♯40 可愛い仙女様と、約束のアレをした(※なお未遂)
――目を開けるとそこは、見知らぬ場所だった。
真っ先に目に飛び込んできたのは、星々の代わりに0と1を
ボクが立っていたのは、それらを鏡のように映した黒い海面に浮かぶ
そして周りには、美しい瑠璃色の
「なんなんだ、ここは……。――シロ? キミ、シロなのか?」
足元の
理屈ではなく、本能で理解していた。
そもそもこれは現実じゃない……。
これらはただのオブジェクトのようなモノだ。
「――そのとおりだ。ここは現実世界ではない。旦那様の心の中、精神世界だ。この海原はさしずめ心象風景といったところか。本来は
背後から掛けられた声に振り向くと、そこには黒い喪服に身を包み、ダークレッドの髪をポニーテールにした、
「<
ボクの身に宿った――神様。
「うむ。見た目十九歳くらいで、ポニーテールな我だ」
……もしやボクたちの朝のやりとり(ボクが昔憧れたお姉さんの話)を聞いてました?
「だが黒髪ではない。すまん」
謝られても……。
「受肉して現実世界に顕現しているときなら、髪の色を変えられないこともないのだがな……」
「だからボク、髪の色には
てか、
「まあ、美人であることに変わりは無いから赦してほしい」
自分で『美人』言いやがった。
いや、まあ、美人だけども。
堅苦しいようで意外と気さくだよな、この
「……もしかして、ボクはキミに呼ばれてここにいる感じなのかな?」
「うむ。大した理由は無いのだが、なんとなく呼ばせてもらった」
「理由も無く呼んだの⁉ 普通こういうときって何か重要な話があるもんなんじゃないの⁉」
「我らは『
「そう、それ!」
ボクはスーザンをビシッと指さして詰め寄る。
「その『
「そのままの意味だが? 病めるときも健やかなるときもこの宇宙が終わるまで共に
「勝手に決められても困るんだけど⁉ 神様と結婚なんて、……
そういえば……。
あの
あれには、スーザン以外の名前もふたつばかり表示されていたような……。
「なんだっけ……なんて表示されていたっけ……パッと見、日本人っぽくない名前だったから、ちゃんと読まなかったんだよな……。
船乗りの公用語とも言える英語には多少自信があるけれど、外人さんの名前ってわかり
いや、外人さんじゃなくて
「……ていうかボク、いつの間に
キョロキョロと周囲を見回すも、スーザン以外の姿は見当たらない。
「どうもあの
「あ。やっぱそうなんだ……」
実のところ今ボクの脳裏には一人の女の子の顔が浮かんでいるのだけれど……。なんか、確認するのが怖くもあるな……。
……まあ、いいや。彼女は『いずれちゃんと全部話す』と約束してくれたんだ。そのときを待とう。
「気を付けろよ、旦那様」
つい物思いに
「? 気を付けろって……何に?」
「今言ったとおり
「いや、キミの
「幸い
珍妙……。
「だが、
『我が姉が用意した実』……?
じゃあ、いつぞやカグヤが言っていた『彼女』というのは――って、
「えっ⁉ ボク、もう『変身』できないかもしれないの⁉」
「最悪、その可能性もあるということだ。そうでもなければ
「なら、もう一回カグヤに『デイジーワールドの実』を貰って食べれば、」
「どうだろうな……。あれらの実はその強力さで作れる量が変わるはずだ。いくら我が姉でも『デイジーワールドの実』を二個も三個も用意できたとは思えん」
「そんな……」
「我が姉の近くに
「………………」
ふと、『
――『これは一種の残留思念……。「彼女」があなたのために
………………。もしかしてあの
「それと、」
と、そこでスーザンがボクの思考を遮った。
「先程の様子を見るに、どうやら旦那様は
「………………どういうこと?」
背中を冷たいモノが伝わり落ちるのを感じる……。
「そうだな……。旦那様は我らについて、どこまでのことを知っている?」
「え? えーと……」
以前カグヤから聞いた話を懸命に思い出す。
「キミたち『月と地球を
「うむ」
首肯とともに先を促された。……けど、ボクが知っていることなんて、これ以上は……。
あ。あれがあったか。
「<神域>を管理する神様……十二
「なるほど……そこまでは知っているか」
スーザンがもう一度肯いて、
「旦那様が我よりも先に娶っていた
「え……」
ど、どういうこと……?
