♯46 混沌からの侵略者と、初めて相まみえた
『深きものども』。その融合体及び再生特化型。そして『
これまでも、ボクは様々な『邪悪』と呼べる存在、強大な敵と対峙してきたけれど、この『何か』はそれらとは明らかに毛色が違った。
格が、違った。
「フヒッ! フヒヒヒヒッ!」
――それは『生物としての本能』が生理的嫌悪感にも似た拒否反応を示し、『関わるな』と激しく警鐘を鳴らすような。
――あるいは、
そんな――
「僕ちゃんラッキィ☆ 獲物を一気に六匹も見つけちゃうなんてぇ!」
不吉。凶兆。
ヒトの、
「コイツらの
それは一見、ヒトのような姿カタチをしていた。幼稚な口調に似つかわしくない巨漢だ。常に前屈みだからわかりにくいけれど、身長は2mを優に超えるだろう。ひょっとしたら3m近いかもしれない。腕も、胴も、太腿も、首も、すべてが丸太のように太い。
ただ、黒いタンクトップと短パンの下の肌は病的なまでに青白かった。三日月のような醜悪な笑みを浮かべた口の
「なんなんだ、コイツは……」
間違っても牧師や神父には見えないから、噂の『<魔女>殺し』ではなさそうだが……。
「ただ……」
――奴らの存在を許すな。
――あれをのさばらせてはいけない。
――誰かを護るためにも――戦え!
いつもならそう勇ましく
――今すぐ逃げろ。
……ボクの
「逃げたいのは山々だけど」
唸りつつ、ボクはチラリと仲間たちのほうを
「あ……あああ……」「っ」「ひうぅ……」
……予想どおり。
仲間たちはみんな青ざめ、腰を抜かして震え上がっていた。
ボク同様、目の前の『何か』の姿を目にした瞬間、イヤでも理解してしまったに違いない。
本能と、そして
自分たちは『
「くっ……」「ひうぅ……」
例外は額に汗を浮かべ険しい表情をしているカグヤと、尻餅をつきそうになったところをカグヤに支えてもらえたルーナくらいだ。
いつもは気丈なツバキやアリシアはもちろん大の男であるロウガさんすらもが、尻餅こそついていないものの片膝をついてしまっている。
アデリーナさんに抱っこされているサシャちゃんにいたっては、場の雰囲気もあってか、『うわぁぁぁぁん!』と泣いてしまっていた。
「……ダメだ」
みんなを置いてボクだけ逃げるワケにはいかない。
「みんな、しっかりしろ! 立て! 走れ! ボクがコイツを抑えておく! みんなは早く『トゥオネラ・ヨーツェン』へ!」
自分を
「ボクを置いて出航しろ! 出来るだけこの島から離れるんだ! 最悪、禁じ手を使うことになるかもしれない――だから急げ!」
ボクの言葉に、クロエとロウガさん、イリヤ姉ちゃん以外のメンバーはピンと来たようだった。
「だんなさま……⁉ もしかしてスーのチカラを⁉ 無茶だよ! だんなさまはどうやって避難するつもりなの⁉」
「わたくしイヤです! イサリさまを置いていくなんて……!」
「そ、それにここは有人島――わたしたちの他にも住人が!」
カグヤ、ルーナ、シャロンがボクの意図に気付いて慌てふためく。
が、そんなカグヤの手をツバキが、ルーナの手をアリシアが、そしてシャロンの手をリオンさんが引いて、『トゥオネラ・ヨーツェン』と桟橋を繋ぐ
「離してツバキ! だんなさまが……!」
「アリシアさん⁉」
「お、お母さん⁉ このままじゃ――」
カグヤたちは抵抗しようとするが、ツバキたちは振り返りもしなければ脚を止めることもしない。
「わかってる! わかってはいるんじゃが――ここは旦那様を信じるしかあるまい!」
