幕間 ある少女のモノローグ


 私の想い人は変な奴だ。


 自分でも「想い人を『変な奴』呼ばわりするのはどうなんだ」とは思うけれど、事実だから仕方ない。

 その変な想い人が、にまで、変なことを言い出した。


「なんかさー、ここんトコ変な夢を見るんだよね。夢の中でボクはプラネタリムみたいな場所にいてさ。そこで学者か司書みたいな格好をした眼鏡っに会うんだけど、子供向けの特撮番組みたいな映像を観せられるんだよ。……映像の内容? うーん……正直よく憶えてないんだけど、ボクみたいなごくごく普通の少年が、女の子たちを守るために蒼い甲冑をまとった騎士の姿に変身して、変な化け物と戦ってた気がする。眼鏡っ娘が言うには、『いつか、何かの参考になるかもしれません』ってことなんだけどさ。あんなの、何の参考にしろっていうんだろうね?」


 ……もしその話をしたのが他のヒトだったなら、私はきっと鼻で笑って聞き流したことだろう。

 あるいは『中二病、乙』と言って馬鹿にしたかもしれない。

 でも、それを言ったのが他でもないアイツだったから、私は鼻で笑う気にも、馬鹿にする気にもなれなかった。




 繰り返しになるが、私の想い人は本当に変な奴だ。


 吃驚びっくりするくらいトラブルに巻き込まれる。


 この前は、横断歩道を渡ろうとしていたお婆さんを居眠り運転のトラックから助けてた。その前は、地震のせいで落ちてきた看板から登校中の男の子をかばってた。そのまた前は、木に登って降りられなくなっていた猫を助けようとして引っ掻かれ自分が落っこちてた。


 どれもこれも、一歩間違えれば死んでいてもおかしくなかったと思う。

 いや、助けた相手もだけれど、それ以上にアイツがだ。


 てか、どーいう確率よこれ! 

 どうやったらそんな頻繁に誰かの命の危機に居合わせることが出来るワケ⁉

 誰かがアンタを異世界転生させようとしてんじゃないの⁉

 ……とツッコミたくなる。


 もちろんアイツの行動……誰かを救うために身体を張れること自体は立派だと思うし、内心尊敬もしているけれど……。


 でも私は、何かの物語の主人公みたいな立ち回りをするアイツに、危機感を覚えてしまうのだ。

 心配になるのだ。


 アンタ、勝手にいなくなったりしないわよね?

 どこか私の手の届かないところへ、行ってしまったりしないわよね?

 私を置いて、消えてしまわないわよね?


 ――と。




 そんなアイツが、不思議な夢を見たという。

 それも、近々アイツが何かの物語の主人公になることを匂わせる、そんな夢を。


 私としては心穏やかではいられない。




 私はアイツが好きだ。


 乗っていた漁船ふねから海に落ち、溺れ死にそうになったところを救われるよりも遥か以前から。

 ずーっとずーっと。

 物心ついたときにはもうアイツのことが大好きで……、こっそりと想い続けてきた。

 私は母に似て気が強く、意地っ張りで、昔からの関係を引きずってしまい中々素直になることが出来ないけれど、アイツのことが好きで好きでたまらない。

 どのくらい好きかというと、アイツが私の家……海神様をまつるそこそこ大きな神社に昔から出入りしていたせいか巫女さんフェチに育ってしまったらしいことを、ふとしたキッカケ(アイツの部屋で夜のオカズを発見した)で知った日から、家業を手伝う際は巫女さんの格好をすることにしたくらいには好きだ。


 幸い、今まではなんの問題も無かった。


 住んでるのが離島ということもあり、アイツの周りに年頃の異性はそう多くなかったから、アイツの魅力に気付く女なんて『ほとんど』いなかった。アイツの魅力は一朝一夕ではわかりづらいので、アイツが異性から告白される機会は『ほぼ』無かったのだ(皆無とは言わない……お陰で私はいろいろ苦労したし、アイツはそのことに気付いてすらいないけれど)。



 だがそこで、先程の夢の話だ。



 もし本当に、アイツが何かの物語の主人公になる日が来てしまったら?

 それが誰かを救う物語だったら?

 救った相手が女で、しかもアイツの男としての魅力、真価を見抜ける『見る目のある女』だったら?


 それがアイツの守備範囲外……例えば小学生とかだったら、まだいい。

 でも、アイツのストライクゾーンど真ん中のちょっぴり年上のお姉さんとかで、色恋に関してグイグイ来るタイプだったりしたら……。

 アイツはコロッと行ってしまうんじゃないか……?

 いや、年上のお姉さんではなく小学生だったとしても、庇護ひご欲のかたまりみたいなアイツには、充分危険な存在な気がする……。


 まあ、流石に小学生に、アイツが『良い男』であることを女の直感で見抜いて、アイツを逃がすまいと無自覚かつ積極的にアピールしちゃうような、そんな末恐ろしいコはいないとは思うけれど……。




 ――わかってる。

 わかってはいるのだ。

 それらすべてが、いかに馬鹿げた思考かは。

 自分がどれだけ非現実的なことを考えているかは。

 普通に考えたら、そんなのはただの『心配のし過ぎ』、『杞憂きゆう』に決まっているということは。


 ……それでも。


 アイツが見た夢の話を聞いてから、私の中で、ずっと何かが警鐘を鳴らしている。

 神社の跡取り娘だからなのか、自分でも怖いくらい当たる勘が――女の直感が、私に警告する。



 このままでは手遅れになるぞ――と。



 だから私は、幸運にも当選したチケットを握りしめ、キャリーケースをガラガラと引きずりながら、豪華客船に乗り込もうと前を歩く従兄いとこの背中へ、改めて決意表明しようと思う。

 この土壇場で逃げられないよう声には出さずに。

 怖じ気づきそうな自分を奮い立たせるために。



 覚悟しなさいイサリ! この二週間で、ぜーったいアンタを私から離れられなくしてみせるんだから!

 万が一アンタがいなくなってしまっても、海神様カミサマのチカラをお借りして、地の果てまでだって追いかけてやるんだからね!



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