♯45 凛々しいお姉さんと、本当の意味で再会を果たした



 イリヤ姉ちゃんと運命の(?)再会を果たした翌日の夕刻。『トゥオネラ・ヨーツェン』は風に恵まれたこともあり、既に『夢の湖』と『死の湖』の境目へと差し掛かっていた。

 ちなみに途中にあったこの辺りで最も大きな有人島――『グローブ』への寄港は見送った。クロエ一家やオリガ一家を抱えたまま寄港して余計なトラブルに巻き込まれたくないというツバキの判断だ。大きな有人島の場合、寄港した船に対して島の自警団とかが査察に入ることも珍しくないらしい。なるほど、厄介ごとの予感しかしない。

 その代わり、『死の湖』の入口にある推定人口三百人くらいの名前すら無いような小さな有人島に立ち寄ることになった。『トゥオネラ・ヨーツェン』は少し前に『ポシドニウス』に立ち寄ったばかりだし、目的地はもう目と鼻の先だから、無理して補給する必要は無いのだけれど、ツバキにはどうしてもここで手に入れたいモノがあるらしい。


「……ていうか、なんでツバキたちは『ヤポネシア』から持ってきた織物や『ビトルビウス』で仕入れた茶葉なんかを荷下ろししてるんだろ?」


 この島で売り払うつもりなのかな?

 でも、それなら『ポシドニウス』みたいな大きな島のほうが高値で売れたと思うんだけど。


「そっか、旦那様はまだこっちに来たばかりで知らないのね! こういう小さな島だとね、貨幣かへいが役に立たない――つまり物々交換でしかモノが手に入らないことも多いのよ!」


 夕陽ゆうひだいだいに染まった島の入り江、漁港と呼ぶのもはばかられるような簡素な船着き場に停泊した『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板デッキで、滑車を使って陸揚げされた木箱を眺めながら首を傾げていたボクに、リオンさんが説明してくれた。


「たぶんツバキちゃんはあれらを元手に、自分が欲しいモノを手に入れるつもりなのよ!」

「なるほど……」


 それにしたって結構な量なのだけれど……。どんだけ高価なモノを仕入れるつもりなんだろう、ツバキは。


 もうひとつ気になったのは、男衆が船倉に保管されていた木材を使って、もうすぐ目的地に辿り着こうというこのタイミングで、中央甲板メインデッキに柵……というか囲いのようなモノを作り始めたことだ。

 聞けばこの船には『船大工カーペンター』がいないぶん、男衆はみなこういう大工仕事に慣れているらしい。それはいいのだけれど、


「何これ? みんな何を作ってるの? 小屋?」


 ボクの質問にニッコリ笑って答えてくれたのは、やはりリオンさんだった。


「ツバキちゃんに訊いたら、『旦那様がまた要らない心配をさせたときに入ってもらう反省部屋だ』って言ってたわ!」


 HAHAHAナイスジョーク。………………。ジョークだよね?(汗)






 そして今、名も無き有人島しまの船着き場に上陸したボクは、一足先に上陸していたツバキが仕入れたモノを見て目を丸くしていた。


「えっ……コイツらを乗せていくの⁉」


 ツバキが仕入れたモノ。それはなんと、ナマモノ……もとい生き物だった。


 乳牛の雄と雌が一頭ずつ。

 豚の雄と雌が二頭ずつ。

 山羊の雄と雌が二頭ずつ。

 そして鶏の雄と雌が十羽ずつ。


 どれもこれも、活きが良い。良すぎて、



「モ~」「ブヒブヒッ」「メ~ッ」「コケーッコッコッコッ!」



 ……メッチャうるせぇ……。

 何? ツバキは『トゥオネラ・ヨーツェン』をノアの方舟にでもしたいのかな?

 まあ、でも、


「そっか。男衆が作っていたあの柵は、コイツらを囲うためのモノだったんだね」


 よかった……。マジでボクの反省部屋だったらどうしようかと……。


「なんていうか……思い切った買い物をしたね、ツバキ」

「トンデモなくボッタクられたがの。まあ、こういった家畜は元々値が張るし、こういう小さな島では特に貴重なモンじゃから、仕方ないといえば仕方ないんじゃけども」

「ボッタクられたって……どれくらい?」

「『ヤポネシア』なら立派な屋敷が建つくらいじゃ。妾にコイツらを売った家は今、間違いなくこの島で一番の資産家じゃろうな」


 マジか……。いや、でも、買った生き物の中には牛もいるワケだしな……。こういう世界だし、案外そんなものなのかも……。

 ……あれ?