「聞き分けなさいルーナ! どのみち私たちがこの場に残ったって足手纏いにしかならないでしょうが!」
「そんなこと、イサリくんだってわかってるわ! あくまで最悪の場合の話よ! イサリくんならあんな奴、軽ーく捻り潰してくれるってお母さん信じてる!」
そしてアデリーナさんが残る三人へ「さあ、皆さんも!」と促してからツバキたちのあとに続き、クロエとロウガさんは顔を見合わせてから大人しくそれに従う。
そして最後に残ったイリヤ姉ちゃんは、
「い……イサリ、ワタクシも一緒に戦うワ」
「足手纏いだ! 早く行け!」
「っ」
ボクが
その後ろ姿をチラリと盗み見、ボクは小さく呟く。
「……ごめん、イリヤ姉ちゃん」
でもコイツはヒトの力でどうにかなるような
禁じ手――
ボクの直感がそう言っているんだよ。
………………。それはそれとして、島ひとつ跡形も無くふっ飛ばした一撃をナチュラルに『低出力』扱いって、ボクもだいぶバトル脳になっとるな。
大丈夫かな? 無事地球に帰還できたとして、元の平穏な日常にちゃんと適応できるんだろうか? ちょっぴり不安になってきた……。
「フヒッ! フヒヒヒヒッ! 逃がさないよぉ、お姉ちゃんへのお土産たちぃ!」
「行かせるか!」
ボクを無視してみんなのあとを追おうとした『何か』の正面へ、再度回り込む。
「むー! 邪魔するなよぉ! なんなんだよぉ、おまえぇ! せっかく獲物を六匹も見つけたってのにぃ! 逃げられちゃったらぁどうするんだよぉ!」
「知るか」
子供みたいに腕を振り上げて怒る『何か』へ、こちらからも問い掛ける。
「……ひとつ訊く。なんで六匹なんだ?」
コイツの言う『獲物』が<魔女>のことなら、アリシア・シャロン・クロエ・サシャちゃんで四人のはずだ。
<漂流者>のことなら、ボク・ルーナ・イリヤ姉ちゃん・リオンさん・アデリーナさんで五人のはずだし……(そもそもコイツはボクのことなんて眼中に無いみたいだし)。
コイツの『獲物』はいったい……?
「うるさいなぁ! 教えるワケないだろぉ! なんで僕がぁおまえなんかの質問に答えなくちゃいけないんだよぉ! さっさと
「ほぼ答えてるようなモンだろそれ」
ヤドリギ? なんだそれ? ……宿り木、か?
「その<宿り木>ってのは何さ?」
「! おまえぇ! ニンゲンのくせにぃ、なんでそれを知っているんだぁ⁉ さてはぁ、ただのニンゲンじゃないなぁ⁉」
「なんでって」
マジか。自分がたった今口にしたばかりのセリフすら憶えていないのか。
なんとなくそうなんじゃないかなと予想はしてたけど、
「! あれぇ……? 待てよぉ……? 今気付いたけどぉ、おまえからも獲物の気配を感じるぞぉ⁉」
「え?」
ボクからも……?
ていうか……気配だって?
「そぉかぁ! おまえぇ、変な格好しているからぁわかんなかったけどぉ、実は女だったのかぁ⁉」
……は? どういうこと?
「おまえも<宿り木>なんだろぉ⁉ ――やったぁ! 獲物が一匹増えたぞぉ! 超ラッキィ☆」
何言ってんだコイツ。ボクから何の気配を感じるって言うん………………あ。
そういえばこの身には今……、
いや、だとしても、それはそれでやっぱり『なんで六匹?』という疑問が……、
だって『獲物』が『彼女たち』のことを言うのなら、あの中で該当するのはせいぜいカグヤくらいのはず……、
それとも、ボクは何か大きな思い違いをしているのか……?
