第15話 本当に必要なものは何か? 2
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周囲の「ヒト」は私に「ためを思って」接していたつもりだったようだ。
とはいえその内容自体がないようでは、話を聞こうという気も起きない。
そんな人たちの中には、少年期からずっとお世話になっていた人たちもいた。
養護施設の子どもたちに限った制度ではないが、「短期里親制度」というものがある。具体的には、数日間その人の家に泊まらせて「里親」的なことをして「家庭」を子どもに体験させようという制度である。
1度限りで終わることもあるが、何年にもわたり継続するケースもある。
私の場合、かなりの長期にわたり継続した。
小3の夏から高3の冬までの、約10年近くにわたっての話である。
そこまでいけば大成功例というべきケースであろう。
ただ、その家の人たちの「大検」などに対する理解度は、皆無といってもいいほどだった。
その割にはどうでもいいことばかりを言う。
この3年間で、その家の人たちに対する単なる「反抗」という次元を通り越し、「不信感」さえもが頭をもたげた。
それは私の「孤独感」を増幅させこそすれ、癒すことなどなかった。
もちろんその家の人たちには、大いに感謝している。
長期にわたり、愛情をもって接してくださったのだから。
だが、それとこれとは話が別。
権限以前の問題で、無知を無知とも思わない、憶測さえもない中での「進路」の押しつけごかしの言動には、正直、辟易した。
「愛があれば(お金なんかなくても、どんな苦難があっても、等々がここで述べられる)・・・」
という、恋愛ドラマの定番とでも言うべき言葉がある。
やれ何より愛情が一番必要だの、ためを思って言っている等の言葉も、それと同工異曲。酒に酔うのは構わないが、酒も飲まずにそんな言葉に酔って子どもたちに接する大人にはなりたくないものだと、私はこのときほど思ったことはない。
以後、そのような言葉を述べる人間は、それだけで信用しない。
高校を「降りる」ことを余儀なくされた者たちにもっとも必要なものは、そんな「愛情ごかし」などではない。
適切かつ正確な情報と、それをもとにした進路の組み立て、そしてそれを実行していく上での必要なコーチングと、人とのつながりの確保である。
それもない「愛情論」など、屁の突っ張りにもならぬどころか有害でしかない。
それが、私の「高校」3年間で得た最大の財産かもしれない。
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