閑話 それは少しだけ未来の(イチャイチャ)話⑤




 世界中の人々の間で恐れられ、み嫌われている<魔女>たちと、その主人である『幽霊船長』の帆船ふね――『トゥオネラ・ヨーツェン』。


 今、その食堂で<魔女>のみんなが腑抜ふねけになっていた。


「はふぅ……」

「とっても素敵でした……」

「あーあ、羨ましいわー……」


<魔女>のみんなは天井を見上げて遠い目をしたり、テーブルに頬杖をついて溜め息をついたり、目を閉じて回想にひたったりしている。


「これでもかってくらい心ここにらずって感じだなぁ、みんな」


 レネがれてくれた紅茶を啜りつつ、そんな一同を順繰じゅんぐりに見遣みやり呆れるボク。


 この有様には理由わけがあった。実は、昨日まで帰港・滞在していた本拠地ホームで、初めて結婚式が執り行われたのだ。式の主役は十年前に奥さんを亡くしてから男手ひとつで<魔女>の娘を育ててきたお父さんと、五年前に旦那さんを亡くしてから女手ひとつで<魔女>の娘を育ててきたお母さん。新郎新婦ともに三十代前半で、なんやかんやあってこのたび再婚する運びとなった。

 …………うん、まあ、『なんやかんやあって』というか、ぶっちゃけ出来ちゃった結婚なのだけれど。


 式自体は簡素と言えば簡素なモノだったが、ウェディングドレス(っぽい衣装)を用意したり、垂れ幕などで広場を飾ったり、ご馳走を用意したりして、みんなで二人を盛大に祝福した。結果、式自体は無事に終えることが出来たのだけれど……。


「「「「「「「自分も好きなヒトに告白してみたーい!」」」」」」」


 異口同音に吼える女性陣。


 ……そう。実は今回求婚プロポーズしたのはお嫁さんのほうなのだ。

 当人たちが恥ずかしがったため詳細は教えてもらえなかったのだけれど、それはそれは素敵な告白だったらしい。

 そしてそれを知ったみんなの中で『自分も愛の告白をしてみたーい!』という熱が高まってしまったようで……。出航してからこっち、ずっとこの調子である。


「この場合なんて声を掛けるのが正解なんだろ……」


 相手が彼女たち――<魔女>でさえなければ、『「告白されたい」じゃなく「告白したい」なの?』とか『したいのならしなよ。キミたちほどの美人さんが何を臆しているのさ?』とか『そもそもキミたち、告白したいくらい好きなヒトいるの?』とか、掛ける言葉はいくらでも思いつくのだけれど……。でも、世界中の人々の間で恐れられ、忌み嫌われている<魔女>たち相手に、迂闊うかつな発言は出来ない。


 世間は彼女たちに『ごく普通の恋愛』すら許さないのだから……。


「かといって、『わかった。じゃあボクに告白していいよ!』なーんてジョークが通じる雰囲気でも無いしなぁ……」


 ……彼女たちは揃いも揃ってスキンシップが激しかったり、何かと思わせぶりな言動をしたりすることが多いから、『あれ? このコ、ひょっとしてボクのことが好きなんじゃない?』と勘違いしそうになることが往々にしてあるのだけれど。

 ……ぶっちゃけ彼女たちに『もしかしてボクのこと好きなの?』と単刀直入に訊いてしまったことは一度や二度ではなかったりもするのだけれど。


「けど、その都度『恋愛感情はありません』『協定があるんで違います』ってキッパリ否定されちゃってるんだよね……」


 最初に勘違いしちゃった相手はツバキだったっけ……。確か、『ビトルビウス』でデート(?)中に訊いて『調子に乗るでないわ!』って怒られたんだった。

 そしてその後もいろんな女の子に訊いては『あなたのこと、異性として好きなワケじゃないんだからねっ』と否定され続けてきたワケで……。


「冷静に考えると、自意識過剰もはなはだしいというか……トンだ勘違い野郎だよなぁボク」


 彼女たちは単にボクへ恩義を感じていて、それで心を許してくれているだけなのにね。


「でもさぁ、仕方ないじゃん」


 ボクみたいなモテない男は、女性にちょっと親切にしてもらえたりフレンドリーに接してもらえたりしたら、それだけで舞い上がっちゃうものなんだよ……。

 もしや自分に気があるのでは? って淡い期待を抱いちゃうものなんだ……。


 ……あと、ずっと気になってるんだけど『協定』って何……?

