♯41 頼れる仲間たちと、一時の平穏を過ごした




月棲獣げっせいじゅう』をたおすため、ボクが放った『衝突の冬』インパクト・ウインターによる必殺の一撃――隕石召喚メテオストライク。その余波により、『トゥオネラ・ヨーツェン』が展帆てんぱんしていたセイルはいずれも大きな穴が空いたり千切れたりした。

 現在は予備のセイルで航海を続けているけれど、破れたセイルをいつまでもそのままにしておくワケにはいかない。

 なので、早速『縫帆手』セイルメーカーに就任したシャロンの出番となったワケだけれど、なにぶん破れたセイルの枚数が多すぎる。すべてのセイルの修繕が終わるまで結構な日数が掛かるだろうと誰もが踏んでいた。

 まあ、でも、すぐに必要なワケでもないし、じっくり取り掛かってくれればいいや――と。みんな、そうのんびり構えていた。

 しかし……。


「えっ⁉ もう終わったの⁉ まだあれから二日しか経ってないよ⁉」


 その日。朝食後シャロンに呼ばれたボクは、船倉せんそうの棚に並べられたセイルのひとつひとつを手に取って広げ、間違いなく修繕が完了していることを確認し目を丸くしていた。

 すごい。早いだけじゃなくとても丁寧な仕事だ。遠目には修繕箇所がわからないくらい。


「え、えへへ……。わたし、鈍くさいけど裁縫だけは得意なんです。それにお母さんも手伝ってくれましたし」


 リオンさんの背後で縮こまっているシャロンが(まだ制服姿が恥ずかしいらしい)言ってはにかむ。


「ふっふーん☆ どう旦那様、ウチの娘は? すごいでしょ? 確かに私も手伝ったけれど七割がたシャロンが修繕したのよ!」


 リオンさんもぺったんこな胸を張って自慢げだ。


「ホントにすごいよ……手縫いなのに」


 正直、ボクが揮ったチカラが原因なのに何の力にもなれないことに申し訳なさを感じていたところなのだけれど(仕方ないじゃん……現代日本の男子高校生で裁縫が出来る奴なんてどれだけいるんだって話だよ)、でも無理して手伝おうとしなくて正解だった。足手纏いにしかならなかったと思う。


「ねえ、旦那様? シャロンみたいに家庭的なコをお嫁さんにしたいとは思わない?」

「お、おおおおおお母さん⁉ イサリさ……船長さんに何訊いてるの⁉」


 ニヤニヤしながら訊ねてくるリオンさんと、やたら慌てているシャロンを順繰じゅんぐりに見遣みやりつつ、ボクはちょっと考えてから答える。


「まあ、そう……だね? シャロンは美人さんだし、お母さん思いで優しいし、しかも裁縫まで得意だっていうんだから、実際お嫁さんとしては理想的だと思うよ」

「「!」」


 惜しむらくは彼女がまだ十三歳なことか……。

 平均的な十三歳の女の子よりもだいぶ発育が良いこともあって、ついつい同い年くらいに錯覚しちゃいそうになるけれど。でも、実際はボクより三歳みっつも年下――カグヤと一歳ひとつしか違わないんだよね、このコ……。

 現代日本なら中学一年生だよ?

 お嫁さんとしては理想的な女の子だけれど、でも、そういう話はまだ早いんじゃないかなぁ。


「は、はうぅ……」


 ボクの率直な物言いに照れくさくなったのかシャロンは顔を真っ赤にし、


「い、意外だわ。旦那様はもうちょっと奥手というか……今みたいに揶揄からかわれたら、しどろもどろになっちゃいそうなイメージがあったのだけれど。えて冷静に返してくるなんて……。中々やるわねっ」


