3章 混沌からの侵略者 ー遥かなるトゥオネラー

♯39 運命の少女たちと、なんか変な空気になった



 諸君。ボクは巫女さんが大好きだ。


 ……こんなことを言うと『のっけから何を言ってんだコイツとうとう蒼き月の海ルナマリアの暑さで頭が変になっちゃったのか、あっそういや最初から変だったわ』とか思われそうだけれど、自分の気持ちに嘘はつけない――ボクは巫女さんが大好きだ。


 いつだったかも言った気がするけれど、ボクは幼少のころ重度の喘息持ちで、それを改善するため身体を鍛え体力を付けることを目的に(半ば父親に強制されて)叔父さんと叔母さんに鍛えてもらう運びとなった。……というか、しごかれることとなった。


 叔父さんからは謎の格闘術、神威かむい体現闘法たいげんとうほう漁火いさりびけん>を叩き込まれ、叔母さんからは実戦式薙刀なぎなた術<天鳥船あめのとりふね流>をぶち込まれた。……『「叩き込まれた」はともかく「ぶち込まれた」???』と疑問に思われたかもしれないが、そこは微妙なニュアンスの違いをみ取っていただければと思う。

 普段は菩薩なのに修練のときだけ鬼と化すのは叔父さんと叔母さんに共通して言えたことだけれど、なんと驚くなかれ、より容赦なかったのは実のところ叔母さんのほうだったのだ。


 だってあのヒト、型とか動きとか技とか、そういうのは一切説明してくれなかったんだもん……。

『じゃあ稽古の際は何をしてくれたんだよ?』って?

 ……ひたすら模擬戦だよ。あのヒトは習うより慣れよ派。というか、一の実戦は百の練習に勝る派。身体で覚えろと言わんばかりに日々いろいろな技をぶち込まれまくった。控えめに言ってもメチャクチャだったと思う(一応手加減はしてくれていたみたいだけれど)。

 流石はあの従妹アズサの母親。まさにあの母にしてこの娘アリ。かえるの子は蛙。メチャクチャの子はメチャクチャ。


 ……そういや叔母さん昔『姉さん――あなたのお母さんは私よりも強くて鬼みたいだったのよ?』なーんて冗談を言ってたっけHAHAHA☆ ………………。冗談だったんだよね、あれ? 真顔だったけれど(汗)。


 まあ、とにかく、ボクは小一から中三まで中々に地獄な日々を送ってきたワケだけれど、実はそう悪いことばかりでもなかった。


 これも以前まえ言ったと思うのだけれど、従妹アズサの家はそれなりに大きな神社で、常に三~五人くらいの大学生とか短大生とか専門学校生とかのお姉様方が巫女さんのバイトをなさっていて、修練に励むボクを『イサリくん頑張ってー☆』と応援してくれたのだ。しかもその日の修練が終わって燃え尽きているボクに『今日もお疲れ様☆』と毎日交代で優しくマッサージまでしてくれた。そりゃあボクの性癖に影響も及ぼそうというものである。あれで巫女さんフェチにならないほうがおかしい。


 白状すると、普段カグヤが着ている袖や袴などの丈を短くした巫女装束のような衣装もボク的にはかなりのツボだ。カグヤが見た目十二歳くらいだからまだいいけれど、あれを着ているのが年上のお姉さんとかだったら、ボクはその姿を常に目で追ってしまう自信がある。……普通に気持ち悪いなボク。


 で。そういったお姉様方の存在は幼き日のボクの心の支えだったワケだけれど、そうは言っても彼女たちは所詮しょせんバイトなので、大抵は一年から三年ほどで辞めていかれた。

 ただ、職場の神社が本土と橋一本でしか繋がっていない離島だったにもかかわらず、あのバイトは近隣の学生の間で不思議と人気があったらしく(どうもあの神社の巫女を経験していることは一種のステータスだったらしい)、募集をかけると希望者が殺到し、すぐに交代要員が確保され……。なんだかんだでボクが九年の間に出逢ったお姉様の数は実に三十名近くにのぼる。