 なんで訊いても誰も教えてくれないの?


「あーあ……女の子って難しいや」


 なんで異性として好いているワケでもない男の顔を平気で自分の胸にうずめたり、耳かきや下着の洗濯といった世話を甲斐甲斐しく焼いたり出来るんだろう……。

 罪作りもいいトコだよ。そういう意味じゃシャロンやレネ、ユーノといった『良い子ちゃん』グループですら小悪魔揃いなんだもん。


「まあ、ボクはいずれルーナと地球に帰還するつもりだから、下手に好意を寄せられないほうがいいと言えばいいのだけれど……」


 それでなくともカグヤとマリナから寄せられている好意をどうしたものか悩んでいる状況だしね。


 ――なーんてことを考えていたら。


「そうだ!」


『トゥオネラ・ヨーツェン』きってのトラブルメーカー・リズが、『いいこと思いついた!』と言わんばかりに顔を輝かせ、一同を見回しこんなことを言い出した。


「本番に備えて練習しようよ☆」

「「「「「「「練習?」」」」」」」

「うん! 求婚プロポーズの練習☆」


 ……おやおや? なんか突拍子もないことを言い出しましたよ? このコ。


「センチョーに練習相手になってもらってさ!」


 え⁉ ボク⁉


「そ。センチョーを異性として好きになった設定で告白の練習をするの!」


 ボクを異性として好きになった設定で……?


「「「「「「「そ れ だ!」」」」」」」


 それなの⁉


「ねっ。いいでしょ、センチョー」

「……練習とか言って、単にボク相手に告白の真似事をして『自分も好きなヒトに告白してみたーい』っていう欲求を満たしたいだけなんじゃないの?」

「えー、そんなことないよー。あくまで練習が目的だって☆」

「う、うーん……」

「演技とはいえ女の子に告白してもらえるんだよ⁉ 役得じゃない!」

「役得……かなぁ?」


 そうは言うけど所詮しょせん演技なワケでしょ?


「キミたちはともかく、ボクのほうは終わったあと虚しくなるだけの予感がヒシヒシとするんだけど……」


 憎からず思っている女の子たちが、将来自分以外の男に告白するとき失敗しないための練習。その相手役。

 一見役得なようで実は残酷じゃない? これ。


「まーまー、そう言わずにさ。――それとも何? 世界中の人々の間で恐れられ、忌み嫌われているアタシたちにそんな練習必要ねーよと、センチョーはそう言いたいの?」

「い、いや、そういうワケじゃ……。わかったよ、練習相手になるよ」


 まあ、ボクが多少の虚しさを覚えるだけでみんなが『ごく普通の恋愛』を疑似体験できるのなら、それもいいか……。


「さぁすがセンチョー☆ ――そんじゃまー、誰から行く⁉」

「やはりここはわらわからじゃろ!」


 真っ先に名乗りを上げたのはツバキだった。


「いざというときに備え、常日頃から『いめぇじとれぇにんぐ』は欠かしとらんからの! 『ぷろぽぉず』の言葉も考えてあるぞ!」


 へー……ちょっと意外。ツバキにも結婚願望みたいなモノがあったんだね……。


「それじゃあセンチョー、立って。みんなにも見えるように、前に来て」

「はいはい」


 リズに促され、ボクは紅茶のカップをテーブルに置いて立ち上がると、ツバキの正面、みんなから見える位置に移動する。


「はい、それじゃあスタート!」


 リズの掛け声で始まる茶番……もとい即興劇そっきょうげき


「その……実はの。今日はおまえさまに大切な話があるんじゃ」


 普段のキリリとした雰囲気はどこへやら。

 気恥ずかしそうに目を逸らし、口元を拳で隠して、ほんのり頬を赤らめ、モジモジするツバキ。


「う……」


 演技だとわかっていてもドキッとしてしまう。

 この京都の旧家のご令嬢みたいな美貌と雰囲気を兼ね備えたちょっぴり年上のお姉さんは、元々ボクのストライクゾーンど真ん中なのだ。


「単刀直入に言うぞ、おまえさま」

「う、うん」


 ま、まあ、これは練習なんだし、よっぽどひどい求婚プロポーズでない限りOKするのは確定として、なんて返事すればいいのかな?

