♯31 頼れる仲間たちと、今後の方針について話し合った


 正しい土下座の仕方というものをご存じだろうか。相手に向かって正座をし、掌を地につけて、額もまた地に擦りつけるように伏せたら、相手のゆるしが得られるまでその姿勢を保つ――そこまでは誰でもわかるだろう。が、実はそれだけでは不完全だ。大切なのは『心から反省しています』という雰囲気を全身から漂わせることである。それにより相手の心を動かすことだ。『ちゃんと反省しているようだな。仕方ない、赦そう』と相手に思わせ、怒りを収めさせる――それが出来なければ火に油を注ぐことにもなりかねない諸刃の剣。それが土下座なのである。


 そんなワケで、


「申し訳ありません……」


 ボクは停泊中の『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板デッキにて平身低頭、土下座していた。


「もうっ。信じられないよ! わたし、『当面の間、変身した状態であのナンチャラって御業わざを使わないようにして』って言ったよね? なのになんで言ったそばから使っちゃうの?」


 そんなボクを見下ろし、腰に手を当てて、眉を吊り上げプリプリ怒るカグヤ。


「ホント申し訳ございません……」


 平伏したまま重ねて詫びる。間違っても『いや、あの場合仕方なかったんだって!』なんて言い訳するような愚は犯さない。ましてや口ごたえなどもってのほかである。

 怒った女の子に理屈や反論は通じない。ボクはそれを従妹アズサで学んだ。それはもうイヤってくらいに。

 結局、言われるがままでいることが、女の子に怒りを解いてもらうための一番の早道なのだ。


 見よ! 必要とあらば、たとえ相手が十二歳くらいの女の子だろうと土下座することをいとわない、潔い男の姿を!


 ………………。自慢できる姿かなこれ?


「ハア……。もういいよ。ほら、顔を上げて。立って。幸い、何事も無かったワケだしね。でも、今後はホント自重してね? これはだんなさまのためを思って言ってるんだよ?」

「はい……」


 ボクの(表面上は)殊勝な態度を見て、カグヤは比較的アッサリ赦してくれた。


 計算どおり。

 ふっ。チョロい奴よ。

 あと一回くらいなら同じ過ちを繰り返しても赦してもらえると見た。

 万が一のときも安心だ。


「……イマイチ反省していないみたいだから、あとでお詫びのチュウをしてもらいます。もちろん唇にです」


 甘かった。

 こっちの思考を見抜かれている。

 流石は自称・仙女……。

 それともボクが特別わかりやすいだけなのだろうか……。


 ま、まあ、でも、接吻キスひとつで赦してもらえるのなら安いモノだ。

 前回のような唇に触れるか触れないかって感じの軽ーい接吻キスなら、いくらでも、


「今回は初犯なのでそれで良しとしますが、もしも同じ過ちを繰り返したら、そのときはベロチュウしてもらいます」


 もう絶対繰り返せない!


 あとこっちの思考を読むのヤメて!


「……お主ら、こんなときでもイチャイチャせんと気が済まんのか」


 と、そこにツバキがやってきた。

 ジト目を向けてくる彼女の背後うしろにはルーナとアリシア、そしてお昼寝中のサシャちゃんを抱っこしたアデリーナさんの姿もある。


「おかえり、みんな。どうだった?」

「取り付く島もないとはこのことじゃな」


 ツバキは肩をすくめる。


「旦那様は例の『<魔女>殺し』とやらとはなんの関係も無い、極めて善良な人間だと、説明はしたんじゃが。誰一人まともに取り合ってくれん」

「私も船長に命を救われたことを説明したんだけど、」


 とアリシア。


「そしたら、『あなたは騙されているのよ』『でなければキミたち全員グルに違いない』って言いがかりをつけられたわ。何よ、アイツら。どんだけ疑い深いのよ。腹立たしいったらありゃしない!」


 そう言ってアリシアは「ムキー!」と地団駄を踏む。

 その隣ではルーナがショボンとした顔をしていた。


「わたくしも、イサリさまは良いヒトですよ! 昼間はもちろん夜もずっと一緒のわたくしが言うんですから間違いありません! わたくしを沢山可愛がってくださるイサリさまがわたくしは大好きです! って訴えたのですけれど……。『夜もずっと一緒……、沢山可愛がって……?』『あの男、こんな幼気いたいけなコにいったいナニを……』『やはり危険な男だ! いろんな意味で!』って聞く耳を持ってもらえませんでした……」


 このコを行かせたのは失敗だった。


「おやすみのチュウをはじめ、いろいろ優しくしてくれるんです! 淋しい夜もイサリさまと寝ればへっちゃらです! とも申し上げたのですけれど……」


 だから言いかたァ!