 リオンさんはそんな失礼な感想を述べてくる。


「え。ボク今、揶揄われたんですか……? というか、『敢えて』も何も、思ったことを素直に口にしただけなんですけど」

「はうぅぅぅぅ……」


 シャロンが真っ赤になりすぎて、顔から湯気? 蒸気? を出している……。


「旦那様……実は女の子を口説き慣れてる?」

「ヒトをすけこましみたいに言わないでください」


 まあ、でも、小さいころから従妹アズサや叔母さんに『女性にこう言われたらこう返さなくちゃダメ!』みたいな指導を受けてきたから、その影響はあるかもしれない……。

 あんまり意識したことは無いのだけれど。


「見える……見えるわっ! この先、自覚も下心も無しに周囲の女の子たちに思わせぶりなセリフや態度を振り撒いて、女の子たち全員をその気にさせちゃった挙句、土壇場でそのコたちに詰め寄られて慌てふためく旦那様がっ!」

「不吉な未来を予見するのはヤメてください」


 そんな修羅場な未来、陰キャで非モテなボクに訪れるワケがないだろ。






 ついでだから棚の整理をするというシャロンとリオンさんに船倉を任せ、ボクは次に船室へと足を運んだ。


「せんちょ!」


 船倉に一番近い客室の前、通路に立っていた四歳の女の子――サシャちゃんが、ボクの姿を見つけて笑顔でトテトテと駆け寄ってくる。


「走ると危ないよー、サシャちゃん」

「だっこ!」


 聞いちゃいねえ……。

 まあ、四歳だしね。仕方ないか。


「よいしょ」

「にゅふー♪」


 ご要望にお応えし抱っこしてあげると、サシャちゃんは嬉しそうに目を細め、甘えるようにボクの頬に自分の頬を擦りつけてきた。めんこい(念のため解説すると『めんこい』は『可愛い』という意味だ)。


「サシャちゃん。アデリーナさん……お母さんはどこかな?」

「あっち!」


 サシャちゃんを抱っこしたまま、彼女がそのもみじのようなちっちゃな手で指さした船室へと向かい、「アデリーナさん?」と声を掛けながら室内なかを覗き込む。

 すると、


「船長さん。見回りお疲れ様です」


 室内なかにいたアデリーナさんがこちらへと振り返り、丁寧に頭を下げてきた。


「アデリーナさんこそ、みんなの体調確認お疲れ様です。――どうです? 体調を崩しているヒトはいませんか? みんなにはかなり窮屈な思いをさせてしまっていますし、中にはサシャちゃんみたいな小さい子もいますから。何かあったらすぐに言ってくださいね」


 アリシアと一緒に救出した面々と、今回救出した面々で、『トゥオネラ・ヨーツェン』は総勢四十人近い『客人』を抱えることになってしまった。そこで問題になったのが彼らの居場所、特に寝床である。数ある船室はいずれも狭く、一部屋につき二段ベッド――寝台ボンクはふたつしかない。なので、交代で寝てもらったり(起きている面々は基本的に広い食堂で待機だ)、小さい子供は親と同じ寝台ボンクで寝てもらったり、寝台ボンク同士の間にハンモックを吊るして男性はそちらで寝てもらったりと、あの手この手を尽くしてなんとか寝床を確保している状況なのだけれど……。


「なにぶん寝台ボンクは狭いし、船旅自体に不慣れなヒトも多いでしょうし。そろそろ体調不良になるヒトが出てきてもおかしくない頃合いだと思うんで」


 なので、アデリーナさんにはアリシアと一緒に救出された面々の体調管理を、リオンさんにはシャロンと一緒に救出された面々の体調管理をお願いし、一日一回、みんなの様子確認をしてもらっているのだけれど……。たまには自分の目で直接みんなの様子を確認するべきだろうと思い、こうして足を運んだ次第である。


