♯27 続・小さなお嬢様と、女の戦い(?)に巻き込まれた
――過去と現実のあわいたる夢で、遠いムカシのボクを見ている。
――それはあの
あまねく樹木が
そこに横たわるティラノサウルスの物言わぬ
「――見つけたわ……。初めてあのコよりも先にあなたを……オリジナルの地球を由来とするこの美しい
プルガトリウスという小さなネズミのような哺乳類だった当時のボクを、そっと両の掌に
「もうっ、駄目でしょう? どうして今回に限って、こんなに早く転生してしまったの?」
女の子は当時のボクの小さな頭を愛おしそうに撫でて、責めるというよりは憐れむような声音でそう告げると、溜め息をついて天を仰ぐ。
そこでは分厚い
直径十キロを超える超巨大隕石の衝突で発生し宙へと舞い上がった大量の塵で出来たあの雲は、長きにわたってこの
そのため光合成ができなくなった植物が枯れ果て、それを主食としていた草食動物も死に絶え、それらを餌としていた肉食動物までもが滅び去り……生き残ったのは当時のボクのような儚い小型種だけだった。
当時の地球は、
「この大量絶滅――
――『なのに、どうして今回に限って、こんなに早く転生してしまったの?』
女の子は悲しげにそう繰り返した。
「でも……大丈夫。大丈夫だから」
女の子は当時のボクの小さな
「そう……絶対に大丈夫。わたしが……ううん、わたしたちが必ずあなたを守ってみせる。あなたが天寿を全うできるよう、あなたに寄り添うからね」
――『だってわたしは、数年前のあの日、トリケラトプスとしての生を終えんとするあなたに、次はわたしもそうすると誓ったのだから……』
そう女の子は言った。
「まずはあのコと合流しないと」
そして女の子は、不思議なチカラでふわりと空中へ浮かび上がる。
するとそれを待っていたかのように曇天がすすり泣いて、地上をその涙が濡らし始めた。
「ついに始まった……」
それは地上の生き物はもちろん、アンモナイトを始めとする数多の海棲生物をも滅ぼすことになる無慈悲の涙雨。いつ止むとも知れぬ酸性雨。
「あなただけは、わたしたちが守るからね……」
……だが、このとき、彼女は気付いていなかったのだ。
そして当時のボクもまた。
彼女に従う眷属のチカラが
このあとすぐに待ち構えている
「必ずあなたを守ってみせる。〈破壊と修正のガイア〉の名にかけて!」
まだ……気付いていなかったのだ。
――過去と現実のあわいたる夢で、遠いムカシのボクを見ている。
――それはあの
☽
いつの間にかうたた寝してしまっていたようだ。変な夢を見ていた気がする。変で、意味がわからなくて、そのくせ妙に懐かしい夢を。
……内容までは思い出せないけれど。
「危ない危ない……。寝る前にお風呂に入っておかないと……」
ボクは
そして男女共通の白い
コンコン
と、誰かに外からノックされた。
こんな夜更けに誰だろ? と疑問に思ってから『あ、そういえば』と思い出す。
「アリシアが来るって言ってたっけ……」
何か相談でもあるのかな……と思いながら扉を開けると、そこには案の定、腰に届く
「こ、こんばんは船長。ううん……イサリ」
寝間着に身を包んだアリシアは風呂上がりらしく、全身の卵肌がほんのり朱に染まっていて、なんていうか……やたら色っぽい。風呂上がりの寝間着姿を異性に見られるのは彼女としても恥ずかしいのか、もじもじしている。
「夜更けにお邪魔してしまってゴメンなさい。……部屋に入れてもらってもいい?」
「あ、うん」
潤んだ瞳、上目遣いでの問い掛けに、思わずドキドキしながら肯いて、そこでボクはハタと我に返った。
……こんな夜更けに密室で年頃の男女が二人きりって、どうなんだろ?