 わざとか⁉ わざとやってるのかこのお嬢様は⁉

 ボクが彼らの立場でも危険人物と見做みなすわ! 十歳の女の子にそんなことを言わせちゃうような男!

『<魔女>殺し』の仲間かも? なんて疑念すら、もはや些事さじだよ!


「アデリーナでもダメだったの?」

「はい……」


 カグヤの問い掛けにアデリーナさんは申し訳なさそうに頭を下げる。


「わたくしなりに船長さんの人柄をいたのですが……。先にルーナさんがお話しされていたこともあり、『そんな! 未亡人と四歳児まで既にあの男に毒牙に⁉』『幼女だけでなく年上もイケるのというの⁉』『母娘丼おやこどん……だと……⁉』と皆さん別のことが気になるご様子で……。お力になれず申し訳ありません」


 謝らないでください。あなたは悪くありません。悪いのはルーナです……。


「困ったね、だんなさま」

「うん。なんとかしてボクのロリコン疑惑を晴らさないと……」

「そこ?」


 カグヤのツッコミは脇に置き、この帆船ふねから0.5海里ほど離れた場所にある直径1kmほどの無人島、夕暮れのだいだいに染まった浜辺に視線を向ける。

 そこでは例の『秩序管理教団』の横帆船バークに捕らわれていた面々が天幕を張り、焚火を焚いて、野営の準備を進めていた。


 ボクとしてはあの面々を『トゥオネラ・ヨーツェン』に迎え入れるつもり満々だったのだけれど……。


「断固拒否されちゃったもんなぁ」


 ――『「<魔女>殺し」の仲間の帆船ふねになんて乗るワケないでしょ!』


 そう言ったのは、例のどう見ても小学生なママさん――リオンさんだ。


 ちなみにそのとき、彼女の娘さん――シャロンは、母親の背に隠れながら、何か言いたげな顔でボクをジッ……と見つめていたのだけれど、あれはなんだったんだろう?

『何か?』って感じでボクが視線を向けたら、慌てて目を逸らされたけれど……。


「どうしたもんかなぁ……。とりあえず白鯨シロに彼女たちをあの無人島まで送り届けてもらったものの、このまま彼女たちをあそこに置き去りにするワケにもいかないよねぇ……」


 でも、ツバキたちにわざわざ撓艇ボートであの浜辺まで出向いてもらって、仲間になるよう説得してもらったのに……それでもダメだったんじゃなぁ。

 これ以上、何をどうしたら……。


「せめてこのへんに有人島があればそこへ送り届けることも出来るんだけどなぁ」


 ボクが腕組みをして『う~ん』と唸っていると、


「……何故じゃ?」


 不意に、ツバキがそう訊ねてきた。


「え? 何が?」


 質問の意味がわからずボクが訊ね返すと、ツバキは真剣な表情でボクの目を真っ直ぐ見つめ、


「じゃから、何故『あそこに置き去りにするワケにもいかない』のか訊いておる」

「……いや、なんでって……」


 だってさ……この帆船ふねに積んでいた食糧とか水とか天幕とか、いろいろ分けてあげたけれど、それだっていつかは尽きるワケじゃん?