『なんも船長』なんて、他に大した仕事も無いしね。


「ありがとうございます。でも、今のところは大丈夫なようです」


 そう言ってもう一度深々と頭を下げるアデリーナさん。

 ボクはそこでようやく気付いた。


「……あれ? アデリーナさん、髪型を変えました?」


 肩の上で綺麗に切り揃えられている彼女の銀髪プラチナブロンドが、後ろでわえられ、所謂いわゆるショートポニーテールと呼ばれる髪型になっている……。


如何いかがでしょう?」


 顔を上げ、ニッコリ微笑みながら訊ねてくるアデリーナさん。


「似合うでしょうか?」


 ……なんだろう、決して怖いワケじゃないのだけれど、こころなしか『圧』のようなモノを感じるような……。

 ……いや、でも、よくよく考えたら、女性って髪を切ったり髪型を変えたりしたら、言わなくても気付いて褒めてほしいものだしね……。

 従妹アズサなんて、髪を切ったことにボクが一目で気付かないと、すぐに不機嫌になってたし……。

 しまった。ミスった。今のは、訊かれる前にボクのほうから『似合ってますよ』って言わないとダメだったヤツだ。


「とても似合ってますよ。アデリーナさんの新たな魅力が引き出されていると思います。もちろん前の髪型も、ザ・清楚って感じでアデリーナさんにピッタリでしたけれど」


 ……ただ、なんで突然ポニーテールにしようと思ったのか、その理由が気になるところだけれど……。

 気分転換かな?


「ありがとうございます☆ 船長さんにそう言っていただけて、とても光栄です」


 頬を赤らめ、照れくさそうにはにかむアデリーナさん。めんこい。流石サシャちゃんのお母さんだ。母娘おやこ揃ってめんこい。

 でも……。


「あの、アデリーナさん? 以前まえから気になってたんですけど、ボクみたいな若輩者にそこまでへりくだる必要は無いんですよ? もっとフランクに接してもらって構いませんから」


 アデリーナさんは確か二十六歳。ボクより十も年上なんだし。

 ……なーんて具体的な年齢に触れたりはしないけれど(女性に対してそれは悪手すぎる……リオンさんみたいに自らネタにしていれば話は別だが)。


「いえ、船長さんはわたくしどもの恩人ですから。礼を失するワケにはいきません」


 律儀だなぁ。


「そう……あと二歳違ったら十二歳差になっていたほどの年齢差があったとしてもです」


 ……どこから出てきたの、その十二という数字。


「それに娘も船長さんのことが大好きみたいですし」

「にゅふふ、すきー☆」


 ……サシャちゃんがボクにやたら懐いていることと、アデリーナさんがボクに対して遜ることに、いったいなんの関係が……?


「ちなみに死んだ夫も年下でした。六歳むっつほど」


 それこそなんの関係が……。

 ……あれ?


「アデリーナさんの六歳むっつ年下?」

「はい」

「……ご存命だったら、今、二十歳はたち?」

「ええ。もっとも夫が死んだのは半年前で、誕生日の前でしたが」

「…………サシャちゃんって最近四歳になったんですよね?」

「そうですね。わたくしと夫の出逢いは五年近く前のことでした」


 ………………。OK。これ以上この件については踏み込むまい。


「ところでさっきから気になってたんですけど……この部屋、人口密度がすごくないですか? ……というか、なんでみんなして床に正座しているんです……?」


 アデリーナさんがいた船室には何故か十人近い成人男性がひしめきあっていて、その顔触れはこの帆船ふねの元々の乗組員クルーからアリシアと一緒に救出された<魔女>たちのお父さん、そしてシャロンと一緒に救出された<魔女>たちのお父さんまでと実に多種多様だ。……司厨長コックの髭面さんや主計長パーサーのオッサンまでいる。


「「「「「「「しょぼーん……」」」」」」」


 そして全員がしょぼくれた顔で床に正座をしていた。まるでアデリーナさんに叱られていたみたいに。

 ……いや、『まるで』じゃなくて本当に叱られていたのか? これ。

 でも、いったいなんで?


「この方々はここで賭け事をしていたんです」


 頬に手を当てて、困ったような、あるいは呆れたような溜め息をつくアデリーナさん。……けど、


「いや、いいんじゃないですか、別に。賭け事くらい。花札とかでしょ? 帆船での生活って娯楽が乏しいし、節度さえ守ってくれればボクは賭け事を禁止するつもりは無いですよ?」


 この帆船ふね乗組員クルーはともかく<魔女>のお父さんたちはお金を持ってるの? 『秩序管理教団』に捕まったときに没収とかされなかったの? ってのは気になるところではあるけれど。


「わたくしも普通の賭け事でしたなら、ここまで目くじらを立てていません」

「え? じゃあどんな賭け事を?」

「この方々は『どの女の子が最初に船長さんと恋仲になるか』賭けていたんです。ちなみに現在の一番人気はルーナさんだとか」


 よし。全員海に放り込もう。

 そういう賭けをやっていること自体は知っていたけれど、なんでまだ十歳のルーナが一番人気なんだよ! おかしいだろどう考えても!


