閑話 それは少しだけ未来の(イチャイチャ)話③



 世界中の人々の間で恐れられ、み嫌われている<魔女>たちと、その主人である『幽霊船長』の帆船ふね――『トゥオネラ・ヨーツェン』。


 その食堂で、今宵、恐ろしい魔女裁判が開かれようとしていた。


 ……まあ、魔女裁判とは言っても、


 でもって今宵、(何故か)裁かれようとしているのは、他でもないボク――イサリなのだけれども。


「被告人、前へ」


 あやふやな記憶を元にボクが書かされた『現代日本における裁判の流れをまとめたメモ』を確認しつつ、裁判長であるツバキがおごそかに告げる。


『ボクを裁くための裁判の流れをボクにまとめさせるか普通?』というツッコミはとりあえず脇に置くとしても、


「あの……。この場合の『前』ってどこのこと?」


<魔女>のみんなは今、二十人ほどが食事に使えるデカい長机を(どこからか椅子を持ってきて)ぎゅうぎゅう詰めになって囲んでおり、ボクは所謂いわゆるお誕生日席に座っているツバキの右隣に着席しているワケだけれど……この場合ボクはどこに立てばいいんだ? 『前』ってどこ? 四つの机を『ロ』の字の形に並べているとかなら、真ん中に立てばいいんだろうけれど……。


「む。メモを参考に言ったはいいが、よくよく考えてみたらそうじゃな。……普通に考えたらみんなの中心ってことで、机の上かの?」

「普通に考えたら机の上には立たんだろ」


 お立ち台じゃないんだぞ。

 バレたらターニャおばさん(司厨長コックさん)にドチャクソ怒られるだろ。

 普段は温厚だけど、一度ひとたび怒ったらあのカグヤですら裸足で逃げ出すんだぞ、あのヒト。


「じゃあわらわの膝の上に座――」

「「「「「「「異議あり!」」」」」」」


 集まった裁判員たち(要は<魔女>のみんなだ)がすかさず叫ぶ。スゲエ。早くも異議ありが飛び出した。しかもこんなトコで。


「裁判長の膝の上に被告人が座るって、どう考えてもおかしいと思います!」


 みんなを代表してそう言ったのは、第2班の『見張りルックアウト』であるリズだ。


「そ、そうかの? 逆にアリなんじゃないかなーって」

「ナシです」


 ボクもナシだと思う。前代未聞すぎるだろ、裁判長に抱っこされてる被告人て。


「というワケでセンチョー、アタシの膝の上にどうぞ!」


 どういうワケだ。裁判員リズの膝の上だって充分おかしいだろ。


「……で、どうするツバキ?」

「仕方ないの。旦那様はそのままそこに座っとれ」


 それはいいけれど、『被告人』から『旦那様』に戻ってるぞ。みんなもっと真剣にやってよ! なんでよくわからないうちに被告人にされていたボクが一番真剣なの?


「検察官。起訴状を」

「はい」


 ツバキの言葉に抑揚の無い返事をして立ち上がったのは、ヤンデレ……じゃなかった、『主計長パーサー』のクロエである。


「公訴事実。被告人イサリは本日正午頃、うたた寝していた被害者ダリアに勝手に接吻キスをして、乙女の、それも十一歳の女の子の初めてを奪った。罪状ロリコン」


 そんな罪状があってたまるか。

 あとファーストキスを『初めて』って言うのヤメろ。別のモノを奪ったみたいだろ。なんでわざわざ誤解を招くような言いかたをするんだ。


「以上、審理願います」

「うむ」


 クロエの言葉にツバキは頷いて、隣に座るボクをジロリと睨み、


「被告人。おまえさまには黙秘権が無い」


 無いのかよ。普通あるだろ。


「――被告人、何か言いたいことは?」

「ボクは何もしていません。無実です」

「「「「「「「異議あり!」」」」」」」


 なんでだよ。ここで異議ありはおかしいだろ。さっきからおかしいんだよ、異議ありのタイミングが。ボクがまとめたメモをちゃんと読んだのかコイツら。


「あのねセンチョー。アタシたちのルールじゃあ『疑わしきは罰せよ』なんだよ。疑惑を生んじゃった時点でセンチョーの有罪は確定してるんだ」


 じゃあこの裁判意味無いじゃん……。

 何? 最初から量刑を決めるためだけに起こされた裁判なの?

