第2話 名前

「それで、連れて帰ってきたというわけですか」


「うむ。拙かったかのお?」


「まさか。むしろ善くやったと褒めて差し上げましょう」


「おお・・・えらい高いところから来たのお」


「実は私、ここで一番偉いんですよ」


 赤子を連れ帰ったエルフの老人ミムルは、聖樹の森から帰ったその足で、王城へと来ていた。

 王城とは呼ばれるものの、その生の殆どを森に生きる種族であるエルフの国のそこは、巨大な樹の中であった。聖樹ほどではないが、それでも周囲のもよりも一際大きな樹を利用した王城。

 無論その内部は、絢爛豪華とまではいわないまでも、しっかりと威厳を保つ程度には華美な装飾がなされていた。ちなみに王の住まいは王城とは別である。


「しかし聖樹の森に赤子ですか・・・叔父上には何か心当たりは無いのですか?何か原因というか、犯人というか・・・」


 ミムルを叔父と呼ぶそのエルフの男こそ、ミムルにとっては弟の息子でもあり、ここアルヴの現国王であるバルドルト・シル・アルヴであった。初めて彼を目にしたものは、彼が国王であるどころか、エルフであることにすら気づかないだろう。そのエルフ種特有の尖った耳を見なければ、であるが。

 エルフは種族的に痩身痩躯が殆どであったが、バルドルトはエルフらしからぬ筋骨隆々の大男であった。

 加えて、一見した限りではとても一国の王などとは思えない程に適当な言動も、それを手伝っているに違いなかった。

 そんな、王らしからぬ彼ではあったが、国民からの信頼は篤く、その敷いている善政に加え、エルフであり魔術に長けていることも相まって賢王とさえ呼ばれているような男である。

 余談だが、マッチョかつ高身長でありながら魔術が得意な賢王と呼ばれている、というギャップを妻である王妃に度々弄られており、娘も生まれようとしているここ最近になって、真剣に悩んでいるところであった。


 そんな国王の元へ、森から帰るなりふらりと、まるでそこらの飲食店にでも入るかのような気軽さでミムルが現れたのがつい先刻。

 なんだかんだと忙しい身であるバルドルトではあるが、重要な役目を終えて帰った尊敬する叔父が、何やら報告があると登城してきたのだから、アポイントメントがどうだのと断るわけにも当然いかない。

 そうして王城内の私室の一つへと案内し、ここへ至るまでの一連の過程を報告されていたところである。


「あるわけなかろう。ワシとて何が何やら、驚きのあまりホレ、指が二本折れたわい」


 追加でもう一本折られていた。


「・・・どういう?」


「いやな、この鬼人族の娘・・・娘じゃよな?こやつアホほど力強いんじゃ。ちょっと指出したらコレこの通り。じゃが、いかに鬼人族といえどこの歳でそんな力強いわけなかろう、と思って試しにもう一度やってみたんじゃ。どうなったと思う?」


「・・・」


「こうじゃ」


 ニヤリと口角を上げながら、何故か得意げに自慢するよう自分の折れた指を見せびらかしてくる老人に、呆れの一言も吐きたくなるのは至極当然だろう。


「見れば解りますよ・・・何故もう一度試すのですか。一度で解るでしょう・・・」


「フフ、ワシらの業界ではご褒美なんじゃ」


「どこの業界ですか・・・それで、その娘はどうなさるおつもりですか?」


 結局はそこである。出自に関して謎の多い娘であったが、保護した以上放り出すわけにもいくまい。

 ともすれば何かトラブルの種となるかもしれない、そう思いつつも報告を受けたバルドルトには既に放り出すという選択肢はなかった。

 こういう時に非情な選択肢を選ばないところが、彼が民に慕われる所以なのだろう。


「それなんじゃがな、ワシが育てようと思っとる」


「おや、叔父上が・・・ですか?事情が事情だけに我々で預かろうかと思っていたのですが。娘も生まれますからね、よい遊び相手となるでしょう」


「ワシもそう思ったんじゃがの。まずはこの娘に、力の制御を仕込まんことにはどうにもならんじゃろう」


「それは・・・そうかもしれませんが」


「とは言えワシも常に面倒を見られるわけではないからのお。ここはひとつワシらで共に育てる、という方向でどうじゃ。基本的にはワシのところで預かるわい」


「なるほど・・・ええ、異論はありません。きっと妻も喜んで協力してくれるでしょう」


 結局こうして、彼ら全員で育てる、というところが収まりが良いだろうということとなった。

 この娘の出自や事情に関して、現状で分かることは殆ど無かったが、他国ではこうはいかなかったであろうことは想像に難くない。この娘は運が良かったのだろう。

 あるいはそれを見越して、このアルヴの森に捨てられていたのか。


「そういえば叔父上、この娘の名前はどうするのですか?私はその手のセンスが皆無ですからね・・・よろしければ妻に知恵を借りましょうか?」


「実はの、ここに来るまでの間に考えておいたんじゃ」


「おや、それは重畳。叔父上はこう見えて意外と、洒落たセンスがありますからね」


「意外とはなんじゃ。ワシを誰じゃと思っとる」


 ミムルは各国でも有名な魔術研究者であり、彼が開発した魔術も少なくない。当然その魔術に名前を付けるのは彼の仕事となるのだが、そのどれもが悪くない評判であるとバルドルトは耳にしていた。実際には却下するほど酷くはない、程度のものであったがバルドルトのセンスと比べればまだマシであった。

 甥からの失礼な言葉に一応憤慨してみせるものの、二人の仲である。この程度の軽口は日常茶飯事であったし、本人はさして気にした様子もなかった。


「今日よりこの娘の名前は『ユエ』じゃ」


「ほう・・・我々エルフには馴染みのない響きですが、由来をお聞きしても?」


「見よコレ、他の鬼人族には見られぬ、暗く濁った夜の闇さえ照らす、月の光のような輝く銀色の髪。この娘を見つけたとき、ワシはこれに見惚れたんじゃ」


「なにやら色々それっぽい事言いましたね。慣れない事はしないほうが良いですよ・・・確かに珍しい、というより聞いたことがないですね。あと少し変態っぽいですね」


「やかましいわ。とにかく、そこから『月』を意味する鬼人族の言葉である、『ユエ』と名付けようと思う」


「よい名だと思います。・・・おや?この娘も喜んでいるようですよ。笑っています」


 聞こえる言葉など何も理解できてはいないだろうに、だが確かにその娘は笑っていた。無邪気に笑うその幼子、ユエを見て、表情を緩めるバルドルトがまるで我が子をあやすように、指を差し出してそっと頬を撫でる。


「これからよろしく頼む、ユエ」


 そうしてユエは、生涯で三本目となる指をへし折った。

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