「……よくわかんないけど、ボクは男だぞ」
「ハアァ? そんなワケがないだろぉ? <宿り木>はみぃんな女のはずだぞぉ」
そう言って目の前の『何か』は
「あ、あれぇ⁉」
不意に、丸く紅い目を大きく
「ま……待てよぉ⁉ おまえっ……おまえの
「?」
「あ……あり得ないっ! なんでぇ⁉ なぁんで別の宇宙、『オリジナルの地球』を出自とする
「はい?」
「くっそぉー! とっくの昔に絶滅したはずの『真なる地球人』がぁ、よりにもよってぇこの宇宙に模造された地球に転生しているなんてぇ! そんなんアリかよぉ⁉」
「………………」
さっきから何をワケのわからないことを……。
「こうなったら予定変更だぁ! まずはぁおまえからぶっ殺してやるぅ! 行っけぇー! 僕の可愛い
「⁉」
『何か』がボクを指さして吼えると同時、全長1mを超えるメガネウラたちが
パッと見、三十匹はいるだろう。
「くっ」
遥か上空、四方八方から飛来する敵の頭や胴を、
……が、敵に怯む様子は全く無い。同族がやられている隙にその強靭な顎でこちらの腕や頭に噛みつき、高周波ブレードのように切れ味鋭い
「マズい……!」
鉄壁と言ってもいい
弾け飛んだところはボッ! と燃え上がりすぐに修復されるものの、確かこの自動修復機能も『変身』の維持に必要なチカラを消費したはずだ。
このまま敵の攻撃を受け続けていたら、いずれは『デイジーワールドの実』を食べて手に入れたナンチャラというチカラを使い果たし、最後は――
「ソッコーでカタをつけないと……!」
だが、縦横無尽に空を飛び回り、入れ代わり立ち代わり攻撃を仕掛けてくるメガネウラたちをまとめて斃す手段が無い。
ソッコーでカタをつけたくても、地道に、少しずつ、敵の数を減らしていくしかないのだ。
いや、正確にはひとつだけある。あるにはあるが……。
ボクはチラリと、桟橋に停泊している『トゥオネラ・ヨーツェン』のほうを一瞥する。
ボクの仲間たちは出航どころか『トゥオネラ・ヨーツェン』に乗り込むことすらまだ出来ていなかった。
というのも、
「くそっ」
ダメだ。
「
ボクは仲間たちを足止めしているメガネウラたちへ向けて手刀を飛ばす。
……手刀を飛ばすってなんだ、と思われたかもしれないが、読んで字のごとくだ。X状の斬撃を飛ばしたのだ。
もっともボクは半ば人間をやめている叔父さんとは違い、……カマイタチ? 真空の刃? まあとにかくそんな感じのモノを
「よし」
仲間たちを足止めしていたメガネウラたちは、今の攻撃であらかた蹴散らすことが出来た。
あとは仲間たちが船に乗り込み、出航し、この島からある程度離れるまで、もちこたえられれば――
「フヒッ! フヒヒヒヒッ!
次の瞬間、『何か』が一足飛びでこちらの
「くっ」
反射的に正拳を繰り出す。が、アッサリと避けられてしまった。回し蹴りも同様だ。
「コイツ
ダメだ。普通に攻撃したんじゃ当たらない。
このぶんだと
そうは言っても、ボクの手札でコイツにダメージを与えられる可能性があるのは、せいぜい
……どうする⁉ どうやってコイツに
「フヒッ! フヒヒヒヒッ! 戦闘中に考えごとなんてぇ余裕だねぇ⁉」
「!」
気付いたときには、『何か』の顔が目の前にあった。
顎めがけて下から襲ってきた拳、アッパーを、交差した腕で防ぐ。
が、アッパーの威力は凄まじく、コートの両腕部分が一撃で吹き飛んでしまった。
「なっ……⁉」
そのままロケットのように天高く打ち上げられてしまう。
そう――天高く。
高度2,000m……夕焼け空に浮かぶ
「なんて馬鹿力だよ……!」
お陰で『何か』の姿を見失ってしまった……!
「奴はいったいどこに――」
重力に引かれ落下へと転じながら、目を凝らし『何か』の姿を探すが、グングン近付く地表のどこにも見当たらない。
何故――
「フヒッ! フヒヒヒヒッ!」
――と思ったら、真横にいた。
「なっ――」
まさかジャンプしたのか⁉ この高度まで⁉
「くぅらぁええええっ!」
ガオン!
「…………っ!」
背中に凄まじい衝撃を感じた次の瞬間には、ボクは地表、砂浜へと叩きつけられていた。
ドォォォォォォォォォォ……ン……!
「ぐ……っ」
砂浜に
「……なんて奴だ」
頭がクラクラする。背中がズキズキと痛んだ。これまであらゆる攻撃、どんな衝撃からもボクを護ってくれた
これは……ダメージがジャケットのキャパシティを超えたということか?
