1章 一人目の<魔女> ー『幽霊船長』の誕生ー
♯11 可愛い仙女様たちと、寝台でイチャイチャした
――過去と現実のあわいたる夢で、遠いムカシのボクを見ている。
――それはあの
「ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」
そして、そんなボクを宿敵の牙から救ってくれた二人の幼い女の子……。
その片割れが地に膝を着き、倒れ伏すボクの
「わたしがもっと早くあなたの危機に気付いていれば……。そうすればこんなことには……」
そう言ってボクのために泣いてくれた人間ならば十歳くらいの、白無垢や巫女装束を
そして、それ以上に神々しかった。
あのころのボク――トリケラトプスのひどく原始的な脳であっても、その存在を『神々しい』と感じずにはいられなかったほどに。
畏敬の念を抱かずにはいられなかったほどに。
あるいはボクじゃなくても――ボクより遥かに原始的な生き物であっても、彼女たちを前にしたなら、そういう印象を抱かずにはいられなかったかもしれない。
誰でも。
現に、ボクを襲ったティラノサウルスだって、彼女たちが不思議なチカラで雷や竜巻を起こして驚かすよりも一瞬早く、その姿を目にするや
「……泣いては駄目だよ、マーシー」
逃げるティラノサウルスの背中を油断せずに見送っていたもう一人の女の子が、瞳をキッと吊り上げて、ボクに寄り添うマーシーと呼ばれた女の子を
淡々と。
「だから言ったんだ。何度も何度も。いくら『それ』が特別な
「でも……ディードレ、」
「確かに『それ』は、<■■■■■■■■■>であるあなたに従う
「ディードレ……」
そのときの彼女たちの言葉、その意味を、ボクは
それはこうして
「わたしたちは<■■■>……この地球の■■にして■■。この模造された地球の管理だけが母様から与えられた役割。それ以外のことは極力考えるべきじゃない。母様にもそう言われたでしょう?」
「……でも、」
「それに、わたしも今あなたに釣られてつい『それ』の
「…………っ」
「たとえそうでなかったとしても……、間もなくこの
諭すように言い含められて。
「…………」
マーシーは桜色の唇をきつく噛みしめる。
そして地に倒れ伏すあのころのボクの、ティラノサウルスの牙によって傷つき血塗れとなった
「…………次に、」
苦悩と不安に震える声で、彼女はポツリと呟く。
「?」
「次に『彼』に逢えるのは、何千年後かしら? それとも何万年もあと? ……そのとき『彼』は、どんな生を歩んでいるかしら? ……いえ、それ以前に、『彼』の
「! マーシー! あなた、この期に及んでまだ、」
「……わたしはね、ディードレ」
「っ」
自身の片割れとも言える存在――マーシーのまっすぐな視線に射すくめられ、ディードレと呼ばれた女の子は言葉を呑み込む。
そしてマーシーは、涙を浮かべた双眸に決意の光を浮かべ、ハッキリとこう告げた。
「わたしは『彼』こそが、永遠の存在者であるわたしたちの救いになってくれるかもしれないと……そう思うの」
「……それって」
「いつかわたしたちがこの永遠のような生に圧し潰されそうになったとき、心の支えとなってくれるモノ……。それは『彼』との
「……本気……なの……? 本気で信じてるの? いつか『それ』が、あなたやわたしの隣に並び立つ日が来ると……。この孤独も絶望も、包み癒してくれるときが来ると。そんな夢物語を、」
「信じてるわ」
ディードレの問い掛けに、マーシーはそこで初めて弱々しい微笑を浮かべると、小さく、しかし確かに肯いてみせた。
「まだ生まれたばかりのこの地球……原始の海というスープの中で、宇宙の
――『あなただって、心のどこかでは信じたいと思っているのでしょう?』
問い返されて無言で立ち尽くすディードレの背後……遥か後方に、ボクとマーシーは、空の彼方より轟音を伴って飛来する巨大な火の玉を見た。
その火の玉こそが、『爬虫類の時代』とでもいうべきこの白亜紀末期を生きた
秒速数十キロで飛来したその超巨大隕石は、やがてこの地上へ衝突し、周囲千キロを爆風で薙ぎ払って、千五百兆トンもの岩石をばら撒くのだ。
そして地球のあちこちでマグニチュード十一という大地震や大規模な森林火災、高さ三百メートルもの巨大津波すら引き起こし、惑星全土を覆うほどの大量の
その結果、鳥類を除くありとあらゆる恐竜の系譜や翼竜、三大海棲爬虫類、さらにはP/T境界の
すべては、この惑星に人類という種を復活させるためのプログラムの一環として。
それが彼女たちの役割であり、この宇宙に地球が模造された理由なのだから……。
「…………っ」
そう。
それゆえに、この白亜紀末期に生まれた
あの模造された地球のアーキタイプ――オリジナルの地球の歴史どおりに。
歴史の歯車がひとつでもズレれば、人類は生まれてこないかもしれないから……。
だが、それはつまり、人類再生のために
……みんな、この
……彼らだって、死にたくないに決まっているのに。
「……ごめんなさい……」
――今にも消え入りそうな声でそう呟いたのは、果たしてマーシーだったのか。あるいはディードレだったのか――
「…………。行こう」
超巨大隕石が地表へ衝突し、生じた爆音を耳にして、唇を噛みしめ
「摑まって、マーシー。
……そして。
その言葉を最後まで聞くことなく。
ボクは、何度目だったかもわからない、あの地球上での生を終えたのだ……。
――過去と現実のあわいたる夢で、遠いムカシのボクを見ている。
――それはあの
☽
「……すっげー変な夢を見てしまった……」
なんなん、今の夢? なんのSF映画? それとも特撮番組かな?