何も
「あ、やっぱり――」
『話は
……まあ、仕方ないか。
「イサリも座ったら?」
立ち尽くすボクに、アリシアが自分の隣へ座るよう促してきた。
確かに、ずっと立ちっぱなしで話を聞くのは辛い。アリシアの左隣に、拳みっつぶんくらいのスペースを作って腰掛ける。
「………………」
ズズイッと、アリシアが無言で身を寄せ、せっかく作ったスペースを潰してしまった。何故。
肩と肩が僅かに触れ合う。……なんか気まずくて、ボクはこっそり横に移動、拳ひとつぶんのスペースを新たに作る。……アリシアが再び距離を詰めてきて、肩どころか腕までピタッとくっつけてきた。だから何故。
「……イサリ。改めてお礼を言わせて。私を救ってくれてありがとう。アンタがいなかったら、私は今この瞬間も大変な目に遭っていたに違いないわ」
「ど、どういたしまして」
アリシアが頭を傾けて、ボクの肩の上にそっと載せてくる。首筋にかかるアリシアの吐息がくすぐったい。風呂上がりのアリシアからは良い匂いが立ち昇っている。さっきからドキドキが止まらない。緊張で喉がカラカラだ。ルーナとカグヤで、多少なりとも女の子の体温と匂い、そして身体的接触に慣れておいてよかった……。でなければ、今頃理性を失っていたかもしれない。
……十歳かそこらの女の子たちでそういうのに慣れちゃうというのも、それはそれでどうなんだという気がしなくもないけれど。
…………え?
そういやアリシアって、今は妙にしおらしいけれど、普段の物言いや雰囲気、不遜な態度は、どことなく
ヤベエ、別の意味で緊張してきた。
「ねえ、イサリ」
と、アリシアがボクに寄り掛かったまま上目遣いで見つめてくる。
「私ね、アンタにお礼がしたいの。何か私にお願いは……私にしてほしいことはない?」
「え。」
突然そう言われましても。別に見返り目的で助けたワケじゃないしなぁ……。
してほしいこと? ……してほしいことねえ。
「本当になんでもいいの。アンタのためなら、どんなことでもするわ」
『どんなことでも』て。
そういうセリフ、あんまり軽々しく言わないほうがいいと思うよ?
世の中にはこれ幸いと性的な奉仕を要求してくる
お願い……お願いかぁ。うーん…………あ、そうだ。
「それじゃあ――」
「! 何⁉」
アリシアが前のめり気味に詰め寄ってくる。
「出来るだけルーナに気を配ってあげてくれない? 男のボクじゃどうしても気が付かないことや至らないことがあると思うんだ。そういうことに、アリシアが気を回してやってくれると嬉しいな」
「………………」
ボクのお願いに、何故かアリシアはガクッと
「わ、わかったわ。……他には? アンタ自身がしてほしいこと、何かあるんじゃないの?」
「特には……」
「嘘よ! アンタ私と同い年なんでしょ⁉ 十六歳の男だったら絶対あるはずよ! 私、自分で言うのもなんだけれど、結構容姿は整っているほうだと思うし!」
そんなこと言われても……。
確かにアリシアは美人だと思うけれど、恩に着せて『ボクの恋人になれ』とか『身体を差し出せ』とか要求するワケにもいかないしなぁ……。
そんなことしたらルーナやカグヤ、ツバキに合わせる顔が無くなってしまう。
大体、そんな要求、アリシアを困らせるだけだろうし。
「うーん……。パッとは思いつかないから、何か思いついたらお願いすることにするよ」
「アンタって……ホントお人好しというか……無欲なのね」
「……そんなことないよ」
ただ単に、ボクが本当に欲しいモノ……小さいころからずっと渇望してきたモノは、もう二度と手に入らないか、そう簡単には手に入らないだけで……。
「そう言うアリシアこそ、今日からこの
「!」
ボクの問い掛けにアリシアの肩がピクリと震えた。
「もし何かあれば、出来る限り相談に乗るし、力にもなるよ?」
「……なんでもいいの?」
「ボクに出来ることなら」
ボクはこのコに『ボクたちの
アリシアは立ち上がってボクの正面に回ると、頬を赤らめ、部屋を訪れたときのようにもじもじしながら、
「私……ね。もう、この世に、肉親が――家族が誰もいないんだ」
と切り出した。
「……うん」
どうやら真面目な話のようだ。ボクも立ち上がり、アリシアの視線を真っ向から受け止めて頷き、先を促す。
「だから……ね。お父さんとお母さんに代わる
「うん……?」
えーと……、結局ボクは何をすればよろしいんでしょうか?
