♯36 月に棲みついた巨獣と、荒涼の地で戦った(前編)



神威かむい体現闘法たいげんとうほう漁火いさりびけん>――『電光石火でんこうせっか』!」


 プラズマと化した蒼焔そうえんまとった必殺の正拳突き……神威かむい体現たいげん闘法とうほう漁火いさりびけん>最大の破壊力を誇る御業わざは、



 ぶにょん。



「なっ⁉」


 ――カグヤが『月棲獣げっせいじゅう』と呼んだ巨獣の皮膚……白い脂ぎった肌にアッサリはじかれてしまった。


「なんだ今の感触⁉」


 まるでゴムを殴ったみたいだったぞ⁉

 それにプラズマを浴びたはずの表面に焦げ目すら付かないのはどういうことだ⁉


「コイツの皮膚、いったいどうなって――て、うわっ⁉」


 困惑するボクに、巨獣の鼻から伸びる無数の触手が槍衾やりぶすまのように降り注ぐ。慌てて横へ跳んでかわすも、それは罠だった――躱した先で別の触手が待ち構えていて、ボクを地へとはたき落とす。


「がはっ」


 いってぇ……。いや、痛いなんてもんじゃない。今、危うく意識が飛ぶトコだった……。生身だったら即死だったぞ、これ。


「だんなさま!」

「イサリ!」

「イサリさん!」


 視界の隅、ティラノサウルスの頭蓋骨の陰でカグヤ、アリシア、シャロンの三人が悲愴な表情で叫んでいる。『大丈夫だ、問題ない』と返してあげられればよかったのだけれど……ちょっと無理そう……。


「『電光石火』すら効かないんじゃ、打つ手が無いじゃないか……」


 あの『深きものども』の融合体すらほふった一撃……ボクの最強技でも、傷ひとつ付けられないんだぞ。

 ていうか、相手は全長15m近い、『深きものども』の融合体以上の怪獣だぞ。

 こんなん、どうやってたおせって言うんだよ。

 ウルト〇マンでもないと無理だろ。


「ったく……」


 だというのに、だ。

 ボクの魂魄タマシイが、『あれは良くないモノだ』と叫んでいる。

『あれの存在を決してゆるすな』と訴えている。

 この場から逃げることを良しとしない。


『深きものども』と相対したときと同じだった。

 あの『月棲獣』とかいう巨獣――やはり『深きものども』と同質の存在らしい。



 ギャオォォォォォォォォォォッ!



 巨獣が吼える。目があったならそれはボクへの憎悪で爛々らんらんと燃えているに違いないと確信させる、そんな敵意のこもった咆哮だった(怖い)。


『どうした、守人もりびとの因子を持つ者よ。それが汝の全力か』


 オシッコちびりそうになっているボクに、<種を摘み取るものスピーシーズバスター>スーザン――以後スーザンと呼ぶ――が発破はっぱをかけてくる。

 両手に握るあかい光で出来た鎖の束をグイと引っ張って、こちらへ追撃しようとする巨獣を抑え込んでくれたのは有り難い……けど、


「うっさいわ! 好き勝手言うな! 勝てるかこんなん! サイズ差を考えろサイズ差を! 無茶振りが過ぎるだろ!」


 ……ボク今、神様に対してかなり無礼な口をきいちゃってるけれど、この場合仕方ないよね?

 試練だかなんだか知らないけれど、ボクじゃなくてもキレると思うんだ、こんなの。


『無茶振りは百も承知。ゆえにこうして手伝っている』


「どっちかって言うと手伝わされているのはボクのほうだよね⁉ キミさっき『我ら造物主をもってしても滅ぼすことが叶わなかった』って言ったよね⁉ 試練とか言いつつ実際は自分たちでは退治できなかった化け物をボクに退治させようとしているんだよね⁉」


『そういう見方も出来るな』


「アッサリ認めた!」


『申し訳ないとは思う。……だが、この亜空間のおり神威かむいで作った鎖はもう長くはたんのだ。このまま行けば近い将来、この混沌の獣が現実世界に解き放たれることになる。そうなればどのみち、汝は遠からずコレとぶつかることになっただろう』


「ンなこと言われても……」


 神様でも勝てない奴をいったいどうやって――ってオイ、ちょっと待て。


「なんかよく見たら、その光の鎖、どれもこれもヒビが入ってない? 最初からあったっけ? そのヒビ」


『……どうやらこの混沌の獣の力を見誤っていたようだ』


「え?」


『前言を撤回する。汝がこの混沌の獣を斃せなかった場合、コレが現実世界に解き放たれるのは「近い将来」ではなく「今日」だったらしい』


「な――」



 バキィィィィィィィィィィン!