 もちろん、全員の顔と名前を憶えているし、なんなら各々がマッサージしてくれた回数だって言える。……だから気持ち悪いってボク。




 …………そういえば。

 くだんのお姉様方の中に一人、特に強く印象に残っているヒトがいる――なんでも、そのヒトのお母さんは叔母さんの『戦友』だったとかで(戦友。戦友ってなんだ。部活仲間とかか?)、その関係でバイトをすることになったという話だった。


 聞くところによると、そのヒトは結構な名家のお嬢さんだったそうだ。なんと、国内外で二百を超える数のホテルを経営し、不動産業や観光開発にも力を入れていたという大グループの娘さん。巫女さんのバイトをしていたのも、おそらくは箔付けというか、花嫁修業の一環だったのだろう。だからか、その立ち居振る舞い、所作のひとつひとつに気品があって、ボクも幼心おさなごころに『他のお姉さんたちとは一線を画しているなぁ』という印象を抱いていたものだ。


 ……まあ、とはいえ、叔母さんに薙刀なぎなた術の教授を自ら希望したのを見たときは、流石に『なんて物好きなんだ……』と呆れざるを得なかったけれど(なんか、良家のお嬢様のたしなみとして、元々様々な護身術を習っていたらしい)。



 ――『お疲れ様、イサリ☆ 今日はとても暑くなるらしいから、熱中症には気を付けるのよ? あまりあなたに無理をさせないよう、おじさまとおばさまにはわたくしからも注意しておきましたからね。……また発作を起こしてしまったら大変ですから』



 目を閉じれば今でもハッキリと思い出せる。あのヒトの、叔母さんとの修練でボコボコにされてもなお決して崩れることが無かった上品で優しい笑みを(戦友の娘にも一切容赦しないとか、やっぱ鬼だわあの叔母さん)。


 あのヒトがバイトをしていたのはボクが母さんを亡くしたばかりの小一の春から冬までの一年にも満たない期間、しかも週三日程度だったけれど、あのヒトは小学生のボクのこともちゃんと対等な人間として扱ってくれた。ボクが重度の喘息持ちだと知って常にこちらの体調に気を配ってくれたし、今思えばあのヒトがバイトをしていた日は必ずあのヒトがボクのマッサージをしてくれていた気がする。有体ありていに言えば、ボクをとても可愛がってくれていたのだ。

 それこそ、本当の弟みたいに。


 ……これはあのヒトが家の都合でバイトを辞めてしまったあとに叔母さんから聞いた話なのだけれど、実はあのヒトには生まれてくることをとても楽しみにしていた……けれど生きて生まれてくることが出来なかった弟さんがいて、どうもボクに対して『自分の弟がちゃんと生まれてくることが出来ていたら、きっとその子ともこんな感じで……』といったような複雑な感情を抱いていたらしい。


 その話を聞いたときは、なるほどと思ったものだ――道理で、と納得したものだ。ボクが一度あのヒトの前で喘息の発作を起こして倒れてしまったときの、あのヒトの普段の楚々とした立ち居振る舞いからは想像できないような取り乱しっぷり、半狂乱と言ってもいいほどの号泣っぷりは、そういうことだったのかと。


 そして、



 ――『きっと……。いつかまた会いましょう、イサリ』



 あのヒトがバイトを辞める日、ボクをぎゅっと強く抱き締めてしばらくの間離してくれなかったのは、そういう理由があったのかと。


 ……結局、あのヒトとはその後再会することは無かったけれど。

 あのヒトが辞めてしまってから数ヶ月も経たないうちに、婚約者が決まったというような話を風の便りで聞いたりもしたけれど。


 最近、カグヤの巫女装束を見るたびに、なんとなしに思い出す。


 初恋と呼ぶほどではないにしても、強い憧れを抱いていたあのヒトの……別れ際の、あの泣いているようにも見えた笑顔が、何故か繰り返し頭に思い浮かぶ。


 あの日、あのヒトがボクに掛けてくれた『ひとつの言葉』とともに。




 ――あの別れの日から、もう九年近く。


 いつかまたに会える日は来るのだろうか。






                  ☽






 先日、炎上する『秩序管理教団』の横帆船バークから救出した面々――リオンさんとシャロンを始めとする一団を新たに仲間に加えて早三日。『トゥオネラ・ヨーツェン』は噂の『<魔女>殺し』と遭遇するようなこともなく、順調に旅を続けていた。