「思ったんだけどさ、資産家になったとは言っても、手に入れた資産はツバキが対価として渡した織物と茶葉なワケでしょ? こんな小さな島であんな大量の織物と茶葉をどうやってさばく気なんだろ?」

「なんか、これを機に畜産はやめて『グローブ』へ引っ越すつもりだとか言っておったの。『グローブ』であれらを元手に新たな商売を始めたいとかなんとか」


 ……大丈夫なのかな、それ。ボクが口出しすることじゃないけども。


「そういえば、他の生き物はともかく牛はどうやって船に乗せるの? 牛が乗ったら舷梯タラップが重みに耐えられずに壊れちゃわない? 木造だよね、あれ」

「心配無用じゃ。あの舷梯タラップも『トゥオネラ・ヨーツェン』の船体や妾たちが使っているこんと同じく、表面が特殊な樹液でこーてぃんぐされてある。あの樹液には破邪のチカラだけでなく、塗ったモノを頑強にする効果もあるんじゃ。牛が乗った程度ではビクともせんよ」

「そういえばあの舷梯タラップも白塗りだったね」


 そんな樹液を出すことといい、例の『不思議な樹の実』シリーズがることといい、ホント謎の樹の正体が気になるなぁ……。特に『不思議な樹の実』シリーズは食べられるモノからどう考えても食べたらヤバそうなモノまで、効力も含め多種多様だし……。

 ……食べられるモノといえば。


「そういえば、コイツらの餌は? どうするの?」

「もちろんそっちも手に入れたぞ。ただ、しこたま仕入れたからの。すべての荷積みが終わるころには日が暮れとるじゃろうな。というワケで出航は明日じゃ」

「じゃあ今夜は乗組員クルーのみんなを上陸させる? みんなもたまにはおかで羽を伸ばしたいだろうし」

「そうさせてやりたいのは山々なんじゃが……この島には宿はもちろん酒場すら無いんじゃ」

「え。それじゃあ」

「上陸を許可したとしても羽を伸ばせる場所が無いんじゃよ」

「Oh……」


 まあ、こう言ったらなんだけど推定人口三百人くらいの田舎の島だしなぁ……。


「田舎だからか、あんなのまで飛んでるし……」


 なんとなしに見上げた夕焼け空では、赤とんぼの代わりにメガネウラの群れが飛び交っていた。

 メガネウラは地球だと二億九千万年ほど前に棲息していた――けれどとうの昔に絶滅してしまった原始的なトンボなのだけれど、驚いたことにこの蒼き月の海ルナマリアでは普通に棲息している。

 けど、流石に人間のテリトリーで見かけるのは珍しい。

 ……ていうか、吃驚びっくりするくらいデカいなあのメガネウラ……。子供のころ読んだ本には『メガネウラは大きいしゅでもはねを開いたときの長さはせいぜい70㎝程度』って書いてあった気がするのだけれど(いや、それでも充分デカいけど)、でもあれ、どいつもこいつも全長1mを超えてない? この蒼き月の海ルナマリアの固有種か何かなんかな?


 ……そんなどうでもいいことを考えていたら、


「……旦那様は男衆やトンボのことよりもまず自分のことを考えるべきなんじゃないかの」


 ツバキに半眼でツッコまれてしまった。


「え?」

「本当はわらわも、旦那様とアヤツを会わせるのはアヤツの頭がもう少し冷えてからと思っておったんじゃけども……。シャロンからの報告によると、昨日からこっちずーっと『イサリに会わせテ!』と騒いでおるようでな……。その激しさたるや、子供と無理矢理引き離された母親のごとしだとか……。いい加減、あの船室へやに押し込んでおくのも限界のようじゃ。何度もかわやへ行くフリをして見張りを振り切り、旦那様に会いに行こうともしたようじゃしな」

「………………」


 確認するまでもなく、ツバキが言っているのはイリヤ姉ちゃんのことだとわかった。

 昨日の朝の一件以来、ボクはイリヤ姉ちゃんと一度も顔を合わせていない。決してアリシアに鬼の形相で『船長はあの女に近付くの禁止!』と釘を刺されたからではなく、ボク自身イリヤ姉ちゃんとどう接したものか、判断がつかなかったからだ。……ごめん嘘。アリシアに釘を刺されたこともちょっとだけ関係している。だってメチャクチャ怖かったんだもん、あのときのアリシア……。