なんかやたら臨場感があるというか、リアルというか、迫力がある夢だったけれど……。
「……でも、今のこの状況、現実のほうが、よっぽど現実離れしているという悲しい事実……」
うん。こう言ったらなんだけど、昨日の出来事のほうが、今見た夢なんかよりも遥かに『ラノベかっ!』ってツッコみたくなる内容ばかりだったよ……。ごめんねマーシーちゃんディードレちゃん。意味有りげに夢に出てきてくれたトコ悪いんだけれど、キミたちのキャラ、あれだけじゃあちょっと弱すぎかもしんない。だって昨日ボクが出逢ったのって、漫画に登場するような金髪ロリのお嬢様と自称・仙女のロリ巫女とソシャゲのキャラみたいな格好をした京美人って感じのお姉さんだよ? 勝てんて、そりゃあ。正直、もうマーシーちゃんとディードレちゃんの顔すら思い出せないし。そもそもキミたちはどこの誰なんだよマーシーちゃんディードレちゃん。昔見た特撮番組かなんかのキャラだっけ? 全然憶えてないや。
「……というか、ロリはもうお腹いっぱいなんだよね……。現実のほうで充分堪能したというか……」
「う……ん……イシャリ……しゃま……」
――すぐ左隣で寝ている、亜麻色に近い
「……幼女と
しかも
「でも、あの場合どうしようもないと思うんだ……」
ここは昨日までカグヤが使用していた個室――船長室で、
「わたくし、イサリさまと離れたくありません……! 同じ部屋がいいです!」
それまで一切
……まあ、仕方ないのかもしれない。
このコにとってボクは、この
その上ボクは昨日一日で、(良くも悪くも)このコから過分なまでの信頼を得てしまった。
知らない環境、知らないヒトたちの中に突然放り込まれてしまったこのコにとって、現状最も気を許せるのはどうしたってボクになってしまうだろうし、ボクの
ボクに甘えるな、依存するなっていうのが、土台無理な話なんじゃないかな。
だって、どんなにしっかりしているように見えても、まだ十歳くらいの女の子なんだよ?
