♯30 年齢不詳なママと、メカクレ女子の母娘を助けた


「確かに……。この横帆船バークは『秩序管理教団』のモノで間違いなさそうだな」


 なにせ、船首斜檣バウスプリットの女神をかたどった船首像フィギュアヘッドと、船尾楼せんびろうそびえるデカい女神像は、先日ボクが沈めた横帆船バークのそれと全く同じ造形だ。

 これで連中の船じゃなかったら、そっちのほうが驚きである。


 問題は、だ。


「なんだよ、これは……」


 ボクたちが発見したときにはもう、この船がことだった。


「いったい何があったんだ……⁉」


 白鯨シロの助力を得て単身降り立った船の甲板デッキで、ボクはそのあまりにも酷い惨状を確認し、呆然と立ち尽くす。


 まるで砲撃の集中砲火でも浴びたかのように、甲板デッキのあちこちに大きな穴が空いてしまっていた。三本の帆檣マストは前二本が途中でポッキリと折れてしまっていて、唯一原形をとどめている一番後ろの帆檣ミズンマストもいつ折れてもおかしくない状態だ。船内へと続く扉や階段からは炎と黒煙が立ち昇っており、中の様子を窺うことは出来ない。



 ギギギギ……



「!」


 どこかで浸水しているらしい。船体が傾き始めていた。

 この帆船ふねが沈むのも時間の問題だ。


「人影は……見当たらないか。それに撓艇ボートも」


 どうやら乗組員クルー撓艇ボートを使って避難したあとのようだ。


 そう……乗組員クルーは。


 では、は?


「イヤな予感がする……」


 どうか外れていますように……と胸中で呟きつつ建物一階ぶんくらい高くなっている船尾楼甲板クォーターデッキ、そこに聳えるデカい女神像を目指す。

 案の定それは内部が空洞になっていて、頑丈な格子こうしが付いていた。


 そしてそのおりの中には……、


「! 誰か来たわ!」

「後生じゃ、ここから出してくれ! せめて孫娘だけでも……!」

「お願いよ! この帆船ふね、もうすぐ沈むんでしょ⁉」

「イヤだ! 俺たちはまだ死にたくない!」

「えーんえーん! 怖いよぉ、お母さぁん!」


 老若男女、様々な世代の、二十人近いヒトたちの姿が……。


「マジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ボクは檻の前で頭を抱えてしゃがみ込む。


 ホント最悪だよあの連中……! 『秩序管理教団』の外道ども! 罪の無い女性を勝手に<魔女>と呼んで身内と一緒に監禁しておきながら、船が沈没しそうになったら見捨てるなんて!

 なんでそんなことが平気で出来るんだ⁉


「ねえ、あなた!」


 話し掛けられて顔を上げると、小さな女の子が格子の向こうからこっちを見つめていた。

 焦げ茶色ブラウンの髪をショートカットにした、身長150㎝くらいの、クリクリした大きな瞳が愛らしい女の子である。

 年の頃は、十一歳か十二歳か……それくらいだろう。小学生には見えても中学生には見えない。

 その背後には、彼女の姉と思われる、やはり焦げ茶色ブラウンの髪をセミロングにした女の子がいて、妹の背に隠れるように小さく縮こまっていた。

 こちらは前髪を長く伸ばしており、その下に目が隠れてしまっている。あれだ。メカクレ女子ってヤツだ。スゲエ……実在するんだ。見た感じ年齢はショーカットのコと二歳ふたつ三歳みっつしか違わないだろう。

 どちらもツバキやアリシアのような、男のほうが気後れするほどの高嶺の花、ある意味派手とも言える美人とは違ったタイプの美少女だ。

 なんというか……、あまり目立たないけれど実はメチャクチャ可愛くて、全然そんなことはないのに『このコなら俺でもワンチャン付き合えるんじゃね……?』と男を勘違いさせてしまう罪作りなタイプ。


「あなた、この帆船ふねの人間じゃないでしょう? あなたからは、私たちへ対する嫌悪や侮蔑を感じないもの」


 美人姉妹の妹のほう――ショートカットの女の子が、ボクの目を真っ直ぐ見つめ、そう問い掛けてくる。


「そうだよ」


 どこまで説明したものか悩む。が、とりあえず肯いておいた。


偶々たまたまこの近くを通りかかってね。この帆船ふねから火の手が上がっているのが見えたから、逃げ遅れたヒトがいないか確認しに来たんだ」


 ……嘘は言ってないよね?