 無難に『こちらこそよろしくお願いします』とか?


「一目惚れでした! 結婚を前提に妾とお付き合いしてくださいなのじゃ!」

「嘘をつくな。」

「「「「「「「ひどっ!」」」」」」」


 しまった。OKするつもりが、ついツッコんでしまった……。


「がーん!」


 練習とはいえフラれるとやはりショックらしく、ツバキは涙目になってしまう。


「ご、ごめん! 『一目惚れでした』なんて言うから。つい」


 だってこのお姉さん、出逢った直後はボクを『下郎げろう』呼ばわりしてたんだよ?

 ボクを慕うカグヤのこと、『男の趣味が悪すぎ』とか言ってたんだよ?

 ツッコみたくもなるよ!


「ううぅ……。妾の馬鹿……。もう一度あの日に戻ってやり直したいのじゃ……」


 その場にしゃがみ込み、頭を抱えるツバキ。


「いや、ただの練習なんだし、失敗したからってそこまで落ち込まんでも」


 別にあの日からやり直さなくても、今この場で仕切り直せばいいだけじゃん。

 そもそも本番でツバキが告白する相手はボクじゃない誰かなんだから、あの日に戻ってやり直す意味なんて無いじゃん。

 ……ボクがそう言う前に、


「はーい、ちゃっちゃと次に行くよー」


 落ち込むツバキにリズが『しっしっ』とする。


「ほらツバキ姉ちゃん、あとがつかえてるんだから退いて退いて」

「ちょ、ちょっと待ってほしいのじゃ! もう一回! もう一回だけ妾にちゃんすを、」

「他のみんなが手ぐすねを引いて自分の番を待ってるんでダメでーす。チャンスは一人につき一回だけとなりまーす」

「「「「「「「そーだそーだぁ早く交代しろぉ!」」」」」」」

「わーん!(泣)」


 おおう……。みんなやる気満々だなぁ。順番待ちの列が出来てるぞ。

 練習の相手、ボクなんだけど。みんなそこは気にならないの?

 練習とはいえ、異性として好いているワケでもない男に告白するのって、普通なら抵抗がありそうなものだけれど。案外そうでもないのかな?


「まあ、ボクが通っていた学校の女子にも『テストで一番点が低かったコは罰ゲームとしてモテない男子に嘘の告白ね!』なんて悪趣味な賭けをしていた連中がいたしな……」


 むしろ告白という行為をボクが神聖視しすぎているだけなのかもしれない……。


「さあ、次は誰⁉」

「私がいくわ!」


 どうやら次はアリシアのようだ。


「私、あなたの出身地で男性が女性に求婚プロポーズする際の常套句じょうとうくをバッチリ憶えてるのよ! それを逆に利用してやるわ! 覚悟しなさい!」


 覚悟しろと言われても……。

 てか、え、何? 日本の男性が女性に求婚プロポーズする際の常套句だって?

