♯35 運命の少女たちと、荒涼の地に神を見た
『
「――ふう……」
蒼白い
「「「「「「「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」」」」
背後で
「勝った! 勝ったわ!」
「助……かった……? 俺たち、助かったんだ……!」
「うわぁぁぁぁぁぁん怖かったよぉぉぉぉぉぉ!」
振り返ると、戦いを見守っていた面々が抱き合い、ワンワン泣いて、互いの無事を喜んでいた。ざっと見た感じ、負傷者はいても死者はいないようだ。
「ったく。無邪気に喜んじゃってまあ」
そんな面々を、アリシアは呆れ顔で眺めている。
「なーにが『船長さんバンザーイ』よ。昼間、船長のことを散々
「まあまあ」
そんなアリシアを、カグヤは苦笑いを浮かべつつ
「これでだんなさまは『<魔女>殺し』とは無関係だってわかってもらえただろうし。終わり良ければすべて良しとしようよ」
そんな彼女たちの後ろではシャロンが、
「そういえばお母さん、怪我は無い⁉ あっ、首が赤くなってる! 痛くない⁉」
「だ、大丈夫だから落ち着いて! 恥ずかしいから持ち上げないで! 彼が見てるでしょ!」
母親に怪我が無いか確認しようと、リオンさん(三十代女性・一児の母)を空中に(小さな子供を『高い高い』するみたいに)持ち上げて怒られていた。
「ああしているとマジで姉妹にしか見えないな、あの二人」
しかもシャロンのほうがお姉さんに見えるし……。
「ホント……仲の良い
パッと見はチグハグな感じのする
……それこそ、痛いくらいに。
「………………。なんにしても、これで一件落着か」
胸に去来する複雑な感情に
その瞬間。
――ギンッ!
甲高く、耳障りな音が響き渡った。
「「「「っ⁉」」」」
ボク、アリシア、シャロン、そしてカグヤの四人は、息を呑んで周囲を見回す。
「な……なんだ⁉」「な、何⁉ 何が起こったの⁉」「こ、これって⁉」「っ」
――世界が凍り付いていた。
地上を照らしていた夜空の星々はその
ボクたち四人を除く全員が、一時停止した録画のように固まり、彫像と化している……。
何より――世界のすべてが、その色彩を失って、まるで古い写真のように灰色一色に染まっていた。
漆黒の夜空も。蒼い海も。白い砂浜も。緑の密林も。リオンさんたち一同も。何もかもすべてが。
もちろん、物音ひとつしない。
例外は、ボクたち四人の呼吸音だけだ。
「お……お母さん⁉ どうしたの⁉ 返事をして、お母さん!」
微動だにしなくなった母親にシャロンは慌てて呼び掛け――ふと何かに気付いて『高い高い』をしていたリオンさんから手を離す。
本来、重力に引かれて地面に落ちるはずのリオンさんは、支えを失ったにもかかわらず空中に静止したままだった。
「何……これ……。何がどうなってんの?」
言葉を失うシャロンの代わりに、空中で固まっているリオンさんのほっぺたをツンツンしつつ(ヤメてあげなさい)唸るアリシア。
「っ。カグヤ、これは⁉」
困ったときのカグヤ頼みだ。彼女ならこの事態について説明できるはず……と、ボクは自称・仙女の女の子へ訊ねる。が、
「………………」
あのカグヤが。
『深きものども』を前にしても余裕を失ったことのない彼女が、青ざめ、口元を押さえ、全身を小刻みに震わせていた。
「か、カグヤ? どうしたのさ……?」
「――<神域>だ……」
「え?」
「<神域>の内側……亜空間に引きずり込まれようとしているんだ……!」
「⁉」
絶句するボクへ「し、<神域>って?」「あくーかん?」とアリシアとシャロンが
「カグヤ。それってもしかして、昼間キミが言っていた……?」
「……うん。わたしが思っていた以上に『トゥオネラ・ヨーツェン』は西に流されていたんだ……。わたしたちは、とっくに第十一<神域>ロストワールドの影響圏――タウルス=リットロウに侵入してしまっていたんだよ……」
タウルス=リットロウ……。
「この島こそが<神域>だった……ってこと?」
「違うよ。<神域>は今わたしたちが転送されようとしている亜空間のほう。この島は<神域>の入口……<遺跡>だったんだ」
「<遺跡>……」
……頭の整理が追い付かない。けど、
「要するにキミの懸念が現実のモノとなってしまったってこと? ボクが『変身』後に
「違う……。それなら戦いが終わる前に何らかの反応を見せているはず……」
「……え?」
「戦いが終わった直後に反応を見せるなんて、タイミングを見計らっていたとしか思えない……。神様はとっくに休眠から目覚めていた……わたしたちの存在、行動をずっと監視していたんだよ……」
……ずっと監視していた……?
