♯16 ツンツンしたお姫様と、デート(?)中にはぐれた
――理由はわからないけれど、突然シクシクと泣き出してしまったツバキ。
どうしよう……女の子が目の前で泣いてるときって、男はどうしたらいいんだ?
これまでボクの身近にいた女の子なんて
とにかく慰めてあげないと!
「ほら、泣かないでツバキ。よしよし、良いコ良いコ☆」
「
とりあえず頭を撫でてみたけれど、不評だった。
まあ確かに、よく考えたらこれ、自分よりも
慰めるにしたって別のやりかたがあるだろって話だ。
モテないワケだよ、ボク。
「――ヒッヒッヒッ。仲が良いのぉ、お二人さん」
そのとき、果実店のすぐ横に
曲がった腰で
トンガリ帽子を被っており、鼻も尖っていて、童話に出てくる魔法使いみたいな胡散臭い雰囲気を
お婆さんは遠くを見つめるような眼差しになって、
「若いというのはええのう……
いや、知らんがな。
勝手に昔語りを始めないでほしい。
ていうか、なんで初対面のお婆さんにまで朴念仁呼ばわりされなきゃならんの?
しかも『救いようのない』って……。
「……ちなみに、どうやって旦那を落としたんじゃ……?」
ツバキさん⁉ 何を訊いちゃってんの⁉
ボク、このお婆さんには関わらないほうがいいと思う!
「ヒッヒッヒッ。そこはほれ、酒場で一緒に呑む機会があったときに、しこたま呑ませやってのう。相手が前後不覚に陥ったトコをお持ち帰りしてやったのさ。既成事実さえ作っちまえばこっちのもんって
トンデモねー婆さんだ!
初対面の客になんてこと吹き込んでんの⁉
って、ちょっと待ってツバキ! 何「ふむ……」って真剣に考え込んでるのさ⁉ まさかとは思うけれど、本当に参考にするつもりじゃないよね⁉
……あ。これは真剣に検討している顔だ。
ツバキに惚れられちゃったヒト、可哀相……。
せめて相手が年上で、お酒に強いヒトであることを祈ろう……。
「ところで、その髪の色、お二人さんこの街の人間じゃないだろう? 港に
え? ……あ、そういえば、このお婆さんを除けば、この島で会ったヒトたちはみんな
「どうだい、旅の想い出に。何かひとつ、ウチでも買っていかないかい?」
お婆さんがそう言って、露店の軒先に並べた商品を指さす。
仕方ないなー、と試しに覗いてみると、お婆さんの店には様々なガラクタ……もとい骨董品が並んでいた。壺、皿、花瓶、
「これ……油絵?」
ボクが手に取ったのは木の
そのうちの片方には、大きな帆船をバックに、海面の上で仁王立ちする古式ゆかしい船長の格好をした人物が描かれていた。
「なんか……、怖い絵だね?」
帆船が浮かぶ海には濃い霧がかかっているし、帆船自体も帆が破れたり
これ、どう考えても普通の船を描いたモノじゃないよね?
「……『幽霊船長』か」
ボクが手に取った油絵を覗き込んだツバキが顔を
『イヤなモノを見てしまった』という顔だ。
「『幽霊船長』……? 何それ?」
「昔から世界中の船乗りの間で語り継がれてきた有名な怪談じゃよ」
「怪談?」
「うむ。なんでも、ソイツが乗った幽霊船を目撃した船は必ず沈んでしまうとかなんとか。大昔に実在した女好きの海賊の幽霊じゃと言われておる。要は物の
「お、女好きの海賊……?」
「海賊のくせに金銀財宝には全く興味が無かったらしくてな。代わりに襲った船の女性
……ハーレムでも作りたかったんかな?
