♯28 ある仙女のモノローグ、あるいは続々・小さなお嬢様と、女の戦い(?)に巻き込まれた



 だんなさまの部屋でのドタバタのあと。

 わたし、ツバキ、アリシアの三人は、ルーナだけを船長室だんなさまのへやに残して、副長室じぶんたちのへやへ戻った。

 ……のだけれど、


「おい、アリシア! お主、よくも抜け駆けしてくれたな!」


 部屋の扉を閉めるやいなや、口角泡こうかくあわを飛ばしてツバキがアリシアへ詰め寄る。


 彼女はすっかり怒り心頭をいった様子だ。

 まあ、湯あみに行ったはずの美少女が、よりにもよって自分の想い人に夜這いをかけていたワケだから、そりゃあツバキとしては心中穏やかではいられないよね。


「うるさいなぁ! 恋は戦争なのよ! アンタみたいにグズグズしていたら、そこのぶりっ子やあの魔性の女にイサリを奪われちゃうでしょ! 兵は神速を貴ぶのよ!」


 ……えーと、その『ぶりっ子』というのは、もしかしてわたしのことかな?

 うん……まあ、えて否定はしないけれど……。

 それはそれとして、『魔性の女』ってのは誰のこと?

 もしかしてルーナ?

 へえ……。ふーん……。


「魔性の女て。ルーナはまだ十歳という話じゃぞ。夜這いを邪魔されたからといって、そこまで目のかたきにする必要は無いじゃろ」


 ……この場合、アリシアの慧眼けいがんを褒めるべきなのかな? それともツバキの能天気っぷりに呆れるべきなのかな?


「アンタって能天気ね。十歳だろうと女は女よ。恋敵である以上、私はあのコを甘く見るつもりはないわ」

「恋敵も何も、ルーナにとって旦那様はあくまで『優しくて頼れる大好きなお兄ちゃん』的存在であって、その好意は異性に対する恋愛感情とは別物じゃろ」

「アンタどんだけ能天気なのよ⁉ 本気でそう思ってるの⁉ だとしたら十歳を甘く見過ぎじゃない⁉ そもそもアンタ、何アッサリあのコをイサリの部屋に置いてきてんのよ⁉ なんでみすみす敵に塩を送ってんの⁉」


 まあ……アリシアが正しいと思うよ。

 ツバキは旦那様が初恋の相手だから、恋愛の機微みたいなモノにイマイチ疎いんだよね……。

 わたしとしてはそのほうが好都合だったから、敢えてこれまで指摘してこなかったんだけど。

 ほら……やっぱり好きなヒトには自分だけを見ていてほしいし……。

 手強い恋敵ライバルは少ないほうがいいからね……。


「とにかく! 旦那様に迫るのはヤメんか! だいたいお主と旦那様は出逢ったばかりじゃろ⁉ こんな短期間で抱かれようとするか普通⁉」


 出逢ったばかりなのはわたしやツバキもそうだし、話を聞く限りじゃあルーナもそうみたいだけどね。

 ……そう考えると、そんな短期間でこれだけの数の女の子を惹き付けちゃうだんなさまって、半端ないなぁ……。


「いいでしょ別に!」


 うわ、アリシアってば開き直っちゃったよ……。


「私は<魔女>なの! お父さんもお母さんも喪って、独りぼっちで生きてきたのよ! これまで誰も私を助けてなんてくれなかった……誰かが私に寄り添ってくれることは一生無いんだって、ずっとずっと打ちひしがれてきたのよ! イサリはそんな中、私の前に舞い降りたヒーローなの! 救世主なのよ!」

「う。」


 ツバキが気圧され――ううん、、言葉を呑み込む。

 ……無理もないよね。

 ……。


「そんなイサリに抱かれたい、イサリとの確かなきずなのカタチが欲しい、そう思うのはそんなにいけないこと⁉」

「い、いや、いけないというワケではないんじゃが……、せめてもうちょっとお互いのこととか、人柄をよーく知ってから、」

「イサリの人柄? そんなの『すっごく優しい』『とっても強い』『メチャクチャ格好良い』『あり得ないほどの朴念仁』! この四つで大体説明できるじゃない!」


 最後……。

 まあ、否定は出来ないけれど……。


「はっ! 旦那様への理解が浅いの! いいか、旦那様は『メチャクチャ格好良い』だけでなく、あれで『結構可愛い』トコもあるんじゃぞ!」


 そこ、張り合うトコ?


「……『結構可愛い』ぃ?」

「そうじゃ! ヒトによっては普段の旦那様の言動を『子供っぽい』と感じるやもしれんがの。じゃからこそ、ここぞという場面でのぎゃっぷが――」

「理解が浅いのはどっちよ⁉」

「えっ」


 ……お?


