【カクヨム限定公開】 閑話 ある<魔女>の調査記録



 やっほー、みんな☆ リズだよ。


 ……え? 『誰だったっけ』?


 ひどい! この『トォウネラ・ヨーツェン』の船長であるイサにい……じゃなかった、センチョーに救われた<魔女>の一人にして、第2班の『見張りルックアウト』! みんなのアイドル、リズちゃんを忘れるなんて!


 ……え? 『思い出した。あの砂色がかった金髪サンディブロンドの癖っ毛を背中まで伸ばしているこの十四歳の女の子か』? うん、そう! よかった、思い出してくれたんだね!

 ……『アリシアが作った殺人料理を完食したご褒美という名目で、イサリの顔を十四歳らしからぬ巨乳に埋めて誘惑していたコだな』? それは忘れて。あのあと<お茶会>――『旦那様対策会議』でアリシア姉ちゃんにバラされて、大変な目に遭ったんだから……。


 信じられる⁉ 『丸一日センチョーと会話しちゃダメ』の罰を喰らったんだよ⁉

 アタシはもう一日一回はセンチョーを揶揄からかわないと落ち着かない身体になっちゃってるのに!

 まさに鬼の所業だよ!


 ……まあ、それはさておき。


 実はね……。アタシ、今日、船内の通路でトンデモないモノを見つけちゃったんだ……。


 これだよ、これ! この封筒!

 ほら、中身は空っぽだけど、オモテ面に綺麗な字で『船長様へ』って書いてあるの!


 これってあれだよね……⁉


 そう、恋文ラブレター


 誰かが抜け駆けして、センチョーに告白しようとしてるんだよ、絶対!

 赦せない!


 幸いさっきセンチョーに会ったとき、センチョーに変わった様子は無かったから、まだ中身がセンチョーの手に渡っていないのは間違いなさそう。たぶん容疑者は手紙を出すために用意した封筒を途中で落っことしちゃったんだね。ドジな奴。


 というワケで、一刻も早く容疑者を突き止めて、犯行を阻止するよ!

 センチョーは信じられないことに……いやホントなんであんなに鈍感なのか心底不思議で仕方ないんだけど……自分のことを『モテない』って思ってるみたいだからね。恋文ラブレターなんて貰ったら、きっと相手が誰であれ二つ返事でお付き合いを承諾しちゃうよ!

 それはマズいって!

 アタシたちの遠大な計画――『同じ志を持つ恋敵をえて増やし、船長がどこにも逃げられない状況、アタシたちの想いにイヤでも応えざるを得ないような状況を、みんなで作るぞ大作戦』(長い……)がパアになっちゃう!


 さあ、裏切者を突き止めるため、行動開始だよ!






 最初の容疑者はアリシア姉ちゃんだよ。

 アリシア姉ちゃんはツンデレさんなトコがあるからね。言葉だと素直に好意を示せなくて、文字で伝えようとした可能性はあると思うんだ。

 でも、どうやって確かめようかな……。とりあえずカマをかけてみようか。


「ねーねー、アリシア姉ちゃん。ちょっといい?」

「リズ? 何か用? 見てのとおり、アタシ今、操舵中なんだけど」


 うん。今は第1班が当直ワッチに当たってる最中だからね……。

 あまり邪魔は出来ないから、上手く質問しないとなぁ……。


「たとえばの話だけどさ。アリシア姉ちゃんが好きなヒトに好意を伝えようと思ったとするよね?」

「……何よ、やぶから棒に。なんでそんな、」

「まーまー。いいからいいから。でさ、その場合、アリシア姉ちゃんならどうやって好意を伝える?」

「部屋に押し掛けて『抱いて』って言うわ」


 すげえ……。


 アタシ、目の前のツンデレさんを甘く見てたよ……。

 ツンデレどころか自分のキモチや欲望にメッチャ正直じゃん……。


 まさかセンチョー相手に既にそれを実行してないよね?

 そこまで猪突猛進じゃないよね?


「で、でもさ。そんなド直球で勝負しちゃって、『ごめんなさい』されたらどうするの?」

「私、<魔女>としてのチカラで、腕力を一時的に底上げできるから」


 だから何⁉ 底上げした腕力でナニをするつもりなの⁉

 男性が女性にやっちゃダメなことは、女性が男性にやってもダメなんだよ⁉

 訊くのが怖い! てか、怖くて訊けない!