むしろ頑張っているほうだと思うんだ。なんなら、もっと
なのにそんな健気なルーナを「いいから別の部屋で寝なさい!」って叱って突き放すなんて、ボクには出来ないよ。
相手が
「……まあ、いざというときはボクが警察のご厄介になればいいだけの話だしね」
牢屋に入るのはいいんだけど(いやよくないけど)、行方不明になっていた男子高校生がまだ小学生のお嬢様を
もしもそうなったら、家族や叔父さん叔母さん、バイト(巫女)のお姉様がた、そして
「……しゃま……だい……き……」
心身ともに疲労が溜まっていたのだろう、ルーナはいっこうに目覚める気配が無い。なんかムニャムニャ寝言を言っている。
「まあ、無理も無いよね。いろいろなことがあったし」
良い夢を見ているらしく、ちょっぴりだらしない顔になってしまっている(
「……で、なんでキミまでいるのかな? キミの部屋、ツバキと同室ってことになったんじゃなかったっけ? 少なくともボクが眠りに落ちるまでは確実にいなかったよね。いつの間に忍び込んだワケ?」
「えへ☆」
ボクの言葉に舌をペロッと出して誤魔化し笑いを浮かべたのは、言うまでもなく自称・仙女のロリ巫女――カグヤだ。
おそらくは寝間着なのだろう、あの袖や袴などの丈を短くした巫女装束のような衣装を極限まで簡素化したような
ついさっきまでボクの右腕を枕にして寝ていたカグヤは、上半身を起こすと「う~ん」と背伸びをして、
「最初は大人しくツバキの部屋で寝ようと思ったんだけど。やっぱり枕が変わるとダメだね。全然寝付けなくて。結局、使い慣れた枕があるこっちで寝ることにしたんだよ」
いけしゃあしゃあと、そう言った。
「そっかー。枕が合わなかったかー。じゃあ仕方ないね」
「うん☆」
「……ボクの右腕を枕にしてなかったかキミ」
さっと目を
「……カグヤ。ボクはラブコメ漫画やライトノベルの主人公のような、『女の子の好意に気付いているにもかかわらずなぁなぁで済ませていつまでも答えを出さない優柔不断野郎』とは違うんだ。だからこの際ハッキリ言わせてもらうよ。幼いとはいえキミのような美人さんに好意を寄せられるのはぶっちゃけ悪い気がしないし、大人になったキミと付き合えたりしたらみんなに自慢できるだろうなぁとも思う」
「う……うん」
「でもね――キミはまだ十二歳くらいで、そして申し訳ないことにボクはロリコンじゃないんだよ。今のキミの好意に応えることは出来ない」
そもそもボク、いずれは地球に帰還したいと思ってるし。
キミはこっちの人間……人間? まあいいや人間ということにしておこう……なんだろう?
どのみち離れ離れになる運命だ。
「というワケで、ボクのことは諦めてほしい」
なんだかなぁ……。
まさかボクが女の子をフる日が来るとは思わなかったよ……。
しかも相手は(少なくとも見た目は)十二歳くらいの幼い女の子ときたもんだ。
人生、何があるかわからないね……。
たぶんボクの人生において最初で最後となるだろう異性への『ごめんなさい』に対し、しかしカグヤは、
「やった☆」
とガッツポーズをした。
……なんでガッツポーズ?
「だんなさまにとって最大のネックは、わたしのこの見た目なんだよね?」
「え? ま、まあ、そうだね?」
出身地問題もあるけれど。でも、見た目のほうを最大のネックということにしておかないとロリコンということになってしまいそうな気がしたので、素直に肯く。
「よしよし。そのうち解決する問題だね」
そのうち……って。
そりゃあ七、八年もすればこのコも立派な大人のレディ(それもたぶん絶世の美女)だろうけれど。
でもそれってつまり……、
「キ・ミ・はっ! ボクがそのころまで誰にもモテず、ずっと独り身だと確信しているワケだな⁉」
やめてほしい。シャレにならない。充分あり得る未来だけに。
「ち、違うよぉ! そういう意味じゃあ――キャハハハハやめてやめてだんなさま怒らないで脇腹をくすぐっちゃダメぇ」
「――旦那様。もしかしてカグヤがここに来てないか……の……」
「「あ。」」
気が付いたら、入口の扉のところにツバキがいた。
目を丸くして。
口の
顔面から血の気を引かせて。
ワナワナと肩を震わせて。
「おはよう、お姉さ……じゃなくてツバキ」
ボクは挨拶して、そこでハタと気付く。
自分の今の状況を、冷静に見直す。
狭い
その上で逃げるカグヤを追いかけ、くすぐり続けようとした結果、彼女を組み伏せる感じになってしまっていたボク。
ただでさえ薄くて布面積の少ない着衣が、身悶えた結果、ちょっとアレな感じにはだけてしまっているカグヤ(見た目十二歳くらい)。
ついでに、すぐ横で「……シャリしゃま……しょこは……らめれすよぉ……」とムニャムニャ言っているルーナ。
ここで問題です。
たった今この部屋を訪れたばかりの人間が、この様子を見た場合、何を想像するでしょう?
ヒントは
「つ……ツバキ。これは……その……違うんだ。誤解なんだよ。ボク、何も
……うん。
ボクが女の子をフる日が来るとは思わなかったけれど、こんな不倫が奥さんにバレた旦那さんの言い訳みたいなセリフを口にする日が来るとも思わなかったよ。
「――旦那様。歯を食いしばれ」
……ルーナが目を覚ましたのは、この直後に部屋を震わせたボクの悲鳴を聞いてのことだった。
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