 あんな小さな無人島で、食糧や水が簡単に手に入るとも思えないし。

 他の船がそうそうここを通りかかるとも思えないし。


「置き去りになんかしたら、彼女たちが生き残れる可能性はほとんど無いじゃない」

「自己責任じゃろ、そんなモン」


 ツバキは吐き捨てるようにそう言った。


「再三の説得に応じず、この帆船ふねに乗ることを拒否し、あの無人島に上陸することを選んだのはアヤツら自身じゃ。旦那様が伸ばした救いの手を払い除けることを、アヤツらは自らの意志で選択したんじゃ。あの島で死ぬことになっても自業自得じゃろうが。なのに、この帆船ふねの食糧や水まで分け与えて……。旦那様は少々、お人好しが過ぎるのではないか?」


 う。


「……でもさ、アリシアのときだって、」

「確かにアリシアも、旦那様が伸ばした救いの手を途中で払い除けた。じゃがの、アリシアとあの連中では決定的な違いがあるじゃろ」


 決定的な違い……?


「アリシアは口では『誰も助けてなんて言ってない!』と言いつつも、その実、助けを求めていた。その証拠に、悪漢から自分を救い一緒に逃げてくれた旦那様の手を<魔女>のチカラを使って振り払おうとはしなかったし、言葉とは裏腹にその目はずっと旦那様に『助けて』と訴えてもいた。致命的なまでに素直になれんかっただけで、実際はずっと救いを求めておったんじゃ」

「うぐっ」


 突然の流れだまに、顔を真っ赤にしてるアリシア。


「――じゃがな、あの連中は旦那様に助けなんぞ求めとらん。むしろ本気で旦那様を嫌悪し、敵愾心てきがいしんすら燃やしておる。勝手な思い込みでの。旦那様の親切や心配は、連中からしてみればいい迷惑、余計なお世話でしかないんじゃよ」

「それは……そうかもしれないけれど……」

「とにかく、妾はもうあの連中には付き合いきれん! 明日、夜明けと同時に出発するぞ!」


 ツバキはそう言ってきびすを返すと、『第3班! 少々遅くなったが当直ワッチ交代じゃ!』と甲板デッキのオッサンたちに声を掛けて通常の業務に戻る。


「……船長。ツバキのこと、『冷たい奴だ』って思わないであげてね」


 アリシアはどこか気まずそうだ。


「実は……その……さっき、連中を説得しに行ったときのことなんだけどさ。連中に船長のことをすっごく悪しざまに言われちゃったの。ツバキはそれが赦せないのよ」

「…………心配しなくても、ツバキのことを『冷たい奴だ』なんて思わないよ」


 まだ出逢って一週間だけれど、ツバキにはボクもいっぱい助けてもらったしね。


「ツバキが優しいことはボクが一番よく知ってる」

「……それはそれで何かムカつく」


 なんで⁉

 今のはどう答えるのが正解だったの⁉


「あの……イサリさま。『<魔女>殺し』さんって、いったい何者なんでしょうか?」

「……う~ん」


 ルーナが口にした疑問に、ボクは反射的にカグヤへ視線を送る――が、それに気付いたカグヤは無言でかぶりを振った。

 どうやら彼女にも心当たりは無いようだ。

 表情を見るに、この件については何かを隠しているというワケでもないっぽい。

 彼女ですら本当に何も知らないと見える。


「わたくしが先程リオンさんという女性から聞いた話ですが、」


 とアデリーナさん。


「『<魔女>殺し』というのは、最近『夢の湖』地方に現れるようになった怪人の呼び名だそうです」


 怪人……?


「なんでも、不気味な光芒こうぼうが表面に浮かぶ黒衣こくいに身を包んでおり、ほのおのようなオーラを全身にまとっていて、オマケに奇妙な格闘術まで使うらしく……。噂では『夢の湖』地方に隠れ住む<魔女>を片っ端から殺して回ってるとか」


 あー、それは確かに怪しいですねー。まさに怪人って感じですわ。

 ……ボクが言うのもなんだけど。


「そのため、『夢の湖』地方にある島のひとつに隠れ住んでいたリオンさんと娘さんは、その怪人を恐れ、別の地方へ移住しようとお考えになったそうで……」

「移住?」

「はい。それで、『ダニエル』という大きな港町で密航に利用できそうな交易船を見繕みつくろっていたところを『秩序管理教団』に見つかってしまったらしく……。あ、ちなみに他の方々も似たような事情みたいです」