 ボクには黙秘権どころか無実を訴える権利すら無いワケ?

 理不尽すぎる……。魔女裁判らしいと言えばらしいけれど……。


「それでは冒頭陳述に移る。検察官」

「はい」


 クロエは返事をして、ボクをジロリと睨み、


「被告人はこの蒼き月の海ルナマリアに十歳のルーナと一緒に流れ着いたあと、十二歳のカグヤと邂逅、彼女たちとともに船旅たびを続けてきた。つまり、被告人の身近には常に幼女がいた。このことから、被告人の性癖が次第に歪んでいったことは想像にかたくない」


 想像に難くなくないよ⁉


「――そして被告人は本日正午頃、船尾甲板クォーターデッキの物陰で被害者ダリアが一人でうたた寝しているところを発見。これ幸いと、寝ている被害者に近付き唇を勝手に奪った。なお、一連の行動は当時当直ワッチだった二名の人間によって目撃されています」


 ……ええっ⁉


「裁判長。裁判員の皆さん。被告人は自身の欲望を満たすため、無垢な幼女を傷付け、トラウマを植え付けたのです。被害者はショックのあまり今も医務室で寝込んでいると聞きます。どうか厳正な処罰を与えてください」


 などと言いつつクロエは再度ボクを睨んでくる。今にも彼女自ら裁きを下してきそうな怖い目つきだ。……このコ、何故か知らないけれど、ボクに対しては元から妙に当たりが強いからなぁ……。仮に無罪を勝ち取ることが出来ても、どのみちボクは彼女に刺される運命なのではなかろうか。……あれ? ボク詰んでない?


「弁護人」


 ツバキに促され、第3班の『航海士オフィサー』であるナズナさんが立ち上がる。よかった、一応弁護人はいるらしい。ここまでグダグダだと『弁護人? そんなものはない』という展開も覚悟しなきゃダメかな……と思っていたのだけれど。


 しかも弁護人はナズナさんか。これは期待できそうだ。


「裁判長。裁判員の皆さん。船長クンは寝ているダリアちゃんの唇を勝手に奪ったりなどしていません。よぉく考えてみてください。船長クンに自分から女性に手を出す度胸や甲斐性があると思いますか? いえ、あるワケがありません。そのことは皆さん自身が一番よぉくご存じのはずです」


 ……なんだろう。確かに弁護してくれているのだけれども……。でも、どちらかと言うと責められているような……。

 き、気のせいだよね?