 でもやっぱり、イリヤ姉ちゃんとどう接したらいいのかわからないというのが大きい。

 小さいころ憧れていたずっと年上の女性と再会できたと思ったら、運命の悪戯いたずらで同い年になっちゃってましたって……。こういうときってどう接したらいいの? 初めての経験だからわからないよ……。教えて経験者さん。


「おらんじゃろ、そんな経験した奴」

「心を読まないで!」

「いいからとっとと腹をくくれ。そして腹を割って話せ。それしか無いじゃろ」


 ツバキが顎で示した先には、舷梯タラップを渡って船着き場に降り立ったイリヤ姉ちゃんの姿があった。

 ……んだけど、前をアリシア、右脇をシャロン、左脇をリオンさん、後ろをアデリーナさんが固めている。しかもサシャちゃんを抱っこしているアデリーナさんを除く全員がその手に棍を持っていた。……何あの包囲網。凶悪犯の移送かな?


「凶悪犯というほどではないが、要警戒対象じゃからな。少なくとも妾たちにとっては」


 意味わからん。


 ちなみにアリシアたちの後方を歩くルーナとカグヤは棍を持ってもらず、『なんだかなー』と言いたそうな顔をしていた。……幼女組のほうが冷静やん……。


 あ。でもよく見たらリオンさんとアデリーナさんの大人組も『やれやれ……』って言いたそうな顔をしているな。


「だったら無理に付き合うことないのに……」


 ボクが大人組へ同情半分呆れ半分の視線を送っていると。


「! イサリ!」


 船着き場に降り立ったイリヤ姉ちゃんがこちらに気付いて、前を歩くアリシアをドン! と突き飛ばし、駆け寄ってきた。

 ……アリシアが『あいたっ!』と悲鳴を上げながら海へと落ちて、ドボンと大きな水飛沫を上げる。そんな彼女を、他の面々は(イリヤ姉ちゃんそっちのけで)慌てて引っ張り上げていた。

 なんて意味の無い包囲網なんだ……。


「イサリ……、あなたは『あの』イサリなのよネ? だからワタクシの技を避けられたのでしょう?」


『アリシアさん、大丈夫ですかっ⁉』『あーあ、びしょ濡れ』『これは、ひどい』とてんやわんや状態なアリシアたちをバックに、ボクの目の前で立ち止まったイリヤ姉ちゃんが、信じられない――けれど信じたい、という感じの口調で訊ねてくる。


 無理も無い。見知らぬ世界に流れ着き、おそらくは相当な孤独と絶望を経験し、それでも懸命に生き延びてきたら、知人が突然目の前に現れたのだ。しかも小1だったはずの子が高1になって。オマケに船長をしているという。

 半信半疑になるなというほうが無茶というものだ。

 同時に、すがりたいような気持ちになるのも当然だろう。


「……たぶん『その』イサリで合ってるよ、イリヤ姉ちゃん」


 ボクが躊躇ためらいつつも首肯しゅこうすると、イリヤ姉ちゃんはその切れ長の瞳から涙をポロポロと零し始めた。


「本当に……? 本当に『あの』イサリなノ……?」

「だから本当だって。叔父さんや叔母さんの修練を受けたあとは、いつもイリヤ姉ちゃんにマッサージしてもらってた『あの』イサリだよ。――ね? こう言えることが証拠だよ」

「っ! 本当に『あの』イサリなのネ……!」


 イリヤ姉ちゃんは一瞬くしゃっと顔を歪めるも、『お姉ちゃん』としての矜持きょうじ嗚咽おえつを漏らすことを良しとせず、代わりに微笑みを浮かべる。

 そして震える両手を持ち上げ、そっとボクの頬を包み撫でてきた。


「信じられない……。あなたとこんなところデ再会できるなんて……。しかもあんなに小さかっタあなたがこんなに大きくなって……」

「そうだね。ボクもこの蒼き月の海ルナマリアでイリヤ姉ちゃんと再会することになるとは夢にも思わなかったよ。……しかもあんな形で」

「『イリヤ姉ちゃん』……懐かしい響きネ」

「十六歳になったボクが今や同い年のイリヤ姉ちゃんをこう呼ぶのは、傍目はためにはおかしいんだろうけどね。でも今更『イリヤさん』って呼ぶのも、なんか抵抗があるし」


 ボクの言葉にイリヤ姉ちゃんはクスリと笑って、


「そうネ。ワタクシもあなたにそんな余所余所よそよそしい呼ばれかたをされるのはイヤだワ。あなたにはやっぱり『イリヤ姉ちゃん』って呼んでほしい。……実を言うと、あなたがワタクシをそう呼んでくれることがたまらなく嬉しかったノ。まるで弟が出来たみたいで……」