「そ、そぉ……。ありがと……」


 どうやら裏切者はアリシア姉ちゃんじゃなかったみたい……。

 恋文ラブレターしたためるなんて迂遠うえんな真似、このヒトは絶対しないだろうね……。

 仕方ない、次の容疑者のところへ向かおう。


「リズ。アンタのことだから、また変な遊びでもしてるんだろうけどさ。藪をつついて蛇を出さないようにね。『知らないままでいたかったー』ってことを知ってしまったり、厄介ごとに巻き込まれたりしないよう、注意しなさい」

「はーい」


 お小言を言ってくる……もとい、忠告してくださったアリシア姉ちゃんに適当な返事をして、アタシはそそくさとその場を離れる。


 ……あとでセンチョーに、なるべくアリシア姉ちゃんとは二人きりにならないよう、ちゃんと伝えておかないとな……。






 次の容疑者はクロエちゃんだよ。クロエちゃんはアタシと年齢としが近いクールな眼鏡っで、なんていうか…………ちょっぴりヤンデレさんなんだ。

 普段はセンチョーに対して辛辣しんらつなんだけど、誰がどう見てもセンチョーのことが大好きで、『センチョーを刺さないでね……?』って釘を刺したくなる発言をしちゃうときもあるんだよ(ちなみに他の乗組員クルーに対して辛辣なときもあるよ。特にセンチョーとイチャイチャした女の子に対しては氷のように冷たい眼差しを向けることが多いね)。


「ねーねークロエちん、ちょっといい?」

「リズさん。何か御用でしょうか」


 船倉で備品の在庫確認をしていたクロエちゃんが手を止めて振り返る。クロエちゃんは<魔女>としてのチカラ――瞬間暗算能力を活かして、この帆船ふねの二代目『主計長パーサー』として大活躍してるんだ。補佐役のダリアちゃんもだけど、この若さで帆船ふねの財政や経理を担ってるって凄いよね(なおクロエちゃんもダリアちゃんも班で言えば第1班のメンバー扱いだよ)。

 まあ、もちろん、ツバキ姉ちゃんやターニャおばさんなんかが、しっかりサポートしてくれているお陰ってのもあるんだろうけれど……。


 とにかく――アリシア姉ちゃんよりも素直じゃないこのコなら、手紙で自分のキモチを伝えようとしてもおかしくないと思うんだ。

 眼鏡をしているからってワケじゃないけれど、キモチを文章にして伝えるって、なんとなく彼女の外見のイメージと合致するし。


「参考までに訊きたいんだけどさ。好きなヒトに好意を伝えようと思ったとき、クロエちんならどうする?」

「まず一服盛ります。次に密室に監禁しますね」


 コイツ、アリシア姉ちゃんよりヤベエ。


 センチョー、厄介なのに惚れられたな。


「い……いやあ、流石にそれはどうかと思うよ……? 犯罪じゃない」

「大丈夫です。どうせ相手に許された返事はひとつだけ――つまり、両想いになるのは確定ですから。両想いなら、その時点で犯罪にはなりません」


 いやその理屈はおかしい。


「えーと……念のため確認するけれど、クロエちんってセンチョーが好きなんだよね?」

「……否定はしません。どうせ当人以外の皆さんにはバレバレでしょうし」

「さっき言った方法でセンチョーに告白するつもりは無いの……?」


 アタシがストレートに訊くと、クロエちゃんはたちまち赤面して、


「そ、そんなはしたないこと出来ません……。二人きりになるのも、目を合わせるのも、お話をするのも、恥ずかしくて緊張しちゃうのに……」


 アンタ、ヤンデレなのか純情なのかどっちなんだ。


 まあ、でも、この様子なら彼女は容疑者から外しても問題なさそうだね……。


 良かったね、センチョー……クロエちゃんの中にも、マトモな一面がちゃんと残ってて……。






 でもあれだなぁ……こうなるともう怪しいのは一人しか思い当たらないなぁ。

 肉食系女子が多いこの帆船ふねで、恋文ラブレターなんて迂遠な方法で告白しそうなコなんて、そう多くはないからね。


 というワケで、最後の一人のところにやってきたよ。


「犯人はこの中にいる!」

「ふ、ふぇぇぇぇぇぇっ⁉ なんですかいきなり⁉ 犯人って、なんの話ですか⁉」


 アタシがバン! と勢いよく容疑者の部屋の扉を開け放つと、偶々たまたま室内に一人でいた容疑者――メカクレ女子のシャロンが、寝台ボンクの上で慌てて身を起こし、シーツで身体を覆い隠しながら訊ねてきたよ。


