♯38 頼れる仲間たちと、また新たな仲間を迎え入れた
夕陽に照らされて
さわぐいそべの 松原に
煙たなびく とまやこそ
女性はお
千里寄せくる 海の気を
吸いてわらべと なりにけり
我が子を見つめる女性の眼差しはとても優しく、慈愛に満ち溢れていた――産科医に『もしかしたら生きて生まれてくることは難しいかもしれない』と言われた我が子が、奇蹟的に無事に生まれてきてくれたことを、心の底から喜んでいた。
海まき上ぐる たつまきも
……自分と我が子を待ち受ける未来がとても明るいことを、女性は
『――生まれてきてくれて、ありがとう』
完全に寝入ってしまった我が子へ、女性が囁くように告げる。
優しく。
『大好きよ――イサリ』
……それはただそれだけの、……ひどく悲しい夢だった――
☽
「……母……さ……」
自分の呟きと、目尻から零れた涙の感触で目を覚ます。
どうやらボクはしばしの間、気を失っていたらしい。
「――目が覚めた?」
ボクの顔を覗き込み訊ねてきたのは、小学生にしか見えないママさん――リオンさんだった。
ショートカットにした
「ここは……?」
「あなたの
「『トゥオネラ・ヨーツェン』の……? そうか……『もう一人の仙女』とやらがボクをここへ転送してくれたのか……」
「その辺りの事情は、私にはよくわからないけれど。イサリくん、蒼い光球の中から突然現れたと思ったら、そのまま気を失ってしまったのよ? 憶えてない?」
「……ボク、どれくらいの間、気を失っていたんですか?」
「一時間くらいかしら」
一時間も……。
「『変身』は……流石に解除されているか」
寝転んだ状態で右腕を持ち上げ、ボクの身を包む衣装が
「みんなは⁉」
「大丈夫。シャロンもカグヤちゃんもアリシアちゃんも、みんな無事よ。もちろんこの
良かった……。
ボクは安堵の溜め息をつきながら上半身を起こそうとして、
「あっ――」
そこでようやく気付いた。
――ボク、リオンさんに膝枕されてる……⁉
そ、そうか。さっきから後頭部に感じていた柔らかい感触は、リオンさんの太腿だったのか……!
子持ちの未亡人の膝枕! 背徳感がすごい! 見た目は小学生だけど!
ていうかこのママさん、ボクの顔を覗き込むために身を乗り出しているものだから、ボクの顔にちっぱ……胸が当たっちゃってるんですけど⁉
「あ、あの。起き上がるんで、ちょっと離れてもらっていいですか?」
「ダ~メ☆」
「ダメなの⁉」
なんで⁉
「だってぇ。カグヤちゃん、ルーナちゃん、ツバキちゃん、アリシアちゃん、そしてシャロンと交代でイサリくんを膝枕していって、ようやく私の番が来たと思ったら、五分も経たないうちに目を覚ましちゃうんだもの。物足りないわ!」
「みんなでこぞってボクを膝枕してたの⁉」
なんでみんなそんなに膝枕がしたいワケ⁉ リオンさんの影響でみんな揃って母性本能にでも目覚めちゃったとか⁉
てかボク、よく今まで目を覚まさなかったな……。交代のたびに頭を持ち上げられたり下ろされたりしていただろうに……。
「えっとぉ……いくら見た目は小学生でも人様のお母さんに膝枕をされるのって、気恥ずかしいんですよ。お願いですから離れてください」
「むー。『見た目は小学生』は余計ですー」
唇を尖らせつつもリオンさんはボクが起き上がることを許してくれた。
海がだいぶ荒れているらしく、さっきから右に左にと傾きまくっている
「なんか……エライことになってるな」
『トゥオネラ・ヨーツェン』の
「第1班! 予備の
「「「「「「「
「なんか、私たちが野営していたあの島に、
あまりの惨状にボクが顔を
「そりゃあもう、すっごい突風だったんだから! この船、ほとんど転覆寸前だったのよ⁉ 正直、船内にいても生きた心地がしなかったわ!
「へ、へー……」
すみません、その隕石を落としたのボクです……。
「ホント、
リオンさんの視線を追って、ボクは後方、ここから15kmほど離れた海上を
「あそこに見える島、あれって<遺跡>……リオンさんたちが野営していた島とは別の島ですよね?」
リオンさんたちが野営していた島……<遺跡>の近くにはもうひとつ別の無人島があって、ボクは『<魔女>殺し』の襲撃を警戒し、その無人島の陰に『トゥオネラ・ヨーツェン』を移動させるよう(アデリーナさんを介して)ツバキに指示した。
たぶんあそこに見える島はその無人島で、それが盾となってくれる針路で逃げたから、この
ツバキの判断かな? 流石だ。
「私たちが野営していた島がどうなったかが気になるの? それなら、海上部分はすべて消し飛んじゃっただろうっていうのがカグヤちゃんの見立てよ。ここからだとあの島が邪魔で見えないから、確かめる
つまり、もうもうと舞い上がっている大量の塵は島の残骸というワケか……。
「あの島の動植物には申し訳ないことをしたな……」
これが
かつて地球で、恐竜を始め、
しかもあれでもまだ最大出力には程遠いのだ……。
「ヒトの身には過ぎたチカラだな……」
決めた。
このチカラは封印しよう。
使うには<
今回、人的被害が出なかったのは単に運が良かっただけだ。こんなチカラに頼っていたら、いつか必ず取り返しのつかないことになる。
……またボクのせいで大切なヒトが無念の中で死んでしまうなんてことになりかねない……。
「おまえたち! 風はだいぶ収まったが、波はまだ荒れとる! まだまだ気を抜くな!