「イサリは……イサリはね、すっごく重いモノを背負ってるの! でも、決してそれを自分からは他人ひとに見せないの……! だって……、だってアイツは、それが自分の罪、自分への罰だと思ってるから……。アイツの中にはね、泣いている幼い子供がいるのよ! アイツの普段の言動が『子供っぽい』のもそのせい! なのに何『結構可愛い』トコもあるんだ、なんて呑気なこと言ってでてるのよ! アイツの妙に大人びている思考とは裏腹な『子供っぽい』言動に、アンタはギャップやいびつさのようなモノを感じたことがないの⁉」

「なっ……」


 あ。ツバキが衝撃を受けて立ち尽くしてる。


 でも……。へえ……。

 わたし、ちょっとアリシアのことを見縊みくびっていたかもしれない。


 少なくとも彼女は、ツバキよりは物事の本質を見抜く力があるみたいだね。


 アリシア、だんなさまの過去について何を知ってるんだろ?

 どこまで聞いたのかな?


「だから……だから私が、アイツの全部を受け止めてあげるの!」


 アリシア……。


「そう……私はアイツに大人にしてもらって、私がアイツを大人にしてあげるのよ!」


 なんだろう……アリシアはたぶん真面目に言ってるんだろうし、言いたいことはわからないでもないんだけど、いかがわしく聞こえるなぁ……。


「あ、アリシア……」


 ツバキも最初、感銘を受けたように息を呑んでいたけれど、


「………………いやだとしても思い切りが良すぎるじゃろ⁉ いかなる理由があろうとも出逢ったばかりで抱かれにいくか普通⁉」


 流石に勢いで誤魔化されたりはしなかったようだ。


 アリシアは「チッ」と舌打ちして、


「うるさいうるさい! 言ったでしょ、私はイサリとの『目に見える紲』が欲しいのよ! 『確かな紲のカタチ』が! 私は一刻も早くイサリに抱かれたい――イサリとの赤ちゃんが欲しくてたまらないの!」

「オイィィィィィィィィィィッ! ちょっと落ち着けぇ! 自分が何を言ってるのかわかっとるのか⁉ お主かなり際どいことを口走っとるぞ⁉ これ、後々思い返しては身悶えちゃうヤツじゃぞ⁉」

「お母さんごめん! お母さんとお父さんのめを初めて聞いたときは『出逢って二週間でヤることヤって私を身籠みごもるとか、なんてふしだらな両親なんだ』って思っちゃったけど! 私、今なら身体でお父さんの心を繋ぎとめようとしたお母さんの気持ちがよくわかるわ!」

「やめろぉ! 天国で見守ってくださっているご両親を巻き込むでない! たぶんご両親、今、天国で頭を抱えとるぞ⁉」


 あーもうメチャクチャだよ。

 仕方ない、ツバキに助け舟を出すか……。



「アリシア。あなたの気持ちはよくわかったよ。でもね、今だんなさまに言い寄るのは得策じゃないよ?」



「え?」

「! そ、そうじゃ!」


 わたしの言葉にアリシアが怪訝そうな顔をして、ツバキは我が意を得たりとばかりに頷く。


「アリシア。旦那様とルーナが<漂流者>だということは、お主ももう聞いたじゃろう」

「……聞いたわ。イサリは史上初の男性版<漂流者>なんでしょう。にわかには信じがたい話だけれど……でもアイツから聞いた地球の話は私が昔お母さんから聞いた話と合致するところが多かったから、信じないワケにはいかないわ」

「うむ。そしてここからが重要なんじゃが――今、旦那様は、一緒にここに流れ着いたルーナを地球の家族のもとに送り届けるために動いとる。それだけが今の旦那様の行動原理じゃと言ってもいい」

「え……それじゃあ」

「そうじゃ。お主が今すぐ告白したところで、責任感が強い旦那様は間違いなく『自分はルーナのためにも、いずれは地球に帰還しなければならない身だから応えることは出来ない』と返事をするじゃろう。告白する前からお主の失恋は確定してるんじゃ」

「そ、そんな……! だったらもう<魔女>のチカラでイサリを押し倒して、強引に既成事実を作るしかないわ!」

「なんでじゃ! ンなことして旦那様の中にいる『泣いている幼い子供』をもっとガン泣きさせる気かお主は⁉」

「そっか。それもそうね。私としたことがショックのあまり我を失っちゃったわ」


 失いすぎでしょ。


「じゃからアリシア、焦るな。今は雌伏しふくして時を待つんじゃ」


 へ?


