♯6 ツンツンしたお姫様と、最悪の出逢いをした
……実のところ。
『その可能性』は常に頭の片隅にはあったのだ――ただ単に現実を直視するのがイヤだっただけで。
認めるのが怖かっただけで。
ボクは――そしてたぶんルーナも、本当はとっくに『その可能性』に気付いてた。
ここが月である可能性に。
だって、この
――『さあ、今こそ来たれ。この
と。
……ただ、
「ここが月……月面だって言うのか? この大量の水を
だとしたらおかしいぞ。
「ボクが知っている月の海は、海とは名ばかりで、実際は玄武岩で覆われた平原のはずだ」
確かに月面には、湖、沼、入り江、大洋、そして海と呼ばれる場所があちこちにある。
有名ドコロだとアポロ11号の月着陸船が着陸した『静かの海』なんかがそうだ。
だが、それらはあくまで『見立て』であって、本当に水を湛えているワケじゃない。
……なかったはずだ。
「だんなさまが元々いた時代――大昔はそうだったみたいだね。でも、長い年月をかけて作り変えられたんだよ」
元々いた時代――大昔?
………………いや、そうか、ボクたちは『時空を超えて』たんだったな……。
「『作り変えられた』って、誰の手でさ?」
ボクの問いに、仙女や天女を
「簡単に言えば、神様たちの手で、かな? この月とあの地球は元より彼女たちの作品なんだ。彼女たちが一から
と言った。
…………………………。
神様――彼女たち、と来たか。
そうかそうか。
………………ダメだ……どこからツッコんだらいいのかわからん……。
「神様たちってなんだよ複数形ってことは神様は沢山いるのかよそもそも本当にいたのかよ神様なんつー存在がしかも『簡単に言えば』ってことはその本質はボクたちにとっての神様とは微妙に異なるってこと? でもって『彼女たちの作品』? なんで月と地球を創造(つく)ったんだよそいつらはそしてなんで月を作り変えたりしたんだよボクたちが元々いた時代が大昔って具体的にはどれくらい大昔なんだよ地球は
「Oh……」
白鯨の背中にしゃがみ込み、頭を抱えて一息で訊ねるボクに、女の子は圧倒され、心もち引いているようだった。
頭を抱えるボクの背中をルーナが
つーか何やってんだボクは。まだ十歳くらいの女の子に慰められてどうする。おまえは一応男で十六歳だろうが。
「落ち着いて、だんなさま。あなたの疑問を解消できるよう、ひとつひとつ順番に答えるから。まずは何から知りたいの?」
「……キミの名前は?」
ボクはちょっと迷ってから、そう訊ねた。
「わたしは<カグヤ>。この
はい疑問が増えた!
まずひとつ疑問を解消してもらったら、別の疑問が数倍発生したよ⁉
マジで仙女だったの⁉
あ。ボクの背中を擦ってくれていたルーナの手まで止まっちゃった。
見れば彼女は青ざめ、トンデモないことを聞いてしまったというふうにプルプル震えている。
「伴侶……末永く……?」
そこ⁉
キミにとってはさっきの神様関係の話とか、このコが仙女で
「……あの。もしかして、イサリさまのこと、ずーっと前からご存じだったのですか……?」
ルーナはカグヤと名乗った女の子を
……なるほど、ルーナに言われて気付いたけれど、カグヤの口ぶりは確かにボクのことを最初から知っていたかのようだ。
「うん。実はね――」
カグヤはルーナの態度を気にしたふうでもなく、コクリと頷いて何事かを説明しようとし、
「こらーっ! カグヤ! お
それを第三者――いや、この場合第四者か?――の声が遮った。
……おお、ちゃんとカグヤ以外の人間の言葉も理解できる。謎の実すげえ。
見れば帆船の
全部で五人。一人は若い女性で、残りの四人は屈強な男性だ。
「お主が身軽なのは重々承知しておるがな、見ているこっちの肝が冷えるんじゃ! 普通の人間にはまず不可能な芸当を
古風な口調でそう言って、こちら――白鯨の背中にヒラリと跳び移ったのは、今の今まで他の男衆に
艶のある黒髪を腰まで伸ばし、前髪を綺麗に切り揃えた、
身に纏っているのは……なんだありゃあ……セイラー服の
しかも、ふたつのメロン(比喩表現)のせいでぱっつんぱっつんな胸元には、平仮名で『おふぃさぁ』と書かれたゼッケンまで縫い付けてあるし……。
いや。待って。
何あの文字? どういうこと? 察するにあれもあの実を食べて得た自動翻訳スキルの効果とか?
あれ、言葉だけじゃなく文字まで翻訳してくれんの? だとしてもなんで平仮名……それも子供が書いたような
『おふぃさぁ』ってのは『
……相変わらず疑問、ツッコミどころしかない……。もうヤダこの世界。
けどまあ――それはひとまず置いておいて。
――すげえ……。
ボクは目の前まで来るや
このお姉さん、少なくとも容姿に関してはボクの理想に近い!
