♯5 可愛い仙女様と、不思議な実を食べた
「■〇▽×☆◎▲◇★⁉」
なんだこれ……。マジで何語なんだ? フランス語? ドイツ語? イタリア語? それともロシア語? サッパリわからん。
なんとなーく、語順なんかの言語の構成というかルール的なモノは日本語に近いような印象を受けなくもないのだけれど……。アジア系の言語なのかな? でも、中国語や韓国語では無さそうだ。あと、アイヌ語でも無いと思う。
相手の
「あのオッサンの表情や語気、身振り手振りなどから察するに、ボクたちは今、何か訊かれているっぽいなぁ」
「何を訊かれているんでしょう?」
「わからない……ただ、ひとつだけ確かなことがあるよ」
「なんでしょう?」
「何を訊かれているのかわかったところで、大して意味が無いということさ。こちらが
「身も蓋も無いです……」
でも事実だからなぁ……。
帆船の
「☆◎▲◇★■〇▽×っ!」
ヤベエ。怒らせてしまった。別に馬鹿にしたワケじゃないんだけど。
「イサリさま。あのかた、もしや、この鯨さんが邪魔だから
いや、そんなことを言われても困るぞ。
「あるいは、この鯨さんを捕獲するにはわたくしたちが邪魔だから、そこを退けと仰ってるのかも」
え⁉ 捕獲する気なの⁉ この馬鹿デカいシロナガスクジラを⁉ いやまあ確かに鯨の肉や
……いや、流石にそれは無いんじゃないかなぁ……。
じゃああのオッサンは何を訴えているんだと訊かれても困るけれど。
「参った……どうしたらいいんだ」
とりあえず土下座でもしておくかなぁ。
……って、んん?
なんだ?
「なんか、大勢でワーワー騒いでる……?」
「わたくしたちの処遇を巡って口論でも始まったのでしょうか」
「何それ怖い」
でも、気のせいかな? ここからだと何も見えないけれど、これ、みんなで言い争っているというより、誰か一人をみんなで必死に説得している……あるいは制止しているって雰囲気なよーな……?
「あのオッサンも背後を見て妙に慌ててるし……。なんなんだ?」
とか
「「えっ⁉」」
次の瞬間、目に飛び込んできた光景に、ボクとルーナは大きく目を
タッタッタッ、と勢いよく助走する足音のようなモノが聴こえたと思ったら、誰かが目の前の
そう――ボクのほうへ向かって。
……なお、先程も言ったけれど、
ついでに言うと、
その高さを――そしてその距離を。
その人物は、おもいっきりジャンプしたワケだ。
「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ⁉」」
言うまでもなく、無理・無茶・無謀すぎる行為だ。……普通なら。
驚きのあまり、ボクもルーナも
出来たことといえば、目を丸くし、絶叫することだけ。
いっぽう脅威の大ジャンプを見せたその人物は、おそらくは最初からそうするつもりだったのだろう、両手を広げ、抱きつくようにボクの胸の中へ飛び込んできた。
「げふっ!」
ボクは避けるワケにもいかず――ボクが避けたら相手は白鯨の背中に顔面からダイブだ――その人物を胸で受け止める。
そしてそのまま引っ繰り返った。
結果だけを見れば、押し倒された形だ。
「
ぜ、全身が! 海に飛び込んだときに痛めた全身が! 悲鳴を上げているっ!
「はわわわわ……」
見ればルーナはペタンとその場に尻餅をつき、口元を手で押さえプルプルと
「☆◎◇▽っ!」
ボクのお腹の上に馬乗りになっている人物が、何事か訴えてきた。
「と、とりあえず、そこから退いてくれないかなぁ……?」
ボクは(通じないとわかってはいたが)そう言って、その人物の姿をそこで初めてマジマジと見、
「………………っ」
息を呑んだ。
そこに仙女がいた。
あるいは天女かもしれない。
見た目、
ルーナが『人間として存在してもおかしくない限界ギリギリを狙ったかのような美少女』なら、この女の子は『人間離れした、本来この世に存在するはずがないレベルの美少女』と言えた。
身に纏っているのは動きやすいように袖や袴などの丈を短くした巫女装束のような衣装で、やはり仙女や天女のそれを
そして何より、その身に纏う空気、気配がどこか
ボクにそっちの趣味は全く無いのに、つい見惚れてしまった。
圧倒されてしまったと言ってもいい。
もし、このコの年齢があと少しでもボクに近かったなら、間違いなくボクは一目惚れしてしまっていただろう。
危ない危ない。分不相応な恋をしてしまうところだった。
「……イサリさま? 大丈夫ですか? もしかして動けないのですか?」
押し倒されたまま、ぼうっと見惚れていたボクに、怪我の心配をしてくれたのか、表情を強張らせたルーナが訊ねてくる。
お陰でようやく我に返ることが出来た。
「だ、大丈夫。鯨が良い感じにクッションになってくれたから。……ねえ。キミ。あんな無茶をして、ボクが避けたらどうする気だったの?」
「◇▽☆◎っ!」
うん。やっぱ何を言っているのかサッパリわかんねえや。
わかるのは、このコの声が天上の音楽かと思わせるほど澄んだ音色だってことだけだ。可愛い。
「◇☆!」
とか思ってたら、女の子が自分の胸元、左右の
「あ、あのー、キミ?