「じゃ~ん☆ どう、イサリくん! じゃなかった、旦那様。似合うかしらっ?」

「は、はわわわわ……。あ、あのっ、本当にこの格好をしなきゃダメなんですかっ?」


 早朝。甲板デッキにて。

 身に着けた『セイラー服のえりがついたスクール水着モドキ』を自慢するように、いつぞやのルーナみたいに笑顔でクルリと一回転してみせたのは、どこからどう見ても小学生なママさん、リオンさん(三十二歳)だ。

 その後ろでは母親とは対照的に恥ずかしそうに赤面したメカクレ女子のシャロンが、母親の背中に隠れるように小さく縮こまっている。


「似合ってますよ。……いっそ怖いくらいに」


 すげえ……。ボクの周りには今、ルーナ、ツバキ、アリシア、シャロン、そしてリオンさんと、『セイラー服のえりがついたスクール水着モドキ』を身に着けた異性が五人も集まっているワケだけれど、その中で三十二歳の子持ちが一番似合ってる……。


「やっぱ見た目が小学生だからだよな、これ」


 いや、ルーナも小学生なんだけどさ。でも、彼女の場合は金髪だからか、どことなくコスプレ感が拭えないところがあるし。その点リオンさんの髪の色は焦げ茶色ブラウンだから、そういう違和感みたいなモノもほとんど無い。日本の小学校のプールに放り込んでも、普通に溶け込んでそう。ボク的には『そんなに似合ってしまっていいんですかお母さん』とツッコミたいくらいだ。


 あと、もうひとつ気になる点がある。


「ねえ、ツバキ。リオンさんには、この帆船ふね船医ドクターになってもらうつもりだって言ってなかった? 元々お医者さんの家系の出身で、子供のころから医学的知識を親御おやごさんに叩きこまれてきたって話だったから」


 これまで、この帆船ふね船医ドクターはカグヤだったんだけれど(『桃仙郷の実』があるからそれでなんの問題も無かったんだけれど)、多少なりとも医学的知識がある人間が仲間に加わったんだから、そのヒトに正式に船医ドクターになってもらおうということで話はまとまったはずだ。


「うむ。今もそのつもりじゃ」


 アッサリ頷くツバキ。

 ボクはリオンさんのぺったんこ……もとい、慎ましやかな胸部に縫い付けられているゼッケンを指さす。


「だったら、だよ? これまでのパターンだと、ゼッケンには『どくたぁ』って書かれていそうなものなのに……なんで『おかあさん』なの……?」


 正直ルーナの『ろりっこ』もどうかと思うけれど、『おかあさん』の浮きっぷりも中々だった。


「いや、わらわも最初は『どくたぁ』と書いたゼッケンを用意したんじゃがの……」

「私が変えてもらったのよ!」


 胸を張り、自慢げにふんぞり返るリオンさん。


「だってほら、私、旦那様の『もう一人のお母さん』を目指すつもりだし!」


 じゃあなんで『旦那様』呼びなんだ。普通に『イサリくん』でいいだろ。


「それ以前に、そんな格好をすることに抵抗は無いんですか、リオンさん……? この帆船ふねの正式な乗組員クルーになることを志願したからって、無理してみんなに合わせる必要は無いんですよ?」


 何を思ったのか、リオンさんとシャロンの二人はアリシアと同じく正式な乗組員クルーとなることを望んだ。

 だからツバキが自分の予備の制服を流用して(何着あるんだろ予備……)、こうして制服を用意してくれたワケだけれど。シャロンはともかく、一児の母であるリオンさんまで無理して着る必要は無いと思うんだ……。


「抵抗なんて無いわ! ドンと来いよ!」


 そう言って、もう一度ふんぞり返るリオンさん。それはそれでどうなんだろう。


「ていうか、私が無理しているように見えるのかしらっ? 自分の年齢としも考えず若い格好をする年増に、痛々しさを感じるとでも⁉」


 被害妄想がひどい……。


「いや、ボクが言った『無理して』ってのは、見ていて痛々しいという意味じゃなく、みんなに合わせるために本当は着たくない服を我慢して着ているんじゃないのかって意味だったんですけど……要らない心配だったみたいですね」