「僅差の二番人気はカグヤさんだそうです」


 うん。知ってた。

 一番人気がルーナな時点で、だろうなとは思ったよ、正直。


「大穴はなんとサシャなんですよ」


 よーしコイツら全員ボクの手で人食いアノマロカリスの餌にしてやる!


「ちなみに他にはどんな面々が候補に……?」

「ツバキさん、アリシアさん、シャロンさん――」


 まあ、そのへんは(年齢だけ見れば)妥当といえば妥当な面々か。当人たちからしてみればいい迷惑だろうけれど。


「――あとはリオンさんと……わたくしも」


 未亡人まで⁉

 リオンさんはまあボクに対する普段の態度がアレなんで、自業自得といえば自業自得だけれど……。


「なんか……すみませんアデリーナさん」


 本来ボクが謝ることじゃないのだろうけれど、謝らずにはいられない……。


「まったく……失礼な話です」


 アデリーナさんは珍しくむくれ顔だ。

 まあ、そりゃそうだよね。彼女からしてみれば、なんで十も年下の若造の恋人候補にされなきゃいけないんだって話だもん。


「なんでわたくしがサシャに次ぐ不人気なんでしょう」


 そこ⁉

 怒るトコそこなの⁉


「せめてリオンさんには勝ちたいところです」


 何それ、同じ未亡人としての対抗意識……?


「なんか意外……。アデリーナさんって勝負事ならなんでも勝たないと気が済まないタイプなんですね……」

「別にわたくしは一番にこだわるつもりはありませんよ? そのへんはちゃんとわきまえていますからね? ……ただ、オマケのように扱われるのはイヤなだけです」


 そう言ってアデリーナさんはウインクをした。めんこい。






「シロちゃーん! いったいどうしたんですかー⁉」


 甲板デッキに出ると、ルーナが海に向かって何やら叫んでいた。

 いや、違うな。正確には『トゥオネラ・ヨーツェン』から20mほど距離を取って並走……並泳? している白鯨シロに向かって呼びかけているんだ。


「ルーナ? どうしたの?」

「あっ……イサリさま」


 ボクの問い掛けにルーナは心配そうな表情を浮かべ、白鯨シロを指さす。


「シロちゃんの様子がさっきから変なんです」

「変?」


 ボクの脳裏に一抹の不安がよぎる。

 賢い白鯨シロはボクが<遺跡>の島に巨大隕石を落としたあの日、ちゃんと『トゥオネラ・ヨーツェン』と一緒に逃げてくれたと聞いた。しかも衝撃波が襲ってくる前に海中深くに潜って避難していたという。

 だからボクが揮った『衝突の冬』インパクト・ウインター――隕石召喚メテオストライクによる負傷とかは無いはずだけれど……。


「変ってどんなふうに?」

「さっきから何度もこの帆船ふねに近寄ってきては離れてを繰り返してるんです。まるで何かを訴えているみたいに」

「ふうん……? ――シロー! どうしたのー⁉」


 ボクの問い掛けに、白鯨シロはぷしゅうううう……と潮を噴くと、泳ぐスピードをぐんと上げる。

 ただし、その進行方向は真っ直ぐではなく、右斜め前方向に逸れていた。


「⁉」


 ボクはハッとして一番前の帆檣フォアマスト檣楼しょうろうを見上げ叫ぶ。


見張りルックアウト! シロの前方! 何か異常が無いか報告!」


 報告こたえはすぐに返ってきた。


「右舷40度0.2海里! 船影有り! すみません、朝陽あさひの反射のせいで発見が遅れました!」


 船影⁉


「まさかまた『秩序管理教団』か⁉」


 思わず渋面になり訊ねてしまう。

 が、返ってきた報告こたえは意外なモノだった。


「違います! 小型の漁船です!」


 漁船……⁉ 何故こんな外洋に⁉



 なんだろう……それはそれで厄介事の予感がするぞ……。


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