 あとリズ? 今のでそんなふうに『なんて説得力なの!』って納得されると、それはそれで複雑なんですが……。


「それでは証人尋問に入る。一人目の証人」

「はい」


 誰かと思ったら、立ち上がったのは第1班の『操舵手クォーターマスター』であるアリシアだった。

 アリシアに検察官のクロエが尋問する。


「事件があったとき、あなたはどこで何を?」

船尾甲板クォーターデッキ操舵そうだをしていました」

「操舵中、何か目撃しましたか? 怪しい人物とか」

「私が見たのは船長だけです」

「それはうたた寝中の被害者のほうへ歩み寄る被告人を見たということですか?」

「ええ……まあ」

「なるほど。ということは、被告人は最初から被害者を狙っていたということでしょうか?」

「え? えーと……」

「異議あり!」ナズナさんが挙手し、「これは誘導尋問です!」


 おお、ようやく異議ありが本来の使われかたを……。


「認める」とツバキ。「検察官は質問を変えるように」

「……あなたが目撃したとき、被告人はどのような様子でしたか?」

「ニヤニヤしてました。なんていうか……悪だくみを企んでいる子供みたいに」

「悪だくみですか。どんな悪だくみでしょうね。――質問は以上です」

「それでは弁護人。反対尋問はあるかの?」


 ナズナさんは「はい」と返事をして立ち上がり、アリシアの横まで移動し、


「アリシアちゃん。あなたは操舵中だったのよね?」

「はい」

「つまり舵輪ホイールの前から一歩も動いていない。と言うより、動けなかった」

「まあ……そうですね」

舵輪ホイールのある場所から、ダリアちゃんが寝ていた場所は見えましたか? これはつまり『船長クンが犯行に及んだ瞬間を、実際にその目で見たんですか?』という意味ですが」

「…………いえ」

「なるほど。あなたは先程『船長クンが悪だくみを企んでいる子供みたいにニヤニヤしていた』と言いましたが、それは今回の事件を知ってから『そういえばあのときの笑顔は怪しかったかも……』と思い込んでしまっただけなのでは?」

「異議あり!」挙手するクロエ。「憶測です!」

「認める。裁判員は今の質問を忘れるように」


 ……なんか(無駄に)本物の裁判っぽい展開になってきたなぁ……。


「では質問を変えましょう。あなたは事件発生時ダリアちゃんが船尾甲板クォーターデッキでうたた寝していることを知っていましたか?」

「はい。あのコ、いつもあそこでお昼寝をしているし」

「ではあなたは、うたた寝中のダリアちゃんへ歩み寄っていく船長クンを目撃した際、彼に声を掛けましたか?」

「? いいえ」

「何故?」

「えっ」


 ナズナさんの尋問に意表をかれたような顔をするアリシア。


「な、何故って、そのときはこんなことになるとは夢にも思わなかったから……」

「おかしいですね。あなたは最近ダリアちゃんを妹のように可愛がってるじゃないですか。そんなダリアちゃんのところに悪だくみを企んでいる子供みたいにニヤニヤしている船長クンが歩み寄っていったのに、どうしていぶかしみ、声を掛けなかったんです?」

「そ、それは……」

「あなた……ダリアちゃんへ歩み寄る船長クンを本当に目撃したんですか?」

「そ……それは本当です! この目で確かに……! 船長に声を掛けなかったのは、前の晩、私、寝ぼけて男性用のトイレを開けちゃって! そのときトイレの中に、今まさにズボンを下げようとしている船長がいたから……! それ以来なんだか気まずくて、目を合わせられなかったからで……!」


 あったね……そんなことも。

 アリシアの奴、あのときは余程テンパってたのか、顔を真っ赤にしてあたふたしながら、『て……手伝おうか⁉』とか訊いてきたっけ……(もちろん丁重にお断りしたけども。何を手伝う気だ)。


「なるほど。目を合わせられなかったのに、船長クンがダリアちゃんのところへ歩み寄る際の様子は、じっ……と見ていたワケですね」

「だ……だってそれはっ」

「以上です」


 ニッコリ微笑んで、アリシアに対する反対尋問を終えるナズナさん。


「……アタシ、初めてナズナ姉ちゃんを『怖っ』って思っちゃったかも……」


 気持ちはわからないでもないけれど、そういう本音は口に出さないほうがいいと思うぞリズ。


「では二人目の証人」

「はい」


 促されて立ち上がったのは、<魔女>ではなく<漂流者>のイリヤだ。ルーナと同じく良家のお嬢様で、たしなみとしていろいろな護身術を習っていたらしく、特に棒術の腕前はツバキをも上回り、この帆船ふねの女性陣の中では数少ない『深きものども』とまともに渡り合える実力者でもある。


「さて。イリヤさん」


 アリシアのときと同様、まずは検察官クロエが質問する。


「あなたも事件当時、被告人を目撃したそうですね?」

「ええ。見たワ」


 と、微妙に片言カタコトで答えるイリヤ。彼女はこの蒼き月の海ルナマリアに流れ着いてからまだ一年も経っておらず、イントネーションとかがちょっとおかしい。『バビロンの実』――自動翻訳能力獲得の実を食べたらいいじゃんと思うのだけれど、彼女なりの矜持プライドみたいなモノがあるみたいで、拒否されちゃったんだよね。


