第7話 誰かが掃除機をかけている理由。②
「たいへんたいへんたいへん!」
彼女が言った。
平和な僕の毎日に、いつも危機感をもたらすのは、彼女だ。
今日も、彼女の一言で、僕は、問題解決に動き出す。
「えらいことになってるで!」
彼女が言った。
言われて、カーテンを開けてベランダを見ると、そこには、鳩がいた。
カップルらしく、2人で(2羽で)、そう広くはない僕の部屋のベランダを歩き回っている。
彼らは、窓越しに見ている僕らに気づいて、あわてて飛び去っていった。
僕は、恐る恐る、ベランダ側の窓を開ける。
羽根やら、フンやら、いろいろ飛び散らかっている。それ以上に衝撃だったのは、ベランダに置いていた小さな箒が倒れていて、その上に、いつ作ったものかは分からないけど、巣ができていたことだ。しかも、その中にはたまごの殻まである。どうやら、ここで、誰かが子育てをし、そして子どもたちも巣立っていったらしかった。
「どうするん?」
彼女が言った。
「どうしよ」
「これ、ほっといたらえらいことになるで」
「うん」
どうやら、僕んちのベランダは、安心して子育ての出来る優良物件として、周知されているらしく、物件を見にくるカップル(鳩の!)が、ひっきりなしに訪れていたようだ。いや、訂正。いるようだ。
現に、向かいのマンションと、斜め向こうの家のアンテナの上にも、カップルが、虎視眈々?とこちらの様子をうかがっている。
「今まで、気ぃつかへんかったん?」
彼女があきれ果てたように言った。
「うん。……誰かが掃除機かけてると思ってた」
「掃除機。確かに、そう思えんこともない音やけど。でも、巣まで作って、子育てから巣立ちまで、まったく気ぃつかへんかった、って……」
「いや、だって、洗濯は部屋干しやし、花粉症あるから布団もベランダに干したりせえへんし。換気は、換気扇があるし、もう一方の方の窓開けるから、このベランダは、年に1回開けるか開けへんか、くらいで」
「なるほど。そんなベランダなら、私が鳩でも、ここを選ぶわ。西側やけど、日当たりはほどほどで、冬でも暖かいし。風よけもあるし」
でも、気づいた以上は、放っておけない。作戦会議を始める。とにかく、優良物件ではないってことを、彼らに、分かってもらわねばならない。
「自分が鳩やったら、こんなん、いややわってことを、やろう」
僕が言う。
「例えば?」
「歩いたとき、足の裏がチクチクするのとか」
「いいね」
「足元がべちゃべちゃ濡れてるっていうのは?」
「いいね」
「足元が、ゴロゴロして歩きにくいっていうのは?」
「いいね。……そや、ビー玉を転がすっていうのは?」
「いいね。それ、いややわ。踏んだら転びそう」
「よし」
僕らは、早速近所のスーパーへ行き、百円均一の店で、ネコが嫌がるチクチクするマットや、ビー玉が一杯入った袋を買ってくる。
僕らの留守の間に内覧?に来ていたカップルを、洗面器に汲んできた水をまいて追い払い、ベランダに、チクチクする緑のマットを敷き詰める。少し足りない。あとで買い足そう。ビー玉も転がしておく。
どうだ。鳩。これで、歩きにくかろう。僕は、ちょっとだけ、がんばった感を味わう。そのとき、彼女が言った。
「ねえ」
「なに?」
「鳩も歩きにくいかもしれんけど、私らも歩きにくいね。これ」
「そやな。でも、ベランダにはあまり用がないから、かまへんよ。それより、ちくちくマット、あと何枚か買い足そう」
闘いは、あっけなく終わった。
さっきから、向かいのマンションで様子をうかがっていた連中もどこかへ姿を消した。
(ふふ。僕ががんばれば、ざっとこんなもんや)
僕は秘かにほくそ笑む。
その10分後、追加のマットを買って戻ってきた僕が目にしたのは、 平気でチクチクマットの上を歩き回って、クークーとごキゲンな声をあげているカップル(鳩の!)の姿だった。
orz ……
むり。
肩を落とす僕に、彼女が言った。
「第2回作戦会議始めるで」
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