「旦那様が今言ったとおり、我らは上位・下位を合わせると全部で八十八
「は、はあ……」
「そして例の
「ええっ⁉」
そのふたつって、カグヤが言っていた『
「で、だ。旦那様が目星をつけている者は、『破壊と修正を司る存在』たちのリーダー……言わば、私の上司だ」
「ええええええっ⁉」
あ。だから不在……。
「だから気を付けろ、旦那様。彼女を怒らせるようなことをするのは……まあ、旦那様なら問題無いだろう。あれだけ惚れこまれていればな。……だが、旦那様以外の者が彼女を本気で怒らせたりしたら……」
「……したら?」
「最悪この月の歴史が終わるぞ」
「…………………………」
「心当たりがあるだろう?」
「……ありましゅ」
動揺のあまり噛んでしまった……。
「実を言うと、さっきの『大した理由は無いが、なんとなく呼ばせてもらった』というのは冗談で、これらの忠告をするために旦那様の意識をここに招待したのだ」
なるほど……。
「でも、なんで今このタイミングで?」
「理由はふたつある。ひとつは言わずもがな、旦那様がもう『変身』できないかもしれないことを知らずに戦いへ赴いて、土壇場で慌てないため。……我が言うのもなんだが、どうせまたすぐ何かの戦いに巻き込まれるんだろうなという安心感が旦那様にはある」
「ホントにキミが言うことじゃないな」
カグヤの制止にも聞く耳を持たずボクを『
てか何さ、そのイヤな安心感……。
「……もうひとつは、この月の歴史を終わらせないためだ」
「⁉」
「さっきはああ言ったが、『恋はヒトを狂わせる』とも言うからな……。このあと旦那様があまりにもつれない態度をとってしまった場合、彼女の不満がどう爆発するかまでは正直読めんから、今のうちに忠告させてもらった」
「ちょ、ちょっと待って!」
それってどういう――
「……それと旦那様。最後にもうひとつ」
「だから待っ――」
「実は我は、旦那様の身に宿った特権として、この精神世界で旦那様の記憶を
「――え?」
記憶を辿りボクがこれまでに経験した事象を……って。
それってボクの過去を(ざっととはいえ)知っちゃったってこと⁉
ここってそんなことが出来るの⁉
「うむ。とりあえず旦那様が巫女さんフェチであることはわかった」
「イヤああああああああああ! えっちぃ!」
「…………。で、だ。旦那様の記憶の中の登場人物に、何人か気になる者がいたのだが……。特にコイツだ。コイツは旦那様の何だ?」
スーザンはそう言って何も無い空中を指さす。
すると、周囲を飛び回っていた
いったいどうやって浮いているのか、
「あーハイハイ読めちゃいましたよ。ボクの周囲の人間で
スクリーンに映った映像を確認しつつ叔父さんの顔を思い浮かべたボクの予想は、
「…………え?」
意外なことにハズレていた。
そこに映し出されていたのは――
「………………。なんでこのヒトが気になるの?」
「いや……。旦那様の記憶をこれで辿ったものの、見てのとおりこれは無音だから、コイツだけイマイチ旦那様との関係性が掴めんかったものでな……。――で? これは誰なのだ?」
「……
「伯母?」
「そう。母さんのお姉さん。ボクの死んだ母さんは三姉妹の次女だったんだ」
「……ほう」
「三姉妹の中じゃ唯一独身で、甥のボクから見てもかなりの自由人でね……。目的は知らないけれど、本来自分が継ぐべき神社を三女に押し付けて、自分は世界中を旅して回っているんだ。帰って来るのは一年のうち二、三回だけ。しかも日本に帰ってきても実家にはほとんど顔を出さす、次女の嫁ぎ先であるボクの家にばかり入り浸るという……」
「ふむ」
「こう言ったらなんだけれど、正直ボク、このヒトが苦手なんだよね……」
それどころかボクの母さんが死んでしまったのは
――『ふーん断るんだ。……アンタの夜のオカズ、巫女さんのコスプレものが多いってこと、伯父様や「あっちの」伯母様は知ってるのかしら?』
なんならボクの性癖をバラす相手として、今でも父さんと一緒にこのヒトを挙げたりもするよな……。ボクがこのヒトを苦手としていることは
「なるほどな……。海の子ならぬ海神の甥というワケか」
「え?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「海神? それってどういう、」
「――さて。旦那様をこれ以上独り占めするのは、あとが怖いな。我が上司も痺れを切らす頃合いだろうし。そろそろ旦那様をお返しするべきか」
「待って待ってキミさっきから気になる発言が多すぎるんだって!」
「ではいずれまた逢おう、旦那様。――健闘を祈る」
「ちょっ、スーザン⁉ だからそれってどういう――」
☽
「スーザンっ⁉」
自分の叫びで目が覚めた。
上半身を起こし周囲を見回す。
「ここは……
入れ替わりで湯あみに行ったルーナはまだ戻ってきていないようだ。まあ、女の子はお風呂が長いからな……。ルーナは髪が長いから手入れも大変だろうし。
……で。
ルーナの代わりに、というワケでもないんだろうけれど……。
「キミはそこで何をしているんだい? カグヤ」
――いつからそうしていたのか。
見た目十二歳くらいの仙女様が、ボクの部屋の床に正座し、三つ指ついて
その表情は珍しく緊張で強張っていた。
ちなみに彼女が今身に着けているのは、普段の巫女装束のような衣装を極限まで簡素化したような
ボクよりも一足先に湯あみを済ませていた彼女の黒髪は、長いためか完全には乾ききっていなくて、見た目十二歳くらいにもかかわらず妙な色香が漂っているような気がしなくもない。
「ついにこのときが来たんだよ……だんなさま」
……どのときカナ?