 どこで知ったのさ、そんなの。

 ……いや、待てよ? そういや、いつだったか、リズと一番前の帆檣フォアマストの見張り台でそんな会話をしたような……。

 …………ということは…………。


「――ねえ、船長。ううん、イサリ♥」


 現代日本でならアイドルにだってなれそうなほどの美少女は、後ろ手で前屈みになり、上目遣いでボクを見上げると、


「あのね……あなたは気付いていなかったみたいだけど、私、あなたのことがずーっと好きだったのよ……?」


 頬を赤らめてモジモジしつつ、そう切り出してくる。


 ……可愛い。それこそアイドル顔負けの演技力だ。アリシアは本気でボクのことが好きなんじゃ? と錯覚してしまいそうなくらい。

 ドキドキする……。


「「「「「「「ちっ」」」」」」」


 ……誰だ、今舌打ちした奴。なんか複数聞こえたぞ。


「私ね……あなたと結婚したいな♥」


 舌打ちが聞こえたのかピキッ……と蟀谷コメカミに青筋を立てるも、怒りをこらえ演技を続けるアリシア。


「お願い♥ あなたのお味噌汁、私に毎日作らせて♥」

「ごめん。結婚したらアリシアは台所出禁ね。ご飯はボクが用意するから」

「なんでよっ⁉」

「「「「「「「ぷっ(笑)」」」」」」」


 なんでも何も……。食材が勿体もったいないし、何より命が惜しいからだよ。

 てか、アリシアが憶えていた『日本の男性が女性に求婚プロポーズする際の常套句』って、案の定『ボクに毎日お味噌汁を作ってください!』かよ。

 発想は良かったんだけどね……。アリシアの場合それは悪手だから、本番では気を付けるんだよ?


「はい次のヒトー」

「ちょっ、待ちなさいよリズ! 私はまだ――」

「諦めが悪いよ、アリシア姉ちゃん。言ったでしょ? チャンスは一人につき一回だけだって」

「くうぅ……!」

「てなワケで次はシャロンだね」

「よ、よろしくお願いします! 船長さん!」


 今度はシャロンか。

 このコ、発育が良いとはいえまだ十三歳……現代日本で言えば中学一年生なのだけれど。そんな彼女でも、やはりあの結婚式には触発されるものがあったらしい。


「せ、船長さん! いえ、イサリさん!」


 普段は内気であまり目立たないけれど実はメチャクチャ可愛いメカクレ女子のシャロンは、やはり顔を真っ赤にしモジモジしながら前髪の隙間からボクを上目遣いで見上げ、


「わ、わたし、あなたのこと、ずっとずっと、すっ、すすすすすすす――」

「………………(ゴクリ)」「「「「「「「(ドキドキ)」」」」」」」

「~~~~~~っ」


 ……どうやら恥ずかしくて肝心の『好きです』が言えないようだ。真っ赤な顔で、こいみたいに口をパクパクさせている。


 頑張れ……。これは本番じゃない。練習なんだ。相手はボクだし、緊張する理由なんてどこにも無いでしょ? 焦らず、ゆっくり、言葉を紡ぐんだ。ファイト!

 ……なんだか学芸会で幼い娘の演劇を見守るお父さんの気分になってきた。別の意味でドキドキしてきた。


「や……やっぱりわたしには無理ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「「「「「「「あ、逃げた!」」」」」」」


 うん……。脱兎のごとく走り去ったね。食堂から出て行っちゃったね。

 シャイなシャロンに告白の演技はやはりハードルが高かったか……。


「はい次のヒトー」


 リズは切り替えが早いなぁ……。


「どうやらわたしの本気をお見せするときが来たようですね」


 お次はクロエか。しかも珍しく燃えていらっしゃる。……もうこの時点でイヤな予感しかしない。


「コホン」


 一見サナトリウム文学とかに出てきそうな儚い雰囲気の美少女は、ひとつ咳払いをすると、これまでの三名とは違い堂々と胸を張り、ボクの目を真っ直ぐ見つめ、


「イサリ兄さん。わたしはあなたが好きです」


 アッサリとそう告げてみせる。


 あまりに真っ直ぐなその告白に、正直ドキッとした。


「あなたのお嫁さんになりたいです。いずれはあなたの子供をもうけたいと思っています。三人ほど」

「お、おう」「「「「「「「(汗)」」」」」」」


 重ぉい……。求婚プロポーズの段階で子供の数にまで言及するか普通?


「大きなワンコも飼いたいですね。庭付きの白いお家を建てて、そこに一緒に住みましょう。ずっとずーっとず~~~~っと一緒ですよ? 病めるときも健やかなるときも……お墓に入るときもです。万が一隠れて浮気とかしたら………………どうなるかわかってますよね?」


 だから重いって! 途中から微妙にヤンデレ入ってるし!