ツバキの声にハッと我に返る。
「ボクも
「ちょっ、いいからイサリくんは休んでなさい! シャロンから聞いたわよ! あなた、トンデモない化け物と戦ったんでしょう⁉ ほら、足取りだって
「そういうワケにはいきません……この惨状はボクのせいですから」
「よくわかんないけど、シャロンたちを護るために必要なことだったんでしょう? あなたが責任を感じる必要は、」
「それでも、です。……自分がやってしまったことには責任を持たないと」
「あーもうっ、この意地っ張り! ……えーいっ!」
「え? うわぁ⁉」
立ち上がろうとした瞬間リオンさんに腕を引っ張られたせいで、再び
というか、リオンさんの太腿の上に逆戻りすることになってしまった。
「ちょっ、何するんですか⁉ 悪ふざけもいい加減に――」
してください、と言おうとして、ボクは思わず息を呑んだ。
ボクを見下ろすリオンさんの表情はとても優しく、慈愛に満ちていて、……夢で見た母さんの微笑みと重なって見えたから。
「……あのね、イサリくん。私、『深きものども』に殺されそうになったところをあなたに助けてもらったあのときに、決意したの」
「決意?」
いったい何を――
「あなたの『もう一人のお母さん』になろうって」
「………………」
「あなたと、あなたのお母さんの間で、とても辛いお別れがあったことは、アリシアちゃんから聞いたわ……。だから、あなたが無念の中で死なせてしまったという『お母さんの代わり』に、私がなろう……私があなたを見守っていこうって決めたんだ。それがどれだけ傲慢な考え、独りよがりな決意かは、自分でもわかってはいるんだけどね」
「……アリシアの奴」
「アリシアちゃんを怒らないであげてね? 本当はあなたが気を失っている間に、より詳しい話を聞こうとしたのだけれど……。でも、彼女は頑なに喋らなかったわ。『私からペラペラ話すようなことじゃない』ってね」
「…………母さんのことなんて、アリシアやリオンさんが思っているほどボクは気にしていな――」
「さっき、目覚める直前、
「………………」
あの夢のせい……か。
「誤解しないで。別にイサリくんに『お母さん』って呼んでもらおうとか、実のお母さんみたいに思ってもらおうとか、そこまで思い上がったことは考えてないわ。ただ――ひとつだけ宣言させてほしい」
「……宣言?」
「実を言うと、ね。あなたが気を失っている間に、ルーナちゃんやツバキちゃんから、あなたのこれまでの行いや人柄を聞かせてもらったの。そして思ったのよ。イサリくん、あなたは自分に厳しすぎる。あなたはもっと自分のことを認めてあげるべきだわ。あなたはあなたが思っているよりも遥かに立派で凄い人間なんだから」
「……そんなことありません。ボクはそんな大層な人間じゃ、」
「言うと思った。だからこそ宣言するわ! ――これからは私とシャロンがあなたの
「リオンさん……」
「ご褒美のチュウもしてあげる☆」
「いやチュウはマズいでしょ」
このヒト、見た目小学生だし。
しかもシャロンのお母さんで未亡人だし。
そもそも実の
「そ・れ・と! 逆に、あなたが何か悪いことを――例えば自分の幸せを
「それは……」
「その場合はお仕置きのチュウです」
「お仕置きもチュウなの⁉」
ご褒美とお仕置きが同じっておかしくない⁉
「ていうかさ、」
ボクは懸念を口にする。
「リオンさんがボクに対してそういうお母さんみたいな振る舞いをするのって、
「でもイサリくんとシャロンが結婚したら、私はイサリくんの義理のお母さんになるのよ? 早いか遅いかの違いでしかなくない?」
「なんでボクとシャロンが結婚するのは確定事項みたいになってるの……」
「何よ! シャロンをお嫁さんにするのはイヤだっていうの⁉ 言っておくけれどあの子、あれで脱いだら結構スゴイのよ⁉ 十三歳とは思えないナイスバディなんだから! なんでこんなちんちくりんな母親からあんな巨乳な娘が生まれたのか、不思議なくらいなんだからね!」
「自分で言ってて悲しくならないんですか……。ボクが言いたいのは、シャロンの結婚相手をリオンさんが勝手に決めちゃうのはおかしくない? ってことですよ。シャロンの結婚相手はシャロンが自分で決めるべきでしょう。大体、シャロンが今後ボクを好きになる保証なんてどこにも無いんだし」
「………………。イサリくんってよくヒトから鈍感とか朴念仁とか女の敵とか言われない?」
「なんでわかったんですか⁉ エスパー⁉」
「………………。イサリくんはホント……もう少し自分を客観視するべきだと思うの」
「?」
どゆこと?
