5話  ヒロイン

 アルマは大きな葉を下着代わりに身に着け、森林を歩いていた。

頭がクラクラして上手く歩けない。

しかし、幸運な事に濁った水溜まりを見つけた。

貧弱な浄化の魔法で水を最低限飲めるくらいに綺麗にし、

それを飲んで凌いでいた。


 彼女は闇雲に動いている訳ではなく、

安全なルートに戻ろうとしていた。

逃げ回りながらも頭の中に大体の位置を記憶していたのだ。

依頼前に習慣付けた地道な下調べが功を奏した。


 体力や魔素を少しでも自然回復しようと、

木の実や小さな昆虫を口に運ぶ。

虫に火魔法は使わない、

魔素を少しでも溜めたいからだ。

それよりも回復魔法に当てる。

この状況はそういう賭けをしなければ生きていけない程に過酷だった。


 しかし、賭けと言っても魔物は狩らない。

この辺の魔物を武器無しで狩るのは危険すぎる。

それは賭けでは無くただの蛮勇。自殺と同じだ。



 私は茂みに身を潜めた。

ソロモンに雇われた盗賊が私を捜索していたからだ。

盗賊たちは少し焦っていた。

しかし、それは好都合だ。

焦るほどに細かい点を見落とす。



 八日を過ぎた頃、盗賊たちは探索を打ち切った。

ただでさえこの辺りは厳しい環境だ。

襤褸切れにして、さらに高い崖から落ちた女が、

食料も無しに生きているはずがない。


 盗賊の判断は半分は正しかった。

日に日に歩ける距離が減った。

私は偶然に助けられている。

辛うじて生きている、といった状況だからだ。





【ブレイブヒーロー】


 ソロモンは道でぶつかった女性を無理やり連れ込んでいた。

首輪をつけて、床にばら撒いた食べ物を与えてる。

さらに上から白濁液をかけた後に食べろと命令した。


「美味しいか?」


「はい、美味しいです。ソロモンさま」


「彼氏のと俺のどっちが良いんだ」


「ソロモンさまです」



 その近くでヴァイオレットが、

少年と青年の腹部を力一杯殴る。


「何でこんな事を……ヴァイオレット様」


「黙れ! お前の弟はこんなにも従順になってるのに! 

覚えが悪い奴だ!」


 口答えしたので、何度も殴る。

そこで買い物から帰って来たシビルが、

テーブルに荷物を置いた。


「あんまりやりすぎないでくださいよ。

回復魔法じゃ追いつかなくなります」


「その時はまた依頼して、処理してもらえばいい」


「まあ、そうですけど」



「大丈夫だって、何時も上手く行ってる。

こいつらが完全に服従するまでの辛抱だよぉ。

そうすれば自分から美男子を捕まえて来るようになるからな~。

まったく、これだから止められないぜ」


 ノーマも帰って来た。彼女は不満げな表情だ。

どうやら今日の報酬が少なかったからだろう。



「ノーマ、聞いたぜ。俺の精液がかかった下着を、

金貨一枚で売ったらしいじゃねぇか。クハハハハ! 傑作だぜ!」


「向こうが欲しいって言ったからよ。私は悪く無いわ」



「違いない。それに俺たちだろ? なんせ俺等は【ブレイブヒーロー】だからな」


「はい。何をしても、皆は私たちを許してくれます」


「そもそも誰も不満に思ってはいないわ。

皆がそれを求めてるのだから」


 ソロモン、シビル、ノーマ。

三人の言葉を聞いて、

ニヤリと笑みを浮かべると、

ヴァイオレットは男の方を向く。


「だからさ。早くお前も弟の様に認めろってのッ。オラァッ」





【偶然と奇跡】


 殺されかけて十五日目。小川を見つけたが、立ち上がる力は無く、

這いずりながらも進む。だが、目の前で力尽き動けなくなる。


 そこで弱々しい声を聞いた。

怯えている少女の声。

その少女は小汚くあるが、

碧の髪と瞳を持ち顔は整っている。

ただ、アルマはその姿を確認できないほど弱り切っていた。


 数人の男が強い口調で何かを言っている。


「おい。何を勝手に動いている、呪壺。死にかけの女なんぞほっとけ」


「もう、助からんだろうな。楽に死なせてやれ」


「ん? その背中の紋章……呪術か。運の無いやつだ」



 そんな哀れむ声を無視して回復の魔法をかける。

背中に触れている手がとても暖かい。

僅かに目を開ける程度に楽になるが、体中が動かない。

せめて顔を見ようとした体に精一杯、力を込める。

見る前に禍々しい魔物の声が響いた。



「デットリータイガー! クソが入り込み過ぎた! 

アダマンタイトじゃないと処理出来ねぇっつぅの! 

おいっ。この場から離れるぞ!」


「いや……もう遅いか……」


「く!」



 魔物が視認できる位置まで近寄っていた。


「もう少し使えたが、仕方ない。呪壺! 囮になれ! その為の奴隷だ!」


「じゃあな!」


 彼等は危機的状況に陥ったらこうする、と決めていた様子。

迷いが一切なかった。

そして、少女はそれを何事もなく受け入れた。


 呪壺と呼ばれる彼女は奴隷である。

光の魔法に適性がある者に解呪を覚えさせて一緒に連れて行く。


 呪いの解き方は様々。弱い呪いなら浄化の魔法で消せる。

しかし、実際はそればかりではない。

そのような時は、呪いを何かに移す方法がある。

専用の魔道具はあるが、まあまあ高い。


 何度も高い魔道具を購入するよりも術師を連れた方が得。

より強力な呪いを祓える。

だからこの少女を連れていた。

ただし自身に呪いを移すのは限界があり、

そろそろ変え時だと考えていた。


 教会も良いが、強力過ぎる術に遭遇すると、

問答無用で隔離されるため、こうして教会に行かない者もいる。



 射程圏内に入った魔物は相手の出方を伺う。

ゆっくりと近づいて来る。



 呪壺の少女は諦めていた。

むしろ、死ぬことで楽になるまで思っていた。


悲しくて寂しい人生だった。

けれども最後は。

その行いは自己満足で良い。

一瞬でも良い、彼女を楽に。

最期はせめて自身の意志で。



「私の役割を……」



 彼女が背中に刻まれた紋章に触れると、強い輝きを放つ。

眼を開けられぬほど眩しい光。


「何て禍々しい。醜悪な怨念。その呪いは……私が引き受ける……」



 消えていく。忌々しい呪いの紋章が。

その時、接続先を変えられた呪いは歪みだした。

呪術の在り方が変化し、術をかけた者たちへと還っていく。



 異変が起きた。魔物が大きな唸り声を上がる。

先ほどよりも大きく、先ほどよりも力強く。

先ほどに無かった畏怖を含めて、唸り続ける。



 体中から力が湧きだす。

いや、力が戻って来る。

この感覚は。


(呪い?)


 そうか私は、呪われていたんだ。


(誰に?)


 何て馬鹿だ。今まで私は。



(あいつ等……)



 アルマはその場に立ちあがる。

おかしなことだが、とても澄んだ雰囲気だった。


 魔物は吠えるだけで近寄る事はしなかった。

彼女はそれを一瞥するだけで何もしない。

意識が朦朧とする少女に語り掛ける。


「あなたが、治してくれたのね……」


 尖った耳を持つ少女。彼女は顔色が悪く、脂汗が出ていた。

そして、パタリと倒れた。


 憎しみの対象を忘れ、彼女の安否を確認する。

あんなのは後回しだ。今はこの娘を。



 少女を背負いその場を去ろうと、

魔物に背を向けた瞬間、飛び掛かって来た。

本能か、それともプライドがそれを許せなかったのか。



「あなたに恨みは無いのだけれど……」



 手刀を作り、軽く振ると魔物は真っ二つに分かれた。

血が辺りに飛び散る。



 呪術の対象を無理やり変えられた事で、

術が歪み、呪詛返しが起きた。


 しかし、少女に移した呪いは消えておらず、

そこからさらに形を変え、

少女の生命を蝕む呪いへと変化した。

アルマにはそれが分からない。でも。



「呪いと言ってた。まずは教会で解呪してもらわないと」


 そこでふと思いとどまる。


(いや、駄目。もしかしたら隔離対象になるかもしれない)


 だが、少女は衰弱していた。時間が無い。

出した結論は、最短ルートしかない。

だから教会に行く。

隔離対象になるなら、この娘を抱えて逃げる。


(教会が敵になる?)


 どうでも良い。

この優しい少女が、

こんな所で死んでいいはずがない。

絶対に治してみせる。

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