 ドキドキがすごい! 胸のトキメキのドキドキじゃなくて恐怖ゆえのドキドキだけど!


「そんなワケで……結婚してください」

「ごめんなさい。」

「何故っ⁉」

「「「「「「「そりゃそうなるよ!」」」」」」」


 どうやらクロエの告白は女性陣から見ても『無い』ようだ。……当たり前だが。


「はい次ー」


 だからリズは切り替えが早すぎるって。


「よろしくお願いいたします、船長様!」


 はいはい。今度はレネね。

 ……いや待って。


「キミ、もう好きな男がいるんだよね……?」


 なのに、練習とはいえボクに告白するのはどうなんだ……?


「問題ありません! ええ、問題ありませんとも!」

「ま、まあ、キミがいいのであればボクがとやかく言うことじゃないけども……」


 でも、どこぞの馬の骨への告白の練習相手をさせられると思うと正直複雑……。


「それでは参ります!」


 深窓の令嬢といった雰囲気の銀髪美少女は拳を握って気合いを入れると、頬を赤らめ、一瞬で欲情したみたいに目を潤ませ、


「ご主人様♥」


 とボクを呼んできた。


「「「「「「「ぶっ⁉」」」」」」」


 クロエやユーノといったレネのルームメイトを除く全員が吹き出し、クロエたちは『あーあ知ーらない』という顔をする。


 そういやレネは、想い人のことをそう呼んでたんだった……。


「ご主人様♥ わたくし、ご主人様にお願いしたいことがありますの♥」

「お、お願い? 何?」

「初めてお会いしたあの日から、わたくしはご主人様のことだけをお慕いしております♥ どうかわたくしをご主人様の伴侶はんりょにしてくださいまし♥」


 はい可愛い。……けど、順番がおかしくない? まずは求婚プロポーズして、OKを貰えたら『ご主人様』って呼んでもいいか訊くべきじゃない?


「あと、わたくしのことは『キミ』でなく『おまえ』と呼んでくださいまし♥」


 ……なんとなくそんな気はしてたけど、レネって男に支配されたいタイプ?


「あとあと、毎晩たぁくさん可愛がってほしいです♥ ご主人様がお望みなら、どんなに激しいプレイでも――」

「ストップストップストーップ!」


 いいの⁉ 愛の告白というより、性癖の自白になっちゃってるよ⁉

 他のみんなが『ええー……』ってドン引きしちゃってるよ⁉

 キミのアレな一面、今ので一気に広まっちゃったよ⁉


「はいレネ姉ちゃん失格ー。失格者はこの食堂より強制退場となりまーす」

「ちょっ、どうしてですのリズさん⁉」

「不適切な言動が見られたからでーす。この場には十一歳のダリアちんや十二歳のユーノちんもいるんでーす。彼女たちには聞かせられないような発言をするヒトは全員の練習が終わるまで退場でーす。進行役権限でたった今そう決めましたー」

「そ、そんな! 横暴ですわ! ご主人様もそう思いますわよね⁉」


 今回ばかりはリズが正しいと思う。


「わ、わたくしはただ自分のキモチに正直に……!」

「ほれ、いいから行くぞ」

「レネちゃん? 正直ならいいというものでもないのよ?」


 抗議するも誰にも耳を貸してもらえずツバキとナズナさんの手で連行されていく銀髪美少女。


「ご主人様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 助けてくださいましぃ!(泣)」


 ごめん無理。

 ……お嬢様時代の面影はもうどこにも無いな、あのコ。一応、由緒正しき家柄の令嬢だったのだけれど……。


「次ー」


 リズの進行もどんどんおざなりになってるし……。

 まあ、ここまでの流れで、さしもの彼女もゲンナリしちゃってるんだろうけれど。


「次はダリアだよ、せんちょお」

「え、ダリアもするの?」


 十一歳のコが求婚プロポーズの練習はいくらなんでも早いんじゃない……?