いや、たぶん違うな。
これはおそらく――
「『変身』が解けかけている……そのせいで防御力が下がってる?」
ビーッ! ビーッ!
そんなボクの推測を裏付けるように、
――『Ver.<Border guard> 活動限界時間まで46秒』
「くそっ……」
「フヒッ! フヒヒヒヒッ! 諦めなよぉ! たとえ『オリジナルの地球』を由来とする
よろけながらも完全に立ち上がったボクの眼前にドオン! と勢いよく着地した『何か』が哄笑を上げる。
「ああっ、僕はなんてツイてるんだぁ! おまえの
「……さっきから、いいトシした男がお姉ちゃんお姉ちゃんって気持ち悪いんだよ」
「んなっ⁉」
ボクが(自分のことは全力で棚上げして)嘲ると、『何か』は憤慨する様子を見せた。
「ぼっぼぼぼぼぼ僕を馬鹿にしたなぁ⁉ 絶対に赦さないぞぉ!」
怒りで我を失った『何か』が飛び掛かってくる。
無防備に。真正面から。
――掛かった。
「
掴みかかってきた手をボクは掌で
「んおぉ⁉」
「――『
そしてそのまま『何か』を一本背負いの要領でぶん投げ、その
「ギャァァァァァァァァァッ⁉ な、なんだこれぇ⁉ 熱い熱い熱いぃぃぃぃっ! 額の傷からぁ焔が体内に
蒼白い焔の柱の中で身悶える『何か』。
『深きものども』ならこの時点で決着となっているところだが、残念ながら『何か』が燃え尽きる様子は無い。
「チッ……やっぱり一撃で仕留めるのは無理か」
てか、なんで脳を灼かれているのにそんなに元気なんだよコイツは……。
だが――
「普通の徒手空拳ならいざしれず、
「ふ……ふざけるなぁ! なんなんだよぉ、この焔はぁ⁉ ――赦さない! 絶対赦さないぞぉ! こんな焔すぐに消してぇ……あれぇ消えないぞぉ⁉」
「聞いてるかヒトの話」
地面をゴロゴロ転がったり海に飛び込んだりしたくらいで消えるような
「くっそぉー! ぜーったいぶっ殺してや、…………え?」
「?」
なんだ? コイツ突然動かなくなったぞ? 焔の柱の中で虚空を見つめ、何やらブツブツ呟いている……?
「うん……うん……えー、でもぉ……コイツ生意気なんだってぇ……、この手でぶっ殺してやらなきゃあ、僕の気が済まないよぉ……」
いや……もしやこれは、この場にいない誰かと交信しているのか?
あれか? テレパシーってヤツか?
だとしたら相手は……もしやコイツの『お姉ちゃん』?
やがて『何か』は渋々といった様子で『わかったよぉ』と言うと、ボクをビシッと指さし宣言する。
「おい、おまえぇ! 今日のところは見逃してやるぅ! 感謝しろぉ! だけどおまえはぁ、僕がぜーったいぶっ殺してやるからなぁ! 憶えてろよぉ!」
そして膝を曲げて身を屈めると、力を溜め、バッタのようにジャンプした。
「ばいばーい、また会おうねぇ☆」
とだけ言い残して。
ひとっ飛びで、綿雲の向こうへと消えた。
これが漫画やアニメなら、消えた空にお星さまがキラーンと光っているところだろう。
ボボッ……ボッ……ボ………………
直後、
どうやらちょうどタイムアップのようだ。
「……助かった」
ボクはその場にへたり込み、夕焼け空を見上げ安堵の溜め息を零す。
何故
もしもあのまま戦闘が続いていたらどうなったことやら……。
「だんなさまぁ!」
「イサリさまぁ!」
「イサリーっ!」
呼ばれて振り向くと、そこには敵が退いたことに気付いてこちらへと駆け寄ってくる仲間たちの姿があった。
カグヤやルーナ、イリヤ姉ちゃんなんかは今にも泣き出しそうな顔をしているが、見る限り仲間たちに怪我は無いようだ。
「良かった……」
再度安堵の溜め息を零しつつ、『何か』が去り際に残したセリフを思い出し、ボクは静かに毒づく。
「……何が『また会おうねぇ☆』だ」
絶対に
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