追想 ある<魔女>のモノローグ③




 わたしのお母さんは、元々は科学者というモノだったそうです。

 こっちに流れ着くまでは、生物と惑星が相互に関係し合うことで己の生存に適した環境を維持する自己制御システム? だか自己統制プログラム? だかを研究していたんだとか。

 正直よくわかりませんが……まあ、とにかく難しいことを研究していたのでしょう。



『――ふむ。この世界は本当に興味深いな。ここが私の元々いた時代からどれだけ未来の月なのかはわからないが、何から何まで想像を絶している』



 それが口癖だったお母さんは、娘のわたしから見ても相当な変人でした。

 どれくらい変人なのか?

 例えばこんなエピソードがあります。ある日、漁師だったお父さんを港まで迎えに行ったときのやりとりです。



『おい、我が夫』

『なんだ、ミズキ』

『その網にかかったデカいのはなんだ? えらく活きが良いな』

『見てのとおりアノマロカリスの一種だが……』

『なんだと。こっちにはこんなにデカいしゅもいるのか……』

『人食いの異名を持つくらいだからな』

『ふむ。興味深い。……他の小型のアノマロカリスのように料理したら美味いのか?』

『小型とは言っても1mを超えるのもザラなんだが……。まあ、いい。――この種は食材には向かない。可食部が極端に少ないんだ。それもあって獲れたら殺して海に返すのが俺たち漁師の慣習ならわしになっている。生かしておいたらいつか人間が犠牲になるかもしれんからな』

『そうか、残念だ』

『……食いたいのか? ヒトを食っているかもしれない奴だぞ?』

『そんなことを気にしていたらフカヒレも食えないだろう。ヒトを襲うこともあるイタチザメなんかもフカヒレの材料だったはずだしな』

『我が妻ながら割り切りがスゴイな……』

『だが妙だな。私の記憶が確かなら、アノマロカリスの顎や触手は硬い獲物を捕食するのには向いていなかったはずだが』

『そうなのか?』

『よし、我が夫よ。試しにちょっとかじられてみてくれ』

『無茶を言うな』

『お願いマイダーリン☆』

『媚びてもダメだ』

『ちっ……。仕方ない。気は進まんが自分で齧られてみるか。よし、我が夫よ。ソイツをこっちへ渡せ』

『それを聞いて渡すワケがないだろう⁉』



 ……とまあ、こんな感じです。

 我が母ながら、控えめに言って頭がオカシイと思います。

 ナントカと天才は紙一重という言い回しがお母さんの生まれ故郷にはあるらしいのですが、たぶんお母さんみたいなヒトのために用意された言い回しなのでしょう。


 ですが、天才なのもまた事実でした。

 この世界のいろいろなモノを観察・記録していたお母さんは、それに必要な道具を手作りしていたのですが、その代表格が紙です。

 この世界で紙は市場にほとんど出回らず(製法が広まっていないためです)、結構な貴重品なのですが、お母さんはそれを大量に手作りしていました。



『覚えておけ、クロエ。紙の材料となる植物は和紙の材料となるこうぞを始めいろいろあるが、この辺りで一番手に入りやすいのはこのカミガヤツリ、所謂いわゆるパピルスだ』



 お母さんはわたしにいろいろなモノの作りかたを教えてくれましたが、一番最初に教えてくれたのがパピルス紙の作りかたでした。

 ……お母さんのレクチャーはとてもわかりやすく、わたしはお母さんから何かを教えてもらう時間がとても好きでした。



『ちなみにこのパピルス、大昔は食べることもあったらしいが、食べるのはヤメておけ。ハッキリ言って不味いぞ』



 ……何故かお母さんのレクチャーには、必ずと言っていいいほど『もしも食べたら』の話が付き物でしたけど。

 基本、食いしん坊なヒトだったんだと思います。

 人食いアノマロカリスさえ食べられるのか気にするくらいでしたからね。






 そんなお母さんの部屋は、大量の研究の記録……紙で溢れかえっていて、足の踏み場も無いくらいだったのですが、お母さんの最大の研究対象は他でもない『娘』わたしでした。



『ふむ。地球人とこっちの人間の混血でも、成長速度は地球人同士の子供と全く変わらないな。……子供を作れた時点でわかってはいたが、やはり地球人もこっちの人間も、生き物としては全く同じしゅと考えるべきか……』