「む。ダリアだけ仲間外れはひどい」


 そう言われると……。まあ、いいか。確かにダリアだけハブは可哀相だ。


「よし、わかった。おいでダリア」


 ボクが言うと、その境遇ゆえに自分の感情を表現するのがずっと苦手だった女の子はこちらを見上げ、抱っこをせがむように両腕を広げて、


「お兄ちゃん大好き。ダリアをお嫁さんにして?」


 ニコッと、滅多に見せない愛らしい微笑を見せる。


「「「「「「「かーわーいーいー!」」」」」」」


 これにはみんなも大興奮。ボクよりもむしろみんなのほうがダリアの可愛さにメロメロだ。


「いいね! 上手に告白できてたよ、ダリア。他の連中にもキミの爪の垢をせんじて飲ませたいくらいだ」


 割とマジで……。


「むう」


 頭を撫でながら褒めてあげたにもかかわらず、何故か不満げに頬を膨らませるダリア。


「ダリア? どうしたの?」

「……ダリアが聞きたかったのは感想そーゆーのじゃない。ダリアをお嫁さんにしてくれるのかどうか」


 …………えーと。


「ダリア? この余興の主旨しゅし……目的を理解してる?」

「? お兄ちゃんのお嫁さんにしてもらうための告白大会でしょ?」


 全然理解してなかった。


「違うよ? いつの日かみんなに好きなヒトが出来て、そのヒトに告白することになったときに失敗しないよう今のうちに練習しておこうね、ってのが目的だよ?」

「? ……なんで? 意味わかんない。ダリアも他のお姉ちゃんたちも、好きなヒトはおに――」

「「「「「「「わーっ!」」」」」」」


 他の面々が急に大声を上げてダリアに飛びつき、彼女の口を塞ぐ。

 そしてむーむー呻くダリアを、アリシアが『ちょっとこっちに来なさい!』と言って食堂の外へ連れていってしまった。


「……なんだったんだ?」


 みんな何を慌てていたんだ?

 そしてダリアは何を言おうとしたんだろう……?


「あ、アハハ。なんだろうねー。――さあ、気を取り直して次のヒトに行くよ! 次は誰かな⁉」

「次はわたくしたち三姉妹ですわ!」

「覚悟しろ船長ぉ!」

「……メロメロにしてみせる!」

「キミたち、求婚プロポーズまで三人一緒なの⁉ ってことはこれ、同じ男を好きになった想定⁉ それでいいの⁉」


 とまあ、その後も彼女たちの練習は続き――






「……なあ、やっぱやんないほうがよかったんじゃないか、この練習」

「うん……正直アタシも後悔しているよ。あんな提案するんじゃなかったって」


 一時間後。


 死んだ魚のような濁った目で呟くボクとリズの視線の先には、テーブルに突っ伏し力尽きている女性陣の姿があった。

 女性陣は全員、よどんだオーラのようなモノを背中から漂わせている。

 これが漫画なら『どよ~ん』という擬音が浮かんでいること間違いなしだ。


「結局マトモに求婚プロポーズできたのはダリアとリズの二人だけとか……。どうなってるんだ、この船の女性陣は」


 ダリアとリズ以外の面々は照れが入って告白のていを成していなかったり、途中から暴走したりと、見るも無残な有様だった。

 一時間以上も付き合わされた結果がこれって……。


「虚しすぎる……」


 しかも当初予想していたのとは違う虚しさだし……。


「やれやれ……それじゃあボクはそろそろ部屋に戻――」



「…………じゃ」



「――え?」


 ムクリと起き上がったツバキのか細い呟きに、不吉な予感を覚える。


「ちゃんと『ぷろぽぉず』できるようになるまで特訓じゃ! このまま本番を迎えるワケにはいかん!」


 ⁉


「なあ、そうじゃろみんな⁉ このままでは終われんよな⁉」

「……そうよ!」

「望むところです……!」

「やってやろうじゃないですか!」

「燃えてきましたわー!」「同意!」「……同じく!」


 ま、まさか……、この流れは……、


「最後まで付き合ってもらうぞ旦那様!」「「「「「「「よろしくね!」」」」」」」

「やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「……ご愁傷様だよセンチョー」






 ……結局。ボクが解放されたのは、それから更に四時間後のことだった。

 …………特訓の成果?


 ………………訊かないでください………………。



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