「決まってるじゃない。
あれ、本気だったんですネ……。
「当たり前じゃない。わたしはこの三日間ベロチュウのことしか頭に無かったよ」
このオマセさんめ。
そういえば今朝の『昔ボクが憧れたお姉さん』騒動のとき、『今夜こそ~』みたいなことを言ってたっけね、キミ。
……ていうか、こう言ったらなんだけれど、ベロチュウひとつでそこまで畏まる必要もないと思うのだけれど……。
「だって、あわよくばそのまま――なんでもありません」
……今このオマセさん、聞き捨てならないことを口走ろうとしなかった?
気のせいかな?
「不肖カグヤ。肉体年齢、今は十二歳。精神年齢、永遠の二十歳。本体年齢、だいたい四十六億歳くらい? 今夜ついにオトナになります……!」
ならんて。
あと、こんなしょーもないトコで『それ絶対重要な情報だろ』ってのをポロリしないでくれる?
「カグヤ……やっぱりキミは、」
「だんなさま!」
押し倒された!
「ちょ……ちょっと待ってカグヤ! 落ち着いて! ステイ!」
「わんわん!」
ダメだ。正気を失っている。
「せ、せめてさ、唇にチュッって軽く触れる程度の
「だんなさまだんなさまだんなさま――」
「聞こえてない! そして目が怖い! 完全に獲物を狙う
「大丈夫だよだんなさま! 痛くない! 痛くしないから! 痛いのはわたしだけ! でも大丈夫、だんなさまがくれる痛みなら耐えてみせる!」
「だから際どい発言はヤメなさい!」
ボクのお腹に馬乗りになり、目を閉じて、緊張でプルプル震えながら、「んー」と桜色の薄い唇を近づけてくるカグヤを、ボクは
「「あっ――」」
組み伏せたというか……ボクがカグヤを押し倒したみたいになってしまった。
見た目十二歳くらいの薄着の女の子を半ば無理矢理
それが今のボクである。
今のボクをボクが見たら間違いなく警察に通報すると思う。
カグヤは瞳を潤ませ、頬に
「……いいよ……。だんなさま」
何が⁉
何もよくないよ!
「いやこれはそういうつもりでは――」
ボクは(カグヤを組み伏せたまま)慌てて弁明しようとして、
「……イサリ、さま……?」
「「っ⁉」」
そのとき、部屋の入口の扉のところから聞こえてきた声に、カグヤともども息を呑んだ。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、言わずもがな――湯あみから戻ってきたルーナである。
彼女は口元を手で押さえ、青ざめ、こちらを見つめていた。
「イサリさま……カグヤちゃんと……何して……?」
「ち……違うんだルーナ! これはその……実はいろいろあってカグヤとベロチュウすることになって……! すったもんだがあって、思わずカグヤを押し倒しちゃっただけで……!」
……弁明が下手すぎない? ボク。
なんの弁明にもなってないじゃん……。
我ながら動揺しすぎだろ。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんツバキさんアリシアさぁん! イサリさまが! イサリさまがカグヤちゃんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「待ってルーナ! 謝る! 何をどう謝ったらいいのかわからないけれど、とりあえず謝るから! だから早まらないで! あの二人を呼びにいかないでお願い内緒にしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
…………その後ボクがどんな目に遭ったかについては、思い出すのも辛いので、説明を割愛させていただきます……。
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