ハーレムって男の夢みたいに言われることがあるけれど、ボクだったらそんなモノの主には絶対になりたくないなぁ。
だってボクの性格じゃあ、女のヒト一人一人に一々気を遣わずにはいられないだろうし。
それにハーレムの中で波風が立たないよう、複数の女のヒトに対して平等に接するといった気遣いだって必要になるだろうし。
何より、みんなに愛想を尽かされないよう、いろいろと努力しなくちゃいけないだろうしね。……夜とか。
そんなの無理無理無理。ボクには耐えられない。
まあ心配しなくても、ボクのハーレムに入ってもいいよ、なんて奇特な女のヒトはこの世に存在しないだろうけれど……。
……カグヤ? あのコだって流石にハーレムの一員扱いはイヤだと思うよ。
「ツバキにこんなことを言うのもなんだけれど、地球じゃあ帆船の世界って基本的に男社会というか、女性
「同じじゃな。そのへんはまあ、
怪談かぁ。ボク、その手の話は苦手なんだよなー……。
昔、イヤーな経験をしているからさ……。
まあ、今思えば白昼夢か何かだったんだろうけれど……。
ボクは『幽霊船長』の油絵を無言で店頭に戻し、もう一枚の油絵をしげしげと眺める。
そこに描かれていたのは、波打ち際で青いスカートの端を
このコ、どことなくルーナに似てる気がする。容姿もそうだけれど、そのあどけない表情や温和な雰囲気も。
……これ、ルーナへのお土産にしようかな。値札を見たら手頃な値段だし。これならツバキから貰ったお小遣いでもギリギリ買える。本当は食べ物にするつもりだったのだけれど……、どうせなら形として残るモノのほうがいいよね。これを買ったらボクはもう何も買えなくなっちゃうけれど、それはまあいいや。
「これ下さい」
「ヒッヒッヒッ。毎度あり」
「……旦那様はホント……、そういうトコじゃぞ」
何がだよ。
「なんじゃかなー。せっかく妾があげたお小遣いを、妾が案内した先で、妾じゃない女のために使われるのって、釈然とせんものがあるなー。なんていうか、今の妾、『都合の良い女』って感じじゃない?(ブツブツ)」
「ツバキ、これ預かっててもらえる?
「……ホント『都合の良い女』じゃな、今の妾」
ツバキは何やら愚痴りつつも油絵を受け取り、背負っていた背嚢に仕舞ってくれた。なんでも、こちらでは買い物の際は背嚢が使われることが多いらしい。
……うーん。よく考えたらツバキにはいろいろとお世話になっているし、お小遣いだって貰っちゃったしなぁ。何かお礼をしたいところなのだけれど……。
「ねえ、ツバキ。何かボクにしてほしいことはない?」
「えっ⁉」
率直に訊ねると、ツバキは弾かれたように顔を上げた。
「いやほら、ツバキにはいろいろとお世話になってるからさ。何かお礼がしたいなと思って。もっとも、お金はもう無いから、何かを買ってあげることは出来ないけれど」
そもそもツバキから貰ったお金だしね。
「お、お礼……? な、なんでもいいんじゃな?」
「うん。お金がかからなくて、ボクに出来ることなら。荷物持ちでもなんでもするよ」
「そ……それじゃあ、せ……」
「せ?」
「せ……せせせ……せせせせせっぷ……っ」
どうしよう、ツバキが壊れたオーディオみたいになっちゃった……。
顔を真っ赤にして両手の指をツンツンしている姿は、好きなヒトの前で照れている女の子に見えないこともないのだけれど。でも、それは自惚れだってさっき判明したばかりだしなぁ。
ホントどうしたんだろ?
「ねえ、ツバキ。もしかして体調が――」
「旦那! お嬢!」
赤面しているツバキの体温を確認するため彼女の額に掌を当てようとしたちょうどそのとき。今来た方角、坂道の下のほうから、誰かに呼びかけられた。
「……む? なんじゃ、どうした?」
ムッとした顔で振り返るツバキ。
ボクもそれに
この坂道を一気に駆けあがってきたのか肩で息をしている
「じ、実はですね、茶葉の仕入れ値について、ここの
「なんじゃと? 向こうはナンボふっかけてきたんじゃ?」
「それが――」
……そのままツバキと
……暇だな。
時間が
「ねえ、お婆さん。このへんに公衆トイレはありますか?」
「公衆トイレ?」
骨董屋のお婆さんに訊ねたが、通じなかった。この言いかたじゃダメか……。
『バビロンの実』の自動翻訳能力って、どこまでが有効でどこからが無効なのか、イマイチ掴めないんだよなぁ……。
……あれ? それとも、公衆トイレ的なモノがそもそも存在しないとか?
「えーと……誰でも無料で使える
「あるワケないだろう、そんな便利なモン」
やっぱ無いんだ……。これも文化の違いってヤツ?
「坊主。そっちの脇道をしばらく進むと、
おお……、パナプルの実を買った果実屋さんが有り難い提案をしてくださった。
あと、トイレという言葉自体は通じるみたい。
ありがとうザックさん。この名前を忘れないようにしないと。
「ツバキー。ボクちょっとトイレに行ってくるねー」
ザックさんにお礼を言ってから、
……まあいいや。ダッシュで行って、急いで用を足して、またダッシュで戻ってくれば問題ないだろう。
「じゃあ行ってくるねー」
もう一度ツバキに声を掛けて、ザックさんが指さした脇道へとダッシュする。そのまましばらく進むと確かに三叉路があった。
えーと……、あれ? 右だっけ? 左だっけ? どっちかに曲がるのだけは間違いないのだけれど。しまった、ザックさんの名前を憶えるのに夢中で、どっちに曲がるのかを忘れてしまった!
どうしよう? 戻ってもう一回訊こうかな? でも面倒くさいな……。とりあえず右に進んでみて、しばらく行っても果実の絵が描かれた看板の家が無かったら、戻って左に進み直せばいいか。
というワケで、右の道へ進む。
そしてしばらく走っていると、
「………………っ!」
一瞬――叫び声が聴こえた気がした。
『助けて』という叫び。
小さな悲鳴が。
「……ん?」
足を止め、キョロキョロと周囲を見回す。
「……気のせいかな?」
近くに人影は無い。四角い外観をした石造りの民家だけが延々並んでいる。
その中に果実の絵が描かれた看板の家は見当たらなかった。
「幻聴かなぁ?」
いったん戻って左の道に進み直すか……と
「………………っ!」
! また聴こえた! 幻聴じゃない! 女のヒトの叫び声……悲鳴だ!
「こっちか!」
声が聴こえた
そして目に飛び込んできた光景に、ボクは絶句した。
「なっ……!」
道端で女性が地面に押さえつけられていた。五人の男によって。
女性は
一瞬、男たちの目的は強姦かとも思ったけれど、それにしては異様だった。普通、五人の男で女性を強姦しようと思ったら、馬乗りになったり、四肢を手で押さえたりするのが普通だろう。それにその表情は興奮や欲情で
だが、この男たちは違った。全員立ったままで、女性、いや、女の子のことをひどく冷めた眼で――侮蔑するような眼で見下ろしている。
ではどうやって女の子を押さえつけているのかというと、簡単だ、道具を使っているだけ。
女の子は長い
まるで猛獣か――あるいは犯罪者のように。
「……何やってんのアンタら」
どちらに非があるのか判断できなかったので――女の子が本当に危険な犯罪者である可能性も皆無ではない――ひとまず怒りを抑えて男たちに訊く。
実戦経験といえばあの『深きものども』との
必要なら、大立ち回りだってしてやろう。
「なんだガキ? 邪魔すんじゃねえ」
男たちのうちの一人がこちらをチラリと見、そして答えた。
歪んだ使命感に燃える眼、『正しい自分』に酔いしれている恍惚とした表情で。
「今、大切なトコなんだ。悪しき存在に裁きを下すトコなんだよ」
悪しき存在……裁き?
……まさか……、
眉を
「さあ覚悟しろ、邪悪な<魔女>め! この世界のため、おまえの罪を裁いてやろう――俺たち<秩序管理教団>がな!」
――はい、大立ち回り決定☆
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