 定期的にわたしを裸にひん剥き、直利不動で立たせ、地球にいたころから愛用している眼鏡越しにわたしの全身をジロジロと観察するお母さんは、……正直あまり好きではありませんでした。

 まるでお母さんに『娘』ではなく『研究対象』として見られているような気分にさせられたから……。


 いえ……あるいはひょっとしたら、それは『まるで』ではなく――



『異常なし……と』



 そう言って淡々と紙に何かを書きこむお母さんに、わたしは何度も『お母さんにとってわたしはなんなの?』と訊こうかと思いましたが、結局最後まで訊くことが出来ませんでした。


 だって、もしもそれを訊いて、『子供を作ったのは最初から研究のため』と言われてしまったら……、どうしたらいいのかわからなかったから……。


 それにお母さんはわたしの記録をニホンゴとかいう地球の文字で紙に記していましたから、わたしには読めませんでしたし……『ニホンゴを教えて』とわたしが頼んでも、『おまえが覚えても意味が無い。時間の無駄だ』と取り合ってくれませんでしたから……。

 きっとわたしの記録には、わたしに読まれたくない内容が記されているに違いないと思って……。

 それこそが、『子供を作ったのは最初から研究のため』である何よりの証拠に思えてならず……。


 だから……。

 どうしても、訊くことが出来なかったのです……。



『――うーむ。強いて気になる点があるとすれば、もう九歳なのだからそろそろ胸が膨らみ始めてもいい頃合いなのに何故これほどまでにペッタンコなのか、ということくらいか。……あいたっ!』



 ……まあ、それでもお母さんがあまりにフザケたことを言ったときは、容赦なくぶん殴ってやったのですが。






 だけど――今なら思います。

 お母さんにとってわたしはなんだったのか、ちゃんと訊いておくべきだったと。

 わたしとお母さんのきずなを、ちゃんと確かめておくべきだったと……。


 ……二度と訊けなくなる前に。






 わたしのような出自の女の子を、世間の人々が突然<魔女>と呼んで危険視するようになってから五年ほどが経ったある日。……今から一ヶ月ほど前のこと。


 突然、わたしとお母さんの別れの日はやってきました。


 わたしたちは一家全員が『ヤポネシア』の出身だと偽ることで、『グローブ』で平穏に暮らせていたのですが(途中、似た境遇のオリガさん一家や、こっちに流れ着いた直後のイリヤさんとの出会いもありました)、ある日わたしたちの前に『秩序管理教団』の連中が現れたのです……。

 連中がどうやってわたしとオリガさんを<魔女>だと知ったのか、その理由はすぐにわかりました。


 実はお父さんの漁師仲間の中に『<漂流者>の妻と<魔女>の娘を流行病はやりやまいで喪った』という男がいて、お父さんはその男を信用し、いろいろ相談していたのです。


 そう……実際は妻子と一緒に迫害されることを恐れたその男が、自らの手で妻子を『秩序管理教団』を突き出していたことを知らずに……。

 そしてその男が、『魂魄タマシイけがれてしまった人間』として罰されない代わりに<魔女>を発見したら『秩序管理教団』に報告することを誓った、『秩序管理教団』の手先だったことも知らずに……。