 ……そういえば彼女には、生まれてくることをとても楽しみにしていた……けれど生きて生まれてくることが出来なかった弟さんがいたんだったか……。


「じゃあお言葉に甘えて、引き続き『イリヤ姉ちゃん』と呼ばせてもらおうかな」

「ええ。ワタクシも引き続きあなたを可愛がらせてもらうワ。弟的存在としてネ」


 弟的存在か……。なんだか面映おもはゆい感じもするけれど、嬉しくないと言ったら嘘になるな。

 ……お願いしたら、あのころみたいにマッサージとかもしてくれるかな?

 くそっ! なんでボクは普段から巫女装束を持ち歩いていなかったんだ! 持ち歩いてさえいれば、この蒼き月の海ルナマリアに持ってくることが出来た――あのころみたいに巫女さん姿でマッサージをしてもらえたかもしれないのに!(戯言ざれごと


「うぉっほん!」


 そのとき。誰かが咳払いをした。

 思わずビクッとして振り向く。

 そこには、満面の笑みを浮かべた(だけど口元を引き攣らせている)ツバキの姿があって……。


「旦那様や。話はまとまったかの? であれば妾、改めてその女……もとい客人に挨拶がしたいんじゃけども」

「つ、ツバキ?」


 ボクが戸惑っていると、ツバキは一歩前へと出てイリヤ姉ちゃんと相対あいたいし、


「改めて――ハジメマシテなのじゃ。妾はツバキという。旦那様より三歳みっつ年上の十九歳での。『トゥオネラ・ヨーツェン』の副長兼旦那様のお姉ちゃん的存在といったところじゃな。以後よしなに」

「…………ふぅん…………。そうなのネ。ワタクシはイリヤよ。イサリと出逢ったのは彼がまだ七歳のころで、そのころから『イリヤ姉ちゃん』って呼ばれているワ。また当時みたいに彼を支えていければと思っているカラ――こちらこそよろしくお願いします」



 ピリッ……。



「い、イリヤ姉ちゃん?」


 な、なんだろう……。その……、二人ともなんか怖いよ……?

 笑顔にもかかわらず目が笑ってないというか……。


「「「「「「あーあ……」」」」」」


 遠巻きにこちらの様子を窺っていた面々――カグヤ、アリシア、シャロン、リオンさんはもちろんのこと、ルーナやアデリーナさんまでもが『知ーらない』という顔をする。……え。待って。何その反応⁉ ねえ、今ってどういう状況なの⁉