「わかったわ! ならもういっそのこと私がイサリくんのお嫁さんになりましょう! そしてイサリくんとの間に子供を
どゆこと⁉
「ボクの『もう一人のお母さん』を目指すんじゃなかったの⁉」
「子供がいる場合、旦那さんが奥さんを『お母さん』と呼ぶのは珍しいことじゃないじゃないでしょう? ――そうよ! そうすればイサリくんも気兼ねなく私を『お母さん』って呼べるじゃない! なんで今までそれに思い至らなかったのかしら!」
「むしろなんでそんな結論に至ってしまったんですか」
「死んだ夫だって、再婚相手が私とシャロンの命の恩人であるイサリくんなら、きっと許してくれると思うの!」
「いや、三十二歳の妻がまだ十六歳の男と結婚することを真剣に検討していると知ったら、『何言い出してんの⁉』って唖然とすると思う……」
「そんなワケだからイサリくん! 私、これからはあなたのこと『旦那様』って呼ばせてもらうわね! いいでしょ⁉ あ、イサリくんも私のことは『リオン』って呼び捨てにしてくれていいから!」
「聞いてない……」
ご褒美のチュウ辺りまでは、いい話っぽかったのになぁ……。
なんでこうなっちゃったんだろ……。
「な、何を言い出してるの、お母さん!」
不意に
その横には苦虫を噛み潰したような顔のアリシアの姿もある。
どうやら二人は船倉に保管されていた予備の
「いい
どうやらボクとリオンさんの会話を途中から聞いていたらしく、怒りと羞恥で顔を真っ赤にして母親へと詰め寄るシャロン。
「あら、『いい
「こ、恋って。イサリさんはまだ十六歳だよ⁉ お母さんの半分しか生きていない男の子なんだよ⁉ 自分の娘と三歳しか違わないんだよ⁉」
「ヤレヤレ……これだから生娘は。――いい? 愛の前ではね、多少の年齢差なんて些細な問題なの! その証拠に旦那様だって、まだ十歳のルーナちゃんや十二歳のカグヤちゃんと愛を育んでいる真っ最中じゃない!」
自分の娘を生娘呼ばわりはどうなんだそして三十二歳と十六歳は『多少』なのかあとボクはまだ『旦那様』と呼んでいいなんて一言も言ってないんだけどというかボクがいつルーナやカグヤと愛を育んだというんだ
「ひ、百歩譲ってそうだとしても、娘の…………に
「いいじゃない、目指せ
「よくないよぉ!」
途中、シャロンの声が小さすぎて聞き取れなかった。なんて言ったんだろう?
「イサリ……。アンタってホント……どんだけ……」
アリシアがジトッ……とした眼差しを向けてくる……けど、ボクが何をしたっていうのさ?
「! だんなさま、目を覚ましたんだね!」
「ふぇぇぇぇぇぇんイサリさまぁぁぁぁぁぁよかったですぅぅぅぅぅぅ!」
そこにカグヤとルーナもやってきて、仲良くボクの胸へと飛び込んできた。
「げふっ」
いや、『飛び込んできた』というより、『ダイブしてきた』とか『タックルしてきた』と表現したほうが正確かもしれない……。
「
「心配したんだよ……! いくら呼び掛けても目を開けてくれなかったから……」
「ひっく……えぐっ……ぐすっ。わたくしも心配しました……! イサリさまがこのまま死んじゃったらどうしようって……」
「う、うん。心配させちゃってゴメンね。もう大丈夫。だからいったん離れ、」
「よかった……本当によかったよ、だんなさま……」
「イサリさまぁ……イサリさまぁ……!」
「あ
全く耳を貸してくれない幼女二人にボクが悪戦苦闘していると、
「こらーっ旦那様!」
とツバキからお叱りが飛んできた。
「無事目を覚ましたようで何よりじゃが、
「と、とにかくっ! イサリさんに年甲斐もなく色目を使わないでお母さん!」
「『年甲斐もなく』とは何よぉ! 初潮を迎えたばかりの小娘に見下されるいわれは無いわ!」
「ねえイサリ、じゃなくて船長。幼女は幼女で問題だけどさ、未亡人に手を出すもどうかと思うわよ?」
「その……例の
「イサリさま。わたくし、安心したら眠くなってきました。もう寝ましょう? 今夜も一緒に寝てくださいね☆」
「じゃーかーらー! 妾や男衆が必死こいて頑張っとるときに何をイチャイチャしとるんじゃお主らは!」
…………………………。
大・混・乱☆
「もうヤダ……。誰か助けて……。ボクをこの場から連れ出して……」
――なんかもーいろいろとどうでもよくなってしまって、ボクは再び寝転がり、後頭部に自称・『もう一人のお母さん』の太腿の感触を感じながら目を閉じる。
ボクたちの
2章 了
3章へつづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます