閑話 それは少しだけ未来の(イチャイチャ)話④



 世界中の人々の間で恐れられ、み嫌われている<魔女>たちと、その主人である『幽霊船長』の帆船ふね――『トゥオネラ・ヨーツェン』。


 その食堂にて。


「え? 心霊現象?? この船の中で???」

「そうなんですのよぉぉぉぉぉぉ! 最近、頻繁に遭遇しますの! わたくし、もう怖くて怖くて! 夜中、当直ワッチやお花をみに行くのも大変で!」


 そう言ってすがるようにボクに泣き付いてきたのは、艶のある黒髪をお団子シニョンにしているお姉さん――アイリンだった。

 彼女はボクより一歳ひとつ年上の十七歳なのだけれど、理由わけあって呼び捨てだ。

 とは言っても、別にイリヤみたいに紆余曲折を経てそうなったワケじゃないんだけど。


「姉様も言ったとおり、メチャクチャ怖いんだよぉ! なんとかしろ船長ぉー!」

「……なんとかしてくれたら、大姉様だいねえさま小姉様しょうねえさまには内緒でチュウしてあげる」


 アイリンに続いてそう訴えてきたのは、彼女の上の妹であるメイリン(ボクと同い年の十六歳だ)と下の妹であるシャオリン(十五歳だ)の二人だった。

 ちなみにこの二人もアイリンと同じく黒髪をお団子シニョンにしている。

 そしてアイリンを含めた三姉妹全員が例の『セイラー服のえりがついたスクール水着モドキ』を身に着けていて、目のやり場に困るそのボリューミーな胸には、ミミズがのたくったような字で『とっぷまん』と書かれていた。


檣楼員トップマン』。他の船の場合は、この『トゥオネラ・ヨーツェン』で言うところの『見張りルックアウト』を指すことが多いが、この『トゥオネラ・ヨーツェン』の場合は檣楼マストの上のほうに登って展帆てんぱん縮帆しゅくはんといった作業に従事する者のことを言う。


「「「ホントなんとかして! 自称『幽霊船長』でしょ!」」」


 異口同音にそう言って、ボクの首根っこや右腕、腰元にひっしとしがみ付いてくる三姉妹。

 ……ぶっちゃけ暑苦しい。

 そして三人ぶんの吐息が首筋だの肩だの股間だのに吹きかかってメチャクチャくすぐったい。

 あとシャオリンはどさくさにまぎれて変なトコをガン見するな。


「なんとかして、と言われてもな……」


 ナズナさん・レネ・ダリアの三人と食堂でお茶していたボクは、後頭部と二の腕に感じるアイリンとメイリンの胸の感触に、努めて平静を装いながら、レネがれてくれた紅茶のカップをテーブルに戻し腕を組んで唸る。


「この船で心霊現象ねえ……。そんな話、ボクは初めて聞いたけれど……。みんなは?」


 ボクが水を向けると、正面の席で紅茶を飲んでいたナズナさんもカップをテーブルに戻し、


「私も初耳ね。――あ、でも、」


 と、胸の前で手を合わせた。


「お姉さん、なんだか急に怖くなってきちゃった☆ 今夜は誰かに添い寝してもらいたい気分かも……。どこかに私と一緒に寝てくれるヒトはいないかしら?(チラッ チラッ)」

「だってぞ、ダリア。今日はアリシアじゃなくてナズナさんと一緒に寝てあげてくれない?」

「ダリアが? いいよ? ……ダリアでいいのなら」

「……………。」


 ボクにひっつく三姉妹を見て自分もくっつきたくなったのか、右隣の席からボクの膝の上に移動してきたダリアにお願いすると(彼女はナズナさんと同室なのだ)、アッサリ了承してもらえた……のだけれども。


「そうよね……別に個室ってワケじゃないものね……」


 何故かガックリと肩を落とすナズナさん。


 ……いや、個室じゃなくてよかったじゃん。一人で寝るのは怖いんでしょ?


「ちなみにわたくしも初耳です。アイリン様、どのような心霊現象なのですか?」


 ボクの左隣に座っていたレネが、わざわざ立ち上がりうやうやしい態度でボクのカップに紅茶のおかわりを注ぎながら訊ねる。


「いろいろとあるのですけれど、」


 え。そんなにあるの?


「一例を挙げると、夜中に通路を歩いていたら、不気味な声が聴こえてきましたの!」

「不気味な声?」


 ボクは聴いたこと無いけどなぁ……。


「不気味って、どんなふうに?」

「なんと申せばいいのでしょう……どことなーく狂気を孕んだ、愉悦に満ちた声ですわ」


 ふむ……愉悦に満ちた、ね。


「で?」と、再度腰掛け、優雅に紅茶を啜りながら訊ねるレネ。「その声はなんと?」


「「「ところどころしか聴き取れなかったけど、」」」


 震える自分の身体を抱き締めるように両腕をさすりつつ、三姉妹は答える。


「『沢山イジメてくださぁい☆』と叫んでましたわ!」

「『もっと乱暴に扱ってぇ』とも言ってたんだよぉ!」

「……『わたくしを捨てないでぇ』とも言ってた」


「「「きっとあれは男に捨てられて身投げしたマゾな女の幽霊の声に違いない!」」」



 ブバァ!