「ならお願い、私たちを助けて! ここから出して頂戴ちょうだい! 私たち、理由わけあってこの帆船ふねの連中に捕らえられちゃったの!」

「……<魔女>とその身内だからでしょ? これ、『秩序管理教団』の帆船ふねだよね? 別に隠さなくていいよ」

「っ」

「大丈夫。<魔女>だろうがなんだろうが、ボクは別に気にしないから」


「「「「「「「え……?」」」」」」」


 ボクの言葉に、一瞬絶望の表情を浮かべた女の子はもちろん他の面々も驚き、目を丸くする。


 セミロングの女の子も、声には出さないもののやはり驚いたようで、ショートカットの女の子の背後で息を呑んでいた(というか、キミのほうがお姉ちゃんだろうに、妹さんの背中に隠れていていいの……?)。


「さて」


 どうしたものかな。

 彼女たちを見捨てる気は最初ハナから無いけれど、問題はどうやってここから出してあげるかだ。

 アリシアたちを檻から出してあげたときは『変身』した状態だったから、ただの手刀しゅとうでも鉄製の格子を切断することが出来たけれど……今は『変身』してないんだよな。

 ……『変身』するか……?

 カグヤに止められているのはあくまで『変身』した状態で神威かむい体現闘法たいげんとうほう漁火いさりびけん>を使うことだから、ただの手刀を揮うぶんには問題ないはずだよね……?


「いや、待てよ?」


 逆も問題ないのでは?

『変身』さえしなければ、神威かむい体現闘法たいげんとうほう漁火いさりびけん>を使ってしまっても構わないのでは……?


 ……よし。モノは試しだ。


神威かむい体現闘法たいげんとうほう漁火いさりびけん>――」



 コオォォォォ……



 ボクは叔父さんから教わった特殊な呼吸法で呼吸しながら、手刀の形にした右手を振りかぶる。次いで、


「――『以水滅火いすいめっか』!」


 ナナメに振り下ろした。


 右上から左下へ。

 左上から右下へ。

 二度。



 カラン カランカラン



 切断され、ボクの足元に散乱する格子。


「おお……」


 出来た。出来ちゃったよ。


「なーんだ、『変身』してなくてもイケるじゃないか」


 ……でも、おかしいな。

 地球にいたころは、せいぜいお酒の瓶くらいしか切り飛ばせなかったのに。

 ボク、いつの間にこんなに太い鉄の棒まで切り飛ばせるようになったんだろ?


「もしかして……。叔父さんが言うところの『大気中を漂う神秘のエネルギー』――<Gaia system>とやらが、この蒼き月の海ルナマリアの大気中には濃厚に漂っているから、そのお陰とか?」


 案外ここでなら、『変身』しなくても『烽火連天ほうかれんてん』を使えたりして……。

 ……いや、流石にそれは無いか。いくらなんでもあれは人外のわざすぎる。


「「「「「「「す、すごい……!」」」」」」」

「はーいそれじゃあ順番に出てきてくださーい」


 目を丸くしている面々に声を掛ける。


 出てきた人数をちゃんと数えると、檻の中にいたのはピッタリ二十人だった。


「……アリシアたちのときより人数が多いし……」


 大丈夫かな、『トォウネラ・ヨーツェン』……。全員収容できるだろうか……。

 最悪、医務室や船倉を使うしかないかも……。


「えーと、所謂いわゆる<魔女>さんが八人。<漂流者>であるお母さんが五人。お父さんも五人。お祖父じいさんとお祖母ばあさんが一人ずつで合ってます?」


 ボクが『ひー、ふー、みー……』と数えながら確認すると、例の焦げ茶色ブラウンの髪をショートカットにした女の子がスッと手を挙げた。


「待って。今、私のこと、<魔女>としてカウントしなかった?」

「え? あれ、違った? もしかして、キミたち姉妹は本来<魔女>でもなんでもないとか?」


 母親は<漂流者>でもなんでもない、ごく普通の、ここで生まれた人間にもかかわらず、勘違いで捕まっちゃったとか?