「ふむ。何やら面白いことになっているな」


 横からそう口を挟んできたのは、みんなからだいぶ遅れて船着き場に降り立ったロウガさんだった。

 その後ろには頭衣フード付きの外套がいとうを着込んだクロエの姿もある。

 オリガ一家の姿は無い。船でお留守番していることを選んだようだ。


「………………」


 気のせいだろうか。頭衣フードを被っているから顔は見えないのだけれど、クロエからジトッ……とした視線を感じるような……。


「クロエ! やっぱりワタクシの予想は正しかったワ! 彼はワタクシが知っているイサリだった!」


 イリヤ姉ちゃんはクロエに駆け寄ると、彼女の手を取って興奮気味に報告する。


「彼、あなたよりもちょっとだけ年上なの! きっとあなたの良い『お兄ちゃん』になってくれると思うワ!」

「……言ったでしょう。赤の他人を信用など出来ません。たとえイリヤさんのお知り合いであろうともです」


 対照的に、クロエの反応はひどく冷めていた。


「そもそもわたしは『お兄ちゃん』など必要としていません」


 ……まあ、いきなり『これからはあのヒトをお兄ちゃんみたいに慕いなさい』なんて言われても困るよね、そりゃあ。

 ボクだって『この辛辣しんらつな女の子を妹のように可愛がれる自信はあるか?』って訊かれたら、『いや、ボク、マゾじゃないんで』って答えるもん。


「……クロエ……」


 ――イリヤ姉ちゃんが悲しそうな顔をした、そのときだった。


「ぬうっ!」


 突然ロウガさんが唸って、腰帯にいていた長剣を抜き、閃かせる。

 するとが――クロエめがけて急降下し彼女に噛みつこうとしたメガネウラが、綺麗に真っ二つに斬り裂かれ地面に転がった。


「「「「「「「なっ⁉」」」」」」」


 ボクを含めた全員が息を呑んで、頭上、夕焼け空を仰ぐ。

 そこには、こちらめがけて一斉に飛来するトンボの群れの姿が……。


「! これはまさか――<バグ>⁉」


 それを見たカグヤが、青ざめ叫んだ。


「気を付けてだんなさま! あのトンボたちは自然発生したモノじゃない! 混沌の眷属によって改造された、言わば生体兵器! 『深きものども』や『月棲獣げっせいじゅう』と同じたぐいのモノだよ!」

「っ! シャロン、ツバキへその棍を渡して! リオンさんはイリヤ姉ちゃんへ! ツバキ、アリシア、イリヤ姉ちゃんで他のみんなを護るんだ! ロウガさんはクロエを護ってください!」


 ボクはみんなへ指示し、迫り来るメガネウラたちを仰ぎ見つつ、右手を掲げえる。


「『月火憑神げっかひょうじん』!」



 ボッ ボッ ボッ ボボッ ボボボボボッ――



 直後、空中に無数の蒼い光の粒が渦巻き収束、果実のような幻像を形作ったかと思うと、パア……ンと破裂した。次いで果汁を彷彿ほうふつとさせる蒼い火のがボクの肉体に着火。それらは渦巻くほのおの柱と化してこの身を包むと、黄金色こがねいろ金属彫刻エングレーブ白鯨はくげいかたどった純白の光芒こうぼうが神々しい留紺とまりこんのコートを構築する。


「――よし」


種を摘み取るものスピーシーズバスター>スーザンから警告されていたこともあり少々不安だったが、無事『変身』できたようだ。


「なっ……!」

「あれは……⁉」

「っ」


 この姿を始めて見るイリヤ姉ちゃん、ロウガさん、クロエの三人が驚愕し息を呑む音を聞きながら、ボクは迫りくる『敵』を迎え撃つ。


「はあっ!」


 先陣を切って飛来した個体の頭部を手刀しゅとうで叩き落とし、そのまま反転、足刀そくとうで別の個体の胴体を打ち砕く。

 間髪入れず次の個体のはねをむんずと掴んで地面に叩きつけ、遅れて飛来した個体へ投げつけて叩き落とす。

 迎撃。迎撃。迎撃。向こうもボクを真っ先に排除すべき『敵』と認識したのか、カグヤが<バグ>と呼んだメガネウラたちはそのほとんどがボクへと向かってきた。が――むしろ好都合だ。お陰で自分の戦いに集中できる。中には他のみんなへ襲い掛かろうとする個体もいないワケではなかったけれど、そういった個体はツバキやイリヤ姉ちゃんが棍でことごとく地に叩き落としていた。


「これで最後ラスト!」


 そんな感じで『敵』をあらかたほふり、その亡骸なきがらがこの身を包む全身防護服メタルジャケットから燃え移った蒼白い残り火によって燃え上がり消滅する様を見届けながら『ふう……』と一息ついていると。




 ドォン!




「「「「「「「っ⁉」」」」」」」


 少しだけ離れた場所――砂浜に、メガネウラとは別の『何か』が墜落した。


 一瞬、隕石が落ちてきたのかと錯覚したほどの、それは激しいだった。


「な……なんだっ⁉」


 帽子のつばブリムとコートのえりの間の僅かな隙間を覆う蒼色の水晶クリスタルのようなカメラ兼モニター越しに、その『何か』の正体を確認し、ボクは目をみはる。


「こ、コイツは……⁉」


 もうもうと舞い上がる砂埃すなぼこり、その向こうから姿を現したのは――



「――フヒッ! フヒヒヒヒッ!」



 ――その巨漢きょかんは。



「見ぃつけたぁ! 見つけたよぉ、お姉ちゃぁん! 待っててねぇ、すぅぐにコイツら全員ぶちのめしてぇ、亡骸なきがらから魂魄タマシイをひっぺがえして持って帰るからぁ! フヒッ! フヒヒヒヒッ!」



 一言で言うならば――――『邪悪』だった。



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