 よっぽど吃驚びっくりしたみたいで、顔が真っ赤だね。

 慌てて起き上がったためか、ちょっぴり息も荒いし。


 ……のはいいんだけど、


「……なんで下着姿なの?」

「い、いいじゃないですか別にっ。わたし、寝るときはいつもこの格好なんですぅ!」

「ふーん……?」


 普段は恥ずかしがり屋さんでほとんど喋ることが無いシャロンがここまで声を荒げるって珍しいなぁ……。

 シャロンもそのことを自覚して「あう……」って呟くと、シーツを頭から被って隠れちゃったし。


 まあ、なんでもいいや。

 アタシはシャロンが被ったシーツを剥いで、


「あのね、ムッツリスケベのシャロンにちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「なっななななな……なんですかムッツリスケベって⁉」

「シャロンってやっぱりあのリオンさんの娘なんだね。まだ昼間だよ?」

「な、なんでここでお母さんが出てくるんですか⁉ 昼間でも休憩時間なんだから寝ていたっていいじゃないですかぁ!」

「うん。そうだね。アタシたちって、一人でゆっくり出来ることがあんまり無いしね」

「だからなんなんですか、その『全部わかってるから大丈夫だよ』みたいな生温かい眼差しは⁉ 何か変な誤解してませんか⁉ わたし、ただ寝てただけですよ⁉ 顔が赤いのも、息が荒いのも、単に吃驚しちゃったせいですよ⁉」

「うん。そういうことにしておくよ」

「ホントなのにぃ!」


 本当だとしても、あのリオンさんの娘さんだもん。疑われるのは仕方ないよ。

 宿命ってヤツだね。ご愁傷様。


「でね。独りで、淋しく、寝ていたシャロンに訊きたいことがあるんだけどさ」

「どうして『独りで』『淋しく』を強調するんですか……。な、なんです、訊きたいことって」

「好きなヒトに好意を伝えようと思ったとき、シャロンならどうする?」

「? なんですか、その質問」

「いいからいいから。気軽に答えて」

「そ、そうですね……面と向かって言葉で好意を伝えるのは恥ずかしいので、」

「うん」


 ……お?


「裸になって船長さんの寝台ボンクに潜り込みます」


 なんでそうなる。

 

 やっぱアンタ、リオンさんの娘だよ。ムッツリスケベだよ。

 おもいっきり『船長さんの』って言っちゃってるし。


「い、意外と大胆だね……」

「わたし、臆病なので……。むしろそれくらい思い切らないと、一生自分の想いを告げられないと思うんです……」


 想い人の寝台ボンクに裸で潜り込む勇気があれば、大抵のことは出来そうなものだけどなぁ……。

 アタシ、このコのこと、この帆船ふねの女性乗組員クルーの中じゃ屈指の良識派だと思ってたんだけど……、案外そうでもないのかも?

 今チラッと、脳裏に、アリシア姉ちゃんの忠告が――『「知らないままでいたかったー」ってことを知ってしまったり、厄介ごとに巻き込まれたりしないよう、注意しなさい』という言葉が甦っちゃったよ……。


 あ、そうだ。試しにカマをかけてみよう。


「でもさ、手紙を書いて、文字でキモチを伝えるという方法もあるんじゃない?」

「わたしが書くと、文章までどもっちゃうんで……。『あ、あああああああのっ! す、好きです!』みたいな文章になっちゃうんで……」


 そんなことある⁉

 だとしても書き直せばいいだけじゃない……。


「うーん……どうやらシャロンも違うっぽいねー。こうなると、いよいよ謎が迷宮入りしちゃうなー」

「……なんの話ですか?」

「実はね、通路でセンチョーへの恋文ラブレターに使う予定だったと思われる封筒を拾っちゃってさ」

「え、ええっ⁉」


 拾った封筒を見せる。

 受け取ったそれをマジマジと見て、シャロンは小首を傾げ、


「……あ、あの。これ、レネさんの字じゃないですか?」


 謎はすべて解けた!






