♯16 ツンツンしたお姫様と、デート(?)中にはぐれた



 ――理由はわからないけれど、突然シクシクと泣き出してしまったツバキ。


 どうしよう……女の子が目の前で泣いてるときって、男はどうしたらいいんだ?

 これまでボクの身近にいた女の子なんて従妹アズサくらいで、アイツに泣かされることはあってもアイツが泣くことなんて無かったからわからないよ。


 とにかく慰めてあげないと!


「ほら、泣かないでツバキ。よしよし、良いコ良いコ☆」

わらわわらべかっ」


 とりあえず頭を撫でてみたけれど、不評だった。

 まあ確かに、よく考えたらこれ、自分よりも三歳みっつ四歳よっつは年上だろう女性にする行為ことじゃなかったかもしれない。

 慰めるにしたって別のやりかたがあるだろって話だ。

 モテないワケだよ、ボク。



「――ヒッヒッヒッ。仲が良いのぉ、お二人さん」



 そのとき、果実店のすぐ横にのきを連ねていた露店みせの店主が声を掛けてきた。

 曲がった腰で椅子いすに腰掛けている、六十代くらいの白髪のお婆さんだ。

 トンガリ帽子を被っており、鼻も尖っていて、童話に出てくる魔法使いみたいな胡散臭い雰囲気をかもしている。

 お婆さんは遠くを見つめるような眼差しになって、


「若いというのはええのう……昔日せきじつを思い出すわい。死んだ儂の旦那もな、おまえさんのような救いようの無い朴念仁じゃったわ。落とすのに、えらく苦労させられたもんさ」


 いや、知らんがな。

 勝手に昔語りを始めないでほしい。

 ていうか、なんで初対面のお婆さんにまで朴念仁呼ばわりされなきゃならんの?

 しかも『救いようのない』って……。


「……ちなみに、どうやって旦那を落としたんじゃ……?」


 ツバキさん⁉ 何を訊いちゃってんの⁉

 ボク、このお婆さんには関わらないほうがいいと思う!


「ヒッヒッヒッ。そこはほれ、酒場で一緒に呑む機会があったときに、しこたま呑ませやってのう。相手が前後不覚に陥ったトコをお持ち帰りしてやったのさ。既成事実さえ作っちまえばこっちのもんって寸法すんぽうよ。相手は酒のせいで記憶が曖昧だからねえ、儂が酔った旦那に襲われたことにするのも簡単ってワケさ。相手が年下かつ責任感の強い男なら、この手で確実にイケるよ。嬢ちゃんも参考にするとええ」


 トンデモねー婆さんだ!

 初対面の客になんてこと吹き込んでんの⁉

 って、ちょっと待ってツバキ! 何「ふむ……」って真剣に考え込んでるのさ⁉ まさかとは思うけれど、本当に参考にするつもりじゃないよね⁉

 ……あ。これは真剣に検討している顔だ。

 ツバキに惚れられちゃったヒト、可哀相……。

 せめて相手が年上で、お酒に強いヒトであることを祈ろう……。


「ところで、その髪の色、お二人さんこの街の人間じゃないだろう? 港に停泊とまっているふたつの帆船ふねのどっちかの関係者だね?」


 え? ……あ、そういえば、このお婆さんを除けば、この島で会ったヒトたちはみんな焦げ茶色ブラウンの髪か、もしくは赤みがかった金髪ストロベリーブロンドだったなぁ。黒髪は一人も見なかったかも。……まあ、そういう地域なんだろう。


「どうだい、旅の想い出に。何かひとつ、ウチでも買っていかないかい?」


 お婆さんがそう言って、露店の軒先に並べた商品を指さす。


 仕方ないなー、と試しに覗いてみると、お婆さんの店には様々なガラクタ……もとい骨董品が並んでいた。壺、皿、花瓶、くし、茶器、小刀、角笛、彫像、小さな箪笥たんす……。こう言ったらなんだけれど、どれもこれも怪しい代物ばかりだ。だが、その中にひとつ。いや、ふたつか。ボクの目を引いたモノがあった。


「これ……油絵?」


 ボクが手に取ったのは木の枠組みフレームに填まったA5サイズのふたつの油絵だ。


 そのうちの片方には、大きな帆船をバックに、仁王立ちする古式ゆかしい船長の格好をした人物が描かれていた。


「なんか……、怖い絵だね?」


 帆船が浮かぶ海には濃い霧がかかっているし、帆船自体も帆が破れたり帆檣マストが折れたりしているし、海面がぼんやり赤く光ってるし、何度見ても船長はその海面の上に立ってるようにしか見えないし、しかも船長の顔の部分が真っ黒に塗り潰されてるし、オマケに鬼火みたいなモノが船長の周りに漂ってるし……。


 これ、どう考えても普通の船を描いたモノじゃないよね?


「……『幽霊船長』か」


 ボクが手に取った油絵を覗き込んだツバキが顔をしかめる。

『イヤなモノを見てしまった』という顔だ。


「『幽霊船長』……? 何それ?」

「昔から世界中の船乗りの間で語り継がれてきた有名な怪談じゃよ」

「怪談?」

「うむ。なんでも、ソイツが乗った幽霊船を目撃した船は必ず沈んでしまうとかなんとか。大昔に実在した女好きの海賊の幽霊じゃと言われておる。要は物のたぐいじゃな」

「お、女好きの海賊……?」

「海賊のくせに金銀財宝には全く興味が無かったらしくてな。代わりに襲った船の女性乗組員クルーを片っ端からさらっていたそうじゃ」


 ……ハーレムでも作りたかったんかな?

 ハーレムって男の夢みたいに言われることがあるけれど、ボクだったらそんなモノの主には絶対になりたくないなぁ。

 だってボクの性格じゃあ、女のヒト一人一人に一々気を遣わずにはいられないだろうし。

 それにハーレムの中で波風が立たないよう、複数の女のヒトに対して平等に接するといった気遣いだって必要になるだろうし。

 何より、みんなに愛想を尽かされないよう、いろいろと努力しなくちゃいけないだろうしね。……夜とか。

 そんなの無理無理無理。ボクには耐えられない。

 まあ心配しなくても、ボクのハーレムに入ってもいいよ、なんて奇特な女のヒトはこの世に存在しないだろうけれど……。

 ……カグヤ? あのコだって流石にハーレムの一員扱いはイヤだと思うよ。


「ツバキにこんなことを言うのもなんだけれど、地球じゃあ帆船の世界って基本的に男社会というか、女性乗組員クルーなんてほとんどいなかったみたいなんだけれど。こっちでは違うの?」

「同じじゃな。そのへんはまあ、所詮しょせん怪談じゃし。整合性を求めても仕方なかろ」


 怪談かぁ。ボク、その手の話は苦手なんだよなー……。

 ……。

 まあ、今思えば白昼夢か何かだったんだろうけれど……。


 ボクは『幽霊船長』の油絵を無言で店頭に戻し、もう一枚の油絵をしげしげと眺める。

 そこに描かれていたのは、波打ち際で青いスカートの端をつまんで持ち、波と戯れる金髪の幼い女の子。

 このコ、どことなくルーナに似てる気がする。容姿もそうだけれど、そのあどけない表情や温和な雰囲気も。

 ……これ、ルーナへのお土産にしようかな。値札を見たら手頃な値段だし。これならツバキから貰ったお小遣いでもギリギリ買える。本当は食べ物にするつもりだったのだけれど……、どうせなら形として残るモノのほうがいいよね。これを買ったらボクはもう何も買えなくなっちゃうけれど、それはまあいいや。


「これ下さい」

「ヒッヒッヒッ。毎度あり」

「……旦那様はホント……、そういうトコじゃぞ」


 何がだよ。


「なんじゃかなー。せっかく妾があげたお小遣いを、妾が案内した先で、妾じゃない女のために使われるのって、釈然とせんものがあるなー。なんていうか、今の妾、『都合の良い女』って感じじゃない?(ブツブツ)」

「ツバキ、これ預かっててもらえる? 帆船ふねに戻るまでその背嚢はいのうに仕舞っておいてよ」

「……ホント『都合の良い女』じゃな、今の妾」


 ツバキは何やら愚痴りつつも油絵を受け取り、背負っていた背嚢に仕舞ってくれた。なんでも、こちらでは買い物の際は背嚢が使われることが多いらしい。


 ……うーん。よく考えたらツバキにはいろいろとお世話になっているし、お小遣いだって貰っちゃったしなぁ。何かお礼をしたいところなのだけれど……。


「ねえ、ツバキ。何かボクにしてほしいことはない?」

「えっ⁉」


 率直に訊ねると、ツバキは弾かれたように顔を上げた。


「いやほら、ツバキにはいろいろとお世話になってるからさ。何かお礼がしたいなと思って。もっとも、お金はもう無いから、何かを買ってあげることは出来ないけれど」


 そもそもツバキから貰ったお金だしね。


「お、お礼……? な、なんでもいいんじゃな?」

「うん。お金がかからなくて、ボクに出来ることなら。荷物持ちでもなんでもするよ」

「そ……それじゃあ、せ……」

「せ?」

「せ……せせせ……せせせせせっぷ……っ」


 どうしよう、ツバキが壊れたオーディオみたいになっちゃった……。

 顔を真っ赤にして両手の指をツンツンしている姿は、好きなヒトの前で照れている女の子に見えないこともないのだけれど。でも、それは自惚れだってさっき判明したばかりだしなぁ。

 ホントどうしたんだろ?


「ねえ、ツバキ。もしかして体調が――」




「旦那! お嬢!」




 赤面しているツバキの体温を確認するため彼女の額に掌を当てようとしたちょうどそのとき。今来た方角、坂道の下のほうから、誰かに呼びかけられた。


「……む? なんじゃ、どうした?」


 ムッとした顔で振り返るツバキ。

 ボクもそれにならうと、そこには必死の形相でこちらへ駆け寄ってくる主計長パーサーのオッサンの姿があった。

 この坂道を一気に駆けあがってきたのか肩で息をしている主計長パーサーのオッサンは、ボクたちのもとまで辿り着くと、露店でパナプルの実を購入してガツガツと貪り食う。そうして喉を潤してから、彼はようやくツバキの質問に答えた。


「じ、実はですね、茶葉の仕入れ値について、ここの廻船問屋かいせんどんやと中々話がまとまらず……。お嬢の判断を仰ぎたいと思いまして」

「なんじゃと? 向こうはナンボふっかけてきたんじゃ?」

「それが――」


 ……そのままツバキと主計長パーサーのオッサンは道端であーでもないこーでもないと話し込んでしまう。

 主計長パーサーは船の財政や物資の管理を行う会計事務の責任者、言わば仕入れのプロだ。そのオッサンが主人であるツバキの判断を仰がざるを得ない案件ともなると、簡単に結論が出るようなモノでもないのだろう。こりゃ時間が掛かりそうだ。


 ……暇だな。

 時間が勿体もったいないし、今のうちにトイレに行っておこうかな。


「ねえ、お婆さん。このへんに公衆トイレはありますか?」

「公衆トイレ?」


 骨董屋のお婆さんに訊ねたが、通じなかった。この言いかたじゃダメか……。

『バビロンの実』の自動翻訳能力って、どこまでが有効でどこからが無効なのか、イマイチ掴めないんだよなぁ……。

 ……あれ? それとも、公衆トイレ的なモノがそもそも存在しないとか?


「えーと……誰でも無料で使えるかわや。便所。御不浄ごふじょう

「あるワケないだろう、そんな便利なモン」


 やっぱ無いんだ……。これも文化の違いってヤツ?


「坊主。そっちの脇道をしばらく進むと、三叉路さんさろになっているから、左に曲がるんだ。そうすると果実の絵が描かれた看板が掛かった家がある。そこが俺の家だ。中に家内がいるから、『ザックさんの露店みせで果物を買ったら、トイレを使わせてもらえることになりました』と言って使わせてもらうといい」


 おお……、パナプルの実を買った果実屋さんが有り難い提案をしてくださった。

 あと、トイレという言葉自体は通じるみたい。

 ありがとうザックさん。この名前を忘れないようにしないと。


「ツバキー。ボクちょっとトイレに行ってくるねー」


 ザックさんにお礼を言ってから、主計長パーサーのオッサンと話し込んでいるツバキの背中に声を掛ける。……振り向かないまま手をヒラヒラ振ってきたから、『承知した』ということなんだろうけれど。……本当に聞いてるのかな? 『もうちょい待ってろ』的な意味で、無意識に手を振っているだけってことは無いよね?


 ……まあいいや。ダッシュで行って、急いで用を足して、またダッシュで戻ってくれば問題ないだろう。


「じゃあ行ってくるねー」


 もう一度ツバキに声を掛けて、ザックさんが指さした脇道へとダッシュする。そのまましばらく進むと確かに三叉路があった。


 えーと……、あれ? 右だっけ? 左だっけ? どっちかに曲がるのだけは間違いないのだけれど。しまった、ザックさんの名前を憶えるのに夢中で、どっちに曲がるのかを忘れてしまった!


 どうしよう? 戻ってもう一回訊こうかな? でも面倒くさいな……。とりあえず右に進んでみて、しばらく行っても果実の絵が描かれた看板の家が無かったら、戻って左に進み直せばいいか。


 というワケで、右の道へ進む。

 そしてしばらく走っていると、




 「………………っ!」




 一瞬――叫び声が聴こえた気がした。


『助けて』という叫び。

 小さな悲鳴が。


「……ん?」


 足を止め、キョロキョロと周囲を見回す。


「……気のせいかな?」


 近くに人影は無い。四角い外観をした石造りの民家だけが延々並んでいる。

 その中に果実の絵が描かれた看板の家は見当たらなかった。


「幻聴かなぁ?」


 いったん戻って左の道に進み直すか……ときびすを返そうとしたそのとき、




「………………っ!」




 ! また聴こえた! 幻聴じゃない! 女のヒトの叫び声……悲鳴だ!


「こっちか!」


 声が聴こえた隘路あいろへと飛び込む。

 そして目に飛び込んできた光景に、ボクは絶句した。


「なっ……!」


 道端で女性が地面に押さえつけられていた。五人の男によって。

 女性は外套がいとうを羽織り、フードで顔を隠しているけれど、『離して!』と叫ぶその声はまだ若い女の子のモノだ

 一瞬、男たちの目的は強姦かとも思ったけれど、それにしては異様だった。普通、五人の男で女性を強姦しようと思ったら、馬乗りになったり、四肢を手で押さえたりするのが普通だろう。それにその表情は興奮や欲情で下卑げびたモノになっているに違いない。

 だが、この男たちは違った。全員立ったままで、女性、いや、女の子のことをひどく冷めた眼で――侮蔑するような眼で見下ろしている。

 ではどうやって女の子を押さえつけているのかというと、簡単だ、道具を使っているだけ。

 女の子は長いの先にU字型の金具が付いた道具――つまり刺股さすまたで、四肢と首根っこを押さえつけられていたのだ。


 まるで猛獣か――あるいは犯罪者のように。


「……何やってんのアンタら」


 どちらに非があるのか判断できなかったので――女の子が本当に危険な犯罪者である可能性も皆無ではない――ひとまず怒りを抑えて男たちに訊く。


 実戦経験といえばあの『深きものども』との戦闘たたかいくらいで、喧嘩すらロクにしたことが無いボクだけれど、男たちの返答次第では武力の行使も辞さない覚悟だ。


 必要なら、大立ち回りだってしてやろう。


「なんだガキ? 邪魔すんじゃねえ」


 男たちのうちの一人がこちらをチラリと見、そして答えた。

 歪んだ使命感に燃える眼、『正しい自分』に酔いしれている恍惚とした表情で。


「今、大切なトコなんだ。悪しき存在に裁きを下すトコなんだよ」


 悪しき存在……裁き?

 ……まさか……、


 眉をひそめるボクを無視し、男は女の子にこう言った。


「さあ覚悟しろ、邪悪な<魔女>め! この世界のため、おまえの罪を裁いてやろう――俺たち<秩序管理教団>がな!」




 ――はい、大立ち回り決定☆



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