「あなたが被告人を目撃したとき、被告人は何をしていましたか?」

「寝ているダリアに覆い被さっていたワネ」


 ざわ……

  ざわ……

   ざわ……


「覆い被さっていただけですか?」

「いいえ。ダリアと接吻キスしていたワ。間違いない」


 え⁉ 見られてたの⁉ どこから⁉


「どんな感じの接吻キスでしたか? チュッって短く? ブチューって長く?」


 そこ、そんなに重要なトコ⁉

 え、待って。チュッよりブチューのほうが重罪、みたいなルールでもあるの?


「どちらかと言うとブチューだったと思うワ。四秒ほどカシラ」


 ……数えてたの?


「なるほど。――裁判長。死刑を求刑します」


 早っ。求刑早っ。まだ証人尋問の途中じゃん! しかも死刑⁉


「待つのじゃ。死刑は確定としても何回死刑を執行するか決めねばならんじゃろ」


 死刑は確定なの⁉

 あと、死刑に回数とか無いよ⁉ 普通の人間は、一回死刑を執行されたら、そこで終わるんだよ⁉ あらゆる意味で!


「そうだねぇ。死刑の方法も考えなきゃいけないし。ねっ、センチョー!」


 ちょっ、リズ⁉ キミ、この状況を面白がってない⁉


「ちなみに、」と裁判長ツバキ。「弁護人。反対尋問は?」


「ありません」

「ナズナさぁん⁉」


 まさかの職務放棄!


「――というのは冗談で、」


 ナズナさんはニッコリ笑ってそう言うと(心臓に悪い冗談はヤメてほしい)イリヤの横に移動し、


「あなたは今、船長クンがダリアちゃんに四秒ほどブチューしているところを見たと言いましたね」

「ええ」


 その『ブチュー』って言いかたはヤメれ。


「では、ブチューする瞬間は見ましたか?」

「……いいえ、見てないワ」


 だからぁ……。


「おかしいですね。ブチューする瞬間を見ていないのに、何故四秒ほどしていたと言えるんですか? そもそもブチューの開始時間がわからないのに」

「そ、それは……!」

「まさか、船長クンをおとしめるため?」

「ち、違うワ! あれは、ワタクシが確認できただけデモ、という意味合いよ!」

「…………では、四秒以上ブチューしていた可能性もあると?」

「そうネ。かなり濃厚な接吻キスに見えたし」

「………………。なるほど。――以上です」


 ちょっ、ナズナさん⁉ 裁判員の心証が悪くなる情報だけを引き出せるだけ引き出しておいて、反対尋問を終えないでくれる⁉


「センチョー……サイテー」


 裁判長。さっきから一人だけやたらうるさい裁判員がいるんで、とっとと退席させてくれませんかね……。


「それでは最後に――被告人」

「あ。ボクもちゃんと証言させてもらえるんだ」


 裁判長ツバキに促されて素直に立ち上がると、まず弁護人ナズナさんが隣にやってきて、


「さて。船長クン。アリシアちゃんの証言によれば、あなたは船尾甲板クォーターデッキの物陰でうたた寝をしていたダリアちゃんのもとへニヤニヤしながら歩み寄ったとのことですが……これは事実ですか?」

「……はい」


 否定しようかとも思ったけれど、イリヤにも目撃されていたみたいだし、『この裁判で偽証したら罰としてアリシアの手料理ダークマターを食べてもらうぞ』とツバキに予め忠告されていたので、正直に答えておく。……あのゴギゴギをボクは二度と味わいたくない……。


「それは何故でしょう?」

「ダリアに悪戯イタズラしようと思って」

「それは性的な?」


 ……このヒト本当にボクの弁護人なの?