「踏んだり蹴ったりって感じだなぁ……可哀相に」


 でも、なるほどね……。

 話を聞く限りでは、その怪人の風貌、特徴は、確かに『変身』後のボクを彷彿ほうふつとさせるな。

 ボクに対するあの過剰な警戒、疑心にも得心がいったよ。


「もう一人の『幽霊船長』……か」

「いえ。船長さんの例の姿とは微妙に異なるシルエットだったそうです。船長さんの例の姿は、言われてみると船長の衣装に見えるかも? といった感じのシルエットじゃないですか。でもくだんの『<魔女>殺し』は、黒衣なこともあって、むしろ神父や牧師を彷彿とさせるシルエットらしく」

「黒衣……?」


 神父や牧師ねえ……。

 ……ん? 待てよ?


「『微妙に異なるシルエットだった』って……リオンさんは『<魔女>殺し』を実際にその目で見たことがあるのかな?」

「どうも、あの方々が捕らわれていた『秩序管理教団』の横帆船バークを破壊した犯人が『<魔女>殺し』そのヒトみたいですね」

「「「「えっ⁉」」」」


 ボク、カグヤ、ルーナ、アリシアの驚きの声がハモった。

 アデリーナさんに抱っこされてお昼寝中のサシャちゃんがビクッとしたので(幸い起きることはなかった)、慌てて声のボリュームを落とし、


「ど、どういう意味ですか、それ?」

「そのままの意味です。どこからともなく現れた『<魔女>殺し』が、例の横帆船バークの舵輪や帆檣マストなどを奇妙な格闘術で破壊し、全身に纏う焔のようなオーラで火をつけたらしいんですよ」

「!」

「しかも撓艇ボートで逃げる乗組員クルーたちには目もくれず、檻の中に捕らわれていたリオンさんたちに『この船とともに海の藻屑となるがいい』と言い残して消えたんだとか。船長さんが駆けつけたのは、その直後のことだったそうですよ」


 な、なんと……。

 そんなニアミスをしていたなんて……。


「じゃあ、『<魔女>殺し』は『秩序管理教団』とは無関係ってこと……?」

「おそらくは」

「……そして今もこの辺りにいる……」

「その可能性が高いですね」


 ………………。なんだろう。イヤな予感がする。


「カグヤ。頼みがあるんだけど」

「……何?」

「リオンさんたちがいるあの無人島よりもっと向こうに、別の無人島が見えるだろう?」

「うん」

「あの島の陰に『トゥオネラ・ヨーツェン』を急いで移動させるよう、ツバキに指示してきてくれないか。リオンさんたちがいる島からは見えない位置にね。それと今夜は灯火管制を徹底するよう、みんなに釘を刺してほしい。松明たいまつや照明の実――『エル・ドラードの実』を絶対に使わないように、と」

「……獲物を仕留め損ねたことに気付いた『<魔女>殺し』が彼女たちの前にもう一度現れるかもしれないと、だんなさまはそう考えているんだね?」

「「「!」」」


 カグヤの言葉に、ルーナとアリシア、アデリーナさんが息を呑んだ。


「犯人は犯行現場に戻るとも言うしね……。この帆船ふねを隠し、身をひそめる必要があると思う。この帆船ふねには<魔女>が大勢乗っているんだから」

「……確かに今のツバキはわたしの指示のほうが素直に聞きそうだし、それは構わないけれど。……だんなさまは? どうするつもり?」

艇長コクスンのオッサンにもう一回撓艇ボートを出してもらう。リオンさんたちに焚火をやめるよう進言してくるよ」


 無人島の浜辺で焚火なんて、『沈む船から脱出できた人間がここにいますよ』と喧伝けんでんするようなものだ。


「耳を貸してもらえなかったら?」

「リオンさんたちがいるあの島に、ボクも残る。リオンさんたちに気付かれないよう、こっそりとね」


 ツバキにはまた『お人好しが過ぎる』と怒られるかもしれないけれど。


「だんなさま……」

「覚悟しておいてね」


 不安そうな表情を浮かべるカグヤに、ボクは苦笑を浮かべ、冗談めかして告げた。


「ボクの勘では、おそらくキミとベロチュウすることになる」


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