♯29 頼れる仲間たちと、<神域>を目指した
アリシアたちを仲間に加えて早五日。『トォウネラ・ヨーツェン』は順調に航海を続けていた。
……
「わたしたちの現在位置は大体この辺りだよ、だんなさま」
「こうして見るとあんまり進んでないね……」
まあ、基本、風任せの船旅だからなぁ……。一昨日なんて半日以上も
「そうだね。当初の予定だと、昨日のうちに『静かの海』を抜けて『晴れの海』に入ってるはずだったんだけど。このままだとそれは今日の午後くらいになりそう」
「『晴れの海』……か」
アポロ11号の着陸地点である『静かの海』ほどメジャーじゃないけれど、『晴れの海』もまたアポロ何号だかの着陸地点だったような記憶があるな……。何号だったっけ? 15? 16? いや、17だったかな? 確か最後の……。
もっとしっかり月面図を憶えておくんだった……。
「それでね、この
『死の湖』……。これまた仰々しい名称だなぁ……。
「――厳密に言うと、わたしたちはこの『死の湖』にある<神域>トゥオネラという場所を目指してるんだよ」
<神域>トゥオネラねぇ……。
………………ん?
「……トゥオネラ?」
「お察しのとおり。この
へえ……。
「でも、なんで? ここにいったい何があるの?」
「……それは追々説明するよ。今はそれよりも先に憶えておいてほしいことがあるの」
「憶えておいてほしいこと?」
「<神域>と呼ばれる場所はね、一か所だけじゃないんだ。全部で十二か所あるの」
「十二⁉」
多すぎない⁉ そんなにあるの⁉
「だんなさまと出逢った『静かの海の穴』……あそこも実は<神域>だったんだよ? 第一<神域>――カササギノハシ」
「第一<神域>……
「ただ、
「機能不全……?」
「……神様が不在の<神域>に意味は無いってこと」
神様が……不在……?
「その神様ってのは、キミが言っていた『この月と地球を一から
……あれ? でも、そうなると神様は最低でも十二
「うん。ちなみに『静かの海』には第十<神域>もあって、そっちはハクトウワシノハシゴという名前なのだけれど、こっちもやっぱり機能不全に陥ってるんだ」
もしかしてその<神域>があるポイントって……。
ってことは……ひょっとして……。
「それでね、ここからが重要なのだけれど……。実はこの近くにも<神域>があるの」
「……うん。ちょうど今、そうじゃないかな? って思ったところだよ」
だって『晴れの海』にもアポロ何号だかの着陸地点があるワケだからね……。
「その名も第十一<神域>ロストワールド。カササギノハシやハクトウワシノハシゴと違って、ちゃんと機能している……神様がいる<神域>なのだけれど……」
と、そこで言い淀むカグヤ。
……どうしたんだろう?
あ。もしかして、
「その神様、あまり関わらないほうがいい感じ……?」
「う……ん。個人的にあまり会いたくないし、だんなさまにも会わせたくない神様なんだけれど……。それ以前に順番の問題で……ね」
……順番?
第一とか第十とか第十一とかの番号が何か関係しているのだろうか?
「とにかく! 本当は、今はまだ近付きたくない<神域>だったんだ。でも
「注意?」
って、何を?
「当面……少なくとも『晴れの海』を抜けて『夢の湖』に出るまでは、『
「え⁉」
『変身』した状態で
なんで⁉
「この際ハッキリ言うよ、だんなさま! 意味わかんないんだよ、あの
「ええっ⁉」
どういうこと⁉
「なんなのかなあれ⁉ なんで大気中に残留している神様のチカラを
そんなに。
「――ていうか、誰が発見してどうやって体系化したの、あのトンデモ技法⁉ あれを見たら神様たちも
「なんと……」
あの……叔父さん? アンタが『実は仙術なんだよ』って言ってたあの格闘術、自称・仙女の女の子に『意味わかんない』とか言われちゃってるんですけど……。
神様も吃驚なトンデモ技法らしいんですけど。
「とにかく! あんなトンデモ技法を<神域>で
「は、はい……」
ぷくっと頬を膨らませてプリプリ怒っているカグヤに、『ボク、なんで怒られてるの……?』と疑問に思いつつも、
☽
カグヤとの打ち合わせを終え、
「さて、どうしようかな」
他のみんなは何をしているんだろう……と思い、
「
「はいはい」
「返事は『
「
「……って、
「わかりにくいのよ! 普通に『右!』とか『左!』とかで指示してよ!」
「
「こっちは舵を切るとき、腕力の底上げもしなきゃいけないから大変なのよ!」
「慣れろ! 練習あるのみじゃ! 今、お主の操舵に
「うっ…………ごめんなさい」
アリシアは苦戦しているっぽいなぁ。ツバキにメチャクチャ注意されている。
まあ、仕方ないといえば仕方ないけれど。今のはアリシアが悪い。初心者である以上最初から完璧にこなせないのは仕方ないにしても、最低限、他のヒトの生命を預かっているという意識だけはしっかり持ってもらわないと。
アリシアには申し訳ないけれど、その意識をいつまでも持てないようなら、ボクは船長権限でアリシアを『
ま、そうは言っても、あんまり心配してないけどね。アリシアは根が真面目だから。今だって素直に反省できていたし。必ずや立派な『
「アリシアさん、ファイト!」
ツバキとアリシアの傍らにはルーナもいて、アリシアに声援を送っている。多少人見知り気味だった彼女も、ここ数日ですっかりみんなと打ち解け、昼間であればボクと別行動を取れるようになってきた。良い傾向だと思う。全く淋しくないと言ったら嘘になるけれど。
……え、夜? ……相変わらずボクの
あと、ツバキは『ビトルビウス』でルーナ用の衣類を何着か調達してくれたのだけれど、当人は相変わらず例の『セイラー服の
「何かボクに出来る仕事はないかな……」
手持ち無沙汰だったため、
「仕方ない、『なんも船長』らしく今日もゴロゴロしてるかぁ……。身体を動かすと汗を掻いちゃうし」
アリシア救出作戦のときに湯沸かしの実――『竜宮の実』の大半を海に投下したため、風呂は二日に一回しか入れなくなってしまった。それでも、テンションが上がり過ぎて『ありったけを海にぶち込んでやれ!』と指示したツバキを見て『オイオイ』と思った
まあ、そんなワケで、汗を掻くようなことは極力避けるべきなのだ。
ここは大人しく昼寝でもしていよう。
「ハンモックハンモック」
ボクは両の
「さて……寝るか」
普段より本船との距離を取っている
シロはプシュウ……と潮を吹いて返事をしてくれた。
……と、そこに、
「せんちょ!」
舌足らずな呼びかけ。
ん? とハンモックの上で身を起こし振り向くと、そこには、三、四歳くらいの女の子がニコニコと笑顔でこちらへ駆け寄ってくる姿が……。
「走ると危ないよー、サシャちゃん。おっきい波が来ると、お船がグラッってしちゃうからね」
ハンモックから降りて、胸に飛び込んできた
「んっ!」
こちらの胸に頬を擦りつけて甘えてくる幼女から、元気な返事が返ってくる……けど、本当にわかってるのかなぁ?
……まあ、この
ちなみにこの子は、ボクがあの『秩序管理教団』の
なお、この
……というか、四歳になったばかりだという女の子にまであんな
「せんちょ! サシャもおひるね!」
「今日もボクと一緒にお昼寝したいの? んー……いいけれど、大丈夫? 夜、眠れなくなっちゃうよ?」
昨日、それでこの子のお母さんが結構な苦労をしたという話を聞いた気がする。
「じょぶ!」
じょぶ? ……ああ、『大丈夫』か。絶対根拠無く言ってるよね、それ……。
「ダメよ、サシャ。船長さんを困らせたら」
そう言ったのは、遅れてやってきたこの子の母親だ。
「申し訳ありません、船長さん。高波が来たら危ないから
「ボクに?」
たったの数日で随分と懐かれちゃったなぁ、ボク。
ルーナといいカグヤといいサシャちゃんといい、ボク、最近年下の女の子にばかり懐かれている気がする。
案外ボクって、年下の女の子からしてみたら
考えてみたら
ボク自身はどっちかと言うと年上のお姉さんのほうが好みなのに……ままならないものだ。
いやホント、なんでこんなに懐かれちゃったんだろ?
「船長さんが怖い怪物をやっつけてくれたところを、この子もその目で見ていますし……もしかしたら、船長さんに亡き夫……半年前に死んでしまった父親を重ね合わせているのかもしれません」
………………。
ボク、子供がいるような
父親を重ね合わせるのなら、より相応しい、ダンディな親父どもが周りにいくらでもいると思うのだけれど。
まあ、いいけどね、別に。
「せんちょ!」
「なんだい?」
「えへへ~☆ よんだだけ~!」
……ああもう、可愛いなぁ。
「船長さん。改めてお礼を言わせてください。このたびはわたくしとこの子を救ってくださり、ありがとうございました。あなた様に救って頂かなかったら、今頃この子は餓死していたかもしれません」
そういえば『秩序管理教団』の
あのクソ司祭、もっとボコっておけばよかった。
「お礼はもう何度も――それこそ毎日のように言ってもらいましたから。充分ですよ。……ていうか、ボク言いましたよね? お礼はアリシアに言ってくださいって。ボクが元々救おうとしていたのはアリシアだけで、彼女がいなかったらアデリーナさんたちをついでに救うこともなかったワケですし」
「アリシアさんにもお礼を言いましたが、『私だってあなたたちと同じ救われた側の人間なんだから、お礼なんか言われても困る。どう考えたってあなたたちを救ったのは船長でしょ』と」
「……む」
「それと、」
アデリーナさんは口元に手を当ててクスリと笑い、
「――『あの島で出逢ったのが私じゃなく、あなたたち
「………………」
バツが悪いって、こういう状態のことを言うんだろうな……。
ていうか、アリシアもアデリーナさんもボクのことを過大評価しすぎじゃない?
ボクは別に聖人君子でもなんでもないんだから、そこまで妄信されても困る。
またあれと同じようなことがあったとき、赤の他人を救うために、もう一度あんな強敵に立ち向かえるかは正直疑問だよ? ボク。
「せんちょ!」
「んー? なあに?」
また呼んでみただけかな? と思いながらサシャちゃんの呼びかけに反応すると、
「シッコ!」
Oh……。
「あら大変」
アデリーナさんはボクからサシャちゃんを受け取り、抱え上げると、『それでは失礼しますね』と一礼し船内へ戻っていく。
「
「もうちょっとだけ我慢して、サシャ」
そんなやりとりをしながら去ってゆく
――『ゴメンね……丈夫に産んであげられなくて。今日まで、ちゃんと向き合ってあげられなくて……』
「……もう憶えてないけれど、ボクがあんな言葉を吐いてしまうまでは、ボクと母さんにもあんな瞬間があったのかな……」
そのとき。
カーン、という甲高い鐘の音が蒼穹に響き渡った。
「っ⁉」
弾かれたようにそちら――30m近い高さがある
直後、
「報告! 右舷30度0.5海里、無人島の陰に船影有り!
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