「違います。普通に耳元で大声を出して吃驚びっくりさせようと思っただけです」

「何故そんな幼稚な悪戯をしようと思ったんですか?」


 幼稚て。まあ幼稚だけども。

 ……なんか今日のナズナさん、ボクに厳しくない……?


「実はその……先日のことなんですが、ボクが他の乗組員クルーにそういう悪戯をしていたところを、ダリアが目撃してたみたいで……。ダリア本人から『ダリアもせんちょおに悪戯されたい』ってお願いされてしまったものですから……。しめしめチャンスだ、と思って」


 ……言ってて思ったのだけれど、誰かに悪戯されたいなんて変わったコだよなぁダリアも。

 てか、悪戯なら、リズ辺りにお願いしたほうがドキドキ出来ると思うのだけれど。根っからの悪戯っ子だし。

 ボクじゃなきゃダメな理由でもあったのかな?


「だからダリアちゃんに覆い被さった?」

「まあ……はい。耳元で叫んでやろうと思って」

「じゃあ、船長クンはダリアちゃんに接吻キスをしていないワケですね?」

「そう……ですね。ボクがダリアに接吻キスをしたなんて事実は、誓ってありません」


 これは本当だ。


「この裁判で偽証した者にはアリシアちゃんの手料理を食べてもらう決まりになっていますが……それでも誓えますか?」

「誓えます。嘘だったら、アリシアの手料理ダークマター以外のモノは死ぬまで口にしないとお約束しましょう」

「――聞きましたか裁判長⁉ 船長クンが嘘を言っていないことは確実です! だって、嘘だったら餓死するとまで言い切ったんですよ⁉ やはり船長クンは無罪です!」


「どういう意味よそれぇ!」とアリシアが吼える。そういう意味だよ。


「ふむ。検察官。質問は?」

「はい」


 着席したナズナさんに代わって、今度はクロエが隣にやってきた。


「あなたは今、『自分がダリアに接吻キスをしたなんて事実は無い』とおっしゃいましたね」

「はい」

「ですが、それは本当ですか? ダリアさんはあのとおりとても可愛らしいかたですし、ついムラムラして接吻キスをしてしまったということは?」

「無いです」


 確かにダリアは可愛らしいと思うけれど、十一歳にムラムラしたらヤバいだろ。


「本当に? あれほど可愛らしいかたでも、絶対に手は出さないと断言できますか?」

「ボクが可愛い女の子を見たら手を出さずにはいられない男なら、キミが毒牙に掛かってないのはおかしいだろクロエ」

「………………(テレテレ)」

「検察官。遠回しに『クロエだって可愛いよ☆』と言ってもらえたのが嬉しいのはわかるがの。照れてないで、次の質問をせんか」

「もう無罪でいいんじゃないでしょうか」

「「「「「「「チョロっ。」」」」」」」


 普段はツンケンしていて、ちょっぴりヤンデレ気質だけど、実は結構扱いやすいクロエちゃん。

 チョロ可愛い。


「検察官が無罪でいいって言っちゃったら、これ以上裁判を続ける意味が無いじゃろうが」


 困った様子のツバキを見て、リズが「はいっ!」と挙手する。


「裁判長! この際、論告求刑やら最終弁論やら評議やらはすっ飛ばして、評決に入るというのはどうでしょうか! ……このまま終わっちゃったらつまんないし(ボソッ)」

「ふむ。それもひとつの手じゃな」


 え。そんなおざなりな感じでボクが有罪か無罪かを決めちゃうの……?


「ではまず、被告人は有罪だと思う者。挙手せよ」


 挙手したのは……アイリン・メイリン・シャオリンの三姉妹と……リズと……他にも結構いるなぁ……。

 うーん……ざっと見た感じ、ちょうど半分くらい? この恩知らずどもめ。


「次に無罪だと思う者。挙手せよ」


 こっちに挙手してくれたのは……シャロンとレネとユーノと……と……。

 うーん……やっぱ半分くらいだなぁ。もう一回、有罪のほうからちゃんと数え直さなきゃダメかも……。


 ………………ん?


