなく、結局微妙に釈然としないまま、現在に至っていた。
「もちろんです。お姉様が来てくださるというのに寝不足な私など見せられませんから」
「今日も相変わらずじゃのぅ・・・よしよし、ほれさっさと行くぞー」
「あっ、お姉様。も、もう少しだけ───」
いつからか、自分よりもすっかり背丈の大きくなった可愛い義妹の、心地よい重みを感じた。そのまま恍惚の表情を浮かべてユエに抱きつき頬擦りをし、フスフスと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいるソルをずりずりと引き摺りながら歩く。腰に差した刀の鍔が当たり少し痛かった。
そして最後の悩み。
ソルの背丈が高めだということもあったが、それを差し引いたとしても───
「どこで差がついたんじゃ・・・」
「お姉様、これは個性です。確かにお姉様は数年前からお姿がほとんど変わりません。ですが私はお姉様の長く美しい銀髪も、慎ましくも可愛らしいこのお胸に、その割にとても大きなお尻も、全て堪らなく好きですよ」
「やかましいわ!というかバカにしとるじゃろ!?」
「まさか!私は本心から申し上げております!」
「ええい、いい加減離れんか!おぬしは乳が重いんじゃ乳が!」
悩みの元凶をひっぱたくと、べちーんと音を鳴らしながら揺れるそれ。
「んッ───ふぅ・・・ありがとうございます」
「なんでおぬしの反応が姉系なんじゃ!もうちょっと可愛げのある反応を・・・ありがとうございます?」
「我々の業界ではご褒美ですから」
「誰の影響じゃ!」
そうして騒ぎながらも、二人は庭先へと歩いて行った。
───ユエと共にに来たはずのミムルは、終始放置されたままだった。
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