 むしろノリノリだったみたいですね。

 ホントすごいな、このママさん。


「妾も最初はシャロンの制服しか用意するつもりは無かったんじゃがな……リオンが突然妾の部屋に押し掛けてきて、自分から『もちろん私のぶんも用意してくれるのよねっ⁉』と言い出したときは耳を疑ったわ」


 その時点でツバキが止めてあげるべきだったんじゃないかな……。


「ねえねえ旦那様、私にばっかり見惚れてないで、シャロンのこともちゃんと見てあげて! ほら、とっても可愛いでしょウチの娘!」

「勝手に見惚れていたことにしないでください」


 リオンさんに促され、(しっかりツッコんでから)シャロンへと視線を向ける。


「ほら、シャロン! こういうところでちゃんとアピールしないとダメよ!」

「で、ででででででも恥ずかしいよ、お母さん! 恥ずかしくて死んじゃうよ!」


 リオンさんの手でボクの前へと押し出されたシャロンは、なんというか……リオンさんとは逆のベクトルですごかった。

 特にすごいのは、『せいるめーかー』と書かれたゼッケンが縫い付けられたそのバストだ(ちなみに『縫帆手』セイルメーカーというのは、その名のとおり主にセイルの修繕を行う者のことで、シャロンはこのたびそれに就任することとなった。なんでも彼女の縫物の実力うでは、母親リオンさんをも凌駕するらしい)。

 どうやら彼女はだいぶ着痩せするタイプだったようだ……。


「ちょっと待ってよ!」


 と、焦燥の表情でシャロンに詰め寄ったのはアリシアである。


「アンタ、十三歳って話じゃなかったっけ⁉ 私よりも三歳みっつも年下でしょ⁉ なのに私より胸が大きいし、腰もくびれてるじゃない! どういうことよ⁉」

「ど、どういうことよ、と言われましても……」


 こら、アリシア。シャロンが怯えてるだろ。やめてあげなさい。


「勘弁してよ! ただでさえツバキというおっ〇いオバケがもういるのに! もう一人、私よりもスタイルの良いコが増えるなんて! マズいじゃない!」


 ……何がマズいんだろう?

 ていうかアリシアだってアイドル並みにスタイルも顔も良いんだから、気にする必要は無いと思うんだけどな……。


「アリシアでそんなにショックを受けなきゃいけないんだったら、わたしはどうなるのかな……」

「うう……早く大きくなりたいです……」


 ほら、見なさい。アリシアがバストサイズのことで騒ぐもんだから、あっちでカグヤとルーナのろりっこ二人組が自分の胸を見下ろして、どよ~んと沈んだ顔をしちゃってるじゃん。

 あの二人のあんなに無さそうな表情、ボク初めて見たよ……。


「あの……イサリさま。やはりイサリさまも、お付き合いするのなら胸の大きな女性のほうがよろしいんでしょうか……?」

「え? ボク?」



 シィ…………ン……。



 え、何。なんでみんなして突然黙り込むの?

 何この静寂……、ゴクリ……と誰かが固唾かたずを呑む音しか聞こえないんだけど。

 空気を読んだのか、波の音まで止まっちゃったし……。

 どういう原理なのこれ?

 またカグヤが何かした?


「う、う~ん……。あんまり胸の大きさにこだわりは無いかなぁ。……着ている女性のバストサイズで巫女装束の素晴らしさが変わりはしないしね」


 ……自分で言っておいてなんだけれど、なんで付き合った女性には巫女装束を着てもらうことが前提になってるんだろう。

 あ。そういや巫女装束に限らず和装って、あんまり胸が大きすぎると、太って見えたり着崩れしやすかったりで、着るほうは結構大変なんだっけ……?