 その日。漁へ出ていたお父さんを港まで迎えにきたわたしとオリガさんは、例のお父さんの漁師仲間の報告を受けた『秩序管理教団』の連中に捕縛されてしまいました。

 そして連中はお父さんの漁師仲間と一緒に、島の人々の前で声高に『この二人は<魔女>だ! 裁かれなければならない!』と公言したのです。

 ……一緒に来ていたお母さんとイリヤさんも、わたしたちを助けようとして捕らえられてしまいました。

『おまえたちは我らの本拠地「メンデル」で裁いてやろう!』、そう宣言する『秩序管理教団』の連中によって地面に組み伏せられ、もはやこれまでか……とわたしが諦めかけたそのとき。


 新たな災厄が訪れました。


 不気味な光芒こうぼうが表面に浮かぶ黒衣こくいに身を包み、ほのおのようなオーラを全身にまとった、神父や牧師を彷彿ほうふつとさせる男が天から降ってきたのです。

 ……そう、『<魔女>殺し』です。

 それは一瞬、隕石が落ちてきたのかと錯覚してしまったほどの派手な『飛来』、もしくは『襲来』とでも呼ぶべき登場でした。



『ふむ。反応アリ……だが、ひとつだけか。つまり、宿というワケだ』



『<魔女>殺し』はわたしとオリガさんを交互に見比べ、ワケのわからないことを言うと、次いで『秩序管理教団』の連中を見遣みやり、



『「秩序管理教団」とか言ったな。俺がこの二人の息の根を止めるところをそこで大人しく見ていろ。邪魔するのなら容赦はしない』



 と言い放ちました。


 当然『秩序管理教団』の連中は『ふざけるな!』と激昂げっこうし、『<魔女>殺し』を取り押さえようとし……、




 そして両者の戦いが始まったのです。




 ……それは今思い出してもどこか現実離れした、激しく、恐ろしい戦いでした。

 いかなる方法によるものなのか、『深きものども』と呼ばれ恐れられている化け物を何匹も操り、けしかける『秩序管理教団』の司祭らしき男と、それを不思議な格闘術で苦もなく撃破していく『<魔女>殺し』……。


 ……そして両者の戦い、その余波に、わたしのお母さんが巻き込まれてしまいました。


『秩序管理教団』の連中が操っていた『深きものども』が数匹、『<魔女>殺し』の攻撃で一斉に吹き飛ばされ……。

 唯一即死を免れた個体の、その吹き飛ばされた先には、偶々たまたまわたしのお母さんがいて……。

 その個体の目にまってしまったお母さんは、逃げようとしたところを、背後から鋭い爪で貫かれ……。




 お母さんは……即死でした。




 そのあとのことは……正直よく憶えていません。

 お母さんの亡骸なきがらすがり、泣きじゃくっていたわたしは、イリヤさんとオリガさんに無理矢理引き剥がされ、戦闘を続ける『秩序管理教団』の連中と『<魔女>殺し』を尻目に、その場を離れざるを得なかったから……。


 その戦いに巻き込まれたのはわたしのお母さんだけではありませんでした。港にいた多くの島民が命を落としたそうです。

 女性も――子供も。






 ………………。

 ねえ……お父さん。

 なんで赤の他人なんか信じてしまったんですか?

 他人なんか信じなければ――お父さんが例の漁師仲間に相談なんかしなければ、わたしたちが<魔女>だとバレることはなかったかもしれないのに。

 お母さんが命を落とすことも、なかったかもしれないのに……。






 ……わたしはもう絶対に赤の他人なんか信じません。

 信じられる人間なんて、お父さんとオリガさん一家、そしてイリヤさんさえいればそれで充分です。


 だから。



「クロエ! やっぱりワタクシの予想は正しかったワ! 彼はワタクシが知っているイサリだった!」


「彼、あなたよりもちょっとだけ年上なの! きっとあなたの良い『お兄ちゃん』になってくれると思うワ!」



 たとえイリヤさんがなんと言おうと……イリヤさんのお知り合いだろうと、わたしは絶対に信用などしません。


『お兄ちゃん』なんて……わたしには不要です。



 それはこの先も決して変わることは――



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