お前のような女が悪役令嬢であるはずがない

仲仁へび(旧:離久)

第1話




「お前が悪役令嬢メアリーなのか?」


 俺は目の前にいる女の正体を疑っていた。


 こんなか弱い少女が、悪役令嬢であるはずがない、と。


 時間がない。


 早く本物を探し出さねば。


 どうせ、将来は世界を滅ぼす悪人になるのだから。


 罪を犯す前に殺してやるのが、慈悲というものだろう。







 俺は、どうやら乙女ゲームとかいうものの世界に転生したらしい。


 らしい、というのは共に異世界に生まれかわった相棒が、そう言っていたからだ。


 俺自身はよく分かっていない。


 その乙女ゲームとやらは世界の危機を、一人の女性主人公と攻略対象という複数の男性が救うーーという内容らしい。


 恋愛物語が主な話であるが、世界を脅かす危機の駆除も同じくらい重要な話だと聞いた。


 その話を聞いた時、俺は半信半疑だった。


 ゲームの世界が現実に実在?


 そんなことがあるわけがないと思っていたからだ。


 輪廻転生という言葉は前世の仕事柄、聞きなれていたが、ゲームだのなんだのという、そちらの方面にはまったく理解が深くない。


 そういったわけがあり、転生してから十数年間は、気にせずに生きていた。


 しかし、意識せざるを得ない出来事が起こる。


 相棒が述べた予言が、乙女ゲームのエピソードとやらが、次々と現実のものになっていった。


 邪神の復活、大災害の頻発、各国の重要人物の死亡。


 だから、これはまずいと判断した俺は、世界を確実に救うために行動し始めたのだ。






 あれから数日後。


 悪役令嬢の屋敷を襲撃し。そして今に至る。


 武器を手にして、例の人間を探していたのだが。


 出会ったのが、目の前にいるか弱い少女。


 相棒から教えてもらった名前と同じ名前の少女だが。


「私がメアリーです。なんなのですか貴方達は、これ以上屋敷の者達を脅かさないでくださいまし」


 やがて世界を滅ぼす人間。


 どんな人間だと思っていたら、何でもない普通の少女だった。


 それどころか、可憐で美しい。


 澄んだ湖のほとりに咲く、綺麗な一輪の花のようだった。


 俺は自分の目を疑った。


 迷いが生じるが、俺は魔法の言葉を呟いた。


「神を信じ、神の為に。この命は人類の救済のために」


 前世でも散々世話になった魔法の言葉だ。


 罪のない人間を手にかけるかもしれない。


 俺がやっている事は意味のない事かもしれない。


 そう思うたびに、背中を押してもらった。


 ふとそんな時、転生する前にあった、とある出来事が脳裏によぎった。


 目の前の少女と、どこか声の似た少女を暗殺する時の出来事が。


「あなたのような子供を利用するテロリストたちが存在するのですね。許せません。目の見えない子供に都合のいい事実を吹き込んでこのように利用するなんて」


 俺は救済組織から、汚物のように汚らわしい見た目をした、醜悪な罪人を救済するのだと聞かされていた。


 それで毎日相棒と共に、富めるお金持ちの屋敷や、私腹を凝らすだけの要人の家に侵入し、ターゲットを殺めていた。


 人の気配を掴む事に長けた俺は、視力が弱くても戦う事ができたから。


 けれど、殺した相手の姿は、一度もはっきりと見た事がない。






 一秒も満たない回想から戻った俺はつぶやいた。


 背後に出てきた弟らしき人物をかばよう、手を広げた少女を見て。


「お前のような女が悪役令嬢であるはずない」


 こんな華奢で頼りなく、芯の通った声で話す人物が。


 ガラス細工のようにもろく、儚い雰囲気を持った女が。


 誰かを気遣う優しい魂を持った人間が。


 もしそうだとしたら、俺は相棒に騙されている事になるではないか。


 悪人は悪人にふさわしい見た目をしているのだと、ずっと教えてもらってきたのに。


 でも、そういえば転生してからは一度もそんな事、言っていなかったな。








 駒が使えなくなったのを遠くから確認した俺は、ため息を吐いた。


 前世からの縁があったから使ってやっていたが、ここで捨てなければいけないようだ。


 落胆はそれほどない。


 使えなくなった不用品をダメ元でリサイクルしてみたようなものだから。


 それに、代わりならいくらでもいる。


 この世界は向こうの世界ほど文明が進んでいないからな。


 探せば打ち捨てられたものなど、いくらでも見つかった。


 自分で思考する駒など不必要だ。


 これまでの縁だったな相棒。


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お前のような女が悪役令嬢であるはずがない 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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