 言ってるそばから鎖が砕け散った。


 キラキラと降り注ぐ紅い光の粒子。

 衝撃でよろけたスーザンが慌てて体勢を立て直そうとするも、巨獣の触手によって叩き落とされてしまう。


「スーザン⁉」


 スーザン(つい呼び捨てにしちゃったけど、まあいいか)が墜落したのはカグヤたちが身を隠しているティラノサウルスの頭蓋骨のすぐ近くだった。

 墜落したスーザンは中々動けずにいる。大丈夫だろうか。



 グルルルル……。



 マズイ、巨獣の注意が、墜落したスーザンを追ってカグヤたちのほうへ向いてしまう!


神威かむい体現闘法たいげんとうほう漁火いさりびけん>――『以水滅火いすいめっか』!」


 間髪入れずに手刀の連撃を叩き込み、なんとか巨獣の注意をこちらへ向けることに成功する。……けど、やはりダメージらしいダメージを与えられた様子は無い。


 打撃も、斬撃も効かない。


 ――どうする? どうすればいい⁉


「何かないのかよ……コイツに効く武器みたいなモノは」


 愚痴ぐちりつつ、バックステップでいったん巨獣から離れようとして――刹那。



 ギャオオオオオオオオオオッ!



 巨獣が吼えて前脚を持ち上げ――ボクめがけて降り下ろした。


「っ」


 躱す暇は無かった。

 悲鳴を紡ぐ時間すらも。


「だんなさまああああああああああっ!」


 ボクが最後に耳にしたのは、カグヤの悲痛な叫び。

 目にしたのは、視界を覆う巨大な脚の裏。


 ……そして。






 全長15m近い巨体に踏み潰され、ボクの意識はそこで途切れた。






                 ☽






 仄暗ほのぐらい海の底……今際いまわきわで、幼い子供が膝を抱えて泣いている。


『――お母さん、お母さん』


 もうどこにもいないヒト――二度と会えない母親へ、決して届かないと知りつつ飽きることなく呼びかけながら。


「……泣くなよ」


 そんな幼子おさなごを、ボクは冷たく見下ろし突き放す。


「泣いたって、もう遅いんだ。どれだけ泣いても母さんは生き返らない……ボクのせいで母さんが無念のうちに死んでいった事実は変わらないんだよ。永遠にな」


『――お母さん、お母さん』


「っ」


 泣き続けるの襟首を掴み、空中に吊り上げる。


「泣くな! 被害者ぶるんじゃない! そんな資格、ボクには無いだろ! 毎日毎日、一日中咳が止まらなくて苦しかった? 夜も眠れなくて辛かった? だからなんだ! だからって、あんな言葉を口にしちゃダメだろ! 毎日毎日、ろくに寝ずに看病してくれた母さんに『生まれてこなきゃよかった』なんて! 絶対言っちゃダメだったろうが! そんなボクに母さんをおもう資格があるとでも思ってるのか⁉ サシャちゃんやシャロンを見て『羨ましい』と感じる資格があるとでも思ってるのかよ⁉」