「? どういうこと?」

「考えてもみろ。旦那様はあの性格じゃ。おそらくこれからも行く先々で数多くの<魔女>と邂逅し、漏らさず救おうとすることじゃろう。お主のときにようにの」

「まあ、そうでしょうね。……ちょっと複雑だけど」


 うん。わたしも同意見だよ。


「するとじゃぞ……どうなると思う?」

「……私みたいにイサリに惚れるコが現れる?」

「うむ。流石に、救った<魔女>が軒並み旦那様に惚れるということは無いじゃろうが、それでも何人かは旦那様に惚れることもあるじゃろう」


 ……『何人かは』、ね。

 果たしてそれはどうかな?

 あ、いや、『だんなさまに惚れるコなんて、そうそう現れたりはしないでしょ』って意味じゃなく、むしろ逆で、『何人かで済むかなぁ?』って意味でね。


「それってボーッとしてたら恋敵が増えるってことじゃない!」

「そうじゃな。じゃが、協力者、同志が増えるという考えかたも出来る」

「同志?」

「うむ。『旦那様にこっちに残ってもらうためなら、なんでもする』――そんな、同じ志を持つ恋敵を、あえて増やすんじゃ。そして力を合わせ、少しずつ少しずつ、外堀を埋めていく」

「外堀を……」

「『なんも船長』よりも重要な役割。仲間たちとの紲と、彼らから向けられる信頼。そういったモノで、責任感の強い旦那様に『あれ? 自分はここに残るべきなんじゃ?』と思わせた上で、どこにも逃げられない状況を……わらわたちの想いにイヤでも応えざるを得ないような状況を、みんなで作る」

「私たちの想いに応えざるを得ない状況を……みんなで?」

「そうじゃ。最終的に沢山の女子おなごを傷物にし、子供を作ってしまった責任を問える状況にまで持っていければ、もうこっちのもんじゃ」

「確かに……。妻子を捨てるような真似、アイツは絶対に出来ないわ」

「うむ。さしもの旦那様も、ルーナに『自分はこっちに残らなきゃいけない』『地球へはキミ一人で帰ってほしい』と告げざるを得んじゃろう」


 ニヤリ、とツバキとアリシアがあくどい笑みを浮かべる。


「わかったわ。確かに同志は……一緒にアイツの『足枷』となってくれる人間は、多いに越したことはないわね」

「そうじゃ。そりゃあ旦那様の『たった一人』になれるのならそれが理想じゃが、カグヤの『だんなさま』である時点でそれは叶わぬ願いじゃし、旦那様は良くも悪くも一人で支え切れるような男ではないからの」

「……いいでしょう。今は敢えてこの想いを表に出さず、雌伏の時を過ごすことにするわ。焦って告白したり押し倒したりして、フラれたり嫌われたり逃げられたりしたらそこで終わりだものね。そうすることで最終的にイサリとの未来、確かな紲のカタチが手に入るのなら、いくらでも耐えてやろうじゃない」

「それでいい。とりあえず妾は当面『頼れるお姉ちゃん的存在』を目指すことにする。お主は……そうじゃな、『気の置けない親友ポジション』を目指すといい。それでもある程度は旦那様とイチャイチャ出来るじゃろ。……ただし気を付けろよ? 旦那様に途中でこちらの恋愛感情に気付かれたら、この目論見はそこでご破算じゃぞ」

「まあ、大丈夫でしょ。どうもイサリは相当な朴念仁っぽいし」


 散々な言われようだなぁ、だんなさま……。

 トンデモない悪巧みをされちゃってるし。

 可哀相……。


 まあ、だからって、助言するつもりも忠告するつもりも無いけどね。

 わたしとしても、だんなさまにはずっと傍にいてほしいし。

 大体、わたし以外の女の子まで惹き付けちゃうだんなさまが悪いんだよ……。


「やるぞ、アリシア! ルーナを家族のもとへ送り届けることしか頭に無い旦那様をいつか必ず落とす! そういう意味では、これは妾たちと、妾たちの恋の障害であるルーナの、女の戦いと言えるじゃろう! じゃが、妾たちは負けん! 旦那様との未来を手に入れるため、まずは<魔女>の仲間探しじゃ!」

「おーっ!」




 ……ホントご愁傷様だよ、だんなさま。

 ついでに、知らないところで『恋の障害』に認定されちゃってるルーナもね。


「いい加減わたしも覚悟を決めないとなぁ……」


 天井めがけて拳を突き上げ、決意の雄叫おたけび(雌叫めたけび?)を上げるツバキとアリシアを眺めながら、わたしは小さく溜め息をついたのだった……。

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