第10話 お祭りの日に②
彼女が、ちらっと2人の足元に目を落とす。
「でも……」
まだやっぱり気にしてるみたいだ。
平和な僕の毎日に、いつも緊張感をもたらすのは、彼女だ。
今日も、彼女の一言で、僕は、問題解決に動き出す。
10. お祭りの日に②
僕は、彼女を抱きしめている腕を緩める。
「ありがと」
彼女が顔を上げて笑った。着物のひまわりも、元気を取り戻す。
「じゃあ、行こか」
2人で、参道を歩いて、八幡宮の境内を進む。足元は、スニーカーなので、敷き詰められた砂利も全然気にならない。
しっかりお参りをすませ、おみくじを引く。2人そろって、大吉だ。なんだか幸先がいい。
「中に、何が入ってた?」 彼女が言った。
この八幡宮は、おみくじの袋の中に、吉凶の言葉に加えて、素敵な勇気の出る文の書かれた紙と、お財布に入れておけるくらいの小さな金色のお守りが入っている。
「僕は、カエル」
「私、打ち出の小槌」
「おお。いいね。なんか宝くじ買ったら当たりそう」
「うん。あとで買おかな」
彼女は、おみくじの紙を広げてみながら、にっこりしている。
「このおみくじ、書いてある言葉が素敵やね」
「そやね。同じ大吉でも、それぞれ違うことが書いてあるし」
彼女は、大事そうに、おみくじをたたんで、巾着の中に入れ、僕は、斜めがけのボディーバッグのポケットに自分のおみくじを入れた。
出店を覗きながら、てくてく歩く。
そして、花火大会の開かれる河川敷を目指す。
途中の店々や掲示板などに、ポスターがいくつも貼ってあるのが目に入る。
『浴衣deハッピーカップル写真大会』
なんて書いてある。なんだかちょっとダサい見出しだけど、見ると、浴衣姿の2人なら、年齢も何も関係なしに参加出来る。この近くの写真屋さんが、企画したイベントらしい。
まず、参加者は浴衣姿で写真を撮ってもらう。写真はその場でプリントされて展示される。展示された写真の中で、通行人がいいなと思ったものに手渡されたシールを貼る。それが投票となり、その数が一番多かったカップルの、1~3位までに、賞品がプレゼントされるのだという。
「これ。これやらへん?」
僕が、彼女に言うと、
「それ。……やりたかってん」
彼女がちょっと嬉しそうに言った。
「そうか。それで、浴衣着ようって言うててんな」
「うん」
彼女が、ちらっと2人の足元に目を落とす。
「でも……」
まだやっぱり気にしてるみたいだ。僕は、彼女の肩をポンとたたく。
「大丈夫やで。僕、ええ構図思いついたから。行こ行こ」
河川敷の広場では、たくさんの出店と並んで、写真大会のコーナーがあり、大勢のカップルが並んでいる。うちの祖父母くらいの年齢のカップルもいれば、2,3歳の可愛らしい女の子と男の子もいれば、僕らのような若者もいる。お母さんと息子、お父さんと娘、という組み合わせもあって、みんな楽しそうだ。
撮ってもらった写真は、参加賞としてもらって帰れる、というのも嬉しいポイントだ。展示されているものを見ると、プロの撮る写真は、やっぱりかっこいい。僕らの普通のスナップ写真とは、どこか違う。
僕らの順番が来た。
僕は、カメラマンさんに、『ジャンプするので、その瞬間を撮ってほしい』と頼んだ。
彼女にもタイミングを伝える。
「一緒に、『せ~の!』って言うねん。 『の』って言いながら、地面を蹴ろう」
「うん。わかった」
彼女がワクワクした顔になる。
2人で手をつなぐ。
「じゃあ、行きます」
カメラマンさんともタイミングを合わせて、
「せ~の!」
僕たち2人が、ジャンプした瞬間を上手く捉えて、彼は、素敵な写真を撮ってくれた。
スニーカーで、元気に地面を蹴って、嬉しそうに跳んでいる僕らの姿は、自分で言うのもなんだけど、パワフルで、躍動感もあって、生き生きしてて若さが溢れている感じで、なんかカッコいい。もちろん、彼女の浴衣姿の可愛さも大きくプラスだ。
出店を回って戻ってきてみると、展示された僕らの写真の下には、けっこうたくさんのシールが貼られている。もしかしたらもしかするかもと、ちょっと期待が湧く。
「なんか、いっぱいシール、貼られてるね」
彼女も嬉しそうだ。
僕は、今日のスニーカーの思い出が、彼女にとってプラスになってくれたらいいな、と思いながら、展示された写真を見る。みんなそれぞれに、たくさんのシールが貼られている。
その中でも、僕らの写真と、うちの祖父母くらいのカップルの写真、2,3歳の男女の双子ちゃんの写真、この3つが競っている。
夕暮れが迫り、写真への投票が締め切られた。
特設ステージで、結果が発表されるというので、みんなが会場中央のステージ付近にそれとなく集まり始める。
結果、僕らは3位だった。
1位は、僕らの祖父母くらいのカップル、2位は、双子ちゃんだった。
1位の賞品は、なんと、有馬温泉1泊2日の旅。
2位は、駅前商店街の商品券。
3位は、ペアで持てるおしゃれなデザインのリュック。
壇上で、僕たち3組は並んでインタビューされ、賞品を渡された。
日が暮れて、花火の打ち上げ時間が間近に迫る。
夕闇の人混みをうまくかわしながら歩く。
「ねえ。今日、めっちゃ楽しかったね」
彼女が、僕の隣を歩きながら言った。
浴衣姿でも、おそろいのスニーカーなので、僕らの足並みはそろっている。
「そやね。いっぱい楽しいこと出来たね」
彼女の笑顔が、僕はひたすら嬉しい。
「あなたがいてくれて、よかった」
「ん?」
「マイナスやと思ったことも、プラスに変える方法、ちゃんと見つけてくれるんやなって。……嬉しかったよ」
「そうか」
「ねえ。あの1位の人たち、素敵やったね」
「そやな。なんか2人とも雰囲気が似てたね」
「あんなふうに」
言いかけた彼女が、僕をほほ笑んで見上げる。
「一緒に、年を取って行けたらいいね」
僕はつづきを言って、つないだ手ごと、彼女を腕の中に引き寄せる。
そのとき、大きな音と共に、空に大輪のひまわりが開いた。
花火会場に、歓声が上がる。
でも、僕の隣では、もっと素敵なひまわりが咲いている。
僕は――――もしかしたら、花火見てるひま、ないかも。
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