 そんな資格、ボクには無い。


 赦しをう資格も。

 仲の良い親子を羨む資格も。


 自分自身を憐れむ資格すら。


 こんな人間に、あるワケが無い。


「……いいさ。ずっとそうやって独りで泣きじゃくってろ。ボクはボクを赦さない。死ぬまで。いや……死んでも、か」


 ボクはあの巨獣に負けた……。

 ここがボクの最期おわりなんだ。


 アリシアを、シャロンを、カグヤを、最後まで護り抜けぬまま。

『必ず無事に帰ってくる』というツバキやルーナとの約束を守れずに。


 ボクは今日ここで死ぬ。


「やっぱり……ボクは誰も救えない」


『ボク』の襟首を掴んだまま、ボクはその場に両膝をつく。

 項垂うなだれ、涙を零す。


「こんなボクを慕ってくれたヒトにすら、何もしてやれない……」


 ――そのとき。






『諦めるんですか?』






 どこからか、声がした。


「っ⁉」


『ボク』の声じゃない。

 少女の声だ。

 聞き覚えの無い――けれど、不思議と懐かしさを感じる声。

 誰かに似ているような……。


 慌てて周囲を見回す。が、姿は見当たらない。


『死を……受け入れるんですか?』


 姿は見えないのに、声だけがする。


「誰だ……?」


『これは一種の残留思念……。「彼女」があなたのためにらしたにわたくしのチカラを注ぎ込むにあたり、一緒に組み込んでおいた自動応答プログラム……。あなたの絶望を感知したときに自動再生されるようにしておいたメッセージです』


「残留思念……。『彼女』がボクのために生らした実……?」


 ひょっとして『デイジーワールドの実』のことだろうか?

 カグヤもそんな感じのことを言っていたような……。


『ここで死ぬことを良しとするんですか? あなたにはまだ、しなければならないことがあるのでしょう?』


「……それは、」


『守らなければならない約束が、叶えてあげなければならない願いが、……あるのでしょう?』


「っ」


 約束……、願い……。


『思い出して』




 ――『本当に……? 本当に約束してくれる……?』

 ――『――そんな約束をされてしまったら……私、すがっちゃうよ……? あなたにも、いっぱい寄りかかっちゃうよ……?』

 ――『一生ずっと……私をあなたの傍に置いてくれる……?』




 ……アリシア……。




 ――『勝手なことを言ってるって……自分でもわかってます……。でも、どうかお願いです……。お母さんのこと、救って頂けませんか……? お母さんとわたしだけの淋しい世界から……お母さんを、連れ出しては頂けませんか……? 船長さんならそれが出来るんじゃないかって……わたし、そう感じたんです……。船長さんは、どこかお父さんと似た雰囲気をしているから……』




 ……シャロン……。


 そうだ……ボクはあの二人に約束した……。


 ボクたちの帆船ふねに乗っている限り、決して淋しい思いはさせないって。

 これからのキミたちの人生に、楽しいことや嬉しいことをいっぱい用意してあげるって。


 ボクはまだ……その約束を果たしていないじゃないか……。

 こんなボクを、あの二人は信じてくれたのに……。


『そう。それに……「あの子」も』 




 ――『必ずキミを家族のもとへ送り届けてみせるからね、ルーナ。――そのためならボクは、どんなことでも頑張ろう」

 ――『………………イサリさま………………。――はい』


 ――『必ず……。一緒に帰りましょうね。イサリさま』

 ――『うん』

 ――『一緒に、ですよ』




 ルーナ……!


『「あの子」は今も、あなたの帰りを待っていますよ。あなたの勝利を信じ、幼いなりに一生懸命あなたの無事を祈りながら……』 


「…………そう、か」


 忘れていたな。


 まだ十歳の女の子が、家族から引き離され、見知らぬ場所に放り出されてなお、絶望せずに生きている。

 今この瞬間も、自分の未来ことより、ボクの身のことを案じて祈ってくれている。


 なら、


「ボクがこんなところで諦めるワケにはいかないじゃないか」


 そうだ。


 アリシアやシャロンが救われることを、阻止しようというのなら。

 ルーナが家族と再会することを、邪魔しようというのなら。


「たとえ相手が怪獣バケモノだろうと……邪神カミサマだろうと、赦さない」


 ボクは――負けるワケにはいかないんだ。


『……行くの?』


 立ち上がったボクに、座り込んだままの幼子おさなごが……『ボク』が訊ねてくる。

 いつの間にか『ボク』は泣き止んでいて、そしてボクをジッと見上げていた。

 責めるような目で。


『お母さんを無念のうちに死なせておいて? 自分はやらなくちゃいけないことがあるからって、せいにしがみ付くの?』


「……ああ」


 頷く。


「気付いたんだ。ボクはまだ地獄へは行けないって。少なくとも、彼女たちが救われるのを見届けるまではね」


『誰かが救われるのを見届けるために……そのためだけに、生にしがみつくの? ……自分が幸せになるためじゃなく? あれだけ傷付いてもまだ……』


「ああ」


『…………そう』


 ボクの返答に、『ボク』は何かを諦めたような自嘲の笑みを浮かべて――そして、また膝を抱えてポロポロと涙を零し始めた。


『……いいよ。これからもずーっと、そうやって他の誰かのためだけに生きていけば? ……だったら「ボク」も、永遠にボクを赦さないだけだ。このままここで泣き続けるだけだよ。死ぬまでね』