あっ、ほら、見えちゃう! そんな無造作かつ大胆に胸元を弄ったりしたら、見えちゃいけないトコが見えちゃうってば!
誰かこのコを止めて!
「………………」
ルーナが(無言で)ボクの目を両手でサッと覆ってきた。
あっそうか。ボクが目を閉じればよかったんだね。ルーナさんナイスアシスト!
でも急に視界を遮られると
「………………」
しばらくして、ルーナが(やはり無言で)ボクの目を覆っていた手を離す。
クリアになる視界。
真っ先に目に飛び込んできたのは……、
「◇□☆◎!」
満面の笑みを浮かべた女の子が、両手で差し出してきた見慣れない果実だった。
形は洋梨に似ている。サイズは大きめの
……何これ? 見たことない果物なんだけれど。
「◇□、☆◎!」
女の子がズイッと果実を突き出してくる。たぶん『あげる』『食べて』と言ってるんだろうけれど……。まさか出会い
何? こっちにはそういう文化でもあんの? 初対面の相手にはお近付きの証として食べ物を差し出す文化とか。
ていうか、どうしたらいいんだこれ……。良好な関係を築くには遠慮なく頂戴するべきなんだろうけれど……。
でもこの幼女、今、左右の衿の間からこの
え? てことはこの幼女、自分の胸の谷間から取り出したモノを食べろって言ってるの?
字面だけを見たら痴女の所業だよ? それ。
ていうかこの実、色味がちょっと…………な感じなのだけれど。
毒は入っていないと信じるにしても、酸っぱかったりしない? あるいは食べたら身体がゴムみたいになったり、急に泳げなくなったりしない?
「◇●×▼□?」
中々実に口をつけようとしないボクに、毒を警戒していると思ったらしい女の子はしゃく……と一口自分で
「△×◎□!」
『ほら大丈夫だよ!』と言って(推測)、実をボクの唇にグイッと押し付けてきた。
「もがっ」
どころか、口の中に押し込んできた。
いやそこキミが口をつけたトコ……と止める暇も無かった。
「△〇■◇☆?」
「イサリさま⁉」
……あーもうっ!
口の中へグイグイ押し込まれる実を、笑顔の女の子と顔面蒼白のルーナが見守る中ボクは齧り嚥下する。間接キスについては……この際、気にしないことにしよう。このままだと窒息死しそうだし。それに相手はまだ小学生くらいの女の子だしね。
「△■◇☆♪」
それを見て、女の子はようやくボクの口から実を離してくれた。
果たして味のほうはと言うと、
「⁉ 甘っ。
すごくジューシー! すごく蜜たっぷり! 何これメチャクチャ美味い! これまで食べたどんな果物よりも
「っ」
ボクが感想を言い終わるか言い終わらないかのうちに、ルーナが女の子の手から実をひったくって、かぷっと齧りつく。
このコにしては珍しく強引というか……無作法な振る舞いだ。
……そんなにお腹が空いてたの?
それとも
あ。そこ、ボクが今、口をつけたトコ……。
まあ、いいか。小学生だし、まだそういうのを気にしない年頃なのだろう。わざわざ指摘して意識させることもあるまい。意識させた結果、慌てて『ぺっ』って吐き出されたりしたら、ちょっと……いや、かなりショックだし。
実をゴクンと嚥下したルーナは、ほぅ……と熱い溜め息をついた。
よっぽど美味しかったのか、ニヘラァ……とちょっと情けない感じに
「美味しかったでしょう?」
女の子が不意にそう訊ねてきた。
「うん。確かに。正直驚いたよ」
ボクは答え、そして一拍置いて違和感を覚えた。
……あ、あれ? このコ、今、日本語で喋らなかったか?
なんで急に日本語を喋れるようになったんだ? それとも今まで喋れることを隠していただけなのか?
「緑色の実にはね、異なる
「は……?」
……このコ、今、非現実めいたことを言わなかったか?
異なる言の葉を操る者同士を繋げる実だって? つまり食べただけで自動翻訳スキルを入手できるってこと? 何それ? どこの未来の世界の猫型ロボットのひみつ道具さ?(いや、あれはコンニャクだっけ?)
「信じられない? まあ、そうだよね。閉ざされし
閉ざされし姉星……?
それはもしかして地球のことか?
……この口ぶり。
やはり『ここ』は地球では――
「キミはいったい……。それに『ここ』は――」
戸惑うボクと、そしてボクと女の子のやり取りを黙って見守っていたルーナに、女の子はニッコリ笑ってこう言った。
「ようこそ、だんなさま。蒼き月の海――ルナマリアへ」
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