内田綾子2



「きぃぃぃいいい!」



「カツカツカツカツ」



「こつ、こつ、こつ」




綾子の隣の席の生徒が、わざわざ綾子の机の上まで手を伸ばし、爪先で表面をタッピングする。


後ろの席の生徒が、綾子の耳元にシャーペンを近付け、何度も無意味にクリックして音を聞かせる。


すると、最初綾子も何とも思っていなかったその音が彼女の脳内で悪意と関連付けられ、どんどんNGの音が追加されてゆく。

恐ろしい刷り込み―


そういった嫌がらせが日常的に行われるようになった。


それは、授業を止める可能性のある綾子をさっさと退室させ、早く授業を進めたいというクラスの総意だった。


筆頭は坂本理沙。

目鼻立ちのくっきりした美人で、物事をハッキリと言うクラスのリーダー格だった。

朋美はそこまで気が強い性格ではなかったため、彼女に目を付けられるのを恐れてなんとなく綾子とは距離を置くようになってしまった。



綾子は口に出さずとも、相当理沙を憎んでいるらしかった。

当然だ。嫌がらせは朋美を除いたほぼクラス全員によって行われていたが、その発端は彼女だったからだ。

一度だけ、いつも取り巻きに囲まれている理沙と靴箱で二人きりになった事があった。


朋美は角が立たない言い方で冗談っぽく、「もうやめない?いつまでやるの。」

そう尋ねた事があった。

その時理沙には軽く流されて終わったが、遠くでガタンという音がした。

朋美は目のピントを正面の理沙からその背後に移すと、廊下の曲がり角付近から綾子が半分顔を出し、今までに見たこともないような表情でこちらを睨んでいた事があった。

その時朋美は親友でありながら、綾子に対して畏怖の念を覚えたのだった。


その後、綾子はクラスメイトからの嫌がらせが原因で精神を病み、幻聴に悩まされるようになってしまった。

そして、ほどなくして転校した。


LIMEのアカウントも消滅しており、連絡の取りようがなくなっていたが、風の噂で引っ越したのだと聞いた。

オフで彼女と遊んだ事まではないが、それでも綾子とは委員会や部活も同じだったので過ごした時間は長い。


――どうすればよかったのだろうか。


朋美は今でも、友達は多くても本音を話せる存在は彼女だけだ。

正直、何もできなかった事を謝ってもう一度やり直したいと思っていた。

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