内田綾子

「…で、仕事中ってわけか。じゃあ無理だねー。」


「うん、ごめん。でもめちゃくちゃ暇。てかさ、最近元気?」


朋美は前のめりだった。

そこまで良い印象のない中学時代の友人とは言え、今の状態で電話をかけてきてくれた事は正直嬉しかった。

とにかく会話を引き延ばしたくて、さっさと切ろうとする理沙にすかさず話題を挟み込んだ。


・・


「で、一人でそんなとこいんの?こわっ。」


理沙に今の状況を説明すると、少し同情された。


「そういう紙いちいち貼る奴って絶対めんどくさそー。

だってさ、どうでもよくない?ドアの開閉とかさ。

中学ん時もいなかった?そういう神経質な子。」


「え…、まぁ…。」



―――神経質。



その言葉で朋美は、ある人物を思い浮かべずにはいられなかった。



…綾子。



内田綾子。


例のマスコットキーホルダーを交換した、中学時代の親友である。



…元気だろうか。

朋美はぼうっと中庭を眺め、中学時代を思い出した。

ジリジリと日が照り付ける縁側とその屋内は、雨戸を閉めた状態とでは180度別の表情を見せる。

それに照らされて舞う少量のホコリがオーブとやらに見えなくもないが、こんな状況でさえなければ、ここに三毛猫でもいたら。

さぞいい絵になったことだろう。


―綾子が転校して来たのは6年前。

当初は物珍しさに他クラスからも生徒が見に来て彼女の机を取り囲んでいたが、その時いきなり過呼吸で倒れてしまったのだ。

それがきっかけで「話してもつまらないし、何だか扱いづらい人」という印象がついて、すぐに人だかりは消え失せた。

対して朋美は友達が多く、クラスのカースト上位グループに属していた。

しかし人に合わせて笑う事が本当は得意で

はなく、いつもぽつんといる綾子に気まぐれに話しかけるうち、仲良くなった。


性格は正反対でも、どこかの波長が一致するかバランスが取れるかして、一緒にいると落ち着く存在。それをソウルメイトと呼ぶらしいが、恐らくそれだったのだろう。

大人しい綾子にだけは本音が話せたし自然体でいられたので、綾子は最も居心地の良い親友になっていた。

二人の信頼関係のもと、綾子は少々のことでは過呼吸をおこさなくなった。

ただひとつ、朋美でもどうしても配慮を必要とする事があった。

それは、特定の音に対する聴覚過敏だった。


例えば授業中に教師が板書をする際、誤って黒板を引っ掻いて嫌な音が鳴ってしまうのはよくある事だが、綾子はそれが耐えられないようだった。

その一瞬の出来事が起こるたび机にうずくまったり、不調を訴えたりした。

最初周りはイヤな音がならないようにゆっくり板書をする、紙に書いたものを用意してそれを見せる、スクリーンを使うなど配慮したが、どうしても進めなかった分はそのまま宿題にまわす教師もいたため、不満を漏らす生徒が増え始めた。

そうして一人のために時間と効率が犠牲になる毎日にクラス全員のフラストレーションは膨れ上がり、やがてそれは爆発した。

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