「で、でも、それなら、いったい何が休眠中だった神様を目覚めさせてしまったんだ?」
「十中八九わたしだろうね……」
「え?」
「私、だんなさまを傷付けられた怒りで我を失い、『あの姿』になってしまったでしょう? そのことが休眠中の神様を刺激してしまった……。結果、目覚めさせてしまったんだよ……」
「Oh……」
結局ボクが原因じゃん……。
「ごめん……わたしのミスだ」
「じゃあベロチュウは無しで」
「ううん、だんなさまが『変身』後にあのトンデモ技法を使ったのは事実だから、ベロチュウは絶対にしてもらうけども」
「ひどい!」
「七匹斃すために七回使ったからベロチュウも七回だね」
「ルールを後付けするのヤメてくれない⁉」
……いや、こんな
「ねえ。つまり、夕刻にはもう神様は目覚めていたってことだよね? そこから今までなんの反応も見せなかったのに、神様は何故このタイミングで――」
「――たぶん、今までずっと見定めていたんだろうね」
そう、カグヤは言った。
苦々しげに。
「み、見定めていた? って、何を?」
「だんなさまにその資格があるのかを、だよ。だんなさまと『深きものども』の戦いを観察することで……ね」
「し、資格?」
「そう。そしてめでたく、だんなさまは『資格アリ』と
めでたく、と言う
「神様は何をするつもりなんだ……?」
「『する』じゃなく、『させる』つもりなんだよ」
「え……?」
させるつもり?
って、ボクにか?
いったい何を?
「っ――お願い、待って! スー!」
色彩を失い静止した星空を見上げ、カグヤが叫ぶ。
ひどく焦った表情、口調で。
『スー』というのは
「あなたの作った
ガシャアアアアアアアアアアアン!――
……それは『問答無用』ということなのか。
カグヤの言葉を遮るように、灰色の夜空が割れる。
中天に浮かぶ雪球と化した地球――『スノーボール・アース』を中心に、静止した世界の全部がヒビ割れ、まるで
そして、
「「「「!」」」」
気付けば、ボク、カグヤ、アリシア、シャロンの四人は、見知らぬ場所に立っていた。
「こ……ここはっ⁉」
そこは、あまねく樹木が
ティラノサウルスのモノと思われる
大昔の地球を
不思議と――どこか懐かしい――
「完全に引きずり込まれた……っ」
「な……何よこれ⁉ いったい何が起こったの⁉」
「ど、どこですか、ここ……⁉」
今にも雨を降らせそうな厚い
……というか、カグヤはともかく、なんでアリシアとシャロンまで一緒に引きずり込まれたんだ?
それとも、<魔女>だから? ……あそこには他にも<魔女>がいたのに、何故この二人だけが?
何か理由があるのか?
「! 来る!」
今にも泣き出しそうな
太陽の光を遮っている厚い雲をスクリーンにして、巨大な、真紅の光芒が浮かび上がる。
そう、真紅の光芒――図形が。
「あれは……!」
それはシンボルマークだった。
『♉』のマーク。
あれは――
「確か……黄道十二星座の……えっと、」
「タウルス――牡牛座のシンボルマークだよ」
思い出せず唸っていたボクに、カグヤが解説してくれた。
「
「与えられた? 誰から?」
「……神様たちにとっての神様的存在から」
⁉
「この月と地球を
「うん。簡単に言うとこの宇宙を
「この宇宙を……」
「この宇宙にはね、この宇宙を
「神様ってそんなにいっぱいいるの⁉」
「あの戦いを生き残った者は少ないけどね……」
「『あの戦い』……?」
「………………。それでね、眷属たちは上位・下位ともにこの宇宙を
「そういえば十二
「でね、十二
普通は
なんで逆から?
いやいや、そんなこと今はどうでもいい。
今気にすべきは、だ。
「――それで? いったい何が起ころうとしているんだ⁉」
「決まっているよ。――降臨しようとしているんだ」
カグヤが答えたそのとき。
空が――曇天が割れた。
「! あれは……!」
厚い雲の切れ目から、地上へと放射線状に伸びる光の帯――天使の
それを後光に、今、一人の少女がゆっくりと舞い降りてくる。――降臨する。
「あれが……神様」
それはアリシアの
パッと見はボクより少しだけ年上……
美しく、そして神々しい少女だ。……いっそ近寄り
姿カタチはヒトと同じだったが、黒い喪服を
その両手には、細く長い鎖の束が握られている。
曇天に浮かぶ『♉』の光芒の中へと伸びる、
一瞬、少女が鎖に
『何か』。
その正体はすぐにわかった。
ボクたちの頭上、上空でピタリと静止した少女が鎖の束をグイと引っ張ると、『♉』の光芒の中から彼女に続いて『それ』が姿を現したのだ。
『それ』は――怪物だった。
目が無い代わりに、大きく裂けた口の上、鼻の部分に無数の触手を生やした、尾を持つ
ボクが先日戦った『深きものども』の融合体が可愛く見えるような、全長15m近い四足獣。
その怪物は、四肢、尾、首、胴体、そして触手のいくつかを、少女が手にした鎖の束によって拘束されていた。
ズウゥゥゥゥゥゥ……ン――
地響きと砂埃を立てて、『それ』はボクの眼前、荒廃した大地に降り立つ。
そして、
ギャオォォォォォォォォォォッ!
恐ろしい咆哮を上げて、周囲一帯の空気をビリビリと震撼させた。
「ひっ――」「っ」
ボクの背後でアリシアとシャロンがペタンと腰を抜かし、
「『
カグヤが苦々しげに呟いて
……そして。
『我が名はスーザン……<
怪物と、そしてボクを上空から冷たく
こちらの頭の中に直接届く、不思議な
『
……これが、……神様、
月と地球の造物主……。
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