追想 ある<魔女>のモノローグ①
――『あなたのお父さんはね、お母さんのヒーローだったのよ』
それがお母さんの口癖だった。
私のお母さんは『ここ』ではなく、チキュウ? とかいう別の星で生まれ、いつの間にか『ここ』に流れ着いていた来訪者――
なんでも、ダイニジセカイタイセン? とかいう大きな戦争があって、お母さんは戦火から逃げ惑っているうちに、気付いたら『ここ』に辿り着いていたらしい。
相当大変だったようだ。最初は『ここ』の言葉もわからなかったそうだし、水も合わなかったし、文化だって全然違ったし――生き延びられたのはほんとど奇蹟だった、と言っていた。
そう。奇蹟だったのだろう。
そんなお母さんに親身になってくれる男性がいたことは。
そんな男性と、『ここ』に流れ着いてすぐに出逢えたことは。
――『あなたのお父さんに出逢えなかったら、お母さんは死んでいたわ』
うん。嬉しかったのはわかるよお母さん。でもね、出逢ってすぐにやることやって、私を身籠っちゃったのは、正直どうかと思うけどね。
お父さんもだけどさ、せめてもうちょっと自重すべきだったんじゃない?
お互いのことをよく知るためにも、最低限、出逢ってから半年くらいは我慢するべきだったと思うんだ。出逢って二週間でやる? 普通。
<漂流者>とかヒーローとか、そういうのとは別の話だよこれは。一般常識というか、貞操観念的な話だよ。娘にこんなツッコミをされて恥ずかしくないのかな?
――『ごめんね、お父さんと一緒に星空を眺めていたら、つい盛り上がっちゃって……』
聞きたくなかったよ、両親のそんな話。生々しすぎるんだってば。
……何度お父さんやお母さんとそんなやりとりをしただろう。
なんだかんだ言っても、私はお父さんとお母さんが大好きだった。
二人は私に惜しみない愛情を注いでくれたし、周りのヒトたちも暖かい眼差しで私たち一家を見守ってくれていたから。
私は間違いなく幸せだった――最初のうちは。
風向きが変わったのは、五年くらい前のことだ。
周りのヒトたちの――世界の、私を見る目が変わってしまった。
気が付いたら、『ここ』で生まれた男性と<漂流者>の女性の間に生まれた私のような女の子は、世界中のヒトたちにとって『
迫害の対象となっていたのだ。
なんでそんなことになってしまったのかはわからない。
知っても今更どうしようもないから、知りたいとも思わない。
ある日、私が生まれ育った家は、近隣の住民の手で……かつて私に優しい眼差しを向けてくれていたヒトたちの手で、焼き討ちに
今でも憶えてる。あのとき、家を取り囲んでいたヒトたちの、あの恐ろしい眼を。嫌悪と、憎悪と、侮蔑と、殺意と、歪んだ正義感で
彼らの口から
――『世界の敵め』
――『生かしてはおけない』
――『おまえは呪われた存在だ』
――『人間のフリをしやがって』
――『よくも今まで騙してくれたわね』
――『貴様に幸せになる権利など無い』
――『諦めなさい、アンタの味方なんてここにはいないわ』
――『この<魔女>が! 死ね!』
……私が何をしたと言うのだろう。
私、ただ生きていただけだよ?
そりゃあ、ときどきは
マリーおばさんが作ったシチューを勝手につまみ食いしちゃった。
ジョセフおじさんの家の水車で遊んで壊しちゃったりもしたね。
アレフお兄ちゃんがクリスお姉ちゃんのことを好きなのバラしたのも私だよ。
でもさ……、みんな、笑って赦してくれたじゃない。
『子供はこれくらい元気なほうがいい』って、頭を撫でてくれたじゃない……。
悪戯したぶん、お手伝いだって頑張ったよ?
ジョンお爺ちゃんの家の畑の野菜の収穫を手伝ったり。
アンネおばさんが料理で手を離せないとき、代わりにお使いに行ってりもしたね。
他にも……沢山……沢山……私なりに『良い子』でいたつもりだよ……。
なのに……どうして?
どうしてみんな、急に私のことが嫌いになっちゃったの? 死ねなんて言うの?
なんでお父さんが……私を庇って死ななくちゃいけなかったの……?
――『泣かないで……お父さんもあなたが泣くことを望んでない……あなたにはいつも笑っていてほしいはずよ……』
今でも憶えてる。
お父さんがみんなを引き付けている間に……ううん、みんなに殺されてしまっている間に、幼い私の手を引いて必死に逃げてくれたお母さんの、そう告げる声も、確かに震えていたことを。
それから私とお母さんは、様々なところに移り住んだ。人目を忍ぶように。
私が持って生まれてしまった不思議なチカラを抑えきれず暴発させてしまい、周囲に<魔女>だとバレては逃げる。逃げた先で隠れ住む。またバレる。その繰り返し。
そうやって五年。誰も信じず、誰も頼らず、誰にも心を許さず――私とお母さんは二人だけで生きてきた。
必死だった。
生きるためなら、私は盗みだってやった。
お母さんは、身体を売りさえした。
だけどそれも、一ヶ月ほど前に終わりを告げた。
お母さんが、病気で死んでしまったのだ。
――『ごめんね……あなたを独りぼっちにさせてしまうわ……』
お母さんは息を引き取るその瞬間まで、『ごめんね』と言い続けた。
最期の最後まで、私の
お母さんを独りでは死なせないよ。私もすぐにあとを追うよ。死んだら、今度こそずっと平穏に暮らそう。天国で。お父さんも一緒に。
そう言う私に、しかしお母さんは最後まで「うん」とは言ってくれなかった。
――『生きることを諦めないで……いつかあなたにも必ず現れるわ……何があってもあなたを裏切らない……あなたを護ってくれる……ヒーローが……』
そんなの、この世界にはいないんだよ。
この五年間、誰も私たちを助けてなんかくれなかった。護ってなんかくれなかったじゃない。
私のヒーローは……この世界で、お父さんとお母さんだけなんだよ……。
だから、ねえ……、お願いだから死なないで……。
私を……独りぼっちにしないでよ……。
――『約束よ……アリシア……お父さんとお母さんは天国からあなたを見守っているから……。だから、いつかきっと見せてね……。あなたが、あなたのヒーローの隣で、幸せそうに笑っているところ……』
――お母さん。
私はまだ生きているよ。
誰にも助けてもらえないまま。相変わらず独りぼっちで。
でも……、それももう終わりみたい……。
「捕まえたぞ! <魔女>め!」
必死に逃げ続けた私は、けれど、とうとう追っ手に追いつかれ、
『離して!』と叫んで暴れて抵抗しようしたけれど、私の四肢と首根っこを押さえつけている刺股はビクともしなかった。
「それではこれより『断罪』を始める」
私を追い立てた五人の男のうちの一人がそう宣言する。死刑宣告だ。
――ここまでか……。ごめんねお母さん……。約束、果たせそうにないよ……。
もう何もかもに疲れ、諦め、抵抗をやめようとしたそのとき。
その声が、突然耳に飛び込んできた。
「……何やってんのアンタら」
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