「そうじゃなくて。私は<魔女>じゃなく<漂流者>のほうなの」


 …………え?

 あ。そっか。


「なるほど。姉妹揃って<漂流者>で、将来<魔女>の母親になる可能性があるから捕まったパターンか。へー……。姉妹で流れ着くケースもあるんだね」


 まあ、どうも<漂流者>ってのはボクが思っていた以上に存在するみたいだし、中にはそういうケースがあってもおかしくはないか。

 なんかボクの中じゃあ、<漂流者>イコール<魔女>のお母さん、みたいなイメージになっちゃってたけれど……よくよく考えたら、全員が全員、既婚者や子持ちとは限らないよね……。


「もうっ。だから違うってば! 私とシャロンは姉妹じゃないわ! 母娘おやこよ!」


 ……………………え?


 ボクが目をパチパチしばたかせていると、ショートカットの女の子は「ほらっ」と言って、自分の背後で縮こまっていたセミロングの女の子を無理矢理ボクの前に押し出して、


「このコはシャロン。十三歳で、私の実の娘よ。そして私はリオン。こんなナリでもれっきとした成人、一児の母なんだから!」


 その言葉に。


「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ⁉」」」」」」」


 ボクはもちろん、檻の中でお互い自己紹介する余裕など無かったのだろう他の面々もまた驚愕の叫びを上げていた……。






                 ☽






「はーい皆さん落ち着いて行動してくださーい。シロ……あのシロナガスクジラはとってもお利口さんですから、背中の上に乗っても暴れたりはしませんので、安心してくださいねー。男のヒトは、お年寄や小さいお子さんと一緒に泳いでフォローしてあげてくださーい」


 甲板デッキから垂らした縄梯子ラダーを伝って海へ飛び込んだ面々が、今にも沈没しそうなこの横帆船バークから20mほど離れた場所で待機している白鯨シロを目指し、必死に泳いでいく。

 ……が、遅い。みんな泳ぐことに慣れていないのか、たった20mの距離を進むのにえらく時間が掛かっている。


「近くに人食い鮫や人食いアノマロカリスがいないことを祈るしかないなぁ……」


 遠巻きにこの帆船ふねの様子を窺っていた『トゥオネラ・ヨーツェン』も、こちらへ向かってきてはいるものの、合流するまでまだしばらく時間が掛かるだろうし……。ドキドキものだ。


「さて。あとはキミたち……じゃなかった、あなたたちだけですね」


 最後に残ったのは、あのチグハグな母娘おやこだった。


「私のこと、また子供扱いしそうになったでしょう⁉」


 子供に見えて実は一児の母らしいリオンさんが、そう言ってぷくっと頬を膨らませる。

 ……そういう仕草がまた子供っぽいのだけれど。


「そんなことナイデスヨ?」

「嘘おっしゃい。片言カタコトだし、おもいっきり目を逸らしてるじゃないっ」


 だってどう見ても小学生なんだもん……。

 若干とはいえ娘さんのほうが年上に見えるほどだし……。


「――でもすごいわね、あなた。鯨を手懐てなずけてるなんて」

「別にボクが手懐けたワケじゃないですよ。あっちが勝手に懐いてるだけで」

「……あなた、何者なの?」

「まあ、そのへんは追々。それより、あなたと娘さん、どっちから先に行きます?」

「シャロン、どうする? お母さんから先に行く?」

「…………(ぷるぷる)」


 無言でかぶりを振る娘さん。

 揺れた前髪の下からチラッと覗いた両の瞳――さっきからボクをチラチラ盗み見ている双眸には、大粒の涙が浮かんでいた。


「そ。まーそうよね。怪し……知らない男のヒトと二人きりなんてシチュエーション、あなたにとっては拷問に等しいでしょうし」


 今、『怪しい男』って言おうとした?

 このママさん、ボクのこと内心『怪しい』って思ってた?


 てか、全然喋んないなぁ、娘さん……。まだ一度も声を聴いてないぞ。


「それじゃあシャロン――」


 リオンさんが我が子へ先に行くよう促そうとした、そのとき。



 ギ……ギギギギギ……



 唯一折れずに原形を留めていた一番後ろの帆檣ミズンマストが、とうとう限界を迎えたのか、こちらへと倒れてきた……!