「! つまり、ちっ〇いなわたしでもお付き合いするのに支障は無いということだね、だんなさま!」

「カグヤ、キミの場合、バストサイズ以前に年齢がネックだって先日説明したよね?」

「! つまり、ち〇ぱいでもカグヤちゃんと違ってちゃんと成人している私なら、なんの問題も無いということねっ、旦那様!」

「リオンさんはリオンさんで他のことがネックになるんですよ……」


 非常に申し訳ないのだけれども、ボクには十六歳も年上の女性、しかも子持ちの未亡人とお付き合いする度胸はありませぬ……。

 そもそもこのヒト、絶対ボクを揶揄からかって楽しんでいるだけだし。


「あー……、ちなみに、なんじゃがな」


 ツバキが目を逸らし、自分の胸を強調するように両腕に乗せながら訊ねてくる。


「たとえば……あくまでたとえばなんじゃが……三歳みっつくらいの年齢差ならばどうじゃ? 二十歳はたち手前くらいの、胸の大きなお姉さんなら、旦那様としては『アリ』かの?」

「だからバストサイズには拘らないって。年齢差については……ボク的には三歳みっつくらいならなんの問題も無いけれど……でも、それくらいの年頃の女性からしてみたら、ボクはそういう対象にはなり得ないんじゃないかなぁ」


 ボクの場合どうしても現代日本社会を基準に考えてしまうから、大学一年生の女性とか、社会人一年目の女性とかが、高校一年生の男子を恋愛対象として見れるものだろうか? と考えた場合、難しいんじゃないかなぁ……と感じてしまうんだよね。

 もちろん広い世の中、『私は気にしないよ』という女性もいるだろうけれど。


「そ、そんなことはないのではないか? 案外、旦那様が気付いていないだけで、旦那様を好いている十九歳の女子おなごが身近にいるやも、」

「オホンオホン!」


 潮風でせたのか突然アリシアが咳込んだために、ツバキが途中で黙り込む。そしてどこか気まずそうに、『や、やっぱりなんでもないのじゃ』と言った。

 ? 結局何が言いたかったんだろう、ツバキは。


「あ、あの、イサリさん。……あ、いえ、船長さん。その……わたしもひとつ、訊きたいです」


 既にツバキに『旦那様のことは名前ではなくちゃんと船長と呼べ』と注意されていたシャロンが、慌てて呼び直しながら訊ねてくる。リオンさんの背後から。


「さっき、相手の胸の大きさには拘らないとおっしゃっていましたけど……胸以外で拘りたいポイントは無いんでしょうか? た、たとえば髪はロングよりもセミロングのほうが好きとか、年上の女性よりも年下の女の子ほうが好きとか……」

「髪型って、結局はそのヒトに似合ってるかどうかだと思うしなぁ……。あ、でも、年下の女の子よりは年上のお姉さんのほうが好みかも」


 でもって巫女装束が似合ったら言うこと無しです……と言おうとしたら、それよりも一瞬早く、青ざめたルーナとシャロンが、ズシャア! とその場に両膝をついてくずおれてしまった。

 いっぽう、ツバキとリオンさんは『いえーい☆』とハイタッチをしている。

 そしてカグヤは『うーん……やっぱりそうかぁ。ミスったなぁ』と腕組みをしながら何やらブツブツ呟いていて、アリシアはこちらの首根っこを掴んでガックンガックン前後に揺らして『同い年はっ⁉ 同い年はどうなのよ⁉』と詰め寄ってきた。


「女の子ってホントこういう色恋関係の話が大好きだよね……」


 友人や知人はもちろん、それこそ自分とあまり関わりが無い人間のゴシップでも平気で盛り上がれるもんなぁ……。

 あの粗忽者そこつもの従妹アズサですら『今日、隣のクラスの誰々だれだれちゃんが幼馴染の誰々くんに告白されたらしいわ! やっぱり付き合うなら昔から気心が知れている相手よね! いざ付き合ってみたら、気が合わなくて別れちゃった~なんてことになるリスクも少ないし! アンタもそう思わない⁉』みたいな話をよくしてきたし……。