「だ……だから……」
うわ、いつの間にかアリシアの顔が
「だからね……、この場で私を抱い――」
「旦那様、ちょっといいかの? ルーナなんじゃが――って、アリシア⁉」
そのとき。困ったような顔をしたツバキが扉を開けて部屋に入ってきて、アリシアに気付いて絶句した。
彼女の後ろには、やはり困ったような表情を浮かべたカグヤと、ウルウルと目を潤ませているルーナの姿もある。
「アリシア! 湯あみに行ったはずのお主が、どうして旦那様の部屋に⁉ ――ハッ⁉ ま、まさか、お主……!」
「あーもうっ。いいトコだったのに」
詰め寄るツバキを無視し、「チッ」と舌打ちするアリシア。
その横で、
「ふぇぇぇぇぇぇんイサリさまぁ!」
ルーナが号泣しながらボクの胸に飛び込んでくる。
「ルーナ⁉ どうしたの⁉」
「やっぱりイサリさまと離れるのヤだぁ。一緒に寝るのぉ……ぐすんぐすん」
あー……。
「ごめんね、だんなさま」
微妙に幼児退行しているルーナを
「一応、わたしやツバキなりに、ルーナが淋しくないようお話をしたり、添い寝してあげたり、配慮はしたんだよ? その甲斐あって、一度は寝付いてくれたんだけど……イヤな夢を見ちゃったらしくて。起きた途端、『イサリさまぁ!』って泣き出しちゃったんだ」
「イヤな夢? どんな夢を見ちゃったの?」
「ぐすん……せっかくお家に帰れることになったのに……イサリさまが『自分はここに残ることにしたからルーナだけ帰ってね』って……」
何そのボク。無責任すぎるだろ。ルーナを泣かせやがって。目の前にいたらボクがぶっ飛ばしてやるのに。
「大丈夫だよルーナ。約束しただろう? 『一緒に地球へ帰ろうね』って。……ほら、もう泣かないで。今夜も一緒に寝てあげるから」
「イサリさま……でも、
「ちゃんと泣き止んでくれたら、おやすみなさいのチュウをしてあげるから」
「唇に……してくれますか……?」
「わかったわかった。だから涙を拭いて。せっかくの美人さんが台無しだぞ? ほら、チュー。……さ、もう寝よう?」
ルーナの亜麻色に近い
そしてルーナを抱え上げ、
「ごめん、アリシア。そういうワケだから、話の続きはまた明日でいいかな?」
とアリシアへ訊ねるも、
「負けた……こんな幼女に……」
アリシアは床に両の手と膝をつき、
「ど、どうしたのアリシア⁉ なんで落ち込んでるの⁉」
「旦那様……そっとしておいてやれ」
「そうだよ、だんなさま。一世一代の大勝負を、こんな年下の女の子にご破算にされちゃったんだから。そりゃあ落ち込みたくもなるよ」
「へ?」
ツバキもカグヤも、なんの話をしているの?
「それじゃあ
「ほら行くよ、アリシア」
「ちょっ、待っ、くううっ……憶えてなさいよアンタたち!」
ツバキとカグヤに両腕を掴まれ、ズルズルと引き
「イサリの朴念仁ーっ!」
涙目なアリシアの叫びを遮るように、パタンを閉ざされる扉。
「……えーと、」
結局なんだったんだろ? アリシアのお願いって。
ていうか、なんでボク、朴念仁呼ばわりされたんだ?
「イサリさま。もう夜も遅いですし、早く寝ましょう? わたくし、またイヤな夢を見ないようにイサリさまとくっ付いて寝たいです。ぎゅってしてください☆」
「……まあ、そうだね。昨日今日といろいろあって疲れたし。あれこれ考えるのは明日でいいか」
ボクは扉を見つめ、しばしの間『うーん……?』と首を捻っていたが、
なお、その後も、まだお風呂に入っていなかったことを思い出してしまったために、ルーナとの間で『お風呂に入ってくるから
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