「………………」


 無言できびすを返し、『ボク』に背を向ける。歩き出す。

 遠く。微かに光射すほうへ。

 幼き日の『ボク』を、独り、この仄暗い海の底に置き去りにして。


 今のボクには、救わなくちゃいけないヒトが他に沢山いるから……。


『……だけど、もしもいつか……』


「……いつかボクが、みんなを救えたなら……」


 そのときこそは。


「『きっとボクを――』」






『星核構築』デイジーワールド・プログラムインヴォーグ。

 双聖の神器ツイン・セイクリッド・アームズ――起動アクティブ






 ……最後にもう一度だけ聴こえたあの少女の声は、どこか誇らしげで。


 それ以上に、哀しそうだった。






                  ☽






「だんなさま! だんなさまぁ!」

「お、落ち着いてください、カグヤちゃん! 今飛び出すのは危険です!」

「でも……でも、だんなさまが!」


 普段は余裕たっぷりなあのカグヤが、ほとんど半狂乱みたいになって、私たちが隠れている巨大生物の頭蓋骨の陰から飛び出していこうとする。

 それを必死に抑えているシャロンも、顔から血の気が引いており、目には涙が浮かんでいるのが見て取れた。


 無理もない。

 だって船長が……イサリが、あの化け物に踏み潰されてしまったのだ……。

 あんなの……普通に考えたら生きているはずがない……。

 確かにイサリは強いし、不思議なチカラを使うけれど……、でも、あれはいくらなんでも……。


「イサリ……」


 嘘だよね?

 あなたが負けてしまったなんてこと……死んでしまったなんてこと、無いよね?


 だって、約束してくれたじゃない……。

 あの帆船ふねに乗っている限り、私に淋しい思いはさせないって。

 これからの私の人生に、楽しいことや嬉しいことをいっぱい用意してくれるって。

 一生ずっと……私をあなたの傍に置いてくれるって……。



 ギャオォォォォォォォォォォッ!



 化け物が曇天どんてんを見上げ吼える。まるで勝ち誇るように。


「イサリ……!」


 ても立っても居られず、私もまたイサリのもとへ駆け寄ろうと踏み出して、


『待て』


 腕を掴まれ、制止された。

 先程あの化け物にはたき落とされたあと、私が助け起こし、この大きな頭蓋骨の陰に引っ張り込んだ神様――スーザンとやらに。


『ヒトの子よ。おまえが行ってどうなるものでもない。大人しくしておけ』


「っ」


 頭の中に直接届く不思議な思念こえにそう言われて。私は、頭に一気に血が上ったのがわかった。

 スーザンが身に着けている黒い喪服の襟首を掴み、


「アンタに指図されるいわれは無いわ! アンタのせいでイサリはこんな目に遭ってるんじゃない! 神様だからって勝手すぎるのよ!」


 スーザンの頬に平手打ちしようと右手を振り上げて、そして振り下ろす直前に気付く。


 遠目にはわからなかったけれど、よく見たらスーザンはボロボロだった。

 確かに彼女は今この瞬間も、全身から圧倒的な存在感、神聖な空気を放っていたけれど。でも、その肌は傷だらけで、身を包む喪服もあちこち擦り切れてしまっていた。


 さっき巨獣に叩き落とされたためかとも思ったけれど、明らかにそれだけが原因じゃない。古傷もいっぱいある。


「アンタ……なんでこんなに」


『……もう四半世紀近くずっとここであの「月棲獣げっせいじゅう」を抑え込んできたからな。その間、激しい抵抗や反撃を受け続ければこうもなる。……この亜空間の檻を維持するにはチカラの消費を極力抑えねばならず、そのためには休眠する必要が有り、しかし休眠してしまうと無防備な状態で反撃を受けることになり……。結果、このザマというワケだ』


 四半世紀って、……二十五年近く?

 そんなに長く、あんな化け物の相手をしてきたというの?