「そ、それじゃあ、初恋の相手とかも年上の女性だったんですか……?」


 シャロンが(何故か涙目になって)再度訊ねてきて、


「イサリ……もとい船長の初恋の相手って、いつぞや言っていた二歳ふたつ年下の親戚さんじゃないの? よくご機嫌取りのチュウをしてあげていたっていう」


 アリシアがそんな(不本意極まりない)考察を述べてくる。


生憎あいにくボク、恋ってまだしたことないんだよね……。小さいころ憧れていたお姉さんならいるんだけどさ」


 でも、あれはあくまで憧れであって、初恋とは違ったと思うし。


「「ほう……」」


 お姉さん、と聞いて、何故か『聞き捨てならない』という表情で振り返ってきたのはカグヤとツバキだった。


「ちなみにそれはどんなお姉さんだったの? だんなさま」

「ふーんへーえほーう。その女子おなごのどーゆートコに憧れとったんじゃ?」


「「「「………………」」」」


 なお、ルーナ、アリシア、シャロン、そしてリオンさんも興味津々といった様子でボクを見つめている。無言で。


 ……え、何この空気。

 なんなのさっきから。今日のみんな情緒不安定すぎない?


「えーと、ボクが七歳くらいのときに出逢った、当時十九歳のお姉さんで、」

「「「「「「十二歳年上……」」」」」」


 だからなんだ。

 そしてなんでリオンさんはそんなに嬉しそうなの。


「長い黒髪を白いリボンでポニーテールにしていて、」

「「「「「「黒髪のポニーテール……」」」」」」


 そこ、引っ掛かるトコ?

 てか、カグヤとツバキは自分の黒髪を一房ひとふさつまんで、何を考え込んでるの?


「長身で、切れ長の瞳が凛々しくてね。可愛いというより、格好良いという誉め言葉のほうが似合う、そんな美人さんだったなぁ」


 ここにいるメンバーの中だったら、タイプとしてはツバキが一番近いかもしれない。……ボクがツバキと初めて出逢ったとき、ツバキを見て『少なくとも容姿に関しては自分の理想に近い』という感想を抱いた記憶があるけれど、ひょっとしたらそれすらもあのヒトの影響だったのかもしれないなぁ……。


「ふーん」

「はあ……」

「ほほーう」

「へえー」

「そうなんですね……」

「はーん」


 ……だからなんなのさっきからみんなして。

 言いたいことがあるのならハッキリ言ってほしいのだけれど。

 このたたまれない空気をどうしたらいいの……。

 ヤバい、逃げ出したい。


 と。そこに。



「――船長さん、少々よろしいでしょうか? ちょっとご相談があるのですが」



 ! アデリーナさんナイスタイミング!


「わかりました! 海図室チャートルームうかがいます! それじゃあみんな、この話はここまでということで!」

「「「「「「あ、逃げた!」」」」」」


 ボクはこれ幸いと、声を掛けてきたアデリーナさんの手を取ってこの場から逃走を図る。


「だんなさまのイケズ! 今夜こそ約束のあれ、してもらうからね!」

「イサリさま! わたくし諦めませんから!」

「旦那様! ぽにぃてぇるというのはどんな髪型なのかだけ、教えてけ!」

「結局アンタ的に同い年の女の子はどうなワケぇ⁉」

「はうぅ……。年齢差はどうしようもないし……いったいどうしたら……」

「いやー、中々面白い話を聞かせてもらったわっ」


「……あの、船長さん。皆さん、何やら騒いでいらっしゃいますけども。放っておいてよろしいのですか? 何やら取り込み中でしたのなら、わたくしの話は別にあとでも、」

「放っておいて大丈夫です! ボクが昔憧れたお姉さんとか、そーゆーどうでもいい話しかしていませんでしたから!」

「…………船長さんが憧れた女性ですか。…………なるほど、それで」


 何が『なるほど』なのかはわからなかったけれど、とにかくボクは背後でギャアギャア騒いでいる女性陣の叫びを振り切るように、アデリーナさんの手を引いて、大急ぎで海図室チャートルームへと駆け込んだのだった……。



 …………でも、まさかこのあと、相談そっちのけで『ボクが昔憧れたお姉さん』についてアデリーナさんにまで根掘り葉掘り訊かれるとは思わなかったよ……。


 ホント、なんで女性って何歳いくつになってもこういう話に目が無いんだろうね……。


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