試しに巫女装束とか着せてみたい。すっごい似合いそう(巫女さんフェチ故の発想)。
これで男を甘やかしてくれる母性の
「まったく……こんな胡散臭いナリした
うん。性格はボクの理想から程遠かったようだ。
下郎って。
確かにボクはモテないし、お世辞にも『陽キャ』や『パリピ』とは言えないけれど、『下郎』呼ばわりされたのは初めてだよ……。
このお姉さんの外見は最高なのに内面がアレなトコ、どことなーく
そもそも『胡散臭いナリ』と言われても……。あなたにだけは言われたくないんですけれど。なんのアニメのキャラクターのコスプレだよそれ。
「ツバキ」
カグヤはボクへ向けていた笑顔を引っ込めると、苦虫を嚙み潰したような顔をツバキという名前らしいお姉さんへ向けた。
「たとえあなたでも、だんなさまを
「そんなに大事な『だんなさま』なら、もっと大事に扱ってやったらどうなんじゃ。こやつさっきお主の体当たりを喰らって悶絶しておったぞ」
それはそう。
「……だって嬉しかったんだもん。やっとだんなさまに逢えて」
ツバキに言い返されたカグヤが唇を尖らせつつボクの右腕に両腕を絡め、ぎゅっと抱き着いてくる。はい可愛い。
「……イサリさま。あのかた、なんだか怖いです」
別にそれに対抗したワケじゃないんだろうけれど、ルーナもカグヤとは反対側、ボクの左腕に両腕を絡め、不安そうにぎゅっと抱き着いてきた。はい可愛い。
「…………………………」
可愛い女の子二人に挟まれてほっこりするボクへ、ツバキが変質者を見るような冷たい眼差しを向けてくる。可愛くない。ていうか怖い。
……いや、ボク、悪くないよね?
「で? お主がカグヤの『だんなさま』で間違いないのか? 答えよ下郎」
こっちが訊きたいよ! なんなんだよ『だんなさま』って! そのへんを
ツバキはボクの全身を再度ジロジロ眺め回し、顎に手を当て「ふむ……」と唸る。
「黒髪に黒瞳……。見てくれは
ヤポネシア?
「お主、本当に<漂流者>か? ……もしや妾の母上と同郷か?」
漂流者??
確かに鯨に乗って漂流していたトコだけど。
「そっちの金髪のちんちくりんはお主の連れか? 髪の色といい顔立ちといい、ちっとも似とらんが……妹か?」
金髪のちんちくりん??? ……ああ、ルーナのことか。
あ、ちんちくりん呼ばわりされたルーナがぷくっと頬を膨らませてる。ボクの腕にぎゅっとしがみついたまま「妹じゃありません!」って怒ってる。
いや、ちんちくりん呼ばわりされたことをまず怒ろうよ。ていうか、事実とはいえ、そこまで強く否定されたら悲しいぞ。今さっき、このコが家族のもとに戻れるまではボクが兄代わりになろうと誓ったばかりなのに……。
「しっかしお主、パッとせん顔じゃなー。男のくせに精幹さが足りん! 遠目で見たときは女かと思ったぞ」
!
こ……このヒト、ボクが一番気にしていることを……!
中学に上がるくらいまではしょっちゅう女の子に間違われていたこの容姿をよくも
これで確定だ。
ボク、このお姉さん好きじゃない。
このお姉さんがボクに対して抱いた第一印象は最悪なんだろうけれど、ボクのこのお姉さんの第一印象も最悪です。
「ちゅーか、本当に男なのじゃな……。女ではなく……。この目で見ても信じられん」
………………?
どういう意味だ、それ。
『そんなナリして本当に男なのか』というニュアンスじゃなかったよな、今のは。
どちらかと言えば、『なんで男のくせにここにいるんだ』ってニュアンスだったような気が……。
「……まあ、よい。カグヤが言う以上、間違いなくお主がそうなんじゃろ。礼節をもって
礼節……?
あ、あれ? もしかしてボク、これまで礼節の意味を間違って憶えてた?
『失礼』や『無礼』と逆に憶えちゃってた?
「――お嬢。挨拶はそれくらいに。今はまずこの場を離れましょう」
ツバキに付き従っていた男衆の一人が、一歩前へ出て、そう進言する。
よくよく見ると、彼らは全員、手に長い棒――
棍の長さは2m近くあり、あの帆船や
「『奴ら』に見つかると厄介です」
……『奴ら』?
「そうじゃな。よし、戻るぞ。お主らも急いで
ボクとルーナのほうへ振り返ったツバキは、しかしそこで口を
「……遅かったようじゃな」
え?
ボクはツバキの視線の先――背後へと振り返る。
そしてそこに居たモノを見て、「っ⁉」と絶句し
「ひっ――」
同じく振り返ったルーナが、口元を手で覆って小さな悲鳴を上げる。
「……現れおったな」
「『深きものども』」
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