「「「「「「「ん?」」」」」」」


 全員の視線が一点に集まる。


 視線の先、食堂の入口にいたのは、


「……みんな、ダリアだけけ者にして楽しそうなことしてる」


 眉根まゆねしわを寄せ、唇を尖らせながら挙手している、ワインレッドの赤毛を足元まで届きそうなほど伸ばした十歳くらいの女の子だった。


 彼女こそが今回の被害者、ダリアである。


 本船の乗組員クルーとして認められた<魔女>の中では最年少で(ルーナは<魔女>ではなく<漂流者>なので……)、『相手の嘘を見抜ける』チカラを有しており、そのチカラを活かして、幼いながらも『主計長パーサー補佐』としてクロエの助手を務めている女の子だ。


「ダリア。お主、何故ここに?」


 ツバキが目を丸くして訊ねる。


「聞いた話じゃと、旦那様に勝手に接吻キスされたショックで、医務室で寝込んでいるということじゃったが……」

「? ダリアが医務室で寝ていたのは、単に船酔いしたからだよ? 、ショックなんて受けないよ」

「「「「「「「え?」」」」」」」


 全員の視線が、今度はボクへと集まる。


 あーあ。バレちゃったか。まあ、仕方ない。


「言っておくけれどボクは、『ボクダリア接吻キスをしたなんて事実は無い』って言ったんだからね? 嘘は言ってないよ?」


 ダリアの耳元で大声を出して驚かそうとした瞬間、寝ぼけたダリアのほうからボクに接吻キスをしてきた、とはえて言わなかっただけで。


 ……敢えて言わなかった理由?

 言ったところで信じてもらえそうな雰囲気じゃなかったじゃん……。


「へ……変じゃな。妾は確かに、『旦那様に勝手に接吻キスされたショックでダリアが寝込んでいる』と聞いたのに……。じゃから妾、この裁判をすることにしたんじゃけども」

「……そういえばクロエも冒頭陳述でそんな感じのことを言っていたけれど、誰から聞いたの、その与太話よたばなし?」


 ボクの質問に、ツバキとクロエは揃ってその人物を見る。


 その人物。


 こっそり食堂ここから出ていこうとしていた悪戯っ子――リズを。


「「「「「「「…………………………(じー)」」」」」」」

「……あ、あはは……」


 ツバキとクロエの視線を追ったみんなの無言の注目を浴びて、リズは気まずそうな顔で振り返る。

 滝のような脂汗を額に浮かべながら。


「い、いやー、実はさー、ちょっぴり風邪気味っぽいなぁと思って医務室に行ったら、船酔いで横になっているダリアちんに会っちゃって……。で、二人でおしゃべりをしていたら、寝ぼけてセンチョーに接吻キスしちゃったって話を聞いたもんだからさ! 『あれ? これ、センチョーのほうから接吻キスしたってことにしたほうが、みんなで馬鹿騒ぎをして楽しめるんじゃない?』って思ったりなんかして……」

「「「「「「「…………………………」」」」」」」

「ど、どうだった? みんなも裁判ごっこ、ケッコー楽しめたんじゃない? ね? ねっ?」

「「「「「「「…………………………」」」」」」」


 誰も、何も答えない。

 ……こころなしか、みんなの目がわっている気がする……。


「……裁判長」


 やがて、重苦しい沈黙を破ってクロエが言った。


「リズ裁判員に『明日は三食すべてアリシアさんの手料理ダークマターの刑』を求刑します」

「「「「「「「異議なし」」」」」」」


「イヤああああああああああああああああああああっ!」






 そんなワケで。

 此度こたびの裁判は、被告人ではなく裁判員に判決が下るという前代未聞の終わりかたをし、悪戯っ子な<魔女>は刑の執行後、丸二日ほど寝込む羽目となった。


 恐るべし、アリシアの手料理ダークマター……。



 なんか、終わってみれば、本来の意味のほうの――『魔女を裁くための裁判』になってたな、この魔女裁判……。


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