「「「!」」」


 迷っている暇は無かった。

 カグヤの忠告を思い出し、躊躇している時間も。


 頭上に右腕、からっぽの掌を掲げてえる。


「『月火憑神げっかひょうじん』!」


 直後、空中に無数の蒼い光の粒が渦を巻きながら収束――果実のような幻像を形作る。そしてそれはパア……ンと破裂すると、果汁を彷彿ほうふつとさせる蒼い火のを振り撒いた。



 ボッ ボッ ボッ ボボッ ボボボボボッ――



 それらはボクの肉体に着火すると、ごう! と炎上。渦巻く焔の柱となって全身を包み込み、数秒後、幻だったかのように消失する。


神威かむい体現闘法たいげんとうほう漁火いさりびけん>――」


 バサリ、と。

 黄金色こがねいろ金属彫刻エングレーブ白鯨はくげいかたどった純白の光芒こうぼうが神々しい留紺とまりこんのコートをひるがえし、ボクは握り拳を作った右手を脇の横に構え、倒れてくる帆檣マストへ照準を合わせるように左の掌を突き出す。そして、


「――『電光石火でんこうせっか』!」


 プラズマと化した蒼焔そうえんを纏った右の拳、正拳突きで、倒れてきた帆檣マストを正面から迎え撃った。



 ドオォォォォォォォォォォ……ン……!



 ボクの渾身の一撃によって押し返された帆檣マストは、轟音とともに反対側に倒れ――



 ギギギギギギィ……!



 ――その際の衝撃が、炎上し半壊していた船体へのトドメとなる……!


「きゃああああああっ!」

「………………っ!」


 真っ二つに割れる船体。

 もうもうと立ちこめる粉塵ふんじん

 天高く舞い上がる水飛沫。


 ボクは悲鳴を上げて尻餅をつくリオンさんを右腕で、娘さん――シャロンを左腕で抱き寄せると、彼女たちをひょいと荷物のように抱え、甲板デッキへりを蹴って跳躍する。


 全身防護服メタルジャケットのあちこちでくすぶっている青白いうずみびのような残り火を爆発・燃焼させて、推進力へと変え、飛距離を稼ぐ。


 ……ギリギリ白鯨シロの背中に届いた。


「ふう」


 白鯨シロの背中に着地し、安堵に胸を撫で下ろしつつ、抱えていた女性陣を下ろす。


「す、すごい……!」

「なんだ今の⁉」

「あの姿は……!」



 ボボッ……ボッ……ボ………………



 ボクはみなの注目を浴びながら『変身』を解除し、


「大丈夫?」


 下ろした母娘に問い掛ける。


 それに対し、


「あ……あなたまさか――」


 リオンさんが硬い表情で何かを言い掛けた、そのとき。




「イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




 シャロンが頭を抑えて絶叫した。

 ――


 そして彼女は、そのまま気を失ってしまう。


「シャロン⁉ しっかりして、シャロン!」


 くずおれる我が子を慌てて支えたリオンさんが懸命に呼び掛けるも、シャロンが意識を取り戻す気配は微塵も無い。


「な……何⁉ ねえ、娘さんは大丈夫なの⁉」


 ボクは反射的にシャロンへ手を伸ばしかけて――


「触らないで!」


 ――その手を、リオンさんにはたき落とされた。


「え……」

「娘に近付かないで頂戴!」


 思わず呆然とするボクを睨むその眼差し、刃のように鋭い言葉に籠められたモノは――畏怖と警戒。そして憎しみ。


「⁉」


 そこでようやく気付く。


「間違いない」

「ええ!」

「さっきの姿は……っ」


 リオンさんだけでなく――今この場にいる全員が、ボクへ同様の眼差しを向けていることに。


「ま……待ってください。その……、確かにさっきの姿は、皆さんの目には異様に映ったかもしれませんけど。でも、ボクは何も――」

「白々しいのよ!」


 ボクの言葉を遮って、リオンさんは言った。


「さっきの姿! そしてあの人間離れした力! あなた、あの『』の仲間ね⁉」




 ……何やらキナ臭い話になってきた。


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