 誰にも知られず――感謝されることもなく。

 たった独りで……?


「なんで……そこまで」


『造物主としての責務だ』


 責務……。


『我らはそのチカラがあまりにも強大であるがゆえに、月と地球の住民への一切の干渉を禁じられている……。赦されているのは己の本分を全うすることだけ……、我の場合は、滅びを与えることだけだ。基本、おまえたちに何かを願われても……何かを祈られても、個々の生命体には何もしてやれん……。……だが、だからこそ、』


「………………」


『だからこそ――月と地球に住まうすべての生命体の敵と、我らはずっと戦い続けてきた。特に、己の役割をとうに果たし終えた我は、もうおまえたちにそれくらいのことしかしてやれんし……、してやれることが嬉しくもあったからな』


「………………」


『散っていった多くの同胞たちも、きっと同じ想いだったのだろう……』


「……私たちは、……ずっと護られていたというの」


 お父さんやお母さんと一緒に暮らせていた、あの温かく幸せな日々の間も。

 お父さんやお母さんを失って、世界を呪い、神様を恨んだあの瞬間も。


 ずっと……ずっと……。


「それじゃあ……この憎しみは、怨嗟えんさは、誰にぶつけたらいいのよ……」


『我らにぶつけ続ければいい』


 そう答えるスーザンの口調、声音に、躊躇ためらいは無かった。


『それがおまえたちの生きる意味、原動力となるのならば。……おまえたちの憎しみ、怨嗟を受け止めるのも、造物主である我らの役目と心得る』


 ……そんな……。


「……なんで……? なんでそこまでしてこの世界を創造つくったの……? 私たち人間を生み出したの? あなたたちにどんなえきがあって……」


『益など無い』


 え……。


『「生きたい」「生きて輝きたい」……。そんな、暗く寒い宇宙の片隅で自然と生まれ彷徨さまよっていた無数の魂魄タマシイの叫びを聞いた。その叫びに、我らは応えたくなった。……それだけだ』


 ……魂魄タマシイの、……叫び。


 私たち自身が望んだ――


『護らなければならん……「生きたい」と願い、生まれてきたおまえたちを。おまえたちのために創造つくった月と地球を。……そのためにも、混沌を破壊こわし、秩序を創造つくらなければならんのだ。……誰かがな』


「……誰かが」


『そう――ゆえに我らは「彼」のもとへと集う』


「!」


 スーザンの視線を追って……そして、私は『それ』を見た。

 カグヤとシャロンも、すぐに『それ』に気付いて息を呑む。


 イサリを踏みつけた化け物の巨大な右脚が、ゆっくりと……。


『何か』。

 決まっている。


 イサリだ。


 生きていてくれたイサリが……青白いうずみびのような残り火がくすぶ留紺とまりこん全身防護服メタルジャケットに身を包んだイサリが、全長15mはあろう巨獣の右脚を片手で持ち上げていた。


 よく見ると彼の両腕には、これまで一度も見せたことがない籠手ガントレットが装着されている。

 全身防護服メタルジャケット同様、青白い熄のような残り火が燻る、黄金色こがねいろ金属彫刻エングレーブが目を惹く、美しい留紺の籠手ガントレットだ。

 右のそれには白鯨はくげいかたどった純白の光芒が、そして左のそれには白鳥をかたどったやはり純白の光芒が浮かんでいて――


「! あれは双聖の神器ツイン・セイクリッド・アームズ⁉」


 それを見たカグヤが、再度息を呑む。

 そして、



 ギャオォォォォォォォォォォッ!



 化け物も驚いたのか咆哮し、イサリを踏みつけていた脚を退けて後退あとずさる。


「っ」


 私にもわかった。


 あの化け物が……怯えている。

 自分に比べたら遥かにちっぽけな人間に睨まれ、気圧されている。


 神様ですら勝てなかった獣が、イサリに対し本気で恐怖を感じているのだ。


 それを見て、……ふと思う。


「イサリ……、あなたは何者なの?」


 その今更な疑問に答えてくれたのは神様だった。




『「彼」は時空を超えてやってきた、この宇宙最後の希望。この月の海とあの凍てついた地球に秩序を取り戻すため流れ着いた、魂魄タマシイの旅人。


 ――「蒼き月の海を航るものルナマリアノーツ」だ』




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