 ボクの隣で盛大に紅茶を吹き出し、ゲホゲホとせるレネ。きちゃない。


「……あー……」


 そっか……。『レネのあの秘密』を知っているのはボクとクロエ、あとはせいぜいレネと同室のメンバーだけなんだっけ……。


「えっと……大丈夫だよ、アイリン。それは心霊現象じゃないから。……『じゃあなんなんだ』って訊かれても答えられないのだけれど」


 レネの名誉のために……。


「ど、どういうことですの?」

「だから答えられないんだって」


 ボクもつい最近クロエから聞いて知ったのだけれど、実はこのお嬢様、ボクが知らぬ間にボクが知らない馬の骨……もとい男に、懸想けそうしていたっぽいんだよね。

 で、毎晩その男の夢を見てしまうらしいのだ。

 挙句、その……なんというか……このお嬢様は少々変わった恋愛観の持ち主だったみたいで……好きな男の夢を見るたび、『はうぅご主人様ぁ沢山イジメてくださぁい☆』とか『もっと乱暴に扱ってくれていいんでぇいっぱい可愛がってくださぁい☆』とか『イヤですぅ……わたくしを捨てないでぇ……なんでもしますからぁ』とか、ちょっとアレな寝言を言ってしまっているようで……。

 アイリンが聞いたのは、それと思われる。


 ……てか、通路まで聴こえるような大きな声なんだね、レネの寝言って……。

 それだけ思いつめているというか……相手のことが好きなんだろうなぁ。

 ………………。

 そういや、今更だけど誰なんだろう、レネの想い人って。何度かレネの恋愛相談に乗ったことがあるのだけれど、それだけは頑として教えてくれなかったんだよね。

 どうもレネはその男を『ご主人様』と呼んで慕っているっぽいのだけれど。

 でも、ボクの周りにはレネに『ご主人様』と呼ばれている男なんていないんだよなぁ。

 ……ボクは『船長様』って呼ばれているから違うし……。

 …………なんか気になる。

 どこの馬の骨……もとい男なんだろう……。


「とにかく、それは心霊現象じゃないから。心配しないで」


 噎せているレネの背中を擦ってやりつつボクがそう言うと、


「でもでもっ、他にもあるんだよぉ!」


 と、メイリンが身を乗り出し訴えてきた。


「他って? どんな?」

「別の日の夜中に、別の不気味な声も聴こえたんだよぉ!」


 ……また不気味な声?


「どんな?」

「『おパンツ様、ゲットだぜ☆』って声!」


 ポケ〇ンかな?


 ボクがそうツッコもうとした瞬間、ナズナさんがゴン! とテーブルに突っ伏し額をぶつけ、心を落ち着けるため紅茶を口に含んだレネが再び『ブハァ!』と吹き出した。

 だーかーらー、きちゃないって。

 ていうかどうしたのナズナさん⁉


「れ……レネちゃん? まさかとは思うのだけれど、あなた、リオンさんから回収した船長クンの下着、そのまま私物化したワケじゃないわよね……? 私、レネちゃんが『自分に任せてほしい』って言うから、信じて任せたのだけれど」


 顔を上げ、口元を引き攣らせつつもニッコリ微笑んで、ナズナさんがレネに訊ねる。


「し、私物化なんてしていません! ちゃんと船長様にお返ししましたとも!」


 するとレネが何やら慌てた様子で答えた……のだけれども、…………え? ボクの下着? いったいなんの話?

 あ。あれかな?

 いつだったか、ほつれていたボクの下着をナズナさんが直そうとしてくれたことがあって、ナズナさんがくだんの下着を自室に持ち込んだら、それを同室のリオンさんが勝手に持って行ってしまって(何に使うつもりだったんだろ?)、レネが取り戻してくれたことがあったんだよね。

 あのときの話かな?


「……ただ、その……」


 レネはそこでモゴモゴ口籠くちごもると、目を逸らし、


「取り戻す際、リオンさんが抵抗したものですから……、力尽くで奪還することになり……」


 することになり?


「船長様のおパンツ様を取り戻すことに成功した際、達成感から変なテンションになり、おパンツ様を高々と掲げて変なことを口走ってしまった覚えはありますけども……」


 どんなテンションなんだ、それ……。


「どうやら心霊現象ではなかったみたいだよ、メイリン」

「夜中に異性のパンツを掲げて変なことを叫んじゃう身内って、ある意味心霊現象よりも怖いんだよー!」


 言うな……。


「……ちなみに、あたしたちが遭遇した心霊現象はまだある」


 とシャオリン。

 まだあるの⁉


「今度はどんなレネ……じゃなかった、心霊現象なワケ?」

「船長様⁉ 『どうせまたレネが原因だろ』と決めつけてませんか⁉」


 ……ソンナコトナイヨ?


「……今度はマジモン。夜中にすすり泣きと『恨めしい~』という怨嗟えんさの声が聴こえた」

「と、いうことらしいんだけど。レネ、何か心当たりは?」

「ですから、犯人はわたくしだと決めつけないでください! 『恨めしい』なんてセリフを口にしたことはありません!」


 ……ふむ……?