                 ☽






「出来心だったんですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 アタシが問い詰めると、レネ姉ちゃんは医務室の机に突っ伏して号泣し始めちゃったよ。

 普段の、深窓の令嬢みたいな物静かな雰囲気や淑女然とした態度がどっか行っちゃった……。

 レネ姉ちゃんって、ひょっとしてこっちが地なの?


 今日は金星の日で、レネ姉ちゃんがこの医務室で乗組員クルーの相談に乗る日だったから、強襲して問い詰めてみたんだけど……意外とアッサリ認めたなぁ。


「じゃあホントに抜け駆けしてセンチョーに恋文ラブレターを出すつもりだったんだ……」


 ここまで悪ノリで行動しておいてなんだけれど、正直アタシ、今回は『実は恋文ラブレターじゃなくてイリヤ姉ちゃんが書いた果たし状の封筒でした』とか、『実はターニャおばさんがまとめてくれた食材の発注リストが入っていたヤツでした』とか、そういうオチなんだろうなーって予想してたよ……。


 まさか本当にセンチョーへの恋文ラブレター用の封筒だったとは……。


「つい出来心で書いてしまったものの渡す勇気が出ず、何より『(新)<魔女>協定』を破って抜け駆けした場合の重いペナルティを思い出したこともあって、結局処分した手紙の封筒ですわ。中身だけ処分して、封筒の処分はすっかり忘れていました。ポケットに入れたままにしていたモノを、通路で落としてしまったようですわね」

「でもさ、途中で思い止まったとはいえ、なんで今このタイミングでセンチョーに恋文ラブレターを渡そうと思ったの? 何かキッカケになるようなことでもあったワケ?」

「実は……先週、とても悲しい出来事がありまして……」

「悲しい出来事?」

「……ごしゅじ……船長様に、わたくしの想い人が、船長様とは別にいると勘違いされてしまいまして……」


 今『ご主人様』って言いかけた? 気のせいかな?


「なんで誤解されちゃったの?」

「その……寝言を……」

「寝言?」

「わたくしが毎晩、欲望と煩悩にまみれた夢を見ては『はうぅご主人様ぁ沢山イジメてくださぁい☆』とか『もっと乱暴に扱ってくれていいんでぇいっぱい可愛がってくださぁい☆』とか『イヤですぅ……わたくしを捨てないでぇ……なんでもしますからぁ』とか、そんな感じの寝言を言ってしまっていることを、船長様に知られてしまいまして……。船長様は、その夢に出てきている『想い人』が自分だとは、それこそ夢にも思わなかったようで……」


 ……知りたくなかったよ、そんな事実……。

 今、アタシの中で、これまでのレネ姉ちゃんのイメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちてるんですけど……。

 アタシの中じゃあ、レネ姉ちゃんって、ナズナ姉ちゃんやマリナ姉ちゃんに並ぶ理想の女性像だったんだけどなぁ……。

 こんなことなら、裏切者が誰かなんて確かめなければよかったよ……。


「じ、実は今日も、このあと、船長様がわたくしの『恋愛相談』のためにここへいらっしゃる予定なんですぅ! このままだとまた架空の想い人の攻略法とかを船長様と一緒に考えなきゃいけない羽目になるんですぅ!」

「ええっ⁉」


 何その地獄みたいなシチュエーション⁉


「助けてくださいまし、リズさん! わたくし、いったいどうしたらいいのでしょう⁉ 『(新)<魔女>協定』がある以上、船長様にコトの真相をお話しするワケにもいきませんし!」

「えぇぇぇぇぇぇっ⁉」


 そ、そんな相談アタシにされても困るよ!


「ごめんね! アタシ、これで失礼するよ! センチョーの件は自分でなんとかして!」

「そんなぁぁぁぁぁぁ見捨てないでくださいましぃぃぃぃぃぃっ!」

「ちょっ、しがみ付かないで! ああああああセンチョーが来ちゃったぁ! ど、どーすればいいのこれぇ⁉」




 ……その後、アタシは地獄みたいなシチュエーションをたっぷりと味わった。

 そのときのレネ姉ちゃんの様子は、その……いたたまれないのなんのって……。


 ごめんね、アリシア姉ちゃん。

 アリシア姉ちゃんのせっかくの忠告、無駄にしちゃったよ……。


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