「ねえシャオリン、他には? その声は『恨めしい』以外、何も言ってなかったの?」

「……『幼女に先を越された~』とか『わたくしも想い人と接吻キスがしたい~』とか『寝惚けたフリをして接吻キス……その手があったなんて~』とか言っていた」


 それを聞いたダリアがピンと来たようで、『む。』とボクの膝の上で唇を尖らせる。


「ダリアのはフリじゃない。せんちょおに接吻キスしちゃったときは、ホントに寝ぼけてた」


 そういや先日、甲板デッキでお昼寝をしていたダリアが、寝惚けてボクに接吻キスをしてしまうという事件があったっけ……。

 お陰でツッコミどころ満載な裁判に付き合わされて大変だった……。


 掌で顔を覆い、うなだれているレネへ、ボクはジト目で先程と全く同じ質問をする。


「と、いうことらしいんだけど。レネ、何か心当たりは?」

「…………申し訳ございません…………。その声が言っていたのは『恨めしい』ではなく『羨ましい』です……」


 顔どころか首まで真っ赤になって答えるレネ。

 正直でよろしい。


「というワケで、心霊現象ってのはキミたちの勘違いだから。これからは安心して夜中の当直ワッチやお花摘みに行くといいよ、アイリン、メイリン、シャオリン」

「もうひとつあるんですのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 まだあるんかい。


「はいはい。今度はどんな心霊現象レネ?」

「とうとう『心霊現象』のルビがわたくしに……!」


 仕方ないじゃん、前科三犯だぞ。


「昨夜、船長サンの部屋の前を通りかかった際のことですわ!」


 …………え? …………あ。


「船長ぉの部屋の中から、わたしたちが知らない女の声がしたんだよー! それも複数!」


 …………あー…………。


「……あたしたちが『誰かがせんちょーに夜這いをかけてる⁉』って吃驚びっくりして慌てて室内なかに踏み込んだら、せんちょー以外誰もいなかった。……確かに声はしたのに」


 う、うぅーん……。


「よもや忘れたとは言わせませんわよ、船長!」

「昨夜は『見てのとおり誰もいないよ? 気のせいでしょ?』としらばっくられたけれど、今日こそ白状してもらうんだよ!」

「……あの声、いったいなんだったの? せんちょーの守護霊か何かの声?」


 三姉妹はそう言って『逃がさない』と言わんばかりにボクの首やら腕やら腰やらへ回した腕に力を籠めて、ぎゅっと締め付けてくる。こしょばゆい。あと良い匂いがする。


 ナズナさん、レネ、ダリアの三人も、『何それホント?』と言いたそうな顔でこちらを見つめていた。


 さて、どう説明したもんかな……。

 実はこの身には『魂魄タマシイの婚姻』を結んだ造物主カミサマが何柱なんにんも宿っていて、昨夜、ソイツらが『地球系統ガイア・システム』という神秘のチカラで勝手に受肉・実体化し、ボクを(性的に)襲おうとしてきたんだよ、なんて……。

 馬鹿正直にそう答えちゃったら、彼女たちはどういう反応を示すんだろう……。

 三姉妹が途中で踏み込んできてくれたお陰で、造物主カミサマたちは慌てて受肉・実体化を解除し、ボクを襲うことを諦めてくれたワケで……。その恩に報いるためにも、極力嘘はつきたくないし……。うーん……。


 とりあえず答えられる範囲で答えるか。


「実はね……」

「「「「「「実は?(ゴクリ……)」」」」」」



「みんなに余計な心配を掛けたくなかったから、これまでずーっと黙っていたんだけど……。ボクのこの身体には、厄介な連中がりついていてさ。昨夜アイリンたちが聞いた声は、ソイツらがボクに襲い掛かってきたときのモノなんだよ」


 嘘は言ってない。


「「「「「「イヤああああああああああ!」」」」」」


「え? あ、あれ? みんな?」


 三姉妹は言うに及ばす、ナズナさんとレネ、ダリアまでもが青ざめ悲鳴を上げると、脱兎のごとく逃げ出してしまった……。


「しまった。みんなを怖がらせるつもりは無かったのに。今のはちょっとばかし誤解を招く言いかただったかな?」


 ま、いっか。

 あとで『あれは冗談だよ』って言っておけば大丈夫だろ……たぶん。


「やっぱレネが淹れてくれた紅茶は美味いなぁ」


 ボクは深く考えないことにして、紅茶を啜る。




 ……が。

 このとき、ボクはまだ気付いていなかったのだ。


 ボクの中で、オバケ扱いされた造物主カミサマたちが大変ご立腹なさっていることに……。


 お陰でこの日の夜、再び受肉・実体化した造物主カミサマたちと自室で『自分たちをオバケ扱いするな!』『仕方ないじゃん自業自得だろ!』と口論になり、偶然通路そとを通りかかった三姉妹がまたもやそれを耳にして、ますます怯える結果となるのだけれど……。まあ、それは余談である。



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